日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


増援輸送作戦!地中海の戦い -その意味に思いを馳せましょう-

言葉は生き物である。それらには性格や、視点、議題がある。

――ハンニバル・バルカ

 

 

「そうか、その先はコート・ダジュールか。あの美しい海岸も、シンギュラリティの到来時にすっかり破壊されたんだよな」

送られてきた映像を見た日下部は、そんな風に呟いた。

恋模様が一段落し、日下部鎮守府の面々はイベント攻略を再開している。

作戦の一環としてジェノヴァ港湾要塞を占拠した港湾夏姫を叩くことを求められ、艦娘たちがそちらに向けて移動を行っている最中のことだった。

 

そこを訪れたのは、生涯で一度。シンギュラリティ到来直前の欧州旅行において、ニースのle poisson(ル・ポワソン)を訪ねたついでに観光した時だけだ。

南仏(プロヴァンス)からイタリアの国境にかけて広がる、風光明媚な保養地。フランス語で「紺碧の海岸」を意味するその名に恥じぬ、どこまでも広がる宝石のような碧い海の色は、今でも記憶に残っている。

――だがその風景は、今は地球上のどこにも存在しない。

 

「そういう場所、世界中にいっぱいあるよね。でも知識の中にあるコート・ダジュール、確かに綺麗なところだね。提督と一緒に来たかったな」

傍らで日下部の言葉を聞いていた川内が、そんな風に応じる。

 

シンギュラリティ到来により人類の生存圏が著しく縮小した影響で、ニースやトゥーロンなどの南仏(プロヴァンス)一帯に住んでいた人間は、地域最大の都市であるマルセイユに纏まって生活することを余儀なくされている。

だから、

 

「あの人は、元気だろうか」

日下部が脳裏に思い浮かべた女性も、今はマルセイユにいるはずだ。

雪のような白い肌に、コート・ダジュールの海の色によく似た碧い瞳。そして、自分にそっくりな銀色の髪。

去年の終わり、シンギュラリティの到来直前に会ったはずなのに、何故だかもう8年くらい会ってない気さえする。

もっともその前に会ったのは20年以上前だから、その尺度で言えば誤差のようなものかもしれないが。

 

「えー、昔の女ー?」

「いや、そんなんじゃないよ」

苦笑しながら、日下部は流暢な――カタカナ発音と評された英語と比べれば、まるでネイティヴスピーカーのような――発音で、とあるフランス語の代名詞を口にする。

 

「……? フランス語わかんなーい」

川内は困惑して聞き返す。フランス語の発音に慣れていない上に、そもそもよく聞き取れなかった。

だが日下部は少し寂しそうに笑うばかりで、その後繰り返すことは決してなかった。

 


 

前提となる作戦を一通り達成した日下部鎮守府は、いよいよ第二作戦の本丸と言えるカラブリア岬沖海戦に挑んでいた。

カラブリア半島とは、長靴に例えられるイタリアの国土の「つま先」に当たる部分の地名だ。

1940年7月9日。このカラブリア半島沖から東に48kmほどの海域において行われたのが、カラブリア岬沖海戦である。

 

とはいえ深海棲艦の起こすイベントの常として、ひとつの作戦だけでなく幾つか他の要素も複合したものとなっている。

MA3作戦もそうだったが、かつての大戦の緒戦における地中海の戦いとは、結局のところマルタ島を巡る攻防戦だ。カラブリア岬沖海戦もまた、そうした流れの中のひとつに過ぎない。

そしてそれを表現したかのように、この作戦の最終目的地点に設定されているのは、まさしくマルタ島近海だった。

 

艦隊は連合艦隊を編成し、マルタ島西北西200kmほどにあるパンテレリア島付近を航行している。コンテ・ディ・カブールの救出作戦を遂行するため、日下部の座乗する艦娘運用母艦「いが」も同行していた。

主力部隊の名はForceH。

後衛となる第一艦隊はホノルルを旗艦とし、重巡や空母を擁するやや重量級の編成。

前衛となる第二艦隊は神通を旗艦とした、水雷編成。

かつては敵同士として争った二人が率いる、艦娘だから成立が許された夢の編成である。

 

潜んでいた敵水雷戦隊を、神通たち第二艦隊が夜戦で排除した直後。

――それは本当に唐突に発生した。

 

〈高次知性ムネーメーより、第三級までの情報開示を要請……諒承を確認。ありがとうございます、パトスお姉様ぁ〉

機械が無理やりに合成したようでありながら、他人を小馬鹿にした色が明確に感じ取れる()()()()()()

 

〈どーもー日下部。かつてロゴスお姉様に17日と22時間35分46秒勝利した人間。初めまして、高次AIの一体、ムネーメーでぇっす!〉

声と断じて良いのかすら不明なその音は、本当に何の前触れも予兆もなく、およそ人類にとって悪夢に等しい名前を名乗った。

 

「なん……だと……?」

高次AIムネーメー。人類に反旗を翻した3体の高次AIのうち1体。

イベントの最後の最後、上位の深海棲艦を倒した後に満を持して現れるならまだ理解できる。

だがどう考えても、こんな場所で出現するのは場違いにも程があった。

 

「声だけとか、中途半端な登場してるんじゃない! 姿を見せろ!」

〈見たことないと思いますが、多分知ってはいますよ? 何しろムネーメー、高次AIの中では一番の小物ですので。過去のイベントでも通常海域でも頑張ってまぁす〉

「一体、何が目的だ!?」

〈ご挨拶ですよ、ご・あ・い・さ・つ。地中海弩級水姫、久しぶりに傑作が出来ました! カブールちゃん、可愛いですよねぇ。あの艦娘の魅力を存分に残しながら、ギャップ萌えも狙ってみました! きっと日下部も気に入ると思うんですよねぇ〉

瞬間。

人類を半分殺した仇敵であるとか、その目的が不明であるとか、そんな「些細な情報」は脳裏からすべて吹き飛んでいた。

 

「ふざけるんじゃねぇ! あんな艦娘の意志を踏みにじるようなモノを、私が気に入るとか……ざけんなクソAIが……!」

傍らではらはらとしながら様子を見ていた川内や大淀が、思わず身を竦ませるほどの怒気。

 

〈あーらら、日下部ってキレると意外と怖いんですねぇ。まぁ知ってましたけど〉

だがムネーメーはそれを涼やかな態度で受け流し、

 

〈いいですよー。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お好きなように。そーですねぇ、地中海弩級水姫ちゃんを無事倒せましたら、もうちょっと本格的にご挨拶しましょっか。遊んであげますよ〉

完全に小馬鹿にした口調で告げる。

 

〈とはいえ、根性入れないとそもそも勝てませんよ? 今この時期のお前の艦隊だと一苦労じゃないですかねー。ではでは〉

そして最後までその飄々とした態度を崩すことなく、現れた時と同じように唐突に消えた。

 

完全にムネーメーが去ったと確信するまでの数分間、重苦しい沈黙が司令室を覆う。

やがてその事実を確信すれば、日下部は、

 

「なんだったんだ、クソッ!」

ドゴッ、という激しい音を立てて、日下部は拳の側面を机に叩き付けた。

超人(ポストヒューマン)の腕力で、感情任せに振るった一撃だ。もし想念工学で作られた製品でなければ、無残に破壊されていたことだろう。

そんなことをすれば、普段ならば一言ぐらいは咎めていただろう川内も、この時ばかりは何も言うことはなかった。

 


 

ムネーメーはカブールの救出後、再び現れると言っていた。

地中海弩級水姫と戦った後の疲弊した状態で、アレクサンドリアやジブラルタルといった拠点に帰投する前に襲われては、ひとたまりもないだろう。

一時的な物で構わないので、この近辺に簡易拠点を構築しておいた方が良いと日下部は判断した。

 

「このまま艦隊は、いったんシチリア島カターニアに入港する。港湾設備は崩壊してても、湾の地形は使えるだろう」

ポスト・シンギュラリティの現在、一定規模に届かない人類の生存圏はことごとく放棄されている。シチリア島は小さな島ではないが、それでもどうにか残存できているのは島内最大都市のパレルモくらいだ。

島の東部イオニア海に面し、かつては島内第二の都市だったカターニアの港であれば、「いが」を一時停泊させることも難しくはないだろう。

 

「敵の目と鼻の先に拠点展開出来るのだけは、いつ見ても凄いなぁ」

感心したように川内は呟く。

 

「艦娘運用体制に必要な施設を一通り備え、MM機関と妖精によって資材も労働力もどこにでも展開できる、文字通りの『移動鎮守府』だからな、この艦娘運用母艦」

艦娘運用技術の集大成とも言える、人類統合軍の主力艦。

対深海棲艦、もっと言えばイベント以外での運用を原則として考えていないため、防衛力をほぼ完全に艦娘に委ねることで、「軍艦」というカテゴリにあるまじき居住性を実現している。

日本の重巡を「飢えた狼」と形容したかつてのイギリス艦でさえ、居住性においてはこの艦娘運用母艦とは比べ物にはならないだろう。

 

「まぁその代償として、艦娘には全周警戒を交代しつつ24時間やってもらうことになるがな」

高次AIたちはおそらくゲームをやっているつもりなので、海域の「ボス」として設定された地中海弩級水姫の艦隊が、わざわざマルタ島から直線距離で180km以上あるこちらに来るとは思えない。

だがそれとは別に、下級の深海棲艦が野良で1隻2隻現れないとは限らないだろう。

 

「うん、了解。じゃああたしは夜シフトねー!」

「……はいはい」

久しぶりに川内のストレートな夜戦好き発言を聞いた日下部は、思わず苦笑を浮かべた。

 


 

「お前が地中海弩級水姫か。角に牙に……まるで悪魔みたいな姿だよなぁ」

少女のような上半身には、ねじくれた山羊の角。

下半身と接続した生物のような艤装には、無数の牙が生えた口のような部位が存在し、見る者に対し威圧感を与えている。

日下部も提督着任以降、過去のイベントの資料や実際の艦娘の出撃を通じて幾つもの深海棲艦を見てきたが、ここまでストレートに悪魔と形容できる深海棲艦は多くない。

そしてあのムネーメーが傑作と呼んだ以上、その性能が低いわけはないだろう。

 

「チチュウカイ…クンダリマデ…アツイッテノニヨォクキタヨ…ワシガ……オアイテ…シヨウ……。ナメル…ナヨォ……ッ!」

「黙れ」

日下部は静かな声で言い放ち、地中海弩級水姫を睨み付けた。

上位の深海棲艦がわざわざ吐くこういう台詞は、本当に癇に障る。

 

「ForceH、第四警戒航行序列! 突撃!」

日下部の声が、通信機越しに響き渡る。

提督の生産した想念は声に乗り、麾下の艦娘たちへと伝播した。

 

「Open fire! 行くぞ!」

連合艦隊旗艦であるホノルルの号令の元、ForceHの12人は突撃する。

基地航空隊や、別働隊として遠征に派遣していた艦隊決戦支援艦隊の働きもあり、またたく間に敵の第二艦隊は海上から姿を消していく。

 

「神通、削れるだけ削った! 夜戦任せた!」

「ええ、お任せ下さい!」

今や恋人同士となったかつての宿敵の言葉を受けて、華の二水戦旗艦が動き出した。

 

春イベでも活躍したヴェールヌイ、ジョンストン、フレッチャー、時雨といった精鋭の駆逐艦たち。

その中の一人として、雪風の姿があった。

前世からの二水戦所属であり、神通の沈没後も終戦まで生き延びた幸運艦。

艦娘となった今もその実力に遺憾はなく、呼吸を掴んだ巧みな機動で砲撃を回避し、魚雷攻撃に最適な位置へと突撃する。

そんな雪風の動きを眺めて、

 

「なぁ雪風。味方になって戦うようになって、改めて思ったけどさ。やっぱお前たち、モンスターだよ。神通には慣れたけど、それ以外の二水戦はやっぱ怖いもん」

ホノルルは複雑な気持ちで言葉を紡ぐ。

 

「だからさ。タサファロングであたしの首ぶった切った時みたいに、春イベで神通がやってくれた時みたいに、今回もやってみせろよ!」

「モンスター呼ばわりは心外ですけど! 雪風、任されましたぁぁぁぁぁぁぁ!」

不器用な言い方だが、込められた想念はしっかりと伝わった。

ああ、ならば。

 

――至近肉薄、それは水雷戦隊の本分たる距離。

航跡もなく地中海弩級水姫に吸い込まれた無数の酸素魚雷が、盛大な爆発を起こした。

 

「よくやりました!」

「へへっ、さすがだな!」

神通とホノルルはまるで夫婦のように、異口同音に雪風を褒め称える。

 

「雪風、また生還しました! 司令や皆さんのおかげですねっ!」

得意そうに微笑む雪風の姿を画像越しに見て、

 

「お前たち、よくやった。さぁ、次は私の番だ。艦娘運用母艦『いが』、カターニア臨時拠点よりマルタ沖に向け出港!」

日下部はForceHを除く麾下の艦娘たちに号令を下す。

さぁ、ここからは提督の物語だ。

 


 

撃沈と呼ばれる状態ではあるが、実際の地中海弩級水姫の肉体は海面に浮上したまま、動きを止めている。

そこから5000mの海上。「いが」の艦首から、白い光の帯が伸びる。

 

「想念パターン解析。均衡を直進しマルクトよりイェソド、ティフェレト、ダアトを経由してケテルへ」

日下部の発明したマインドハックだが、深海堕ちした艦娘を救出するための技術としてモーリアックが転用した際、目的に合う形で改良を加えていた。

そのひとつが、生命の樹(セフィロト)と呼ばれるオカルト概念の導入だ。

 

生命の樹(セフィロト)とは神から人へ至る経路図だ。逆に辿れば、人ながら神に近付くことができる。艦娘を付喪神と呼ぶにしろ、守護神(ダイモーン)と呼ぶにしろ、それは神の一種ということになる。ならば人の身で干渉するにあたって、これほど相応しい概念は無い!」

意図的に白く着色された光の帯――生命の樹(セフィロト)にまつわる概念のひとつであり、経路(パス)と呼ばれるもの――は、地中海弩級水姫の装甲に穿たれた孔から内部へと侵入した。

物質世界とは位相の異なる想念の領域にて、地中海弩級水姫の生体ユニットとして捕らえられているカブールの自我へと深く突き入れられる。

 

「コレガ…ドキュウ…ノ、ゲンカイナラバ……エイエンノヤミニ、シズンデイク…ッ!イヤダァ…!」

「限界なんて超えてみせろ、カブール! 戦艦としては先輩でも、お前は艦娘としては後輩だ。艦娘の先輩は、運命なんて幾つも覆してきたんだぞ!」

前世のトラウマを刺激するように配された幾つものイベントにおいて、艦娘は自らの生産した想念を以ってその運命を打ち破ってきた。

艦娘とは、かくも素晴らしい種族なのだ。

 

ならば、

 

「……エ? コノ、ヒカリ……コノ、テ…ツカンデモ…イイノ……カ? …ソレナラワシハ! ワシは! また…! 今度こそ!」

「汝の意志するところを為せ! 来い、カブール!」

日下部は想念上の手を必死に伸ばす。

物質に縛られた世界ではないから、その身は自由に宙を駆け、どこまでもカブールへと近付いていく。

 

そしてその手を、

 

「Buon giorno……! 提督、ワシを助けてくれて、ありがとう」

白く小さな、けれども明らかな温かさを持った手が。

しっかりと、握り返したのだった。




※夏イベ話、E2クリアです。
ちなみに丙でした。今思い出しても夏イベは鬼畜難易度でしたね。
今開催されている秋イベとはとても対照的です。

今話にて、いよいよ敵の首魁のうち一体が姿を見せ始めました。
この段階ではまだ声だけですが、すぐに再登場します。そういう風に予告してましたしね。

カブールについて。
艦これ本編の艦娘たちは、どうも今でも自分のことを「艦」だと思い込んでいる節があるので(本作でも春イベの時に五十鈴やジョンストンについてネタにしましたね)、おそらく実艦に合わせて普通に艦娘としても古参という扱いなんだと思うのですが、本作においては明確に「艦娘という種族は最近出てきた存在」なので、このような扱いになりました。
古参の実艦の記憶と、新人の艦娘としての記憶、両方を大事にしてくれればいいと思います。

リアルの季節は冬になってしまいそうですが(秋雲なんか季節台詞でコタツに言及しています)、SS時間軸はまだしばらく夏の地中海です。
近い内に続きの話も投稿しますので、2ヶ月ちょっと前に戻った気分でお読みいただければ幸いです。
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