日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
恋ってのは、それはもう、ため息と涙でできたものですよ。
シェイクスピアの戯曲もかくやというような、まさしく夏の夜の夢が空けた翌日。
朝と言うにはやや遅い時間。
アレクサンドリアの街中にあるカフェの一角で、重巡・衣笠はようやく起き出してきた姉の
が、その内容ときたら、
「ガサ、青葉見ちゃったんだけど。川内はかなりのMで秋雲はド変態でゴーヤは底無しだった! まともな人だと思ってた金剛さんまで、何かに目覚めたらしくってノリノリで青葉を責めてくるし……みんなおかしい。6P怖いよー」
「それをわざわざ衣笠さんに報告してくる青葉も、相当おかしいと思うけど?」
思わずジト目になる。それを聞かせてどうしろというのだ。
「大体どうせ青葉も提督に責められて、いい声で鳴いてたんでしょ?」
「て、てへっ?」
いたずらっぽい表情で舌を出す姉に、思わず溜息が出る。
なんだかんだでその「みんなおかしい」の一員を喜んでやっているのだから、いい加減開き直ればいいのにと思う。
「あーあ。衣笠さんも早めに提督さんとそういう関係になっとけば良かった」
「ガ、ガサは駄目! 姉妹で似てるのにガサのが性能いいんだから、青葉の席取られちゃう!」
慌てて言う青葉の姿に、
「……くすっ」
衣笠は微かに笑みをこぼす。
あの提督は青葉のことだってちゃんと大好きなんだから、そんな心配は杞憂としか思えないのだが。
でもなんとなく癪だから、その言葉は口にしないでおくことにした。
昼下りの午後。
「いが」艦内を歩いていた日向は、不意に自分を呼ぶ声が聞こえて振り向いた。
「提督。どうした?」
「先に謝っておく。すまん!」
「……? それはどういう」
訳も分からず謝られて困惑していたら、
「Hey日向ー、ここにいましたカー! ちょっと私とハグしましょー……ンー、やっぱり提督と同じ匂いネー!」
いきなり横合いから金剛に飛び付かれ、力強くむぎゅっと抱き締められた。
「な、何だ急に……っ!?」
「日向の匂いが私に似てるんじゃなくて、私の新しい匂いが日向に似てるんだがな」
「冷静に言ってないで助けてくれ! うあっ、金剛どこを……」
ハグどころか妙なところに手を差し込まれている。
というか、ここは廊下のど真ん中だ。いつも提督に言ってるのだから、時間と場所をわきまえろ。いやわきまえればしていいという意味ではなく。
「私、気付きましター。提督にシてもらうのも好きなのですガー、実は艦娘の子にスるのも結構好きだったみたいデース!」
どうやら昨晩、日下部の命令で青葉を責めるのを手伝った結果、何かが金剛の中で目覚めてしまったらしい。
「立派な
「だ、だって提督とは昨日、死ぬほどシましたシ……」
「なぁ。我ながら5人合計で50発以上出るとは予想外だった。自分がもはや人間ではないことを、改めて自覚したよ」
どれだけ精力絶倫であっても、人間には到底不可能な数字。
「た、体臭が似てるのは理解してるが、なぜ私が……」
「体臭って、性的興奮に小さくない影響があるんだぞ? ああ、まぁシたこと無いとわかんないかな」
そんなことはない。よく知っている。
夏イベント開始前、「艦娘の性的絶頂時のデータ」を取るために大本営直轄の夕張が用意してくれた、日下部の体臭が染み付いた制服の上着。
きっとこの人は自分が何故そんな物を要求したかなんて、まったく気付いてないのだろう。
「日向は好きな奴とかいないの?」
だからこんな無神経なことを、いともたやすく言えるのだ。
「もし特にいないなら、このまま金剛とシてみるのも一興……」
――その辺りが、限界だった。
「……うっ、ひっく。うあああああっ!」
心も身体もぐちゃぐちゃだった。
自分の置かれている今の状況を理解することを、理性が拒んでいる。
普段の自分が周囲に見せている姿なんか全部放り投げて、ただただみっともなく泣き喚く。
「うあっ!? お、おい日向。いきなりどうした!」
日下部が困惑の声を上げる。
一方で金剛は、
「なんとなく察しましター。日向、本当にSorryね。日向の気持ち、まったく気付いてなかったデース」
やはり恋に関することだからか、日向が何故泣いたかの理由をほぼ正確に察し、バツの悪そうな表情を浮かべた。
「……?」
「提督が気付けるわけないネー。困りましター」
許されるなら日向を優しく抱きしめたいくらいなのだが、彼女を傷付けたのは間違いなく自分なのだ。
実際にやったところで、さらに取り乱させるだけだろう。
戸惑う金剛に、不意に横から声がかけられた。
「はいはい、ここは預かるわよ」
「伊勢……?」
日向の姉である航空戦艦・伊勢が、そこに立っていた。
声の調子は普段どおりだが、その唇はきつく結ばれ、まなじりは釣り上がっている。
「金剛、今後は日向に迫るの禁止ね」
「Yes...」
しゅんとうなだれて同意する。もちろん異存はない。
金剛が素直に応じたのを見て、伊勢は日下部へと向き直る。
「提督。あとで一発殴りに行くから。日向と似た身体になったんなら、一発くらい殴っても平気でしょ?」
「……、殴られる理由が今ひとつわからんが、まぁ構わんぞ」
日向が泣いていることについて、伊勢が怒っているのはさすがに理解できる。
そして金剛が止めに入らない以上、日向が泣いた理由は自分に何か非があるのだろう。
なら理解できずとも、その感情を受け止めてやるのは提督の役割だ、と日下部は考える。
そしてどうせ伊勢に攻撃を許すなら、
そんな日下部の思惑までは気付かず、伊勢は日向の手を優しく握った。
「ひっく……伊勢……?」
そこで初めて伊勢の存在を認識した日向は、ぼんやりとその顔を見上げる。
日向に優しく微笑みを返すと、伊勢は目を閉じる。
そして、日常においては聞き慣れない言葉を紡ぎ始めた。
「
本来はもっと長い、一連の言葉の冒頭部。
そこまでを読み上げると、伊勢は日向の手を引いて去っていく。
――日下部は、その言葉について知っていた。
「……? 『
日本神道の総本山、伊勢神宮。
天照大御神の祀られたその内宮に拝礼する時に、神職が奉納すべきとされている祝詞。
当たり前だが、誰もが知っている知識ではない。
何か重要なことに気付きそうになるのだが、
「提督はとりあえず、私と一緒に反省するデース!」
「お、おう?」
金剛に軽く耳を引っ張られたため、その件について日下部がそれ以上考えることはなかった。
『それはマコが悪い。と言いたいところだが、僕はマコのこと知ってるから、仕方ないとしか言いようが無いねぇ』
カイロから通信端末越しに聞こえてくるモーリアックの声は、溜息混じりだった。
「はぁ。未だに、伊勢にぶん殴られた理由がわからないんで、反省しようにも反省できないんですが。金剛に聞いても、具体的なこと言わないし」
『時々、なんで君がモテるか分からなくなる。僕が言えた義理じゃないけども』
「顔が良くて頭が切れるからですかね?」
『自惚れも大概にしたまえ』
かつて自分が惹かれたのはまさしくそんな部分なのだが、その事実を棚に上げてモーリアックは言う。
今度は日下部が溜息をつく番だった。
「それより元帥、送信した報告書はお読みいただけましたか?」
『見た見た。身体能力が日向くんに若干及ばないのは、マコ本来のスペックの影響かな?』
「でしょうね。長谷川だの舞津さんだのが
この辺りは、コスト面での改良の余地が多いにあるだろう。
『さすがに水の上は歩けないみたいだね?』
「あれは艦娘の身体機能ではなく、軍艦の概念による物みたいですね」
『痛覚はあるけど人間より遥かに鈍い、と』
「伊勢にぶん殴られた後、艤装で撃たせて中破しましたけど、両腕吹っ飛んでるのに『痛い』程度で済んでるのは凄いなと」
かつて殺されかけたことで人生観が180度変わった男が、下手をすれば致命傷となるような話を実に涼しい声で言ってのけた。
そのあまりの平然さは、逆にモーリアックの方が戦慄したほどだ。
『地球意志と接続してないから、轟沈ストッパーは効かないからね? まかり間違って死ぬなよ?』
「大丈夫ですよ。例のアレはきちんと装備して試しましたし」
であれば理論上は大丈夫なはずだが、その「理論上」に躊躇なく命をかけるのは、さすがにぶっ飛んでいるとしか言いようがない。
『
「少なくとも中破は一瞬で直りました。艦娘の身体って、壊れてもこんなに簡単に直るんですね」
『マコ!?』
今度こそ、その声の冷たさにモーリアックは驚きの声を上げる。
それはまるで、自分の知る日下部ではないかのような無機質さだった。
――あるいは、こうも言えるか。
「どうしました、元帥? いきなり大声を出したりして」
『い、いや……』
きょとんした様子で尋ね返す声は、もう普段の日下部だったから、モーリアックはそれ以上この件について触れることができなかった。
代わりに報告書の内容の続きを読み上げる。
『あっち方面だが……すごいね、一晩で53発。通常の人間とは文字通り桁が違う』
「10代のガキの頃ならともかく、最近はさすがに多くて5回でしたけども」
『いや待て。それは絶対に、元から相当に多いぞ。きっと運動能力と同じで、元々のマコのスペックの影響が大きそうだな』
呆れたようにモーリアックは呟いた。
「ところで他の項目はともかく、なんでこんなデータが必要だったんです?」
『まぁ、少しでも多くの艦娘とシたがる提督は結構多いんだよ。艦娘ってみんな可愛いし』
「好きな子とだけ、じっくりシた方が絶対気持ちいいんですけどねー」
『黙れモテ男』
どちらかというと、日下部が提督としては例外のタイプだ。
停滞の時代を通じて人類の貞操観念が緩んでいたとはいえ、謹厳実直な軍人上がりで、提督になって初めてこれだけの女性に触れる者は多い。
そしてそういう者ほど艦娘だらけの生活の中では、箍が外れるものだ。
『逆に戦後向けの意図もある。「種の目的を果たした艦娘は消えてしまう」なんてのは想定するだけ無駄なんで、残る前提で考えるとだね。生殖機能を再び持ってもらうのは既定路線なんだが、そのまま人間に混じってもらうと、いらぬ反発が起きるよね』
「……ずいぶんと控え目な言い方だとは思いますが」
『だから戦後も提督は艦娘を囲って、一般の人類とは距離を置いて生活してもらいたいんだ』
それは言外に、こう告げている。
――
いつか
その時こそ初めて、人類と艦娘は本当の意味で共存できる関係になれることだろう。
「なるほど……。元帥、改めてあなたを尊敬致します」
『なんだい、藪から棒に』
「だって、あなたはこんなにも人類と艦娘の行く末を考えている。なのに、あなた自身は……」
そんな新たな時代を築こうと誰よりも努力している当人は、確実にその光景の中にいないのだ。
『前にも言っただろう。その話をするには、周回遅れもいいところだって』
日下部は、その言葉にくらくらする。
日想研副所長時代のジャン・モーリアックは、ここまで強い人間では無かったはずだ。
『マコはたまたま、シンギュラリティ到来より前に機会があって、生き方も価値観も変わったんだろうけどさ。多くの人間にとっては、あのシンギュラリティこそが変わるきっかけそのものだったんだよ。僕だけじゃない。リスブランだって舞津くんだって、それぞれの
20年に渡る停滞の時代は、世界から全体的に「死」を遠ざけた。
だからこそ唐突に襲ってきた「死」によって、人類は変わらざるを得なかった。変われなかった者から、順番に死んでいったのだ。
そうしてまた、夏の夜がひとつ更けていく。
人間と艦娘と
正確に答えられる者は、どこにも存在しない。
※これにて「日下部が
本話タイトルは、シェイクスピアの戯曲「夏の夜の夢」と松尾芭蕉の俳句「夏草や兵どもが夢の跡」の合成です。
ちなみに「夏の夜の夢」は日本語だと「真夏の夜の夢」と訳されることが多いと思うのですが、いかんせん元ネタと違って作中時間は真夏どころか晩夏も晩夏であることと、ネットミーム的に「真夏」「夜」「夢」が並ぶとちょっと印象がよろしくないな……と判断したため、このようになりました。
ちなみに意味がわからない方、ぜひそのままでいて下さい。
まぁ人間だった頃の日下部の「5回」って十分にマジカルチ○ポだと思うのですが、一応男性の「一晩での射精回数」を調査した結果の最大値ではあります。ネットで拾った調査結果なので、本当かはわかりませんが。
リアルではいよいよ秋イベ後段始まりましたが、しばらくは情報収集のためイベント海域には出ないので、SSも通常通り投稿する予定です。
「11月中に夏イベの話を終わらせる」のは無理そうですが、少しでも進めておこうかと思います。