日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
過去ばかり振り向いていたのではダメだ。自分がこれまで何をして、これまでに誰だったのかを受け止めた上で、それを捨てればいい。
すでに晩夏と言える季節にも関わらず、外気温は連日30℃を超えている。
日本の基準で言えば真夏日ということになるが、砂漠気候の乾燥した大気は割合に過ごしやすい。
それ以前にここには十分に空調が効いていて、戦時下としては贅沢とも言えるほどの快適さに満ちていた。
私は、エジプトはカイロの空の下にいる。
中東方面における人類統合軍の一大拠点となっているこの都市には、病院も相応の数が存在する。
そのひとつがモーリアック元帥の名義で借り切られており、私のためだけに厳重な警備が敷かれていた。
そう。モーリアック元帥により、私を
「やぁマコ。術後の経過はどうだい?」
「おかげさまで、今のところ問題は無さそうですね」
少なくとも気分が悪かったり、何かの衝動に襲われたりといったわかりやすい症状はない。
「よし、テストだ。この指は何本?」
「3本ですね」
「君の嫁艦の名前は?」
「正式な嫁艦はまだいませんが、最愛のって意味なら川内ですね」
「僕にキスして?」
「……お断りします」
いきなり何を言い出すのだこのtrapは。
「よし、認識能力も判断能力も問題なし、と」
「ねぇ最後の質問いりましたか!?」
「趣味嗜好や性的指向に変化が無いかは、重要な確認項目だよ? 何しろ、現生人類で今のマコと同じモノになった人は、まだいないんだから」
どうやら純粋に技術的な側面からの質問だったらしい。
少しだけ釈然としない物を感じるが、確かにそこは重要な項目だ。
今回は脳には一切手を入れてはいないとはいえ、首から下はすべて、想念工学で生み出した人工の肉体に置換されている。
精神とは肉体の影響を受けるものだ。まったく何の変化もないなどということはないだろう。
「ねぇマコ。施術した僕が言うのもなんだが、本当に良かったのかい? これでキミは、人間の範疇から半歩以上はみ出したことになる」
「いいんですよ。私を私たらしめてるのは、自我であって肉体ではありませんから」
元帥の言葉に含まれる哀切の響きを、私は一笑に付して答える。
「自分で言うのもなんですが、私は大概な人でなしではありますが。それでも人間なんです。自分でそう思っているのだから、肉体が何になろうと私は人間ですよ」
「そっか。強いね、マコは。まぁ、そんな風に考えられる人間ばかりではないだろうし、これが浸透するのには時間がかかりそうだけど」
私がどちらかというと異端なだけで、普通の人間が肉体的にも人間であることを重視するのは、さすがに理解できる。
いかに艦娘に親和性の高い精神性の持ち主だけを集めた提督とはいえ、そう簡単に人間の肉体を捨てることを受け入れられる者ばかりではないはずだ。
「だが、ここはまだ第一段階でしかないからね」
「ええ、これで私が深海棲艦と直で殴り合えるわけではないですし。それでも、これから人類という種族を拡張する基盤にはなるはずです」
そこで一度言葉を切る。
脳裏に浮かぶのは子供の頃に読んだ、あの傑作のラストシーン。
SF小説としては間違いなく世界屈指の名作だと断言できる、しかしその結末については決して肯定する気になれない、そんな屈折した感想を抱かざるを得ない光景。
「人類の幼年期は、終わったんですよ」
「『幼年期の終わり』、アーサー・C・クラークか。それだと群体生命であることを辞めて、高次元の存在と一体にならないとだけどね」
だが、私はその言葉に首を振る。
「MM技術はあの作品で言うところの『超物理学』そのものだと思いますが、いくらクラークでも実際にこんな技術が発明されるとは思わなかったことでしょう。最新の科学技術で『幼年期の終わり』を解釈したら、こうなるって話ですよ。人はその多様性を保ったまま、人類から進化したっていいはずなんです」
「なるほどねぇ」
元帥は私の意見に、感心したように呟く。
あの小説の中で
その代表者たるカレルレンはその超技術を持って地球からすべての争いをなくし、どこか牧歌的な「黄金時代」をもたらして……そして最終的に、物質世界としての地球を終わらせた。
当たり前だがそんな宇宙人は小説の登場人物でしかなく、現実には存在しない。
――そう。
カレルレンは、来訪しなかったのだ。
内陸のカイロから港湾部のアレクサンドリアに移動すれば、潮風が鼻腔に飛び込んでくる。
以前は特に海の男というわけでもなかったが、提督として過ごしたこの半年強の時間は、私をその臭いに懐かしさを覚えるように変えていた。
さて、と。戻ってきたはいいが、あいつらは私だと気付いてくれるだろうか?
そんなことを考えながら接岸中の「いが」に近付くと、甲板上に大淀の眼鏡姿が見えた。
「おーい、大淀ー!」
呼びかけて手を振る。
「あら、どなたで……えっ、提督!?」
大淀はこちらに気付き、一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべた。
「ああ、良かった。気付かれないかと思った」
「眼鏡が無いので、一瞬どなたかわかりませんでした」
「ああ、レーシック手術を受けてきたんだ。ってのは冗談だが。どれ、今そっちに行くな」
そう言葉をかけると、私は埠頭のコンクリートを蹴って跳び上がった。
数メートルを軽々と跳躍して、私は「いが」の甲板へと降り立つ。
「えっ……!?」
よしよし、驚いてくれたな。正直こういう反応を求めていた部分はある。
大きく見開かれた大淀の瞳に、今の私の姿はどのように写っていることだろうか。
そんなやり取りをしていると、
「大淀? 誰か来てるの?」
「お、川内も来たな。おーい川内ー!」
「この声、提督? おかえ……り……、えっ……?」
「ああ、眼鏡か? レーシック手術をだな」
思わず微笑と共に言おうとしたのだが、
「それだけじゃなくて。なんで、日向さんと同じ瞳の色になってるの……?」
いささか予想外のその反応は、しかし川内が私のことを良く見てくれていることを意味していた。
「うん、やっぱりお前は気付くか。よしよし愛いやつめ」
「……それに」
「それに? むぎゅーと抱きついてきて、どうした」
たった数日しか離れてないのに、そんなに恋しくなったのか?
と一瞬思ったが、どうやらそうではなく、
「提督の匂いが、しない。どっちかっていうと、日向さんの匂いに近い気がする……」
「ああ、なるほど。良いところに気付くなお前」
「え、やっぱり浮気!?」
「浮気で瞳の色が物理的に変化してたまるか阿呆」
まだそんなことを言っているのか。
「あー、ちゃんと説明するから。ひとまず嫁艦候補のみんなを私の部屋に呼んできて欲しい」
「うん、わかった」
快く返事をした川内の黒髪を、くしゃくしゃと撫でる。
私の手は、もはや生得の物ではないけれども。
嬉しそうに目を細める川内の姿を見れば、そんなのは些細なことだと確信できた。
「というわけで、ちょっと人間から進化してみた」
「というわけで、じゃなーいっ! なんでそんな大事なこと、先に言ってくれないのーっ!」
「いや、だって成功するかわからなかったし」
元帥の技術はもちろん信頼している。
そして逆に万が一があれば、どうせみんな揃って「終わって」しまうのだ。
だから特に事前に報告する必要性を感じなかったのだが、
「し、信じられないこの人」
わなわなと震える姿を見ると、さすがにちょっと失敗したかなという気持ちになる。
わかった、次の機会からはちゃんと事前に伝えておこう。
そんな風に反省していると、
「え、というかベースが日向さんってことは!?」
いきなり何かを思い立ったかのように、川内は顔を挙げた。
おもむろにこちらに近付くと、
「Hey川内、突然提督のデリケートな部分をまさぐって、どうしましター!?」
金剛が驚きの声を上げる。
かく言う私もさすがにびっくりした。なんだ、発情するにしてもいきなり過ぎないか!?
――と思ったが、別にそういうわけではないようで、
「あ、ある。良かった……」
「あ、そこ? 大丈夫、あくまで『艦娘を参考にして想念工学で作った肉体』であって、別に艦娘そのものになったわけじゃないから」
艦娘という生物を艦娘たらしめているのは、過去の軍艦の概念を内包した概念核だ。
概念核そのものを創造することは、少なくとも人類には不可能だ。そして「深海棲艦側の艦娘」が存在しない以上、高次AIにも不可能だと考えるべきだろう。
とはいえ艦娘の身体構造を、男性の肉体に応用するのが大変だったのは事実だ。
だが元帥は、元々想念工学の人体への適用にかけては世界的な権威だ。男性の身体にも女性の身体にもとても詳しい。
そんな元帥だからこそ、成し得た偉業だろう。
と、そこで秋雲が、
「ところで、なんで真っ先に全員集められたのさー? 秘書艦の川内さんはともかく、大淀さんとか明石さんとか、もっと優先して説明すべき人いるんじゃないのー?」
「ああ、その辺にもちゃんと後で説明するよ。みんなに最初に集まってもらったのはだな、この肉体の実証試験をしろと元帥に言われてるんで、付き合ってもらいたいんだ」
「実証試験?」
「ああ。その、端的に言うとだな……」
さすがにちょっと恥ずかしい内容なので、思わず小声になる。
それを聞いた皆は、
「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」
盛大に素っ頓狂な声を上げた。
「あー。本来は私の趣味でも無いんで、無理にとは言わないぞ? でも、私も正直興味がゼロってわけじゃないし、お前たちの中にもいるだろ? その、興味ある奴」
ぐるりと見渡せば、
「て、てーとくがどうしてもって言うなら」
「ま、何事も経験だよね」
真っ先に同意したのはゴーヤと秋雲だった。
よし、お前たち二人はそう言うと思ってたよ。
「私は……申し訳ありません。遠慮させていただきます」
一方でしずしずと固辞したのは赤城。こちらもまぁ、予想通りといえば予想通りだ。
「ケッコンするまでシないって約束か? 今回だけは例外にしてもいいと思うんだが……」
「いえ、その……正直、一度でも提督とシてしまったら、もう歯止め役になれないという自覚があるものでして」
「ああ、なるほど。うんわかった。なら無理にとは言わないよ」
なんとなくだが、赤城が強烈な性癖を隠し持っていることに、最近は薄々気付いていた。
それを完全に理性で制御しているところは、凄まじいの一言なのだが。
いずれにせよ私に強要するつもりはない。残念だが、不参加なら仕方ないだろう。
「金剛は? お前は性癖どノーマルだから、不参加かな?」
「Hmm...いえ、参加しマース」
「おや、意外な」
「私は自分の性癖として普通にスるのが好きなだけで、愛する人の性癖を受け止められないほど狭量ではないデース」
「いや、別に私の性癖でもないって言ってるよね!?」
なんだろう、さてはこいつも順調にスケベになってるな。
「青葉は……」
「お前は参加ね」
「選択の余地無しですか……ッ!? 青葉の意志を尊重してくれないんですかーっ!」
「じゃあ今からキスして3分ほど口の中ねぶった後に同じ質問するから、それで決めよう」
私がそう言うと、青葉はがっくりと肩を落として、
「わかりました参加します……」
「お、よしよし」
一見すると諦めて渋々従ってるような顔をしているが、もし本当に仲間外れにしたら落ち込むような奴であることを、私はもう知っている。
単に恥ずかしがってるだけで、こいつも大概にM気質なのだ。
「で、最後に川内は」
「えっそんな恥ずかしいけど正直興味あるしなんか楽しそうだし新しい夜戦とかあたしが参加しないとか嘘だし」
「あ、訊くまでも無かった」
めっちゃ早口だな、おい。
「じゃあOK、赤城以外参加ね。んじゃ夜に」
私が宣言すると、皆の顔には一様に羞恥と期待の入り混じった色が広がる。
艦娘という種族自体にそういう傾向はあるが、中でもこいつらは私が選んだだけあって、端的に言ってドスケベなのだ。
「学生時代の一番ヤってた時でもさすがにしたこと無いけど、どんなになるのかなぁ」
もちろん私だって負けず劣らずスケベだが、さすがに今回する予定のことは初めての体験だ。
というかそれこそエロ漫画でもなければ、身体機能的に普通の人間には無理じゃないだろうか、この数は。
「
※というわけで、ついに日下部が
何をもって人間を定義するかは難しいものですが、前話において「人間をやめるぞー!」と叫んだことと、今話で「肉体が何になろうと私は人間ですよ」と答えたことは、日下部の中では特に矛盾していません。
要するに「客観的に見たら人間とは呼べないかもしれないけど、自分では人間だと思っている」ということですね。
「幼年期の終わり」について。
作者が一番好きなSF小説を挙げろと言われたら、真っ先に挙げるくらい大好きな作品です。
ただし結末については、日本人の感覚では肯定的に受け止めるのは難しいかと思います(日下部に言わせた通り、私も否定的な感想です)。
今作の結末に対するアンチテーゼであろう「新世紀エヴァンゲリオン」や、カレルレンというキャラクターが登場する「ゼノギアス」など、影響を受けた後続作品は数多いかと思います。
本作「日下部鎮守府の物語」においても、重要なファクターです(各種オカルトと同程度には)。
今話でネタバレはしましたが、wikipediaで読める程度の内容しか書いてませんので、ご興味を持たれた方はぜひご自分でお読みになることをお勧めいたします。
本作が先に進むと、もっとがっつりネタバレしますよ。
なお作品タイトルに関する細かい話ですが、ハヤカワ文庫版は「幼年期の終り」、光文社古典新訳文庫版は「幼年期の終わり」となっています。
私が読んだのはハヤカワ文庫版ではありますが、私の感覚では「終」の送り仮名には
「わ」が入るのが正しいと感じますので、本作では「幼年期の終わり」で統一させていただきます。