日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


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海よ、僕らの使う文字では、お前の中に母がいる。そして母よ、フランス人の言葉では、あなたの中に海がある。

――三好達治

 

 

C'est sa flotte(あの艦隊ね)?」

日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」を見上げながら、一人の女性がフランス語の呟き声を上げた。

 

Pola(ポーラ)、ちょっとあちらの提督に挨拶してくるから、あなたは艦娘たちに挨拶お願いね~」

青い制服と水色のネクタイは、人類統合海軍・艦娘運用部隊の所属であることを示している。

雪のように白い肌、いかにも西洋人であることを思わせる碧眼。そして鮮やかな銀髪。

人種相応を遥かに上回る豊満な胸は、傍らに控えるイタリア重巡の艦娘・ポーラと並べば、まさしく圧巻の光景と言えるだろう。

 

「は~い、確かあちらのポーラは未着任でしたよね~。ザラ姉様はいたはずですから、そちらにでも……」

「ポーラ、呑んでも脱いでもいいけど~。今回は致すのはダメよ~?」

女性は多くの提督を悩ますポーラの問題行動についてさらりと肯定した上で、もっととんでもないことに対してだけ釘を刺す。

 

「は~い、了解で~す」

しれっと答えるポーラの表情は、普段通りのとぼけた物だった。

 


 

「提督、他所の提督が挨拶に来てるよ」

秘書艦としての川内の報告に、日下部は目を落としていた書類から顔を上げた。

 

二晩連続で獣欲を存分に満たしたあの夜から、数日が経過していた。

艦隊はまだジブラルタルで、出撃準備を整えている。おそらく一両日中には、次の作戦に進めるだろう。

川内との関係は、元に戻っていた。

やはり隷属されるのはベッドの上だけでいい。川内本人は少し不満そうではあったが、別にセックスカルトを作りたいわけではないのだ……そういうのは、学生時代のうちに終わらせている。

 

「おや、誰だろう?」

「提督はマルセイユ鎮守府所属の女の人で、秘書艦はポーラみたい。顔はともかく、雰囲気は似たもの同士の主従って感じだった。今は応接室に通してあるよ」

その報告に、思わず脳裏に閃光が走る。

マルセイユという地名。そして、ポーラに似た雰囲気。

そういう女性を、一人知っている気がする。

 

「提督の名前は?」

Sylvaine Valentin(シルヴェーヌ・ヴァランタン)だって」

川内の告げた名前に、日下部は大きく目を見開いた。

弾かれたように立ち上がり、執務室を飛び出して応接室へ向かって走る。

 

「あ、ちょっと!」

抗議の声を上げて、川内は慌ててその背中を追いかけた。

日下部にわずかに遅れて、応接室の扉を潜れば、

 

「えっなんでいきなり提督、そんなことになってるの!?」

先程はおとなしくしていた他所の提督が、日下部をぎゅっと抱きしめて頬に熱烈なキスをしていた。

通常であれば嫉妬する場面なのだろうが、さっぱり状況が飲み込めず、川内は呆然と立ち尽くすばかりだった。

 

【挿絵表示】

 

「Oh, bel homme. Je suis désolé, tu ne connais pas Makoto?」

「Ne pas embrasser! Je suis Makoto!」

「Es-tu vraiment Makoto? La couleur de vos yeux est-elle différente?」

「Il y a diverses circonstances!」

「Est-ce vraiment Makoto. Ca fait longtemps. Ca va?」

女性は当然として、日下部の口からも流暢なフランス語が流れていた。

かろうじて日下部の下の名前――真琴、という名だけ聞き取れたから、きっと日下部についての何かを話しているのだろう。

 

「……Maman,pourquoi es-tu ici?」

日下部が目の前の女性を「ママン」と呼んだ気がした。

そういえば先日コート・ダジュールに思いを馳せた時に、日下部が呟いたのもこの単語だった気がする。

 

「Je suis aussi un amiral,mon chou!」

「Euh, vraiment? Pourquoi maman est-elle un amiral?」

「Même chose que vous.J'ai aussi une raison」

かと思えば、口論めいた感じで日下部は女性に突っかかっている。女性はそれをにこやかに受け流したようではあったが。

 

と、ここでようやく日下部が、自分たちのやり取りを呆然と眺める自分の秘書艦に気付いた。

 

「あっと。ママン、うちの秘書艦がぽかーんとしてるから、申し訳ないけど日本語で喋ってもらっていい?」

「は~い、いいわよ。というわけで改めまして、マルセイユ鎮守府所属、シルヴェーヌ・ヴァランタン。そしてそこの日下部真琴の母です。よろしくね、マコトのところの川内ちゃん」

日下部のフランス語と同じくらいの流暢さで日本語を操り、その女性はとんでもないことを口にした。

 

「お母さぁん!?」

Oui(そうよ).ちなみにシルヴァって呼んでもいいわよ。どうせマコトの秘書艦なら、とっくにお手つきでしょ~? なら私の娘みたいなものじゃな~い」

ふふふと微笑むその姿に、川内はようやく女性の髪色が、日下部とそっくりであることに気付いた。

 

「提督、日仏ハーフだったんだ」

「言っとくが、国籍とアイデンティティは完全に日本人だぞ」

 


 

『あらいい男ね。ねぇあなた、マコトのことを知らない?』

『こら、いきなりキスするな! 私が真琴だよ!』

『え、あなたがマコト? 眼の色が違わないかしら』

『色々と事情があるんだよ!』

『ふぅん、本当にマコトなのね。久しぶりね、元気だった?』

『……ママンはなんでここにいるんだ?』

『私も提督なのよ、可愛い坊や?』

『ええと、本当に? なんでママンが提督なんかやってるんだよ』

『あなたと同じ。こっちにも事情があるのよ』

先程の会話を日本語でやり直したとすると、このような感じになるだろうか。

日下部は改めて続きを尋ねる。

 

「シンギュラリティ到来直前に21年ぶりに会いに行った時は、ニースで大衆食堂(ビストロ)を経営してたよね?」

le poisson(ル・ポワソン)ね。もう懐かしい気さえするわ~。実際は1年経ってないのにね」

フランス語で「魚」という意味の店名を口にして、シルヴァはどこか少し遠い目をする。

本当に短い時間で、世界中の何もかもが変わってしまった。

 

「単純な話よ。南仏(プロヴァンス)一帯もめちゃくちゃになって、元軍属に提督として戦えって話が来たのよ」

「あー。ママン、父さんと結婚するまで海軍の軍人だったんだっけ?」

「そうね~。あの人と結婚して辞めたけど」

シルヴァは27歳である日下部の母親だ。実年齢は軽く40代後半に達している。

見た目は日下部とさして変わらない程度に見えるが、そんなことを言ったらモーリアックなどは少女にしか見えない。世の中には、オカルトでなくとも不思議なことはいくらでもあるのだ。

 

「古臭い価値観の人だったもんなぁ。自分は最先端のAI研究とかしてたくせに、妻には専業主婦を求めるとか、いつの時代の男だよって感じ」

「まぁ自分に専業主婦が務まると思っちゃったのは、私も若かったわね~」

「20歳そこそこで、祖国でもない国で家に縛られて、しかも旦那は仕事が忙しくて滅多に帰ってこなくて。そりゃまぁ、浮気のひとつもしたくなるよな」

「前も言ったけど、私があなたを捨てて逃げたのは事実なんだから、責めてもいいのよ、マコト?」

シルヴァは少しだけ表情を固くした。

だがそれを糾弾するのであれば、あのシンギュラリティ直前のle poisson(ル・ポワソン)でやっている。

 

「前も言ったけど今更だよ。私もママンを責められるような人間じゃないよ、とっくに。ママンの息子だって間違いなく自覚できる部分がそういうところってのは、正直どうかと思うけどね」

「え、どういう意味……?」

傍で聞いていた川内にはさっぱり意味がわからない。

思わず聞き返すと、日下部は今度こそ眉を潜めて、

 

「いいか川内。秋雲が描くようなエロ同人やエロ漫画に出てくる、『暇を持て余して浮気に走る若妻』を想像するんだ――その3倍ぐらい酷いビッチが、うちのママンだ!」

 

「……は?」

思わず間抜けな声が出た。

 

「あらやだ。そんなに褒められると照れるわ……」

「褒めてねーよ! ちっとも!」

本当に頬を染めるシルヴァに、日下部が舌鋒鋭くツッコミを入れる。

 

「どうせママンのことだから、自分とこの艦娘片っ端から喰ってるんだろ?」

「うふふ。艦娘ってみんな可愛いわよね~。でもやっぱり時々男とシたくなるから、早く平和な世の中になって欲しいわ~。提督やってると艦娘以外となかなか交流持てないしね~。うちの子たちみんなで、大乱交パーティーとか。あら想像しただけで、濡れそう……」

「おいこのビッチ経産婦、息子の前でとんでもねぇこと口走ってんなよ!」

川内は思わずぽかーんと口を開けた。

先程のフランス語の会話のように、意味がわからないわけではない。

単に、開いた口が塞がらないだけだ。

 

「……あー、確かに提督の母親だこの人」

「なぁ川内、私ここまで酷くないと思うんだけど、愛を疑っていいか?」

日下部は唇を尖らせて抗議するが。

断言できる。絶対にこの2人、似たもの親子だ。

 


 

「ところでお前たち、そんなところで聞き耳を立ててないで入ってきていいぞ」

「うふふ、マコトのところの艦娘たちも好奇心は旺盛なのね~」

日下部とシルヴァが入口のドアに向かって立て続けに言うと、

 

「す、すみません司令官。どうしても気になってしまいまして……」

「申し訳ありません、まさかお母様とは思いませんでした」

観念したように扉が開いて、青葉と赤城が室内に入ってきた。

青葉についてはむしろ来ない方が驚くところだが、赤城までいるのは少し意外だった。

いずれにせよおしゃべり好きの艦娘だから、きっとシルヴァの話は周囲にすぐ拡散することだろう。

 

「あっ、あの! お母様、写真を撮らせていただいてよろしいですか?」

「こーら、青葉。前に提督同士の会談の無断撮影して、お仕置きされたよなぁ」

「だから無断じゃなくてお願いしてるんですよー。そ、その、司令官のお母様なら青葉にとってもお母……すみません、なんでもありません」

「うふふ、別にいいわよ。なぁにマコト、前に会った時は最後に女の子と付き合ってからずいぶん経つとか言ってたのに、今じゃすっかりモテモテじゃない」

「ああ、あの頃はな。最後の恋が結構酷い結果に終わったし」

白百合姫との恋の詳しい顛末まではさすがに話していないが、前回シルヴァに会った当時が一番女性に日照っていた時期なのは間違いない。

欧州から日本に帰還する高速フリゲート艦に乗り込んだのは、そのもう少し後だ。

 

「私は艦娘に出会って、ようやく新しい恋ができたんだよ」

あの運命の夜を思い出しながら、日下部は呟く。

残念ながらその艦娘との恋は自分の手で終わらせたが、今は別の艦娘に恋をしていた。日下部の物語(ナラティブ)においては、そういうことになっている。

 

実際は紛れもなくその艦娘本人である川内は、傍らで静かに頬を染めているのだが。

日下部は、その真実を知らない。

――今は、まだ。




※すっかり冬になってしまいましたが、SS時間軸はまだ夏イベです。
今話タイトルはフランス語で、「似たもの同士」という意味です。
また冒頭に引用した名言の後半部分ですが、フランス語で母は「mere」、海は「mer」ですので、「母」の綴りの中に「海」があることになります。日本語の漢字とは対照的、というわけですね。

以下、シルヴァのプロフィールです。

【シルヴェーヌ・ヴァランタン】

性別:女性
年齢:47歳
職業:フランス海軍→専業主婦→大衆食堂(ビストロ)le poisson(ル・ポワソン)」店主→提督
一人称:私
秘書艦:ポーラ

マルセイユ鎮守府所属の提督。日下部の母親。通称はシルヴァ。
年齢の割に驚くほど若く見える、いわゆる「美魔女」。

高校(リセ)卒業後、フランス海軍に志願。駆逐艦に乗艦する。
太平洋方面の合同演習のため乗艦が日本に寄港した際に、日下部の父と「運命的な出会い」を果たす。
乗艦が母国に帰国後、後を追うように渡仏した日下部の父に口説き落とされて結婚。息子である真琴を儲ける。

しかし日下部の父は自分の妻に専業主婦を求めるタイプであり、元々奔放な性格だったシルヴァは徐々にそれに耐えられなくなり、ついには反動で他所に男を作って出奔する。
正式に離婚が成立した後は生まれ故郷のニースに戻り、当時の恋人の協力もあってビストロを経営する。
幸いにして料理の才には恵まれていたこともあって、店はそれなりに繁盛していた。
海軍軍人や専業主婦よりもずっと長い月日をビストロ店主として過ごすこととなる。

日下部に輪をかけて愛の多い性格であり、控えめに言ってもどビッチ。
女性でも平気で喰ってしまうバイセクシャルであり、麾下の艦娘にも好き放題手を出しているが、どちらかと言えば男性の方が好き。
一般社会の人間と自由に交流を持つことが許されない提督業には、その点についてだけは不満があるが、過去の行いを反省しているので現状では投げ出すつもりは無い模様。
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