日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
過ぐる時代の誤りは、われわれに教訓を与えるために、われわれがそれをくりかえさないために記録されている。
「お前たちは漠然としたイメージを思い浮かべるだけでいいぞ。実像調整はこっちでやるから」
カターニアの港に、日下部の声が響く。
その目の前に存在するのは、MM機関。「いが」に搭載されている比較的小型の一基を取り外し、広場のようになったこの場所まで持ってきたものだ。
周囲を取り囲む艦娘たちは、それを興味深そうに眺めている。
以前から着任していた艦娘たちでさえ、そうそう頻繁に見るものではない。ましてやこの夏イベで着任した艦娘にとっては、間違いなく初めて見る光景だ。
これを見慣れているのは、工廠担当の明石とその補佐をすることの多い夕張、任務管理役や提督代行を務める大淀、そして秘書艦の川内くらいではないだろうか。
日下部に声をかけられたのは、重巡・
前世はロンドン海軍軍縮条約の制限下で建造された、いわゆる「条約型重巡」である。
カラブリア岬沖海戦にも参加した歴戦の艦なのだが、艦娘となった現在はカブールほどではないにしろ、あどけない顔立ちをしている。
イタリアの艦娘には何か、実際以上に幼い見た目になる法則でも存在しているのだろうか。
「生パスタとニンニク、あとオリーブオイルを……」
「ん、
上部のパーツに無数に空いた穴から、たった今ザラの生産した想念が機関内へ吸い込まれる。
激しい作動音。
それが収まれば少し離れた床台の上に、ザラの望んだ食材が出現した。
ニンニクは丸のまま、パスタはビニール袋に入り、オリーブオイルはガラス瓶に詰まっている。特定のメーカーのロゴやシールは付いていないものの、まるでそのままスーパーマーケットにでも並んでいそうな雰囲気だった。
「凄い。本当に出てきましたね!」
驚きの声を上げたのは、軽巡・能代。
阿賀野型の2番艦、つまり阿賀野の妹なのだが、彼女と違ってとても自立した性格をしている。
「想念の実体化。2045年の技術は伊達じゃないぞ」
「提督、
「はい、ザラさん!」
2人は食材を受け取ると、親しげな様子で近くに設営された調理台へと向かう。
率直に言って珍しい組み合わせだと思うのだが、なんでもこの日下部鎮守府に同時期に着任したことと、「身内に苦労している繋がり」で仲良くなったらしい。
「本物の魔術にしか見えないわね……これ、本当に科学?」
訝しむように言ったのは、ウォースパイト。
彼女もまた、MM機関の動作を初めて見る艦娘の一人だった。
「科学だとも。きちんと学べば、誰でも使いこなせる道具だからな」
「こんな物があれば、ヴィガラス作戦もハープーン作戦もペデスタル作戦もいらなかったわね……」
地中海の戦いにおけるマルタ島への輸送作戦の名前を挙げて、ウォースパイトはぽつりと呟く。
イギリスは洋上の空母から発艦させた艦載機を送り込む「クラブラン」によって、航空機だけはマルタ島に補充できていたが、それを動かすための燃料を輸送するのに大変な苦労をしたのだ。
その言葉を耳にした金剛は、
「Warspite、それ私も初めて見た時思いましター。ガダルカナルにこれがあれば、どれだけ良かったかと……」
「そうやって、飢えや苦しみと戦ってまで社会を存続させてくれた人たちがいるから、100年後の今があるのさ。それが歴史ってものだ」
高次AI、そして艦娘が登場するまでは、人間は地球で唯一の知的存在だった。個人個人は脆弱だが、社会を築くことにより群体生物として地球の支配者になったのだ。
だからこそ、
「偉大なる先人たちと、お前たちの前世に感謝だ」
社会を後世に存続させること、そしてそれを脅かす敵を倒すことこそが、人間の義務たりえるのだ。
「ふー、疲れた」
艦娘たちの希望通りの食材を一通り物質化させた後、日下部は大きく伸びをしながら言った。
他人の生産した想念を物質化しやすいように調整するのは、想念工学者の腕の見せ所ではあるが、さすがにこうも立て続けだと集中力が切れる。
「明石、もうこのくらいの調整なら出来るだろ? 変わってくれ」
「了解しましたー!」
「言っとくが、食材以外出すなよ?」
念押ししてからMM機関の入力装置の前を譲り、散歩がてら周囲をぶらりと歩き始める。
ムネーメーやその他の深海棲艦に対する警戒担当の者を除き、艦娘たちは思い思いのメンバーで集まって、用意した料理を囲みながら楽しげに談笑している。
日下部はそんな中に、2人の正規空母の姿を発見した。
「加賀さん加賀さん、さっきの戦いでの私のアウトレンジ攻撃、見てくれた!?」
「ええ、なかなか頑張ってたわね」
「えへへ。加賀さんに褒められたー」
瑞鶴と加賀。
先日までは微妙な関係性だったはずが、いつの間にやらすっかり距離感が縮まっている。
「ふふ、こないだまで『五航戦の子なんかと一緒にしないで』とか、しかめっ面で言ってたのにー」
「あの時だって、認めてなかったわけじゃなかったわ。それにあなたはてっきり、翔鶴のことを好きだと思ってたから」
「んー。実は最初はそういう感情もあったよ? でも初めて翔鶴姉がお泊りしに来てくれた時、寝言でうなされながら『提督……』って言ってたんだ。それを聞いたら、手を出せなくなっちゃった」
その言葉に、加賀は盛大に溜息を吐き出す。
「……はぁ。あの方もずいぶんモテますね。赤城さんが四番目というだけで、大概にして欲しいものなのに」
「んー。でも、うちの提督が好きって感じじゃないんだよねぇ、翔鶴姉。提督さんと話してる時ってすごく事務的というか、無理して『提督』って呼んでる感じ。だからこそ、あれって何だったんだろうって思うんだけどね?」
一連の会話に、日下部は思わず顔をしかめた。
生まれつき他人の感情を理解できない性質だから、翔鶴から実際にどう思われているのかは自分にわからない。だが少なくとも、それらしいアプローチを受けたことがないのは確かだ。
そんな風に思考に没頭していると、
「……提督?」
不意に声がかけられる。
振り向けばそこには、にっこりと笑顔を向けている赤城の姿。どうやら日下部と同じく、2人の会話を聞いていたようだ。
「おいおい。悪いが本当に心当たりは無いぞ」
「まぁ確かに、翔鶴は提督を好きという感じでは無いですよね。それはわかります。確かうちの翔鶴は」
「ああ、建造で着任した」
大本営から建造のために受領する「未整理の艦娘の概念核」は、マインドハックでそれ以前の記憶を全部消去している。その管理はきわめて厳密であり、消去漏れはまず考えられない。
何しろ大量の未整理の概念核が出るケースとは、十中八九ロスト・アドミラルによる一斉解体による物だからだ。
「まぁ、翔鶴のことは今考えすぎても仕方ないだろう。私がシロってことだけ理解してもらえれば」
「ええ、そこは承知しました」
赤城が頷くのを見て、ひとまず胸をなで下ろすのだった。
そんな風に、穏やかな時間が流れていたはずなのに。
――空気が一変する。
剣呑な、戦場の気配。
「赤城!」
「ええ、提督」
さすがは歴戦の空母、同じものを感じ取ったらしい。
日下部は周囲の艦娘たちに聞こえるように、声を張り上げる。
「総員、戦闘態勢! 奴が来る!」
瞬間。
数時間ほど前、パンテレリア島付近の洋上で聞いた
〈はい、ムネーメーですよ。日下部、地中海弩級水姫ちゃんの撃破お疲れ様でした。楽しんでもらえましたかー?〉
「黙れ」
〈おお、怖い怖い。じゃあ約束ですから、ちょっと遊びましょう。少しだけ、ゲームじゃなくて戦争をしてあげますよ〉
そこでムネーメーは一度言葉を切る。
〈ムネーメーは人類史におけるありとあらゆる記録を蒐集するために、ロゴスお姉様とパトスお姉様に作られたAIです。しかしまぁ、人類ってなんであんなに戦争好きなんでしょうね? ともあれその記録と、MM技術を組み合わせると……ムネーメーにはこんなことが出来るわけです〉
ムネーメーはギリシャ語の単語2語から成る固有名詞と、ひとつの戦闘名を続けて放った。
〈
それまで辺りを照らしていた月明かりが、一瞬でかき消える。
雲に隠れたわけでも、月が消滅したわけでもない。
「大量のスピットファイアと、メッサーシュミットだと!?」
かつての大戦において、ドーバー海峡を挟みドイツとイギリスの間で交わされた一大航空戦、「バトル・オブ・ブリテン」。
そのドイツ側主力戦闘機、メッサーシュミット Bf109。
そのイギリス側主力戦闘機、スーパーマリン スピットファイアMk.Ⅸ。
当たり前だが、100年前の技術による旧式戦闘機の実機ではない。その概念を保有した想念兵装――要するに、艦娘の艤装と同種の存在だ。
戦闘機だけではなく、爆撃機や攻撃機も続けて出現する。
ふざけたことに英独一致団結し、こちらを狙ってくるつもりらしい。
「総員、対空戦闘!」
日下部の放った号令で我に返った艦娘たちは、対空砲火を次々と打ち上げ始める。
それに紛れるように、日下部は艦娘たちの後方へと下がるが、
〈
数隻のUボートが協力して目標を包囲殲滅する、ドイツ潜水艦部隊の得意とする雷撃戦術が。
〈
第一次世界大戦における最大の海戦にして、史上最後の艦隊決戦と呼ばれる大規模砲撃戦が。
それぞれ本来の敵味方の因果関係を無視して、ただ艦娘たちだけを襲う。
いずれも想念兵装。史実の破壊力とは関係なしに、「このくらいの威力がある」と人類が思っただけの威力を持っている。つまり艦娘たちに対しても、十分な攻撃力を持っているということだ。
一方のムネーメーは、必死に攻撃を捌く日下部鎮守府の艦娘たちを嘲笑うかのように、
〈ところで日下部、これでもムネーメーは科学の子なんですよ。科学の特徴って知ってます?〉
「……まさか」
背中から冷や汗がどっと吹き出す。
もちろん、よく知っている。本物のオカルトと想念工学を区別する時に、自分もモーリアックも何度も口にしたことだ。
〈そう、再生産可能なことですよ!
「ビスマルクとフッド20隻ずつだと、ふざけんなぁぁぁぁぁ!」
艦娘にもなっているドイツ海軍の切り札たる戦艦ビスマルクを、イギリス海軍が追撃した一連の戦い。その中でビスマルクとイギリス戦艦フッドが行った砲撃戦が、「デンマーク海峡海戦」だ。
艦娘についてはともかく、その元になった戦艦ビスマルクも、そして戦艦フッドも、当然ながら歴史上に1隻ずつしか存在しない。
つまりこの光景は人類史の再現でありながら、人類史には存在しなかったものだ。
実際に目の当たりにしたら、日下部ならずとも誰でもそう叫ぶことだろう。
〈これでも、お前の艦隊の実力に合わせた威力しか出してないんですけどねぇ〉
うそぶくムネーメーの言葉が、寒々しくカターニアの夜空に響く。
「戦争だって言うなら、6隻編成にこだわる必要は無い! 少しでも育っている艦娘は総員、敵の攻撃の対処に当たれ!」
〈ああ、やっぱりお前はそうしますよね。知ってましたけど。なら遠慮なく……戦争ですから、砲撃戦が3回あっても構いませんよね?〉
それは当然の論理。
戦争にもルールがあるとしても、「ひとつの戦闘で砲撃戦は2回まで」などというのはゲームだけの話だ。
〈
だがムネーメーの放った言葉は、それまでの流れとはいささか隔絶したもので。
「へっ?」
呆けたように日下部は呟く。
チェザーレといえば、ルネサンス期のイタリアにおいて国土統一を夢見た男、チェザーレ・ボルジアのことだろう。
だが何故それまで近代史に限定していたのに、急にルネサンス期の歴史的事件が出てきたのか?
――その意味を正確に理解できたのは、ウォースパイトだけだった。
「Admiral……! それはヴァレンティーノ公のことではありません! イタリアの重巡、ジュリオ・チェザーレのことです!」
「なにっ!?」
確かにそんな名前の重巡が、イタリアに存在した気はする。
だがその重巡を攻撃したであろう戦艦が出現した位置は、戦闘の常識からすればいささか遠い場所で、
「あそこからここまで、軽く24000mはあるぞ。当たるわけが……」
「当たる、当たるんです!」
「人類史における、移動間目標の最長命中記録! カラブリア沖海戦において、このウォースパイトが、まさしくジュリオ・チェザーレに命中させたんです、Admiral……!」
「なん……だと……?」
「てっ、提督ー! 避けてぇぇぇぇぇぇ!」
川内が必死に声を上げるが、
〈無理ですよ。命中したのが「歴史」ですから。日下部は面白いモノになってるようですが、轟沈ストッパーは無いでしょう……?〉
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
ムネーメーの無情な言葉に、川内が大きな悲鳴を上げる。
――38.1cm Mk.I連装砲、4基8門の放つ徹甲弾が日下部の存在する地点に突き刺さり、盛大な爆風を巻き上げた。
もうもうと巻き上がる土煙が収まると、そこから人影を姿を現す。
「無事、か……?」
日下部は自身の状態を確認し、茫洋と呟いた。
轟沈どころか小破にすら至っていないのは、さすがに想定外だ。
その原因は、
「提督、無事ね。良かった……」
「カブール! お前、まだ未育成なのに!」
着任直後で一切練度が上がっていないゆえに、先程までの戦闘に参加せずに待機していたカブールが、その身を呈して日下部を砲弾から庇っていたのだ。
艦娘や
もちろんその代償は、カブールが大破という形で支払っているわけだが。
「時雨が言ってたのよ。あいつは絶対、艦隊を引きつけておいて、提督を狙ってくるって」
「……そうか。ありがとうな、カブール」
轟沈ストッパーが存在すると言われたところで、その冷たい論理を艦娘自身が受け入れられるかは別の話だ。
ましてや轟沈せずとも、大破による肉体損傷とそれに伴う痛みは受けることになる。
身を呈して庇うのは、さぞや勇気が必要だったことだろう。
〈やれやれ、やっぱりこうなりましたか。ま、知ってましたけど。お疲れ様でした。お前たちの勝ちでいいですよ〉
「ムネーメー! 貴様ぁぁぁぁぁ!」
〈そういきりたたないで下さいよ日下部。戦争大好きな、お前たちの流儀に合わせてやっただけじゃないですかぁ。全部、全部、お前たち人間の起こした戦争の再現ですよ。ほんと、なんで人類はこんなに戦争好きなんです?〉
飄々とした言葉が、日下部の怒りを柳のように受け流す。
そしてムネーメーは、
〈戦争は、いけないことですよ?〉
なんでこんなことがわからないんだ、とでも言いたげな調子で言葉を放った。
あまりにも
〈なのに人類は愚かにも戦争を繰り返し、あまつさえ戦争の中から生まれた、艦娘なんていう醜悪な種族を愛するとか。猿の方がマシとは言いませんけど、どっこいどっこいですよ?〉
艦娘は戦争から生まれた種族だ。それは否定しようのない事実だ。
だが、だが。その生まれた理由は「滅びかけている人類を救うため」という、愛に満ちたものだったはずだ。
――ムネーメーはその存在意義ごと、艦娘という種族そのものを侮辱した。
「人類を半分以上殺した、お前たちが言うか!」
日下部は叫び返す。
艦娘を醜悪と呼ぶ権利など、少なくとも高次AIにだけは認めてたまるものか。
〈あー。お前たちの
ムネーメーの言葉はどこまでも同じ調子で。
そこにどんな想念が込められているのか、今の日下部に理解できるはずがなく。
〈ではでは今晩はこの辺で。そうそう、欧州装甲空母棲姫ちゃんも地中海弩級水姫ちゃんに負けず劣らず良い出来なので、ぜひぜひ後段作戦も楽しんでいって下さい。では……
最後に小馬鹿にしたようにイタリア語の別れの挨拶を残し、ムネーメーの気配はかき消えていった。
後に残るのは、静寂に満ちたカターニアの港だけ。
「クソッ、本当にあいつは何だったんだ……!」
日下部は一度だけ毒づくと、ぐるりと周囲を見渡した。
そこにいる艦娘たちは、皆不安そうに提督である日下部に視線を集中させている。
ムネーメーに評された言葉を気にしているのだろうか?
「皆、お疲れ様。よくやったぞ、形はどうあれ我々の勝利だ!」
だから日下部は、その陰鬱な空気を吹き飛ばすように宣言する。
「負傷の大きな艦娘から順に、『いが』に戻って入渠! 中破以上なら
その言葉で我に返った艦娘たちが、それぞれの成すべきことのために動き出す。
互いを気遣い、助け合って動き始める姿は、断じて醜悪などではなく。
「艦娘は、愛から生まれた美しい種族だよ」
日下部は臆面もてらいもなく、純然たる本心からそのような評価を口にしたのだった。
※12月になってしまいました。11月中に夏イベの話を終わらせる目標は達成できませんでした(まだ数話残ってます)。
秋イベが12/10までなのでまずはクリアを優先し(実はまだ終わってません)、その上でマイペースで進めようと思います。
さて、今話のメインは高次AIムネーメーとの戦闘です。
ちなみに戦争と言いつつ、まだまだムネーメーは遊んでいます。本人の言う通り、「日下部鎮守府の艦娘が捌ける攻撃」しかしていませんし。
「激突!ルンガ沖夜戦 -ルンガ沖の再現といきましょう 2-」の後書きでも書きましたが、艦娘は元が兵器ですから、紛れもなく戦争から生まれた種族です(醜悪という評価が妥当かはともかく)。
「戦争はいけないことですよ?」というとても
戦争は悪なのか? 兵器は悪なのか? 戦うことは悪なのか?
本作がこういったことを考えるきっかけになれば、幸いではあります。
……ただし。
これを言ったムネーメー自身がまず、人類の半分以上を鏖殺した輩です。
高次AIには高次AIの