日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


その比翼に連理はあるか 1

われわれを恋愛から救うものは、理性よりもむしろ多忙である。

――芥川龍之介

 

 

「赤城さん、絶対私のことただの相棒か、せいぜい友達だと思ってるわよね……」

加賀は清酒の盃を傾けながら、そんなことを呟いた。

ここは居酒屋鳳翔。日下部と赤城の仲睦まじい様子を見てしまった加賀が、目の前の艦娘に対して愚痴を吐き出している。

 

「加賀さん、赤城さんのことが好きなんだったら、提督の嫁艦候補になる前に告白すれば良かったじゃないですか! BSSとか格好悪いだけですよ!」

そんな風に加賀に返すのは、駆逐艦・舞風。

 

「BSS。言葉の意味はわかりませんが、何か強烈に罵倒されていることだけはわかりました。舞風さん、一緒に踊ってくれないの……?」

「お断りですよー、このヘタレズ!」

「ヘタレズ……何故、そんなにツンケンするのかしら」

舞風は自分と同じく、赤城に恋心を抱いていたはずだ。愚痴を吐き出す相手に選んだのも、彼女なら自分の気持ちをわかってくれると思ったからなのだが、なぜこんな風に言われなければならないのだろう。

だがそんな加賀に対し、舞風は無情にも、

 

「少なくとも舞風はヘタレじゃないからでーすっ!」

 

――そう言われてしまえば、反論できないのは事実だ。

舞風が本当にそうしたことは知っている。そして見事に赤城に振られたことも。

けれども自分の恋に決着を付けた彼女が、日々前を向いて生きていることも知っている。

ここでこうしてくすぶって、情けない愚痴をこぼしている自分より、ずっとずっと勇敢だったことは間違いないだろう。

 

「大体あれもう何ヶ月も前の話ですよ、まったく。加賀さんみたいなヘタレズには赤城さんより、もっとグイグイ来る人が似合ってると思うんですけどー!」

「もっとグイグイ来る人……そんなこと言われても」

舞風に言われた瞬間、ひとつの顔が浮かんだ。

けれども気付かないフリをして、清酒と一緒に飲み下す。

 

……だから、

 

「あっ、加賀さんこんなところにいた! ほら、明日の出撃の打ち合わせするよ! 立って! お会計して!」

背後からそんな声をいきなりかけられて、本当に飛び上がるかと思った。

こちらの感傷も自己嫌悪もお構いなしに、瑞鶴は自分の都合だけで腕を取ってくる。

 

「五航戦、そんな引っ張らないで……」

強引に席から立たされたので、仕方なく自分の足で歩くのだが、それでも瑞鶴は決して手を放そうとはしなかった。

 

「……まったく」

一人残された舞風は、深い溜息を吐き出す。

赤城を想って物憂げにしている加賀は文句なしに美人なのだが、瑞鶴に強引に手を引かれている加賀は……なんというか、とても楽しそうだった。

 


 

停滞していた物事が動き出す時は、本当に一瞬で。

 

「ほい明石、今日の『建造』分」

「はい、承ります」

日下部は艦娘の概念核を、MM機関を操作している明石に渡しながら言う。

 

艦娘の概念核を入手する方法は、深海棲艦から回収するだけではない。

大本営に資材備蓄を渡して、代わりに未整理の艦娘の概念核を引き取ってくる制度が存在し、これを「建造」と呼んでいる。

未整理だけあってどの艦娘が出てくるかは、実際に受肉させてみるまでわからないのが難点だが、大本営ではこの「建造」を積極的に行うよう任務で奨励していた。

 

「必要想念力、240万イデア。建造完了予定時間、約6時間。提督、これ!」

「翔鶴型正規空母だなぁ。もしかして別の瑞鶴かもしれんが……加賀、一応瑞鶴呼んで来て」

「何故私にご命令になるのですか?」

「近くにいて手が空いてる空母がお前だけだからだよ」

加賀は思わず舌打ちしそうになる。特にやることもなかったので、なんとなく新しい艦娘の受肉を見学しようなどと思ったのが完全に裏目に出た。

 

「なに、違う理由を用意して欲しかった?」

「……そのニヤケ顔は止めて下さい。呼んで参ります」

別に瑞鶴との関係を隠しているつもりもないのだが、それにしたってこの提督にこんな気の回し方をされると、さすがにいらっとするのは否めない。

もちろん艦娘としての役割は果たすつもりだし、指揮官として順調に成長しているのも認めるところではあるのだが、それ以外の部分に踏み込んできて欲しくはないというのが本音だった。

 

――加賀に呼ばれて、瑞鶴はすぐにやってきた。

 

「提督さん、翔鶴型ですって!?」

「来たか。よし明石、高速建造材使っていいぞ。一気に受肉させろ!」

「了解しました!」

事前に土地から抽出され、高濃度に圧縮された想念力の塊が、MM機関に向かって注ぎ込まれる。

6時間の厚みを消し飛ばし、物質化された想念は即座に一人の艦娘の姿を成形する。

 

たおやかな目鼻立ち。腰まで伸びる銀の長髪に、赤い鉢巻。

身にまとうのは弓道で使うような和弓に胸当てと、実に勇ましいもので。

胸当てに刻まれた「シ」の文字が、彼女が誰であるかを雄弁に物語っていた。

 

「翔鶴型航空母艦1番艦、翔鶴で、……」

自己紹介の名乗りの途中で、翔鶴は一瞬だけ硬直する。

まるで夢から覚めた直後のように、目の前の光景を現実と認識できないような違和感。

だがそんな様子に誰かが気付くよりも早く、

 

「翔鶴姉ーーーっ! やっと会えたーーーっ!」

「瑞鶴、いきなり抱き着いてきたりして。もう!」

横合いから飛び付いてきた瑞鶴の衝撃が、翔鶴の意識を現実へと引き戻す。

 

目の前にいる、人類統合軍・艦娘運用部隊の制服を着た眼鏡の男が、きっと「提督」なのだろう。

いかんせん軍人としては頼りない身体付きだ。顔立ちは美男子の部類ではあるのだろうが、どうにも酷薄な印象は否めない。

 

「うんうん。良かった!」

けれども今浮かべている笑顔は、間違いなく心からの物だと感じられた。

――大丈夫。自分はこの人を、「提督」と呼べる。

すべての状況を正しく把握し、翔鶴はすうっと息を呑む。

 

「提督さん、改めまして。瑞鶴と一緒に頑張ります!」

まだ誰も知らない心の中で。

一人静かに覚悟を決め、翔鶴はそんな風に日下部に言った。

 

「……良かったわね、五航戦揃ったじゃない。これでもう、私のお守りは必要ないわね」

そんな翔鶴の内心など知らず、加賀はそんなことをぽつりと呟く。

 

「……? ん、加賀、今何か言ったか?」

「いえ、別に」

本音には程遠い言葉を、無意味な虚勢で覆い隠す。

自分をヘタレズだとなじる、舞風の声が聞こえてきそうだった。

 


 

着任後の翔鶴は、積極的に演習に参加して練度を積み、すぐに一度目の大規模改装を迎えた。

 

「よし、これならすぐに実戦投入許可を出せる練度になるな。期待しているぞ」

「はい提督、瑞鶴と一緒に頑張ります! 一緒に出撃できる日を、心待ちにしていました」

日下部を提督と呼ぶ日々にも、だいぶ慣れてきた。

 

「翔鶴姉、もうすぐで五航戦大復活だね! 楽しみー!」

「あらあら瑞鶴ったら。あんまりはしゃいで、みんなに迷惑掛けちゃダメよ?」

瑞鶴とも、良好な関係を築けている。

少なくとも、もう昼の間に戸惑うことはない。実際に出撃する日々が始まれば、多忙さが不要な感傷を押し流してくれることだろう。

 

「……」

そんな瑞鶴と翔鶴の様子を遠巻きに眺めながら、加賀は無言で佇んでいた。

強く握り込まれた拳は、今にも爪が皮膚を突き破らんばかりだったが、それでも実際に何かを言うことはなく。

 

「金剛金剛、アレどーしよ本当」

日下部は目の前にいる第二夫人候補に小声で話しかける。

 

「What? 川内じゃなくて私に振るデース?」

「だってお前、本能レベルの恋愛ジャンキーじゃん」

「提督に言われたくないデース……」

日下部の物言いに、さすがに金剛は唇を尖らせて抗議する。

確かに自分は恋が大好きではあるが、恋人を六人も作っておいて、さらに阿賀野からの告白まで受け入れた日下部にだけは言われたくはない。

 

「というか、いくら提督でもアレに介入していいもんかなぁ」

提督といえども、部下の恋愛模様に首を突っ込むのはさすがにためらわれた。

自分が当事者ならもちろん別なのだが、阿賀野以降は今のところそういう艦娘は現れていない。……日下部の主観においては。

金剛は小さく溜息をつくと、

 

「提督はWaitで。わかりマシタ。この件、私が介入しマース」

加賀が日下部にあまり良い印象を抱いていないことには気付いている。ここで日下部が介入したら、余計に話がこじれるだけだろう。

 

「頼れる!」

素直にそんなことを言う日下部に、金剛は自分の胸が温かくなるのを感じる。

好きな人に喜んでもらえるのは、やはり嬉しいものなのだ。

 


 

「Hey加賀、ちょっといいデスカー?」

一日の終わり。加賀の出撃待機が終了したタイミングを見計らって、金剛は声をかけた。

 

「金剛さん? 珍しいわね。何か?」

「ガールズトークは艦娘のたしなみデース。少し話しまショ? 鳳翔のところで、一杯おごりますヨー?」

「……あなたと話すことは、何もないと思うのだけど」

「加賀にはなくても、私にはありマース。お願いですから、付き合って下サーイ」

悪びれずに言う金剛に、思わず溜息が漏れる。どこかの五航戦(緑)と同じで、このタイプは一度言い出したら強引にでも付き合わせてくることだろう。

 

「いいわ。その代わり、遠慮なく好きなものを頼むわよ?」

「OKデース。どんと来いデース」

どうせ経費として日下部に請求するつもりだし、などと余計なことは言わないのがデキる女というものだ。

 

居酒屋鳳翔。

運ばれてきた吟醸酒と白身魚の刺身を一通り堪能してから、加賀は尋ねる。

 

「それで。話って何かしら?」

「加賀は、金剛という艦娘についてどう思いマスカー?」

「あなたについて?」

「違いマース。()()()()()()()()()についてデース」

 

金剛の質問の意図がわからず、加賀は思わず考え込む。

とりあえず真っ先に思いつくことは、

 

「提督Love勢筆頭、とか言われてるみたいね。提督と結ばれる加賀も決して少なくないのだけど、そういう加賀にとっては結構な恋の障害になるようね」

「Yes! さすが加賀、話を二つくらいショートカットできたネー! なら加賀、もうひとつ質問デース。その『提督と結ばれた加賀』がいる鎮守府も含めて、……『提督に愛されなかった金剛』は、どうなると思いマスカー?」

金剛であれば提督Loveであって当然かもしれないが、その愛を向けられる提督の好みは千差万別だ。だからその愛が必ず報われるとは限らない。

 

「……。割と、道化のような艦娘になりそうね」

「言い方は酷いですが、その通りデース。自分が提督に愛されてると思いこんでいる金剛は、その……正直、話してて辛いデース」

まったく遠慮のない加賀の物言いに苦笑しつつも、金剛はその正しさを認める。

 

「私個人の場合は、着任した時点で提督の気持ちはすっかり川内にありましたからネー。実は他人事じゃなかったんですヨー……」

「でもあなたは、提督と結ばれたじゃない。確かにNo.1ではないけど、納得してNo.2に収まったのではなくて?」

「あんなの、ただの妥協の産物デース。叶うならNo.1、いえ本当は……提督を独占したかったデース」

それは日下部にも川内にも、決して聞かせることはないだろう本音。

金剛の中にそんな感情が潜んでいたなどと、加賀はまったく思いも寄らなかった。

 

「あ、もちろん今は割り切ってマスヨー? まさか提督があそこまで愛が多い人だとは思いませんでしたガー、それはそれで楽しくやってマース」

これも嘘ではない。

提督も川内もどこか不器用で、見ててなんともかわいらしいし、他の嫁艦候補たちとの関係もなかなか刺激的だ。何より今のローカルルールを提案した赤城には、ある意味で大いに助けられている自覚がある。

 

「私は提督のNo.2に収まりましター。他にも『提督に愛されなかった金剛』の中には、比叡とか他の姉妹への恋に走って救われる子が、一定数いるのですよネー……」

金剛の妹に当たる比叡は、姉妹艦の中でも特に金剛へ大きな感情を抱く者が多い。また他の姉妹だって、金剛に対して恋愛感情を抱くケースは決して少なくない。

 

「加賀。恋という戦いにおいては、妥協や割り切りだって立派な戦術だと思うのデース。恋はとても理不尽な物ですし、三人以上が関わった場合は、全員が勝者になれることはまずありまセーン。勝者がいれば敗者がいるものデスガー……そこで別の恋の形を見付けて幸せになるのは、決して悪いことではないと思いマース」

ようやく。

ようやく金剛の言いたいことが、加賀にも理解できた。

 

「……金剛さん、ありがとう。まずは御礼を言います」

彼女がこれを善意で言っていると理解できないほど、愚かではないつもりだ。

もちろん日下部への点数稼ぎもあるのだろうが、それを差し引いたとしても、同じ鎮守府の仲間として加賀を気遣っていることは十分以上に理解できた。

 

「そこまで本音を話してくれたのだから、私も本音を言うわ。赤城さんへの気持ちがまだなくなったわけではないけど、それとは別に瑞鶴に惹かれている自分がいることは認めます」

「加賀……!」

「けれど。瑞鶴が好きなのは、……翔鶴なのではないかしら」

「それは……」

加賀の言葉は、金剛には否定できなかった。

金剛の目には、瑞鶴は加賀に恋しているように写っている。だが一方で翔鶴へ向ける気持ちもまた、恋ではないと断言できるほどの材料はなかった。

 

「結局私は、赤城さんの時と同じことを繰り返している。あんな小さな舞風さんでさえ、自分の恋にきちんと決着を付けたというのに。一航戦が聞いて呆れるわね」

自嘲気味に呟く加賀の言葉は、今にも消えてしまいそうなか細いもので。

これ以上踏み込むことは、さすがの金剛にもためらわれた。

 

「加賀。もうすぐ艦隊は地中海に向かいマース」

先日、日下部から艦隊全体にそのような告知があった。曰く、大本営が大規模な時空震の予兆を地中海方面で感知したらしい。

どうやら深海勢は次の「イベント」を、地球の裏側で起こすことに決めたようだ。

 

「イベントが始まれば、さすがに忙しくて恋にかまけてばかりはいられなくなりマース。少し時間をかけて、自分の気持ちと向き合ってみることをお勧めしますヨー……?」

「そうね。ありがとう」

加賀は御礼は述べたが、それ以上具体的に何をどうするとは言わなかった。

それで、今晩のガールズトークは終了だった。

 

だが金剛には、加賀に伝えず呑み込んだ本音がもうひとつあった。

――夏の地中海なんて、どんな子も大胆で開放的な気分になるものデース。

 

はたして環境の変化が何かを解決してくれるのか。

今はまだ、誰にもわからない。




※瑞加賀話の続きです。
そして翔鶴も着任しました。こちらも少しずつ別の物語が始まりつつあります。

妥協とか割り切りというと言い方は悪いんですが、叶わない恋を引きずるよりは、自分を愛してくれる人と幸せになるのは一つの答えだと思うのです(複数恋愛(ポリアモリー)の方は滅多にないでしょうが)。
結ばれて終わりではないですからね、恋。むしろそこからが始まりです。

先日、運営から秋刀魚祭りの詳細が発表されました……が、まさかの秋イベと同時開催です。本気で想定外でして、おかげで色々とスケジューリングが狂いました。10月中に夏イベ前の話を終わらせることは可能そうですが(次の話で終わります)、11月中に夏イベ話を終わらせられるかは微妙になりました。
秋イベにどのくらいがっつり参加するか、どのくらい難しいか次第になりますので、現状ではいったん保留とします。

あ、ちなみに「BSS」について興味のある方は、「僕が先に好きだったのに」で検索してみて下さい。
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