日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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人より生まれ、その先へ往くモノ 3

同じ決断を二度するな。最初の決断に充分時間をかけて確固たる決断を下せば、同じ問題を二度考えずにすむ。

――ビル・ゲイツ

 

夏の大気を切り裂いて、ローターの四枚羽が激しく回転する。

人類統合軍の軍用輸送ヘリ。

前身はフランスのヘリコプターメーカーが開発した物だが、人類の軍事力がひとつに統合された現代、地球のどこに行っても見ることができる。

 

「何度乗っても慣れないな、ヘリコプターというものは。大体、普通に飛んでいたって落ちるものだろう?」

そんな風に呟く日向の表情は、戦場での勇ましさからするとなかなか意外性に満ちたもので。

 

「それはお前たちの時代のオートジャイロの話じゃないのか?」

「そんなことはないと思うが……」

「大体、瑞雲なんていうぶっ飛んだ水上機を愛好しているお前に言われたくはないぞ」

「む……」

日向は不満そうに唇を尖らせるが、正直あの奇跡そのものの機体と比べたら、このヘリコプターなど本当に可愛いものだ。

100年前の日本人は、よくぞあんな物を作ってみせたものだと思う。

 

日向を伴って松代大本営に行くのは、今回で6回目となる。

横須賀沖のショートランド人工島からはおよそ200km。公共交通機関や整備された国道があれば、さして苦労する距離ではないのだが、現代においてはそうはいかない。

深海棲艦の脅威に対抗するため、かつての大都市圏に密集して居住せざるを得ない関係上、点在する人類の領域の間には、安全性を担保されない空白地帯が広がることとなる。

このような情勢下にあっては、普段の生活圏を大きく離れるとなると、必然的に空路か海路を選択するしかなかった。

 

「いっそ昔のSF小説みたいに、一家に一台自家用航空機って時代だったら良かったんだがな」

「なんだ、それは?」

「空があまり身近ではなかった時代には、よくある描写だったんだよ」

アーサ・C・クラークやアイザック・アシモフ、ロバート・A・ハインラインといった作家の書いた、古典SFと呼ばれる作品群。

研究職だった父親がそれらを大好きで、その影響で私もよく読んでいた。

まぁ子供だった頃の話なので、すぐにライトノベルや漫画などの「もっとわかりやすい話」に流れていったのだが、大人になってから読み返したら、あの作品の何が素晴らしいか理解できるようになった。

20世紀もせいぜい中頃に、未来と科学に対する豊かな想像力をもってあれだけの作品を書いたのは驚嘆の一言だし、それを読んで育った世代が長じて技術者となり、作中に出てきたアイテムを現実でも作ってしまった流れなどは、痛快の極みと言うしかない。

 

「SF小説か……しかし君たちの生きている今この時代は、過去のどんな作家が想像したよりも驚きに満ちているのではないか?」

「そうだな。まさか『私たち』の生きているこの時代、想念の実在が証明されて形而上学が完全勝利するだなんて、SF作家の誰もが予測できなかっただろうさ」

言い回しの些細な部分をわざわざ変えて、私は日向に言葉を返す。

 

「軍艦である航空戦艦・日向は、100年前の存在なのかもしれないが。今ここにいる艦娘の日向は、人間である私と同じく、2045年のポスト・シンギュラリティの世界に生まれた存在なんだ。それを忘れるな」

「提督……」

日向のオレンジ色の瞳が、一瞬悲しみの色に閉ざされたように感じる。

――泣きたいなら、泣けばいい。艦娘にはその権利がある。

 

「……ああ、ありがとう」

だが日向は、結局涙を堪えて前に進むことにしたようだ。

ならば私は、それに倣うだけだ。

 

不意に機体ががくんと揺れる。どうやら短い空の旅が終わりに近付いたようだ。

眼下には、かつてとは比べ物にならないほどの大都市となった松代の光景が広がっていた。

 


 

「やぁいらっしゃい、マコ」

「ご無沙汰しております、元帥」

趣味丸出しのkawaii全開な格好に、相変わらずのフランクな挨拶で、モーリアック元帥は私と日向を出迎えてくれた。

別にこちらとしては、必要なら敬礼と共に提督共通(アドミラル)コードと所属を告げたって構わないのだが、制服を着てキリッとした顔でそれを受けるこの人は、率直に言って想像できない。

 

「それに日向くんも。毎度ながら、協力感謝するよ」

「い、いや。構わない」

「知っての通りマコは、他人の気持ちがわからない奴だからね。キミも苦労しているだろう」

「そ、そんなことは……」

日向は何故か顔を赤くして、しどろもどろに受け答えをする。

……なんだろう。今の会話のどこに赤くなる要素があったのか。

 

「ホムンクルスはその後、順調ですか?」

「おかげさまで。あれからさらに1体の起動に成功した。欧州・地中海方面に配置したから、地球の裏側でも『モーリアック技術元帥』は活動できるよ」

「おや、アメリカ優先ではないのですか?」

「とりあえずね。その辺は深海棲艦の起こす『イベント』の関係だ」

なるほど。そう言われば納得はできる。

かつての西方打通作戦以降、欧州方面で「イベント」が起きることは何度かあったが、一方で米州本土でイベントが起きたことは一度もない。

かつての大戦において、米州本土は大きな戦いの舞台になってないからなのだろうが、この点が逆に人類統合軍において米州の重要性を相対的に低減させる結果となっていた。

 

「おそらく次の『イベント』も、順番から言って欧州方面での作戦になるだろう。もしそうなったとしても、超人(ポストヒューマン)開発は現地で続行できるから安心したまえ」

「それは心強いですが、できればその前に第一段階は完成させたいところですね」

「まぁ、それはそうだ。ならば到着早々こき使うようで申し訳ないが、一段落したらいつもの作業に入ってくれたまえ」

その言葉に、

 

「了解しました!」

私があえて敬礼と共に言ってみせると、元帥は割と露骨に顔をしかめた。

 


 

平常時。安息時。補給時。

超人(ポストヒューマン)開発には、艦娘のさまざまなデータが必要だった。

 

私が取りにくいデータについては、大本営の夕張が取ってくれた。

相変わらず元帥に対して、報われない恋を続けている姿は率直に言って不憫と思うのだが、本人が納得している以上私が何か言うことでもないだろう。

それに彼女は単なる艦娘の域を超えて、一人の想念工学者として大成しようとしている。今はまだ荒削りではあるが、光る物があるらしい。

正確には想念工学者ではなく専業提督である私は、そのうち「世界で二番目の想念工学者」と名乗れなくなってしまうのではないだろうか。

 

ところで就寝時のデータはともかく、性的絶頂時のデータについては、よくぞ日向も取ることを了承したものだ。

良い笑顔で夕張が「日下部提督がシます?」と聞いてきたので、こちらも笑顔でデコピンを返しておいた。

まったく、実験の名目でしれっと浮気させようとしてくるんじゃない。そうでなくとも、川内に先日疑われたというのに。

……そうしたら私の制服の上着を要求されたのだが、あれ一体何に使ったんだろうな。

戻ってきた時にはきっちりクリーニングされていたのが、かえって気になるところではある。

 

――そして他にはもちろん、戦闘時のデータが必要になる。

 

「しかし、毎度ながら協力すまんな、日向」

「いや、私は一向に構わないんだが……砲撃や航空攻撃を標的に向かってしてるだけだが、本当にあれで協力になってるのか?」

「なってるとも。開発の進捗は率直に言って悪くないぞ」

攻撃時に作用する筋肉の動き、反射神経の作用、想念の流動。神が生み出し人が調整した艦娘の肉体は、まさしくひとつの芸術とも呼べるものだった。

今回での作業で、必要なデータは十分に集まるだろう。

 

一通りのデータ取得が終わった後。

不意に日向が、こんなことを言ってきた。

 

「なぁ提督。正直に聞かせて欲しい。この戦争に勝って、艦娘が種の目的を果たしたら……私たちは、どうなると思う?」

「……わからない。憶測だけで言うのは、曲がりなりにも科学の子として正しい態度じゃない」

「なら、質問を変えよう。もし私たちが消えてしまうとして……それでも君は、戦うか?」

日向は本当に、地頭がいい。

この聞き方をされたら提督として、人間として、はぐらかすわけにはいかない。

 

「先日、川内にも同じことを聞かれた。そして私は『もちろん』と答えたよ」

覚悟は、とっくに済んでいる。

川内に聞かれた時ではない。そのもっと前、春イベの終わりに元帥と話した時に。

 

「そうか、意外だな……薄情で自分本位な物の見方をしがちな君が、そんな選択をするとは」

「はっきり先天性の共感性欠如(サイコパス)って言っていいぞ。自覚はある」

「いや、そんな……」

目の前の他人の感情がわからないから、自分の感情だけを相手に押し付けて振る舞える。自分がそんな人でなしであることは、それこそとっくの昔に理解している。

 

けれども私は、「法や道徳を守らなければ、手痛いしっぺ返しがある」と経験から学んだ。

本来であれば学んだ時には死んでいたはずだったが、そんな私を助けてくれた人がいた。

その人は「他人の意志も自分の意志と同じように尊重すべきものなのだ」と、身体を張って教えてくれた。

 

「私は申し訳ないが、顔も知らない他人が何人死のうが気にならない。だがこの物質世界で、私というここに在る個人を見付けてくれた人たちのためなら、いくらでも強くなれる。いくらでも戦える」

「それが、君がここにいる理由か。家族や友人のためにということか?」

「……家族は、いない。母は私が子供の頃に、私を捨てて出ていった。父はもう何年も前に、テロリストに誘拐されて死んだ」

日向の言葉を、私は訂正する。

 

「……! すまない、提督」

「気にするな。どのみちシンギュラリティの到来時に、人類の半分が死んだんだ。たまたま私は家族を失ったのが、それより少し早かったというだけだ」

人類が2045年という節目に一斉に悲劇を経験し、否応なしに変わらざるを得なかった中で、私がその方向では驚くほど変わらなかったのはそういった理由だろう。

だがもちろん、変化そのものがなかったわけではなく。

 

「私が言ってるのは、お前たち艦娘のことだよ。自分たちの生み出した高次AIに牙を剥かれ、言ってみれば自業自得の滅びに瀕していた人間を助けるためだけに、お前たち艦娘は生まれてきた。私はその愛を、決して忘れないよ」

私が2045年に何か変わったとしたら、それは艦娘に恋をしたことだろう。

直接恋した相手である、長谷川鎮守府の川内への恋には決着を付けたが、別の艦娘に私は恋をしている。

――だから、私は戦える。

 

「なら最後の質問だ、提督。もし種の目的を果たした艦娘が、それでも消えずに残ったとして。()()()()()()()()()()()()()()()に対して、君はどうするつもりだ?」

「その答えもとっくに決まっているよ、日向」

ああ、本当に。

覚悟を二度決める必要がないというのは、楽なものだ。

 

「その時私は超人(ポストヒューマン)だ。その敵は私にとっても敵でしかない。生きるも死ぬも、最後まで私は艦娘と一緒だよ」

 

「……」

日向は私の言葉を、黙って聞いていた。

その瞳の奥にある感情は、私にはさっぱりわからない。

 

私のこの言葉が日向に何を決意させ、それが他の誰の物語と絡み合って、どう転がっていったのか。

――私がそれを知るのは、もう少し後のこととなる。

 


 

「マコ! たった今、時空震の予兆が検知された!」

重苦しい沈黙を打ち破ったのは、そんなモーリアック元帥の言葉だった。

 

「やはり予想通り、次は欧州だ! 地中海はマルタ島付近に震源地がある。おそらくモチーフとなるのは、ペデスタル作戦辺りだろう」

「ああ、マルタ島への強行輸送作戦ですね」

「即答とは詳しいな? ……ああ、そうか。地中海は」

「ええ。元帥はご存知のはずですよね」

le poisson(ル・ポワソン)、シンギュラリティ到来前までニースに存在した一軒の大衆食堂(ビストロ)を知っていた元帥は、当然私が地中海の歴史に詳しい理由を把握している。

 

「マコ。実は……」

元帥は何かを言おうとして、それを呑み込んだ。

 

「いや、なんでもない。僕が言うべきことではないだろう。必要なら、本人がキミの元に訪れるはずだ」

「……?」

元帥の言葉の意味がわからず、思わず首を傾げる。

 

「母艦を日本から運ぶ必要がある以上、どうしても移動に10日はかかる。幸いにして超人(ポストヒューマン)開発に必要なデータは先程取り終わった。欧州・地中海方面のホムンクルスに成果は連携するから、イベント中に施術可能だ」

「そうですか。ついに」

さすがに胸が高鳴る。

 

「十分に施術前の試算に時間をかけられないのが難点だがね。なので施術後に、実地データ取りを色々してもらうことになるだろう。……不安なら、夏イベが終わってから時間をかけてゆっくり行うことも可能だが?」

「いえ。まさしくイベントこそ、ロスト・アドミラルの危険性が最大になる局面でしょう。超人(ポストヒューマン)化手術、完成次第ぜひお願いします」

「わかった」

元帥は青い瞳を光らせながら、私の言葉に頷いた。

 

――暑い暑い、夏の地中海にて。新しい物語が始まる。




※フィクションにおいて「人類を進化させる」などとうそぶくキャラは、大抵において悪役であり主人公に阻止される立場なのですが、本作においては主人公が堂々とその立ち位置にあります。
この作品世界は決して平和ではありません。本文中にも書きましたが、大切な人が死んだという物語が「ありふれた話」になるような苛烈さです。
人類には最初から「変わる」しか選択肢がない中で、「どういう変化」を受け入れるのかという話になってきます(まぁそうは言っても人類は人類なので、愚かにもなかなか現状を受け入れられないわけですが)。

これを書いている10/29の本日から秋イベ開始ですが、SSでは次話から夏イベの話が始まります。
リアルタイムにおいて2ヶ月ちょっと前の、夏の地中海に戻った気分でお読みいただければ幸いです。
(後から本作を見付けて読んで下さる方には、あまり関係ない話ですけどね!)
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