日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

61 / 232
※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


Personnes similaires 2

将来を理想通り描くには、まず過去を水に流す必要がある。

――チャールズ・J・ギブンズ

 

 

嫁艦候補たちを交えた、日下部とシルヴァの会談はまだ続いていたが。

不意にその時、室外からドタバタと走る足音が響いてくる。

 

「提督、助けてっ!」

「提督、他所のポーラさんが……」

室内に飛び込んできたのは、ザラと能代だった。どうやら一緒にいたらしい。

そして続けて、日下部鎮守府にはまだ着任していない艦娘が一人。

 

「ザラ姉様~、待って下さい~」

ウェーブがかったプラチナブロンドの長髪と、太めの眉。垂れ下がったまなじりは、見る者にシルヴァと同じく柔和そうな印象を与える。

着任はしていないが、資料でなら見たことがあった。ザラ級3番艦、ポーラである。

 

「こちらのザラ姉さまは能代さんと仲良しなんですね~。珍しい組み合わせです~」

そんなことを言いながら、手にしていたワインの瓶に口をつけてぐびっと一口。

そして、

 

「身体熱くなってきました~。そうそう、ポーラは3Pでも全然構いませんよ~!」

おもむろに着ていた服を脱ぎ捨て、扇情的な瞳でザラと能代を見つめながら、とんでもないことを言い出した。

 

「真っ昼間から、呑んで、脱いで、3Pに誘うだと……ッ! なんだこの艦娘!?」

「他のザラからも聞いてましたし、知識でも知ってたんですけど、ポーラってすごいお酒飲みで脱衣魔みたいなんです。でもここまでエッチなポーラは、さすがに珍しいと思います!」

混乱しながらも、ザラが必死に言い募る。

そんな様子を眺めていたシルヴァは、少しだけ溜息をつき、

 

「こらポーラ、呑んでも脱いでもいいけど、致しちゃダメって言ったでしょ~。そういうのは私かうちのザラとしなさい」

「あんたのところの艦娘かよ!」

「そうなのよ~、うちの秘書艦。フランスの子よりも気が合ってね~。ほら、ニースって元々フランスとイタリアで帰属を争ってた街だし~?」

だったらもっとしっかり監督しろと言いたいところだ。

一方、それを言われたポーラはと言えば、

 

「すみません提督ぅ、提督ともザラ姉さまともスるのは大好きなんですけど~、たまには良い刺激になるかと思って~。えっへへへ」

「一理あるわね~。ね~マコト~?」

なんと驚いたことに、シルヴァはあっさりと言いくるめられてしまった。

それどころか積極的にポーラの発言に乗っかろうとするのは、本当に自重していただきたい。

 

「ダメに決まってんだろ! とっととポーラに服を着せろ! そして自分の艦隊に帰れ!」

すげなく日下部が言い放ったことで、あからさまにザラと能代は安堵の溜息をついた。

 

「あら~残念。ん~、じゃあ仕方ないから今日はもう帰るけど。うちは攻略終わったから、友軍でうちの艦隊の子が手伝う可能性があるから、よろしくね~」

「そうか、そこは素直に感謝しとく。ありがとうママン」

「どういたしまして~。……今更母親面するわけじゃないけど、頼ってもらえるのは嬉しいわ~」

そんな風にうそぶくと、シルヴァはポーラを連れて去っていった。

 

その背中に少しだけ哀愁が載っていることに、川内は気付く。

それは日下部を捨てたことに対する罪悪感なのだろうか。それとも、他にも何か理由があるのだろうか?

だが今はまだ、その物語を語るべき時ではない。

 

「き、強烈な人でしたね」

シルヴァが去った後の、「いが」応接室。

青葉がしみじみとした呟きを漏らす。

 

「提督のお母様ということが、よく理解できました」

一方で感慨深そうに言ったのは、赤城。

日下部はやや不満そうに、

 

「なぁ赤城、私あそこまで強烈じゃないと思うんだが、愛を疑っていいか?」

「……」

赤城は無言で微笑みを浮かべる。

日下部鎮守府の赤城は理性の化物である。答えるべきではない本音を飲み込むくらいは、普通にやってのけるのだ。

 


 

「いが」からヴァランタン鎮守府の艦娘運用母艦の停泊地までは、それほど距離があるわけではない。

だからこそシルヴァは、自分の息子の艦隊がここに停泊しているという情報を得ることができたのだ。

その短い帰路の途上で、一人の艦娘が彼女を待ち受けていた。

 

「すまない、提督の御母堂。少しお時間をいただきたい」

そう声をかけてきたのは、日向だった。

この呼びかけということは、日下部鎮守府所属の艦娘のはずだ。

 

「こんにちは。な~に、何か御用?」

「私はあなたの息子に対して、取り返しの付かないことをしてしまった」

「……」

何やら意味深な日向の言葉に、シルヴァは少なからず興味を覚えた。

 

「詳しく聞かせてもらっていいかしら。ポーラ、先に『フィリップ・オーギュスト』に帰ってなさい」

カペー朝のフランス王の二つ名から取られた、自艦隊の艦娘運用母艦の名前を挙げて、シルヴァはポーラに命じる。

 

「は~い、わかりました~。ポーラ母艦に帰投しま~す。あ、ザラ姉様とシてると思いますけど、提督も戻ったら混ざりますか~?」

「まぁ、その時の気分次第かしら~」

ひらひらと手を振ってポーラの帰投を促すと、

 

「さて、それじゃ日向ちゃん、話してもらえる~?」

「ああ。私は……提督を、人間ではないモノにしてしまった」

日向は自身の物語(ナラティブ)において知る限りの、日下部とモーリアックによる超人(ポストヒューマン)開発の顛末を話し始めた。

シルヴァは口を挟むことなく耳を傾ける。

やがてその話が一段落したところで、

 

「マコトは父親譲りで頭のいい子だし、ジャンくんは文句なしに優秀な想念工学者だから。その二人が手を組めば、人間を進化させるくらいやっちゃうのかもねぇ……」

シルヴァはこれが、本来は機密指定の情報だろうと判断する。おそらくモーリアックは、日下部が一定の成果を挙げた段階で大々的に発表するつもりのはずだ。

今はまだその段階ではないのだから、日向がこのことを自分に話すのは、少なからずリスクを伴う行為なのだろう。にも関わらず話すということは、彼女は本気で悩んでいるのだ。

日下部が人間ではなくなったのは、自分に責任があると。

 

「私が協力しなければ、提督は人間でなくなることはなかった。私が、提督から人間を取り上げてしまった。本当に、なんとお詫びをしたらいいか……」

そして日向は、コンクリートの地面に膝をついた。そのまま上半身を傾け、手の平と額を地面に擦りつける。

 

「ねぇ日向ちゃん、顔を上げて」

シルヴァはその「土下座」と呼ばれる行為が、日本人にとってどんな意味のある物かを正確に把握していた。

その上で、

 

「きっとね。マコトはそんなこと、微塵も気にしてないわよ~」

日向の不安を吹き飛ばすように、にこやかな笑みを崩さずに言う。

 

「えっ……?」

「あの子はね、ああ見えて懐がとても広い子なのよ。誰のおかげかはわからないけども」

少なくとも、自分のおかげではない。

幼年期が終わるよりも遥か前に、自分は育児を投げ出して逃げたのだから。

 

「日向ちゃん。マコトのこと、好きよね?」

「……はい。でも、とても伝える資格なんて無いと」

「資格なんて言ったら私は、今更あの子の母親面なんか絶対できないダメな母よ」

体感では8年以上にもなるが、実時間では9ヶ月ほどしか経っていないはずの過去。

あの21年ぶりに日下部と再会した夜に、シルヴァは思いを馳せる。

 


 

シンギュラリティ到来直前、Noël(クリスマス)の頃。

その日本人の青年は、最初le poisson(ル・ポワソン)に客として訪れた。

 

それが遠い昔に捨てた自分の息子であることは、不思議とすぐに理解できた。

最初は、過去がついに追いついてきたと思った。

今から自分はこの青年に、辛辣に罵られるのだろう。幼い頃に注ぎきれなかった母の愛は、幾つもの恨み言を彼の中に作り出したはずだ。

それを受け止めるのは自分の義務だと、彼の注文したラム肉のソテーとラタトゥイユを調理しながら、静かに覚悟を決めた。

 

だが、彼は自分からは何も言わなかった。

ラタトゥイユを口にした時、間違いなく一瞬動きを止めたから、勘違いではないはずだ。幼い頃に口にした母の味を、きっと覚えていてくれたのだろう。

それでも彼は黙って食事を平らげ、少しだけ寂しそうにこちらに視線を送り、そして何も言わず店を出ていこうとした。

 

Makoto(マコト)! Vous êtes Makoto,n'est-ce pas(あなたはマコトよね)!?」

背中に声をかけられた青年は、足を止めた。

おそらく彼は彼で、その言葉を無視するのか反応してみせるかを葛藤しているのだろう。

二人の間に横たわる歳月は、どう足掻いても短いものではない。

降り積もった年月と比べれば一瞬に等しく、しかしシルヴァにとっては永遠にも感じられる沈黙の果て、

 

C'est vrai(そうだよ),je suis Makoto(私が真琴だ)

振り返って言った青年の、眼鏡の奥に揺れる黒い瞳は、今でも脳裏に焼き付いている。

――その瞳が目の前の艦娘にそっくりの、オレンジがかった茶色に変わった今でさえ。

 


 

「その後は、たくさん話をしたわ。もちろんマコトにも都合があったから、離れていた時間を埋めきれるほどではなかったけれども。それでもこんなダメな母のことを、ママンと呼んでくれた。あの子はそういう子よ」

もしあの時声をかけずに黙って見送っていたら、どうなっていただろう?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、少なくとも同じ戦場に立っているからと言って、わざわざ会いに来ることはなかったはずだ。

 

だが、実際はそうはならなかった。

親子は再会し、十分ではなくとも溝を埋められる関係の構築に成功した。それが事実だ。

だから。自分が今ここにこうしている意味を、例えどれだけ小さくても残せるのなら、それは母として最高の喜びだった。

 

「マコトは、日向ちゃんを恨んだりは絶対にしないわよ。もしあの子が自分の選択を後悔する日が来たとしてもね。それは、日向ちゃん自身だってわかっているでしょう?」

シルヴァの言葉に、日向は少しだけ押し黙る。

ウォースパイトにも、加賀にも、同じことを言われた。

日下部の母ですら同じことを言うのなら、きっとそれは正しいのだろう。

――ああ。本当はそれはわかっているのだ。ただ、自分の気持ちと向き合う勇気を持てずにいるだけで。

シルヴァはそんな内心を見透かすように、

 

「だから、後は日向ちゃんの問題。恋心を伝えるのは怖いかもしれないけど、伝えられない恋心なんて、腐っていくだけよ~」

「先日、うちの艦隊の他の艦娘にも似たようなことを言われました」

加賀の見せた一航戦の背中は、本当に眩しいと思う。

 

「うん、日向ちゃんも見習って、ぜひ頑張って」

「ありがとう、ございます」

シルヴァの気遣いが、日向へと染み込んでいく。

温かな想念は水になって、その瞳から溢れ出た。

MM機関など使わなくとも、想念は時にこうして物質化するのだ。

 

「ほら~、泣かないの。それにもしどうしてもダメだったら……日向ちゃんを振るようなバカのことはさっさと忘れて、次の恋をするといいわよ~」

そのようにあっけらかんと言い放つ姿は、さすがに加賀とは違っていて。

けれどもあるいは、これはこれでひとつの「強さ」なのかもしれない。

 

……などと、感心したのだが。

 

「例えば、私だったらいつでも大歓迎! うちの日向を通じて同艦更新で連絡してくれたら、いつでも迎えに行っちゃう。私と日向と日向ちゃんの3Pとか、絶対楽しそう! あ、伊勢を混ぜて4Pもいいわね~」

こんなことを言われて、思わず吹き出すところだった。

 

「な、なるべくそうならないように頑張ります」

「うんうん」

シルヴァは日向の顔を見て、穏やかに微笑む。

その柔和な表情は、一瞬前のどビッチバイセクシャル経産婦とはまるで別人のようで。

真面目に己の過去を悔やむ顔と、奔放に自分の好きな物に忠実な顔。

果たしてどちらが本物のシルヴァなのだろうか。

 

きっと、どちらも本物なのだろう。ちょうど彼女の息子が、その両面を持ち合わせているのと同じように。

――長い月日を別々に過ごしていても、二人はどこまでも似たもの親子なのだなと、日向は思わず感心するのだった。




※というわけでシルヴァ登場編、後半部です。
元々は1話で終わらせる予定でしたが、予定より文字数が多くなりましたので分けました。

シルヴァについては、これ以上現段階で何かを語るとネタバレになりそうなので、沈黙しておきます。
ツイッターをご覧いただいてる方は、すでにご存知かもしれませんが。

さて次話からは、いよいよ夏イベ編の最後となるペデスタル作戦に入ります。これは前後編の2話構成の予定。
その後エピローグに2話の計4話でようやく夏イベ編が終わる予定です。
遅くとも今年中には終わらせるつもりではいますので、どうぞお付き合い下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。