日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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提督と艦娘の出航 1

安穏とした港から船を出せ。自分自身の帆で貿易風を受け止めよ。真に求めるものを探求し、叶うことを願い、見出すのだ。

――マーク・トウェイン

 

 

水面に航跡を曳いて、一人の少女が水面を駆ける。

茶色い髪の半分をアップで束ね、もう半分をばらりと下ろす、独特の髪型。

白地濃紺のセーラー服に、赤いネクタイ。

くりくりとした金色の目が、不安げに周囲の様子を窺う。

 

駆逐艦――「電」。

100年前の大戦を戦った日本の駆逐艦、その「存在したという概念」を核に、想念を物質化させて受肉させた艦娘の一人。

それが、私が選んだ初期艦だった。

 

「電、私もお前もこれが初陣だ! 無理はするなよ」

「大丈夫なのです! 司令官さん、電の本気を見るのです!」

モニタに写るその姿はいかにも自信なさげだが、発言はとても勇ましく。

さてそれは本気なのか、強がりなのか。

見るしか出来ない立場というのも、なかなかに歯がゆいものがあるな。


生身で海上を単独航行し、歩兵レベルの携行装備――艦娘の特性になぞらえて、艤装と名付けられた想念兵装だけで深海棲艦を撃破する。

隠密性と機動力、展開力にきわめて優れながら、同時に優れた攻撃力を持ち合わせる。

艦娘を「兵器」として捉えた場合の特性を活かすため、「大本営」こと人類統合軍の司令部が編み出した戦術は、「単数ないし少数の艦娘で『艦隊』を組み、基地航空隊を除く他兵種とは協同させず、単独運用する」というものだった。

なるほど、確かに理には叶っている。

他兵種では艦娘と同程度の戦力を得るために、莫大な人員と物量が必要になる。

なら限られたリソースは艦娘に全投入し、人間たちはバックアップに徹するのが最大限に効果的だ。

 

……理屈はわかるのだが、心理的抵抗などは無かったのだろうか?

艦娘は人間ではないとはいえ、その姿は幼女や少女でしかない。

一方で高次AIの奇襲を生き延びたプロの軍人たちにも、自分たちこそが人類を守るのだという矜持があっただろう。

 

実際のところ、初期にはあったと聞いている。

だが現実問題として、深海棲艦に対抗するには艦娘の力が必要で。

他の選択肢を取るには、人類の力はすでに削がれすぎていた。

圧倒的な現実の前には、平時の倫理道徳などクソほど役に立たないものだ。

そして艦娘だけを戦わせる光景が、いつしか当たり前になると……誰しも、それを疑問と思わなくなるものだ。

 

遅れて提督の世界に飛び込んだ私としては、面倒な問題を考えなくて実にラッキーだった。

ああ、共感性欠如――サイコパスとは、よく言われる。

 


 

日本における艦娘運用部隊司令部である「鎮守府」は、原則として日本内地にある。

幾つかの鎮守府ごとに、かつての大戦の日本海軍の根拠地の名前を冠された「泊地」単位で運用されており、中には本来海外に存在する名前を冠された泊地も存在するが、あくまで名前だけのことだ。

なので、鎮守府海域と言えば、要するに日本近海を指す。

 

つまり私にとって、鎮守府海域に駆逐イ級2隻という光景は――あの運命の夜を思い出させるものだった。

今は夜ではなく昼だし、私はその場におらず鎮守府の司令室でモニタ越しに指揮を執るだけだが。

それでもやはり、込み上げる感情はあるもので……。

 

「電、突撃! お前の本気を見せてやれ!」

「了解なのです!」

 

滑るように海面を駆け。

縦列航行するイ級の航路を遮るように、身を踊らせる。

教本にでも載りそうな、お手本のようなT字有利の交戦。

先頭のイ級が射程に入ったその一瞬。

電の腕の主砲が火を吹いた。

 

「初弾、命中なのです!」

 

一撃で沈黙した先頭のイ級の後ろから、もう1隻が砲を放つ。

だがその時には、すでに電は射程外に飛び出している。

そのまま大きく弧を描くように、イ級の脇腹に肉薄し……

 

「魚雷装填です!」

 

腰部に装備した4連装魚雷を、一気に射出する。

それは吸い込まれるようにイ級の脇腹に突き刺さると、その船体をあっさりと爆発炎上させた。

 


 

その光景は、モニタ越しでも凄まじい迫力で。

「……いいぞ、完全勝利だ!」

思わずガッツポーズを取ってしまう。

自分が戦ったわけではないのだが、まぁなんだ、初陣なのだから大目に見て欲しい。

 

――と、その時。

沈みゆくイ級の残骸を眺めながら、電が奇妙なことを言った。

 

「戦争には勝ちたいけど、命は助けたいって……おかしいですか?」

 

……。

思わず耳を疑ったが、おそらく聞き間違いなどではない。

電は、確かにそう言ったはずだ。

「おい、電?」

モニタに写るその瞳は、どこか虚ろなように見える。

私が見落としていただけで、どこか損傷を受けていたのかと……一種不安になったが、すぐに思い至る。

 

――電は、「たった今生成された、艦娘としての思考」と、「かつて軍艦だった時の記憶」を混同してしまっている。

 

艦娘にはそういうことがある、とあらかじめ受けた教練で教わっていたが。

いざ目の当たりにすると、なかなかに不安を煽られる光景だ。

だが、こういう時に行動せずして何が提督だ。

拳を握りしめて立ち上がり、必死に呼びかける。

 

「電、しっかりしろ! そいつらはただの想念の塊で、実体があったとしてもただの機械だ!

いいか、『助けるべき命』なんて、この戦いには無いんだ! これはそういう戦いなんだ!」

 

実のところ、この言葉は100%の真実では無かったと後から知るのだが。

とにかくこの時は、電の意識を呼び戻すのに必死だった。

 

呼びかけが功を奏したのか、果たして電の金色の瞳は、光を取り戻した。

「あ、司令官……さん……電は……」

先程までの自分の状態を、認識しているのかいないのか。

どちらにせよ、勝利したと単純に喜んでいられない話ではあった。

「大丈夫だ、電。駆逐イ級2隻撃沈確認、作戦終了だ。気を付けて戻って来い!」

「はい、わかりました……のです……」

 

ややふらふらしながら、鎮守府へ戻る航路を進み始める電の姿を見ながら。

ようやくストンと椅子に腰を落とし、私はぽつりと呟いた。

 

「これが、艦娘を運用するということか……」

 

私にとって最初の艦娘、最初の戦い。

それでさえこんなことが起きるのならば、これから艦娘が増えていったら。

それとも人類が艦娘を戦わせることに慣れていったように、私もいつか慣れるのだろうか?

 

そんな思考に沈みかけたその時――、

「提督、お客様がお見えです」

任務娘……まだ自身の艤装を完成させられていない軽巡・大淀が、そんな言葉と共に司令室に入ってきたのだった。




※艦これの二次創作のくせに、ようやく艦娘メインの話が出てきました。
戦闘シーンは結構楽しんで書けたと思います。
電の台詞を本作の世界観に当てはめるとこういうことになるのですが、これはこれで「艦娘が人間ではない」という描写を補強する物になるので、かえって良かったかもしれません。

【日下部提督】

【挿絵表示】

本名:日下部真琴
性別:男性
年齢:27歳
職業:想念工学者→専業提督
一人称:私
秘書艦:川内

本編主人公。
欧州旅行中にシンギュラリティの到来による高次AIの反乱を迎え、なんとか日本に帰国しようとするも、その途上で深海棲艦の襲撃を受ける。絶体絶命の状況を、艦娘「川内」によって救われる。
凄惨な状況にあって、呵々大笑として夜戦を楽しむ川内の姿に魅せられ、提督になることを決意する。

先天性の共感性欠如(サイコパス)であり、他人の気持ちに共感することができない。
経験則的に推理することは可能だが、細やかな機微を察することができず、周囲の人間に馴染めなかった。
また20世紀初頭に「世界最大の悪人」と呼ばれていた人物の思想に共鳴しており、若い頃には色々と無茶をしたが、学生時代の終わり頃に経験したある出来事により、自らの行いを反省する。
現在は、「自分は他人の心を理解できないため、誰かを愛せても誰かに愛されるのは無理だ」と諦観している。
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