日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


その比翼に連理はあるか 3

恋愛は、必ずどちらか一方がズルをするゲームだ。

――オノレ・ド・バルザック

 

 

ヴィクトリアス救出によって作戦目標は達成したが、どうやら日本近海では邂逅できない艦娘も多く存在するということで、日下部鎮守府はまだしばらく地中海の付近に留まることを決めていた。

とはいえ、もはや焦る必要はどこにもない。どうせ一定期間が過ぎれば、深海棲艦側が勝手に時空震を起こしてイベントを終了させるのだ。

夏の残りの――もう初秋と言った方が明らかな季節にはなっていたが――地中海を楽しみつつ、ゆるゆると海域哨戒と鎮定を続ければ良い。

 

そんな中、カラブリア沖海戦にて救出されたカブールは順調に練度向上を果たし、一度目の大規模改装を迎えることとなった。

執務室で改装完了の報告を受けた日下部は、その姿を改めて上から下まで眺め、

 

「おめでとう。これで高速戦艦になったし、徹甲弾も装備できるようになって弾着可能になったから、かなり戦力としては向上した。今回のイベントでは特に出番がなかったが、日本に戻ってからの活躍に期待している」

「提督の生まれ故郷かぁ。あんたなに、このワシの力がいるわけね?」

「うん、ぜひ頼む」

「……提督のためなら」

頬を染めながらカブールは頷くが、そんな細やかな機微など日下部に伝わるはずもない。

その代わりに、

 

「さてカブール、実は艦娘としての仕事の他に、頼みたいことがある」

「え、もしかして夜戦……? あ、あの、ワシそっちは今ひとつ自信ないけど、提督のためなら頑張るわ」

「まぁ雷装外れたから夜戦攻撃力は改装前より低下してるからな。って、夜戦じゃなくて」

「……にぶちん」

まるっきり的外れなことを言われ、さすがにカブールの声の温度が下がる。

だがそこで流すのではなく、

 

(あれ、提督ってウブな坊やじゃなくて、川内たちとはさんざん夜戦シてるわよね? それなのにこの反応。もしかして、はっきり言わないと伝わらない?)

違和感をしっかりと感じ取って攻略の糸口を見付ける辺りは、さすが歴戦の古強者(ベテラン)だと褒めるところだろう。

一方で日下部はそんなカブールの内心など知る由もなく、

 

「頼みたいことというのはだな……」

日下部の説明を受けたカブールは、怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「それは逆に訊くが、ワシで良いの? 自分で認めるのは癪だけど、ワシって弩級戦艦であって、決して強い方じゃないんだけど」

「そこは重要じゃない。戦艦であることに変わりはないしな。私の場合は『試作品』かつ『雛形』だったから、航空戦艦という斬新性を宿す概念である日向がある意味最適だったが、量産を考えるならコスト管理的な視点は必要だ。どっかの元帥はそこ、一切考えてくれないからな」

少しだけ遠い目をして日下部は言う。

自分の知らない物語(ナラティブ)において、どうやら相当な苦労をしているらしい。

 

「カブール、協力してくれるか?」

「提督のためなら。さっきと同じよ」

カブールは独特の模様を湛えた自身の薄紫色の瞳を真っ直ぐに向けながら、迷うことなく答えた。

 


 

「やぁ、マコのところのカブールくん。このたびはご協力ありがとう」

ジブラルタルに存在する、人類統合軍の大本営施設の一角。

出迎えたモーリアックとカブールが挨拶する姿は、傍目には少女同士の交流にしか見えないことだろう。

 

「マコの提案には驚いたが、納得もできた。こういう改良はマコに任せるに限るね。さて、細かい手順はここでの先輩に当たる日向くんに聞きながら、進めてくれたまえ」

日下部と会話を始めたモーリアックを後目に、カブールは指定された一角へと向かう。

そこには、先に到着していた日向が待っていた。

 

「よろしくな、若いの」

「よろしく。なぁカブール。君は、どうしてこんなことに協力する気になったんだ?」

「お前さんと同じ理由だと思うぞ? 好いた相手の力になりたいというのは、そんなにおかしなことかな?」

「その結果、多くの人間が人間では無くなることになる。その引き金を自分が引くというのに?」

日向は口をヘの字に結び、眉根を寄せて問いかける。

 

日下部がカブールに頼んだこと、それは「超人(ポストヒューマン)を量産するに当たり、日向と比べてより少ない想念力で作れるように、カブールの肉体のデータを取得すること」だった。

日下部自身も言った通り、カブールはれっきとした戦艦である。そして今後の機能拡張の土台とするだけの物であれば、日向がカブールになったとしても運用面での支障はない。

これがたとえば深海棲艦ではなく、艦娘――そして今後は超人(ポストヒューマン)も――と相対することを任務とする憲兵隊などであれば、少しでも強力な肉体を用意するために、コスト面では妥協してもっと重厚な戦艦のデータを用いる必要があるかもしれないが、それはまったくもって別の話だ。

 

「なぁ若いの。お前さんは明らかに考えすぎだ。艦娘もそうだが、人間もあまり舐めない方がいい。『在り方』なんてものは時代と共に変わるのが当然で、今がちょうどその時ってだけだ」

カブールは日向の問いかけを、どこ吹く風といった感じで受け流す。

 

「航空戦艦なんていう珍妙なモノになったお前さんこそ、それが分かるはずだがなぁ」

「そう、か……」

それは奇しくも、以前に一航戦の片翼が抱いた想いに酷似したもの。

 

(加賀の言う通り、自分の気持ちと向き合うことから逃げてるだけなのかな、私は。提督の御母堂にも、背中を押されてしまった。一切自分の選択に迷っていないカブールは、さすがと讃えるべきか)

人間も艦娘も。幾人もの想いが、自分の背中を後押ししてくれている。

いつまでも、臆病なままでいてはいけない。

 

(提督と、一度ちゃんと話をしよう)

胸の内で、静かに四航戦の片翼は空を目指す決意を固めた。

 


 

そんな時に限って、先に日下部に自室に呼ばれた。

世の中、案外そんなものなのかもしれない。

 

「日向。こんな夜中に呼び出してすまないな」

「いや、構わない。それで、どういった用事だ?」

「あの日。なんでお前が泣いたか、考えてみたんだ」

日下部が言っているのはカラブリア沖海戦に挑む少し前、金剛に迫られた時のことだろう。

あの気持ちが少しだけ胸の内に蘇ってきて、わずかに顔をしかめる。

 

「知っての通り、私は先天的に他人の感情に共感することが出来ない。だから、分析するしかなかった」

大井との一件が、日下部の意識に変化を与えていた。

他人の気持ちがわからない……そこで止まらずに、理解しようと務めるのは大切なことなのだと。

 

「あの時金剛に迫られて、特に好きな人もいないというから『試しにシてみたら』と私が言ったら、お前は泣き出した。つまり金剛とシたくなかったということだよな。けど別にお前、金剛を嫌ってるわけじゃないよな。なら……何か前提が間違ってるということになる」

その通りだ。あの一件で苦手意識は抱いてしまったが、別に金剛を嫌っているわけではない。

 

「そして超人(ポストヒューマン)開発に協力する報酬に何が欲しいか聞いた時、お前は『瑞雲と同じかそれ以上に好きな物がある。その話を聞いて欲しい』と言ってたよな」

ああ、この人は本当に頭がいい。

情緒に疎くとも、観察と論理を積み上げて正しく分析できている。

 

「なぁ日向、私の自惚れだったら盛大に笑ってくれ。お前が好きな物っていうのは……」

「提督。答えは、これだ」

せっかく決めた覚悟だ。使わず済ませるなどもったいない。

日向はおもむろに日下部の首に両手を回し、その唇を強引に奪う。

――初めて感じる唇は、思っていたよりは柔らかく、そして蕩けるように熱かった。

 

「んっ……! 驚いた。思ったより大胆だな、お前」

「なぁ提督、私はずっと悩んでいた。提督を人ではないモノにしてしまった私には、この想いを伝える資格なんてないと……」

「……! そんな風に思ってたのか! バカ、これは私が、私の意志で選んだことだぞ!」

「ああ、今の君はそう言うだろうな。だが深海棲艦を駆逐して、平和になった後。我々艦娘が、残った人から疎まれて排斥されるようになった時……我々と同じ運命を辿るであろう存在となった君は、果たして後悔せずにいられるのか?」

「ふざけるな日向! そんな質問は、周回遅れもいいところだ!」

日下部はその言葉に、本気で激昂して叫ぶ。

 

「そんな中途半端な覚悟なら、最初からこんなモノにはならない! 適当にお前たちとの日常を過ごして、いつか来る終わりの日まで適当にゲームを楽しむさ!」

ムネーメーの言動で高次AI側が「ゲーム」をさせたがっていることは確定したが、別にそれは永遠に続くものではないだろう。連中には連中の目的があり、いつか終わりの日はやってくるはずだ。

その日まで現実から目を逸らして過ごす、そんな選択肢もないわけではない。現に今生き残っている提督の中にだって、この艦娘との日々が永遠に続いて欲しいと思う者は少なくないはずだ。

 

「なぁ、頼むから日向。私を、お前たちの提督を、あまり見くびらないでくれ……」

だが、日下部はこの「戦争」に勝つことを選んだのだ。

たとえそれがどのような形であれ、艦娘との日々の終わりを意味することになろうとも。

 

「君に責められる日が来るかもしれないと思うと、怖かった。だが、ああ……君の言う通りだ。私が間違っていたよ」

日向は日下部の背に、ぎゅっと腕を回す。

互いの息がかかるほどに密着すると、その瞳が視界いっぱいに飛び込んでくる。

 

「本当に、私と同じ色の瞳なんだな」

「そうだ。茶色がかった、濃いオレンジの瞳。とても気に入っているよ」

少しだけ、日下部は困ったような表情を浮かべている。

おそらく赤城との約束を気にしているのだろう……知ったことか。

 

「だが体臭の方は、金剛の言うほど私に似てはいなくないか?」

「体臭は生活環境によって変化するからな。あの時と比べて、少しずつ私自身の体臭に戻りつつあるんだろうよ」

「そうか、良かった。さすがに自分の体臭には、そこまで性的興奮できそうにない」

日向はするりと腕を離し、一歩だけ後ろに下がった。

おもむろに上衣に手をかけ、それをはだける。

まだ黒のインナーが残っているため肌が露わとはなっていないが、その行動にいよいよ日下部は困惑を隠さず、

 

「脱ぐなよ日向、ポーラじゃあるまいし」

「君と赤城の約束は心得ているから、基本的には大人しく列の後ろに並ぶつもりではいる。だがこの記憶を忘れないために、一度だけでいい。証が欲しいんだ」

そしてインナーに手をかけ、一気にそれを脱ぎ捨てた。

鍛え上げられ、適度に筋肉の付いた上半身。唯一の例外は乳房の膨らみで、百戦錬磨の日下部をして、その目を釘付けにする程度には豊かだった。

 

「なぁ。ここまでしてる女性に恥をかかせるのは、モテる男のすることじゃないだろう?」

熱をいっぱいに帯びた瞳を向けながら、艶っぽい声で言う。

日向がそんな声を出せることを、日下部は初めて知った。

 

「ああ、わかった。夏の地中海だもの、誰だって少しぐらい間違いを犯すものさ」

「そうなるか。まあ、そうなるな。提督、君を……愛してるよ」

「ありがとう、日向」

ぎりぎりまだ晩夏だと強弁できないことはない。

二つの影はまるで溶け合うかのように、そっと重なり合って一つに繋がっていった。

 


 

「……」

日下部の部屋の外。少し離れた場所から複雑な視線を向けるのは、赤城だった。

こんな時間に日下部の部屋の方へ向かう日向をたまたま見付けたので、思わず後をつけてみたら、嫌な予感のど真ん中に遭遇してしまった。

人間の女性も浮気の決定的な証拠を掴んだ時は、このような気持ちになるのだろうか?

 

「ごめんね赤城、今日ばかりは見逃してあげてくれない?」

佇む赤城に声をかけたのは、日向の姉である伊勢。

こちらもこちらで日向の後をつけていたらしい。

 

「いえ、いいんですよ。元々強制力なんか無い、ただの口約束ですし。急に時雨さんが大人しくなったのも、多分そういうことでしょうしね。むしろ基本的には守ろうとしていただいているだけ、ありがたいと思ってます」

自分に言い聞かせるための言葉だが、事実でもある。

本来の複数恋愛(ポリアモリー)の定義からすれば、「浮気」などという概念が存在する状況が特殊なのだ。日下部と自分たちの間のローカルルールの問題でしかない。

 

「それにしてもあなたも日向も、よくあんなのを好きになるわね。一発殴らせろとは言ったけど、まさか非殺傷設定外した艤装で撃たされるとか。間違って撃沈しないよう、ちょうど中破になるように撃つとか、深海棲艦相手にするより緊張したわよ」

「あの方は本当に艦娘を愛して下さってますから。艦娘に戦いを、つまり『傷を負ってこい』と命じる以上、自分が傷付くことも躊躇しないのですよね。まぁその件については、応急修理要員(ダメコン)が使えるからというのが大きかったのでしょうけど」

「それ艦娘で言ったら、『轟沈ストッパーがあるから、大破した後は全弾受け止めろ』っていうようなものよ。やっぱり普通じゃないと思うけどなぁ……ん、でもあの提督、必要なら平気で命令しそう」

「あら、否定できませんね」

赤城は苦笑と共に言う。

とはいえ必要なら非情な命令を出せるのは、指揮官として決して悪い資質ではない。

 

「さて、赤城。日向のこと見逃すかわりに、私の部屋で一献いかが? 『赤城山』も用意してあるわよ」

赤城の名を冠した清酒の銘柄を挙げながら、伊勢が誘う。

 

「あら、用意周到ですね。ではお誘いに乗りましょうか。ところで、お酒のあては何が?」

「この時間から大食は控えなさいね」

呆れたような声で言って、伊勢は赤城を自室へ促す。

赤城は一歩だけ前へ進んだ後、不意に振り返って、

 

「ところで伊勢さん、ひとつだけお尋ねします。あなたは、日向さんのことを好きなのですか?」

「……さぁ、どうかしらね。秘密ってことにしておくわ」

そんな風に言う伊勢の表情は、姉としての親愛とも、一人の女性としての恋愛とも取れるようなものだった。

 


 

「ゆうべは お楽しみでしたね」

翌朝、執務室で顔を合わせた川内から、開口一番そんな言葉が飛び出した。

 

「夜戦演習から帰るなり伊勢さんの部屋に連れ込まれて、赤城さんと3人で飲み明かす羽目になって。今日になって急に日向さんの表情が柔らかくなってて、提督が日向さんに向ける視線が優しくなってて。何か言い訳は? 浮気者」

日下部は盛大に目を逸らす。

そんなものは何もない。例えそれがどんなにローカルな物であろうとも、定められたルールに反して浮気をしたことは紛れもない事実だからだ。

 

「えと、その。すみませんでした」

潔く頭を下げた日下部に、川内は盛大な溜息を吐き出した。

 

「まぁ本気でダメって言うなら、まず金剛さんがNo.2って言い出した時に断固ノーって言うべきだったから、とっくにそんな資格ないんだけどさ」

「もうすぐケッコンだというのに、本当にすまん」

「いいって。もう言わないの」

もう間もなく、自分の練度はケッコンカッコカリが可能な域へと達する。そうしたら、実は自分こそがあの夜に出会った川内であることを話すこともできる。

おそらく夏イベが終わって秋になった頃には、改めて日下部に正式にプロポーズされることだろう。もちろん断るつもりなどない。

 

(秋、か……)

情熱の夏と違って、物思いに耽る季節。

自分自身がかつて一度終わったのも、秋だ。

 

(あっ……)

不意に概念核の奥から蘇った、遠い記憶。

当時の自分が抱くには、あまりに不自然で不条理な想い。

今の今まで忘れていたのに、一度意識してしまったら決して消えてはくれなかった。

夏イベ前に長谷川鎮守府の川内と話した時には、割とすぐ記憶の底に沈められたのに、今そうできないのは……やはり、秋の足音が近付いているからか。

 

「川内? どうした?」

「なんでもない!」

日下部に向かって声を張り上げながら、

 

(どうしよう。これじゃ本当にあたし、……提督を責める資格なんて、ないじゃん)

川内はどんどん勝手に大きくなる自分自身の想念に、本気で困惑するのだった。




※というわけで夏イベのもうひとつのクライマックス、日向との恋愛が一応の決着です。
日向もれっきとした四航戦ですから、「比翼の鳥の片割れ」ですね。

メインは日向ですが、カブールや川内にも動きがあります。
この辺りの流れは、主に秋以降に向けての物ということになります。

リアル時間で2ヶ月近くかかっていますが、次話でようやく夏イベ編が終わります。
すっかり年末ですが、ぎりぎり今年中に出せるはずです。お待ち下さい。
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