日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


増援輸送作戦!地中海の戦い -心に対して向き合いましょう-

最も重要な決定とは、何をするかではなく、何をしないかを決めることだ。

――スティーブ・ジョブズ

 

 

艦隊が地中海に来て、まもなく1ヶ月になろうとしている。

夏イベとは言いつつも、地中海を吹き渡る風には秋の香りが混ざり始めていた。

艦娘たちもまだ水着で頑張ってはいるが、このイベントが終わる頃には、さすがにそれも厳しくなっていることだろう。

 

日下部鎮守府はいよいよ最終海域、ペデスタル作戦へと挑んでいた。

大戦初期の地中海、マルタ島を巡る攻防戦の天王山(クライマックス)

アメリカに生まれ、イギリスに運用された、タンカー・オハイオ。アメリカのタフさ(アメリカン・スピリッツ)イギリスの名誉(ジョン・ブル)を併せ持った一隻の船が主役の物語だが、生憎その名を持つ艦娘は存在しない。

 

かわりに今作戦を遂行しているのは、総勢7隻からなる遊撃部隊。

 

「40門の酸素魚雷は、伊達じゃないからねっと!」

そのうちの雷巡・北上が放った魚雷が、敵旗艦である深海地中海棲姫を吹き飛ばす。

 

「あ~よかった~活躍できて~!」

『すごいぞ! さすが元祖雷巡、頼りになる!』

モニター越しにその戦闘の様子を眺めていた日下部は、北上を惜しみなく称賛する。

 

『よくやったハイパー北上様! 愛してる!』

おそらく勝利によって、気分が高揚していたのだろう。

そんな軽口が、思わず口をついて出た。

 

「ごめん提督、私は大井っち一筋なんだ」

『うん、知ってた!』

北上と大井は、艦娘同士で好き合うケースが非常に多い。

もちろん提督と良い仲になる個体がいないわけではないのだが、日下部鎮守府の場合はそうではないことは、事前に確認できている。だからこそ気楽に放った軽口だった。

 

「これにて第一作戦終了! じゃあ母艦に戻るね~。次は連合艦隊で大西洋方面に出撃だっけ?」

『そうだな。気を付けて戻って来い』

「はいは~い」

北上は先程の軽口などまったく気にすることなく、どこまでも軽いノリで日下部に告げた。

 


 

続いての作戦は、大西洋方面での陽動だった。

カラブリア沖海戦に続き、艦娘たちは連合艦隊を組んで任務に当たる。

待ち構えていたのは欧州棲姫。過去のイベントにおいて、イギリス空母Ark Royal(アークロイヤル)を生体ユニットとして組み込んで創り出された深海棲艦である。

もちろん今回現れたのはただのデッドコピーに過ぎず、

 

「海の藻屑となりなさいな!」

夜戦を挑んだ雷巡・大井の酸素魚雷によって、あっさりと蹴散らされた。

 

『雪風とフレッチャーが退避してて無理だろうと思ってたのに、一発で倒しただと!?』

友軍支援は依頼しており、9割方はそのおかげではあるのだろうが、それを差し引いても大井の活躍は特筆に値する。

だから日下部は深く考えることもなく、

 

『よくやったハイパー大井様! 愛してる!』

先の輸送作戦の時と同じような軽口を、大井に向かって飛ばした。

――だが。

 

「私ですか? いやだ、困ってしまいます……」

大井は普段の猫を被ったような口調と異なり、語尾を伸ばしていない。

それに真っ赤に染まった頬に手を当てて恥ずかしがる姿は、とても演技には見えなかった。

 

『あれ? なにこのリアクション?』

思わず呆然と呟いた日下部に、

 

「提督、私、今からそちらに戻りますね~!」

まるで普段から北上に対して発しているような声音で言う。

良く知っているつもりの艦娘にまったく想定外のリアクションをされるのは、率直に言ってとても恐ろしかった。

 


 

「提督、大井帰投しました~♪ それで、先程のお返事ですが」

「すまん、てっきり北上と同じ反応返すと思って……」

「冗談だったんですか?」

大井は硬直したように動きを止める。

とろけそうになっていた表情は瞬時にこわばり、ぎこちなく日下部に視線を向け直す。

声の温度は、瞬時に氷点下まで下がっていた。

 

「正直に言えば、お前に惚れてた時期がある。改二になった直後頃かな」

日下部は「自分の好きな物に対して夢中な女性」が好きなのだから、北上に対して真っ直ぐに想いを向ける大井は、その条件を十分に満たしていた。

 

昔から、そういうことは何度もあった。相手が自分以外の誰かに恋していても平気で……あるいはだからこそ、好きになってしまうのだ。

日下部自身は幾らでも複数恋愛(ポリアモリー)をする主義だし、およそ独占欲もないため、相手が受け入れてくれるなら自分と元の恋人で二股をかけてもらって構わないと思っている。

だが世の中、そう考えられる者の方が少数派だ。

そして日下部は、恋という戦いにおいて勝者であり続けた。結果として相手を元の恋人から奪う、いわゆる寝取りをしてしまうことが多々あった。決して寝取ること自体に快感を見出していたわけではないのだが、周囲からはそう思われていておかしくなかっただろう。

そんなことを何度も繰り返し、そのたびごとに色々と面倒な問題を抱えることになって、最終的に「もう寝取りはしない」と固く心に誓うようになったのだ。

 

それに加え、自分は提督で、大井と北上は艦娘だ。「気付いたら寝取ってました」で済む話ではない。

本当に何もかもと戦ってでも大井が欲しかったら話は別だが、現状でそこまでの感情ではない。

だから、立ってしまったフラグを全力で折ることにした。

 

「でもやっぱり、お前は北上の隣が一番似合うと思って、諦めた」

「勝手な人ですね。勝手に好きになって、勝手に諦めて。なら今更言わないで、一生胸の奥に秘めてて下さい」

「返す言葉も無い」

酷いことを言っている自覚はある。

他者の感情を理解できなくとも、論理で考えたってこの発言は最低だろう。

鉛を胃の底に呑み込んだかのような、重苦しい沈黙が続き、

 

「――出撃報告は以上です。失礼します」

取ってつけたようなことを言って、大井は日下部に背を向ける。

 

その背中を見送りながら。

日下部はこれで良かったのだと、必死に自分に言い聞かせた。

 


 

「本当に勝手な話よね……」

自室へ向かう廊下を歩きながら、大井は呟いた。

 

確かに、自分は北上のことが好きだ。それは間違いないし、胸を張って言える。

だが艦娘という生物は本能的に、一度信頼した人間……基本的には提督に対し、簡単に恋心を抱いてしまうようにできている。どちらかというと、艦娘同士で恋愛する個体の方が摂理からは外れた存在なのだ。

 

「いっそ完全に、北上さんしか目に入らなければ良かったのに」

いつから提督に恋心を抱いていたのか、もう自分ではわからない。

あの発言を聞いた瞬間に初めて恋をした気もするし、ずっと前から惹かれていた気もする。

正直、どちらでもいい。この恋が砕けたことだけは間違いないのだから。

 

大井は足を早める。

自分の部屋に着くまでは、絶対に泣くまいと決めていた。着いたら頭が真っ白になるまで泣いて、涙と共にこの恋の欠片を全部吐き出して……そしてまた、明日からは北上に夢中な自分に戻ろうと決めていた。

一人で泣くのは辛いけれど、こんな感情を北上に対してぶつけたくはない。

だから行く先に二人の艦娘が待ち受けているのに気付いて、

 

「長波さんに、ノーザンプトンさん? えっ、なんですかこの組み合わせ」

思わず顔をしかめながら言った。

 

「大井、お前も提督とのフラグ折れたか」

「イベントのたびにフラグ立つ子が増える分、フラグ折れる子も確実に出てませんか?」

どうやら先程の提督とのやり取りを聞かれていたらしい。

長波のお前「も」という言い方に少し引っかかりを覚えたが、それよりも今は、

 

「私、部屋に帰るんです。道を開けていただけませんか?」

つい強めの口調が出てしまう。

だがノーザンプトンは、その大井の言葉を正面から受け止めて、

 

「そういう時は、一人にならない方がいいです。私は大井の気持ち、よくわかりますから」

悲しみをまるごと包み込むような、柔らかな口調だった。

さしもの大井も気勢を削がれて、

 

「それはどういう……」

「なんでしたら、北上も一緒でもいいですから。こっちもヒューストンを呼びますので。嫌なことは全部吐き出して、みんなで呑みましょう、ね?」

どうやら解放してくれるつもりはないらしい。

強引に腕を掴んで引きずっていこうとされるのには、さすがに少し辟易したが、

 

「わかりました、わかりましたから! もう、引っ張らないで!」

一人で泣かなくても良さそうなのは、もしかしたらこの二人に感謝すべきかもしれないと思った。

 


 

「大井のやつ、『完全に作戦が悪いのよ』とか普段から言ってるし……」

自室に戻った日下部は、手元のグラスに注いだ赤ワインを口に含んだ。

MM技術で出した、無銘のワインではない。ジブラルタルに隣接するスペインのアンダルシア地方で生産された、天然物の逸品だ。

それをまるで安物のどぶろくでも煽るかのように、ぐびっと飲み干す。

普段の自分が見たらぶん殴りたくなるようなその所業は、それだけ余裕を失っていることの証左だった。

 

「本人は聞こえてないつもりだったのかもしれないけどさ。でも聞こえてたんだ。だから絶対、嫌われてるもんだとばかり……」

自分でも情けないと思うような、言い訳じみた言葉。

大井に拒絶されたのではなく、自分で終わらせた恋なのに、それでも胸が痛い。

――そんな日下部の言葉に、答える影がひとつ。

 

「あー。もしかして提督、曙とか霞とか満潮にも本気で嫌われてると思ってる?」

川内だった。もともと本来は、彼女と一夜を過ごす約束をしていたのだ。

それなのに楽しませるどころか、こうして愚痴を聞いてもらっている。

本当に格好悪いし情けなくて、嫌になる。

 

「うん。だからあまり個人的な交流は持たないようにしてる」

「改めて、先天性の共感性欠如(サイコパス)って難儀だなぁ。あたしは素直な性格で良かった、本当」

川内は溜息を吐き出しながら、しみじみと呟いた。

大井に関しては、あるいは仕方がないかもしれない。川内の勘では、大井は最初から北上の他に日下部にも惹かれていたように感じるが、同時に自覚もなかったことだろう。

そんな自分自身でも気付かないような繊細な恋心に、日下部が気付けるはずもない。

 

だが曙、霞、満潮に関しては……「艦娘なのに」「あからさまに提督を嫌いすぎていて」、率直に言って逆にわかりやすくはないだろうか?

きっと日下部は、明確に好意を理解できる相手としか恋愛をしてこなかったのだろう。

あるいは「自分の好きな物を好きと言える子が好き」という好みには、そういう意味合いも含まれているのかもしれない。

 

「とりあえず、提督はツンデレという概念を理解しよう?」

本当は好きなのに自分に素直になれず、裏腹にきつい態度を取ってしまうこと。

大昔から存在する概念ではあるが、それをそんな名前で呼ぶようになったのは、約40年前の21世紀初頭だったと知識の中にある。

それ以前に生まれた人間ならともかく、2018年生まれの日下部が知らないのはさすがにどうかと思うのだ。

 

だがそれに対する日下部の反応は、実に斜め上を行くものだった。

 

「いや概念は理解してるけどさ、実在すんの?」

「……。どうしよう、すごく面倒臭い。というかよく考えたら、なんで一生懸命恋敵候補を応援しないといけないの……?」

我に返ってしまった川内は、この件にこれ以上首を突っ込むことを放棄する。

 

「う、うーん? なんだろう、ちっとも問題が理解できない」

困惑する日下部の呟き声が、夜の闇へと溶けていく。

 

なんとなく、これは提督として重大な問題なのだろうと感じる。

だからきちんと理解すべきことなのだろうが、それにどう向き合えば良いのか、今はまだその糸口が一切見付からなかった。




※夏イベE3-1とE3-2です。
とはいえ本題は、大井の話ですね。

大井について。
作劇上の都合で、ノーザンプトンや時雨に続いて扱いの悪い艦娘になってしまいました。
艦これでも公式でここまであからさまに百合百合してる艦娘は多くないと思うのですが、その昔は「提督も、愛しています」という台詞があったそうですね。日下部鎮守府にはぴったりすぎる台詞なのですが、削除されて残念です。
(まぁどうしても言わせたかったら、無理やり言わせてましたが)

まもなくクリスマスですが、次話(E3の残り)は近々出せると思います。

12/26追記:夏イベE3-1を輸送ゲージと記憶違いしていましたので、訂正しました。
正しくはE3-1は戦力ゲージ、E3-3が輸送ゲージでした。
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