日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


増援輸送作戦!地中海の戦い -公私の別は付けましょう-

好かれなくても良いから、信頼はされなければならない。嫌われることを恐れている人に、真のリーダーシップは取れない。

――野村克也

 

 

「なんですか、その理不尽な理由は!」

重巡・ヒューストンの怒声が、木目調の壁を震わせる。

ショートランド人工島の日下部鎮守府の宿舎と比べ、「いが」艦内の壁はさすがに薄い。

隣室の片方は自分の部屋だから問題ないが、もう一方の隣室の住人を驚かせてしまったのではないかと、ノーザンプトンは少し心配になった。

 

クレタ島周辺海域の制海権掌握が完了した日の夜。

見事に任務を果たしたノーザンプトンへのねぎらいと、翌日以降の遊撃部隊旗艦を務めるための引き継ぎを兼ねて、ヒューストンは姉の部屋を訪れていた。

任務上必要な話を終え、話が雑談に及べば、そこは艦娘。恋の話(ガールズトーク)が始まるのはとても自然なことだった。

ただしこの場合の問題は……ノーザンプトンに、あまり良い恋の想い出がなかったことだろう。

 

「まさかあんな理由でノーザを振るなんて。あまりにもあまりじゃないですか」

「言わないで。本当これ、ノーザは何も悪くないですよね……?」

振られた直後の春イベントの頃。

長波と神通にこの話をした、夏の始まりの頃。

さすがにその頃と比べれば時間が経って、冷静に事実と向き合えるようになっていたけれども、このように整理して改めて突きつけられると、やはり理不尽ではあると思う。

 

「この一件は許せません。正直、提督には本気で腹が立ちました」

「あらら、せっかく大胆な水着を用意したのにね。紫色のビキニ、とてもよく似合ってるわよ」

「……これは別に、提督のために用意した物ではありません。確かに地球意志からはそんな感じの想念が届きましたけど、私としてはノーザに褒めてもらえただけで嬉しいです」

そう言ってヒューストンは、豊かな胸を誇るように突き出す。

――ノーザンプトンは、軽く溜息を吐き出した。

 

「ノーザのために怒ってくれるのはありがたいけど、艦娘としての役割はきちんと果たすのよ? 公私の別は付けなさい」

「それはもちろんです。アジア艦隊旗艦の名にかけて、そこの手は抜きませんよ」

ならいいけど、とノーザンプトンは軽く呟くと、手の中のグラスに注がれたウィスキーを一気に呷った。

 


 

結論から言えばノーザンプトンの心配は、杞憂に過ぎなかった。

 

「地中海艦隊、港に戻りました。みんな無事よ」

MA3作戦の第二段階である輸送作戦を見事にこなしたヒューストンが、スエズ運河を超えてアレクサンドリアに進出中の「いが」に帰艦した。

司令室で艦隊指揮を執っていた日下部の元に出向き、たった今完遂した作戦についての報告を行う。

 

「本当に最後の1戦、小破すらしてないのは凄いとしか言いようがないな。お見事ヒューストン、お疲れ様」

「いえいえ。問題は、ありません」

「わぁクール。初めて水着見た時も思ったけど、お前さん本当クールで格好いいね」

これだけ大胆な格好をしながら、「私も気に入っています」と涼しい顔で言い放ったヒューストンの反応は、日下部にとって印象深いものだった。

だが言われた当人は、そのクールという評価に違わぬ態度で、

 

「そうですか。でも正直、提督にそういう褒められ方をされてもあまり嬉しくはありませんね」

「おっと、いきなりツンケンだな」

さすがに日下部の顔色が変わる。一瞬むっとした表情を浮かべるが、

 

「ノーザをあんな理由で泣かせた方ですから」

「……まいった、一切反論のしようが無い」

その理由を言われてしまえば、そういう風に引き下がるしかない。

困ったように眉根を寄せる日下部に、わずかにヒューストンの溜飲が下がる。

――そうね、少しは罪悪感に駆られなさい。

 

基本的に他人の感情に配慮できない日下部がこのような態度を取る時点で、これは立派に日下部自身にとっての傷のひとつになっているのだが。

ヒューストンはそこまで日下部のことを知らない。そして知っていたとしても、抱く感情がそれで何か変わることはなかっただろう。

 

「艦娘としてのお仕事はきちんとします。それでは」

「んー。助かる」

背中に日下部の視線を感じながら、ヒューストンは悠然とその場を歩み去った。

提督を困らせるのは、本来良いことではないと理解しながらも……正直、少しだけ気持ちが良かった。

 


 

その一度きりで終われば、大きな問題ではなかったのだろうけども。

 

「ねぇ。私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、あれ春イベの頃のことよ? 私はもう吹っ切ったから、いつまでもそんなに提督に怒ってないで、ね?」

さすがにそんな態度を続けるのを見かねて、当事者であるはずのノーザンプトン自身がそんな風にたしなめる羽目になった。

 

「だって私は、こないだ知ったんですもの。だから今怒ってます。大体、なんでノーザはアレに惚れたんですか!?」

それでも怒り冷めやらぬといった感じでヒューストンは言葉を返すが、

 

「あー。あたし、ノーザの気持ちわかるなぁ。何しろ深海堕ちから助けてもらったし」

横から口を挟んできたのは、アメリカ艦娘の同僚である軽巡・ホノルルだ。

今は夏イベントの少し前に恋人同士になった日本軽巡の神通を交えて、ノーザンプトンの部屋にて四人で酒を酌み交わしている。

 

「だって何も考えられなくなって、嫌な光景だけを延々見せられてる時に、不意に提督の声が聞こえてきて、自分の意識を取り戻すんだよ? そりゃあ、好きにもなるよ」

「ホノルルさん……、そんな感じだったんですね」

「あ、いや、あくまでその時の話ね! 今好きなのは、神通だよ!」

少しだけ憂いを帯びた視線を向けてきた恋人に、慌ててホノルルは弁明する。

 

「まぁ、正直最初は怖かったけど! でもあんな情熱的に迫られたら」

「うふふ、落とされましたか?」

「あー、もう! 落とされました!」

くすくす、と神通の笑い声が響く。どうやら最初から全部わかっていて、わざと拗ねるような真似をしてみせたようだ。

普段の彼女はここまで大胆ではなかったはずだが、アルコールの成せる業か。

あるいは案外、これこそが本当の彼女の姿なのかもしれないと、ヒューストンは思う。

そんな二人の世界を展開するホノルルと神通の姿に、

 

「ヒューストン、あのバカップルなんとかしてー!」

やけになったような叫びを上げたのは、ノーザンプトンだった。

 

「あーもう、ノーザも新しい恋がしたいです! ホーネットはまだうちに着任しないんですかー!?」

「ノーザも両刀行けたんですね……」

前世において縁のあったアメリカ正規空母の名を挙げられ、ヒューストンは思わず溜息をついた。

同艦交信で他のヒューストンと話した時に、ホーネットという艦娘の基本的な性格については聞いている。だが艦娘の性格については、個体ごとに結構な差があるものだ。

日下部鎮守府に着任するホーネットが恋愛に興味を持つかはわからないし、持ったとしてその対象にノーザンプトンを選ぶかはもっとわからない。

――何よりノーザンプトンが艦娘に恋ができるのであれば、ホーネットより……。

 

そこまで考えたところで、もう一度溜息をつく。

ああ。結局自分は、日下部に嫉妬していただけなのかもしれない。

 

「当事者のノーザがもういいって言うなら、私も矛を収めます。あんまり引きずっても、作戦行動に支障が出ますしね」

「うんうん、それでいいですよ」

何も知らないノーザンプトンの、丸みを帯びた笑顔。

ずっとそんな風に、笑っていて欲しいと思う。

 

「ところで今回の要救助対象、イタリアのConte di Cavour(コンテ・ディ・カブール)だっけ? あたしやノーザの時のこと考えると……」

「あー。まぁ、そこは提督自身と、提督の嫁艦候補たちの問題ですし? 恋も戦いなんですから、せいぜいノーザやホノルルの時の戦訓を活かしてもらわないと」

「川内姉さん、また苦労しそうです」

「大丈夫っしょ。なんだかんだで提督、川内にベタ惚れしてっし!」

そんな他三人の会話を、どこか上の空で聞き流しながら、ヒューストンは決意する。

 

先日の態度について、後で日下部に謝っておいた方がいいだろう、と。

 


 

そんな風に反省したというのに。

 

「なかなか非常識な話じゃない。イベント中の提督が、数日間も艦隊を離れるなんて」

ヒューストンたち4人のガールズトークの翌日。

日下部の姿は、朝から「いが」艦内になかった。

 

「どういうことなの、大淀?」

「わかりません、私も正確な理由は教えていただいていないです。急に大本営のモーリアック技術元帥に呼び出されて、数日間カイロまで行っているということしか」

ヒューストンは頭を抱えそうになる。これからMA3作戦の最終段階に出撃するというのに。

もちろん大淀は十分に提督代行を努められる指揮能力があるし、自分も日下部が不在だからといって手を抜くつもりは毛頭ないのだが、少し無責任ではないだろうか。

 

「とりあえず第一海域を突破したら、カラブリア岬沖海戦には進まず提督の帰還を待つように言われてますが。川内も詳しい話は聞いてないの?」

「全然。なんか『私は人間をやめるぞ、川内ー!』とか叫んでたけど」

「な、なんですかそれは」

秘書艦である川内の言葉に、大淀もヒューストンも頭を抱えそうになる。

――この時、近くでその言葉を聞いていたある艦娘の顔色が変わったのだが、それはまた別の物語。

 

「仕方ないわね。いないものはいないのですし、割り切りましょう」

ヒューストンの言葉に、大淀と川内も気持ちを切り替える。

 

「地中海艦隊、このヒューストンが預かります。艦隊、前へ。出撃!」

ヒューストンを旗艦とする遊撃部隊、7人の艦娘。

東地中海の一大拠点であるアレクサンドリアから出撃し、深海棲艦を蹴散らしながら、地中海の波濤を切って突き進む。

やがてイタリア半島とサルデーニャ島の間に広がるティレニア海に到達すれば。

待ち構えていたのは、重巡ネ級改率いる前衛旗艦艦隊。

 

「いい子ね、かかってらっしゃい!」

敵深海棲艦を正面に捉え。

艤装の8inch三連装砲 Mk.9を構えながら、ヒューストンは吠えた。

 


 

『お見事です! お疲れ様でした、ヒューストンさん!』

「いが」艦内の司令室から、大淀の声が通信機越しに聞こえてくる。

 

『地中海艦隊、帰投して下さい。日下部鎮守府、これにて第一海域攻略完了です』

「了解です」

ヒューストンは声を返してから、空を見上げた。

視界いっぱいに広がる一面の青に、夏雲の白がまばらに散らばっている。

遥か2000kmの彼方。エジプトのカイロからも、この空の青さは見えるだろうか。

 

(提督。ノーザをあんな理由で泣かせたのは許さないけど。でも公私の別として、戦功はちゃんと認めてね)

我ながら虫のいいことを考えているという自覚はある。

それでも自分は役目を果たしたのだから、そこはやはり一人の艦娘として、認めて欲しいという気持ちはあるのだ。それこそが、自分がこの物質世界に生まれてきた意味なのだから。

 

謝ろうと思った気持ちが胸にこびりついて、まるでしこりのように残っている。

もしこれが先日溜飲を下げたことに対する意趣返しなのだとしたら、見事に過ぎるというものだ。

――日下部が艦娘に対してそんな意地悪をしないことは、もちろん理解してはいるのだけども。

 

少しだけ、目を閉じる。

ああ。あの提督は自分の言ったことなど何も気にしていないかのように、あの少し陰があるけど芯の強い声で、きっとこう言ってくれることだろう。

 

「お疲れ様、ヒューストン。よくやった!」




※夏イベ、E1のラストまでの話です。
ツイッターでの物語展開スケジュールに少し変化がありまして、そちらを優先したためにSSの投稿が遅れていますが、一段落しましたのでこちらも順次投稿していきます。

ヒューストンについて。
E1では手持ちの中では、響(ヴェールヌイ)と並んで史実特攻の乗る数少ない艦娘だったので、活躍していただきました。水着も似合う美人ですが、日下部鎮守府では提督Loveではなく別の艦娘に恋しています。
この辺りの物語の続きを描くためには、それこそホーネットの着任が必要な気がしますが、さていつになることやら。
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