日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


その比翼に連理はあるか 2

人は、人を愛していると思い込み、実は自分自身だけしか愛していない場合が多い。

――瀬戸内寂聴

 

 

「しっ、司令官! 青葉見ちゃいました!」

そんな声と共に、執務室の扉がノックなしで開け放たれる。

超人(ポストヒューマン)化の前後で溜まっていた書類仕事を片付けていた日下部は、騒々しく飛び込んできた青葉に対し、訝しがるような視線を向けた。

 

「お、なんだ。お前のことだから大したスクープでも……」

「今朝なんですが、加賀さんが瑞鶴の部屋から出てきました!」

「ぶはぁッ!! マジモンのスクープじゃないか! 何見ちゃってるの青葉!?」

思わず目を剥く。

川内が演習標的艦の業務で出払っていなかったら、きっと叫び声を上げていたことだろう。

 

「司令官、あのお二人って最近どうだったんです?」

「いや、私も知らん。1ヶ月くらい前に金剛に投げた後、その後どうなったかさっぱり」

金剛からは、この件に関わるなと釘を刺されている。

恋愛に関することについては、日下部は金剛の判断を全面的に信頼していた。だから加賀に対しても瑞鶴に対しても、「提督と艦娘」としての関わり以外を持とうとはしていなかったのだが……。

 

「ちょっとこれ、書類仕事してる場合じゃないぞ」

「あ、さぼるつもりですね!」

「人聞きが悪い。艦娘同士の円滑な関係性構築だって立派な提督の仕事だ。だから単にどっちを優先するかって話でしかないぞ」

そもそも元工学者だし、書類仕事は全然苦手ではないのだ。

まぁ、野次馬根性がまったくないかと言われたら目を逸らすしかないのだが。

 

「金剛の奴、この時間はどこにいるかな……?」

とりあえず川内に書き置きを残すと、日下部は青葉を伴って金剛の姿を探し始めた。

 


 

「金剛、瑞鶴と加賀って結局どうなってるの?」

「夏イベ前に加賀とは話しましター。ちょっと他の金剛の話しをネー?」

金剛を「いが」艦内の食堂で発見した日下部は、青葉も交えた3人で昼食を取りながら、加賀と瑞鶴の話をしていた。

提督に愛されなかった金剛は悲しい存在だが、その中の一定数が比叡や他の妹への恋に走って救われることがある。

恋においては、妥協や割り切りも立派な戦術だ。

持論を加賀にぶつけたことを、日下部に伝える。

 

「うん、それはいいんじゃないか? 恋愛なんて、きっかけはどうでもいいからな。どっちが告白したとか、最初は違う人を好きだったとか、そんなの些細な話だよ。始まった恋を、二人でどう育てるかの方がよっぽど大事だ。告白された側だって、受け入れたなら相手のことを一生懸命好きにならないといけない。と、私は思ってる」

「提督の考え方、私も賛成デース。だから加賀にはその辺伝えたのですガー、ご存知の通り恋に臆病なのが、うちの加賀ですのデー……肝心の瑞鶴の本当の気持ちが分からない以上、あまり強くは押せなかったデース」

「十分だろ、ありがとな金剛」

日下部は感謝の言葉と共に、金剛に笑みを向ける。

 

「すみません、お話が聞こえてしまいました。言うべきか悩んだのですが……」

その時、不意に横合いから声がかけられる。そちらを見やれば、赤城の姿。

何かを言いたそうな、しかし言いづらそうな態度でそこに立っている。

 

「おう、赤城。どうした? とりあえず席ひとつ空いてるから座れよ」

日下部は四人がけの席の空きを指し示した。

赤城はしばし逡巡していたが、意を決したような表情で、勧められた席に腰を下ろす。つまり、話す気になったということだ。

もったいぶった赤城の態度に、少しだけ焦らされたような気分になるが、

 

「私、昨日の夜加賀さんに振られました。『赤城さんのことが好きだったわ。もう過去形だけど、この恋を決着させないと先に進めないので伝えます』だそうです」

次の瞬間に放たれた言葉は、確かにそうするだけの価値がある内容だった。

 

「はぁぁぁ!? なんですかそれぇ!」

「な、何があったんだ加賀。ヘタレズどころか、男前になりすぎだろ!?」

思わず叫び声を上げる青葉に、狼狽する日下部。

 

「赤城、お前は平気なのか?」

「加賀さんにそのように見られていたことには、本当に気付きませんでした。瑞鶴と仲良くしている姿を見て『寂しい』と感じたこと、今は認めますが、それは親友が離れていく寂しさであって恋ではないと思っています。だから『悲しい』よりも『驚いた』といった方が正確です」

「私は他人の感情を察せないからな、強がられてもわからんぞ?」

「提督、赤城は嘘は言ってないと思いマース」

金剛がフォローを入れれば、ようやく日下部は胸を撫で下ろす。

 

「それにしても、何故急に加賀はそんなに行動的になったんだろうな?」

素朴な疑問が、思わず口を突いて出る。

それに答えて赤城は、

 

「提督、これは私の予想なのですが。加賀さん、誰か自分と同じくらい恋に臆病な人を見たのではないでしょうか。あの方、負けず嫌いですし面倒見も良いので……自分の背中を、その人に見せたかったのでは?」

そんな、突拍子もないようなことを口にした。

 


 

「なら最後の質問だ、提督。もし種の目的を果たした艦娘が、それでも消えずに残ったとして。()()()()()()()()()()()()()()()に対して、君はどうするつもりだ?」

「その答えもとっくに決まっているよ、日向。その時私は超人(ポストヒューマン)だ。その敵は私にとっても敵でしかない。生きるも死ぬも、最後まで私は艦娘と一緒だよ」

ああ。何故この人は、そこまでの愛を自分たちに注いでくれるのだろう。

 

艦娘なんてどこまでも人間にとって都合よく作られた、人間を助けるためだけに生まれた種族なのだから、適当に使い潰したって構わないはずなのに。

好きな物も好きな人もできたし、報われたくないと言ったら嘘になってしまうけど、最後は悲恋で終わるだろうと覚悟もしていた。

 


 

「とりあえず第一海域を突破したら、カラブリア岬沖海戦には進まず提督の帰還を待つように言われてますが。川内も詳しい話は聞いてないの?」

「全然。なんか『私は人間をやめるぞ、川内ー!』とか叫んでたけど」

「な、なんですかそれは」

少し前に耳にした、大淀と川内の会話。

本当に日下部は、人間であることに一切の未練はないのだろうか。

 

おそらく今聞いたら、ないと断言するだろう。

だが、この戦いに勝利することができたとして。艦娘が消える・残るに関わらず、超人(ポストヒューマン)となった日下部は、現生人類からは石持て追われる立場になるだろう。

そうなった時に、本当に後悔しないのだろうか。

もし自分がその場に残っていても、本当に一切の恨み言をぶつけないのだろうか。

一転して日下部に責められる姿を想像してみたら、とても耐えられそうになかった。

 


 

だから実際に変わった日下部を見た時、

 

「日向? どうした?」

「いや、なんでも……無い」

この人を、人ではなくしてしまった自分には。

瑞雲の話を聞いてもらう資格が……好きと伝える資格が、もう無いと思った。

 


 

「日向。Admiralは自分の在り方を、自分自身で選んだのよ。あなたが気負うことではないわ」

超人(ポストヒューマン)になった日下部から説明を受けた後、一緒に日下部の部屋を辞したウォースパイトがそんなことを言ってきた。

 

「いきなり何を……」

「着任して間もない私が言うのは余計なお世話かもしれないけど。見ていたら、大体あなたの考えていることは理解できる。でもね、それはAdmiralの決断に対する侮辱だと思うわ」

ああ。このイギリスの艦娘は、その見た目通りとても気高いのだろう。

自分も、このくらいの潔さが持てれば良かった。

 


 

「私は、提督を人間ではなくしてしまって。いずれ後悔した提督に責められることを想像して怖くなって、想いを伝える資格なんかないと思ったくせに。提督にまったく気持ちを気付いてもらえてなくて、無神経な言葉に傷付いて、みっともなく泣きだして。本当に、どうしようもないな」

日向は長い長い愚痴をこぼした後、自棄になったように清酒を一杯飲み干す。

 

目の前の艦娘は黙ってそれを聞いていたが、やがて、

 

「はぁ……」

盛大に溜息をついた。

 

「なんだ。どうして君がそんな表情をする」

「あなただって、ウォースパイトの言葉が正しいことは理解しているのでしょう?」

「加賀……?」

言葉に込められた棘を敏感に感じ取って、日向は不安そうにその艦娘の名前を呼んだ。

 

落ち着きを取り戻したら、いつの間にか夜になっていた。

先程までの自分がとても格好悪かったような気がして、伊勢には一人にして欲しいと告げた。

そうして居酒屋鳳翔で呑んでいたところに、たまたま加賀がやって来たのである。

姉妹でも、日下部と距離の近い艦娘でもない加賀は、愚痴をこぼす相手に最適だと思った。

最初は迷惑そうにしていた加賀だったが、それでも黙って話を聞いていてくれたのだが……、

 

「あの提督が、そんなことであなたを責めるとは到底思えないわ。それはあなただってわかっているはず。結局あなたは、自分の恋に対して臆病になっているだけでしょう」

「……そうかもしれない。けど、恋に対して臆病云々は加賀、君にだけは言われたくないぞ」

売り言葉に買い言葉。

冷静だったら絶対に言わないようなことだが、しこたま酒精の回っている日向は、ついそんなことを口にしてしまう。

 

瞬間、加賀の瞳から一切の温度が消えた。

貫くような視線に射すくめられて、ようやく日向は自分が何を口にしたか気付く。

慌てて謝ろうとするが、それよりも早く、

 

「そうね、あなたの言う通り。私も、自分の恋に対して臆病だった。あなたを見ていたら、それがどれだけ格好悪いか理解できました」

加賀の瞳に宿るのは、覚悟の色。

実戦ではいともたやすく決められるそれを、恋に対してはどうしても持てなかった。

けれども。

 

「やることができました。申し訳ないけど、私はこれで失礼します。あなたはそこで見ているといいわ、『四航戦』」

傲然と立ち上がり、加賀は歩き出す。

その背中には、間違いなく一航戦の誇りが満ち満ちていた。

 


 

ミッドウェー海戦での空母4隻撃沈は、日本に深刻な空母戦力不足をもたらした。

それを補うために、日本海軍はもはやなりふり構ってはいられなかった。

補給艦・速吸は、カタパルトを設置して爆撃機の発艦能力を。

ドイツ客船・シャルンホルストは、日本に引き渡された上で航空母艦・神鷹に改装を。

そして戦艦・伊勢と日向は、後部砲塔を撤去して航空甲板を搭載し、航空戦艦に。

 

誰かの影響でそれまでの自分の在り方がすっかり変わってしまうなど、別に珍しい話でもなんでもないのだ。

ましてや日下部に関しては、自らそれを望んだのだ。仮に本当に後で後悔したとしても、日向に文句を言うのは筋違いどころの騒ぎではない。

そしてそんな筋違いをあの提督が最も嫌っていることは、あまり好感情を抱いていない自分ですら知っている。いわんや、日向が理解できないはずはないのだ。

 

片翼の鳥は、一羽だけでは飛ぶことができない。けれどもう一羽。別の片翼の鳥とつがいになれば、その比翼を使って羽ばたくことができる。

日向もまた、航空戦隊の名を冠する片翼の鳥なれば。

第一の鳥の片割れである自分が、その背中を見せてやるのは道理というものだろう。

 

「瑞鶴! いるかしら?」

赤城への恋を自分の手で終わらせた、その余勢を駆って加賀は瑞鶴の部屋に突撃する。

明日になってしまえば、きっとまた臆病な自分に戻ってしまう。

だから。勝つにしろ負けるにしろ、今日すべての決着を付けるのだ。

 

「加賀さん? わざわざ私の部屋に来るなんて珍しいね。それに、その……いきなり名前を呼んでくれるなんて。ど、どうしたの?」

ノックに応じて扉を空けた瑞鶴は、すっかりくつろいだ格好をしていた。

思わぬ訪問者の思わぬ態度に、上気した表情で出迎えるが、

 

――その腕を強引に取り、手近な壁に身体を押し付ける。

強く壁を打つ、ドンという音が鳴り響いた。

互いの息がかかるほどの至近距離。

驚きに目を見張る瑞鶴の顔が、加賀の視界いっぱいに飛び込んでくる。

 

「瑞鶴? 大きな音がしたけど、どうしたの?」

室内から、翔鶴が姿を現した。どうやら今まで一緒にいたらしい。

加賀はその姿を間違いなく視界の端に捉え、

 

「瑞鶴。私は、あなたが好きよ。私の物になりなさい」

しかし一切躊躇することなく、そのまま瑞鶴の唇を奪う。

まるで見せつけるような、長い長いキス。

 

瑞鶴は、一切抵抗しなかった。

そして翔鶴も驚きに口元を覆ってはいたが、口を差し挟むことはなかった。

やがて唇を放し、加賀は瑞鶴の目をのぞき込む。

 

「返事は?」

「は、はい……」

くたっ、とへたり込むように、瑞鶴は体重を預けてきた。

顔は今にも火を吹きそうに真っ赤になっている。

興奮していることを示す、どこか濃密な匂いが鼻腔に飛び込んでくる。

加賀はその身体を強く抱き締め、顔だけを翔鶴に向けて、

 

「こういうことになったけど。何か、文句はある?」

「文句? いえ、特に。加賀さん、瑞鶴をどうぞよろしくお願いします」

「意外ね。あなたは、瑞鶴のことが好きなのかと思っていたけど。今も一緒にいたようだし」

「好きですよ、姉として。でも断じて恋ではありません。今日もお泊まりするつもりだったけど、本当に同じ部屋で寝るだけのつもりでした。でも、瑞鶴のベッドの隣は加賀さんに譲った方が良さそうね」

「翔鶴姉!?」

瑞鶴が抗議の声を上げそうになるが、ぎゅっと抱き締めて黙らせる。

せっかくの厚意だ。無為にすることはないだろう。

 

「瑞鶴。あなたは私の物になったはずよ。今は私のことだけ考えなさい」

耳元で囁けば、明らかにわかるほどに体温が増していく。

 

明日、臆病な自分に戻ってしまわないように。

この恋が叶った証を、自分と瑞鶴に強く刻み付けようと思った。

 


 

「あっ、そういうことデスカー!?」

赤城の言葉を聞いた金剛は、得心したように声を上げた。

 

「提督。この件はこれまでにするべきデース。加賀の想いがちゃんとその子に伝わってれば……」

「ええ、きっと次は、提督が決断する番のはずですね」

金剛と赤城にかわるがわる言われるも、日下部にその言葉の意味は理解できない。

そして二人とも、敢えて詳しく説明するつもりはなかった。

これはあくまで、日下部と日向の物語なのだから。

 

「え、ということは青葉の大スクープは」

condemnation(ボツ)デース!」

「真剣な恋愛を茶化すのは、あまり感心しませんよ?」

大型艦二人の無慈悲な宣告に、青葉はあんぐりと口を空ける。

 

「戦艦と正規空母の二人がかりで脅されるとか、この鎮守府に報道の自由は無いんですかー!?」

「自由とは自分で勝ち取るものだ。青葉」

面白がって二人に乗っかる日下部に、

 

「司令官の鬼ー!」

少しだけ涙目になって、抗議の声を上げるのだった。




※というわけで瑞加賀話、決着です。
ヘタレズ加賀、やる時はやりました。勢いって大事ですね。
なおツイッターをご覧いただいている方は色々とご存知かとは思いますが、「片翼の鳥」はまだ他にもいますので、このシリーズ自体は続きます。

ところで今話、時系列が入り乱れているのでもしかしたらわかりにくいかもしれません。
一応ここで整理しますと、

日向が日下部の無神経な発言に泣き出す→伊勢が日向を引き取る(ここまで前話「夏の夜の兵どもが夢の跡」)→夜になって落ち着いた日向、恥ずかしくなって一人にして欲しいと伊勢に頼む→日向が居酒屋鳳翔で呑んでいたら、偶然加賀がやってくる→日向、過去の日下部やウォースパイトの発言を回想しながら加賀に愚痴る→加賀、日向の発言に一念発起する→赤城の部屋に行って、過去の恋に決着を付ける→そのまま瑞鶴の部屋に行って告白、夜戦突入→翌朝、加賀が瑞鶴の部屋から出るところを青葉が目撃する→青葉から報告を聞いた日下部、金剛を探して話す→赤城がやってきて、昨日振られたことを告げる

といった時系列になっています。

「比翼連理」という言葉について。
本来は「比翼」と「連理」で別々の言葉です。「比翼(の鳥)」が片翼ずつしかない鳥同士が、支え合って互いの翼をはためかせて飛ぶ様子を表した言葉。一方で「連理」は、ひとつの幹から二股に別れた樹の枝を指す言葉です。
よって本シリーズ名は、日本語としては明らかに間違っているわけですが……「こまけぇこたぁいいんだよ」の精神でお願いします。

艦これ、秋イベ後段作戦に着手しました。
熟練提督が「簡単」を連呼してるので私もまずは甲で挑んでみますが、あくまでこちらは着任一年目提督なので、無理しないペースで頑張りたいと思います。
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