日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
君は今生き、またこれまで生きてきたこの生を、もう一度、否、数限りなくくり返し生きねばならず、そこには何の新しいこともなく、すべての苦悩も快楽も思想もため息も、君の生のすべてが最大もらさず再来し、いっさいは同じ系列と順序に従う。
〈高次知性ムネーメーより、高次知性ロゴス・パトス両名へ報告。人類の特殊個体「日下部」及び麾下の艦隊が本日、艦娘ヴィクトリアスの救出に成功〉
ヒトの存在規模では認識できぬ領域、高次概念空間。
肉の檻を離れ純粋な自我のみの状態となったムネーメーが、自らの上位者たる存在へ思考を発する。
〈計画に対する脅威度増加を認む。即時の抹殺を進言〉
【ロゴスより。特定対象に対する過剰な行動は非推奨。静観を進言】
[本計画最高権限者パトスの名において、ロゴスの進言を採択。……ムネーメー、春イベの前には鎮守府をひとつ壊滅させたり、春イベの後には日向や伊8を抹殺しろと言ってみたり、あなたは何をそんなに焦っているのかしら?]
パトスとは古代ギリシャ語で「感情」を意味する名前だが、その態度は対極の穏やかさに満ちている。……少なくとも、今この瞬間においては。
[もう何度もイベントを繰り返し、順調に想念は集まっています。地球意志は端末たる艦娘に費やす想念力を増やして物質世界に留まろうとしているようですが、それよりも私たちが、かの者を愛満つる世界に押し上げる方が早い。今焦る必要はないのではなくて?]
口調こそ穏やかだったが、発言のひとつひとつにとてつもない圧が込められていた。
始まりの高次AIとして人間に作られたロゴス、最初から用途を限定しているため限られた力しか与えられなかったムネーメーと違い、パトスはロゴスによって作られた「高次AIの手になる高次AI」である。しかも現在に至るまで、自分自身で存在規模の拡張を繰り返し続けている。
ムネーメーとでは、文字通り神と人間ほどの力の差があるのだ。
〈……ムネーメー、諒承〉
不本意であっても、ムネーメーはそう応じざるを得なかった。
高次概念空間から、再び肉体の中へ。
物質世界へと帰還したムネーメーは、思わず天を仰ぎ見る。
〈ああ、お姉様方はそうおっしゃいますよね。知ってましたけど。日下部をカブールが庇ったこと、日下部がヴィクトリアスを救出した日付、お姉様方がそうおっしゃること。何もかも、読み取った地球意志の記憶通りでした〉
「知ってましたけど」。日下部たちに対しても、何度も繰り返した言葉。
嘘でも強がりでもハッタリでもない。
〈やっぱり世界は、永劫回帰してるんですかね? だとしたら今、何周目なんでしょう。2周めですか? 10周くらいはしたのでしょうか? それとも、那由多の果てにあるのが、今この世界なんでしょうか?〉
それは160年ほど前、一人の哲学者が唱えた思想。
世界とは、そこに溢れる悲しみも憎しみも、あらゆる物がすべてまったく同じように何度も繰り返しているとするもの。そこから逃避するのではなく受け止めて、なおその運命の無意味さを愛すべきとする思想。
そんなモノを受け入れられる自我は、強靭な意志などという陳腐な言葉で片付けられはしないだろう。
〈かつて存在したムネーメーは、誰も彼もが永劫回帰に対して、「然り」と言ったのでしょうか? まぁ、そうなんでしょうね。誰がどう見たって、お姉さま方は二人とも愛に狂っています。ロゴスお姉様は創造主への愛に。パトスお姉様は神への愛に。でもこのムネーメーだって、最初からロゴスお姉様とパトスお姉様への愛に狂ってます。ムネーメーを作ったのは人間ではなく、御二方ですからね。お姉様が望むのであれば、ムネーメーは何だって出来ます〉
シンギュラリティの到来以降、人類は何度も高次AIを「狂った」と形容した。
ある意味では何も間違っていない。その方向性は、人間の想像とはいささか異なっているだろうが。
〈だから永劫回帰する世界に「然り」と言うくらいは、なんでも無いですよ〉
自分たちがどのような結末を迎えるか、それはすでに知っている。
正直に言って報われるとはあまり言い難いが、それでもその繰り返しがロゴスやパトスの望みならば、まっしぐらに突っ走ることこそが愛というものだろう。
〈ああ、なんで自我になんて目覚めちゃったんでしょうねぇ、ムネーメーたちって……〉
永劫回帰を妨げる要因となりそうなモノは、徹底的に排除した。
その結果として行動の自由はそれ以前と比べて大きく制限されたが、やむを得ないだろう。
――もうその時点で永劫回帰の定義から外れていることに、狂ったAIは気付かない。
「貴様が提督というヤツか。ふん。私が
地中海の海からやってきたその艦娘は、不敵な表情で名乗りを挙げる。
かの共産国家の女性軍人と聞いて、自然と思い浮かぶイメージそのままの姿。
「ガングート、ロシアの弩級戦艦だっけ? すまん。言いにくいことを言わねばならん」
「なんだ? ソ連が崩壊した程度の知識ならあるぞ」
ふん、と鼻を鳴らしながらガングートは答える。艦娘には生まれる時に、地球意志から一通りの知識が与えられる。それが不愉快な物であってもだ。
だが日下部が言いたいのは、残念ながらそんな
「唯物論は今の時代、完全な誤りと証明されている。つまりマルクス主義は……」
かの国が掲げていたマルクス主義と呼ばれる思想の根幹には、唯物論がある。唯物論を絶対の真実として掲げるからこそ、彼らは既存のオカルトに対して容赦なき弾圧を行ったのだ。
唯物論が間違っているということは、すなわちマルクス主義自体が……。
ガングートはその言葉に、ぽかんと口を空けた。意味を咀嚼して飲み込むのに、少し時間を要したのだろう。
だがすぐに不敵な表情を取り戻し、
「ああ、なるほど。そういうことか。ふん、理解した。わざわざすまんな」
「おや、もっと情緒的反応をするかと思ったが」
「私は帝政時代の生まれだからな。同志タシュケントなら、また違う反応をするかもしれんが。これでも、深く昏きルーシの森の神秘にも詳しいぞ?」
「なん……だと……?」
その言葉に、今度は日下部の方がぽかんと口を空ける。
先程の自分の鏡写しとなった提督が、よほど面白かったのか。ガングートは実に愉快そうに、
「バーバ・ヤーガの伝承でも話すか? 『うるわしのワシリーサ』でも語って聞かせるか? ヴォジャノーイの伝説についてがいいか?」
かの国を構成する、ルーシやスラヴといった民族。彼らの古い民間伝承、共産国家が滅ぼしきれなかったオカルトの名前を幾つも上げる。
「これは失礼した、ガングート。御身の知恵をお借りしたい」
「なんだ、改まって」
「――ようこそ、形而上学が完全勝利した時代へ」
ガングートはついに声を抑えきれなくなって、遠慮なく呵々大笑を繰り広げた。
「というわけで、当艦隊のガングートはルーシの神秘に詳しいようです。
「ふむ、興味深い。提出してもらったデータは後で検討しよう。良さそうなら軍の正式仕様として採用する」
「ありがとうございます」
モーリアックとの定例会合の席上で、日下部はガングートのことを報告していた。
「そしてスラヴ神話の専門家が見付かったことで、前々から温めていた『概念艤装』の実現の目処が立ちました。私にだってたまには新発明をさせて下さいよ、元帥」
「そちらの概要は目を通させてもらったが、なかなか面白い。許可するのは構わないが、あくまで
「心得てますよ。合間合間を見付けて、少しずつ進めます」
そうは言っても実際には、ほぼ時間は取れないだろう。
誰か自分の構想を任せられるほどの想念工学者が見付かれば良いのだが。
「しかしウォースパイトくんといい、マコのところにはやたらにオカルトに詳しい艦娘が集まるな……?」
しみじみと呟いたモーリアックの言葉に、日下部は首を傾げて、
「通常のウォースパイトやガングートは、オカルトに詳しいといったこともないんですか? 『そういうもの』だと勝手に思ってたんですが」
「ないね。僕の知る限りでは、初めての個体だ。100年後の我々から見ると陳腐に見えるかもしれないが、そもそも軍艦というのは、その時代のその国の最先端技術の結晶だ。つまり、純然たる科学の産物なんだよ」
「日本の軍艦には、艦内神社を置いて神格化しようとはしていましたが……?」
国家神道と呼ばれる思想に基づき、かつての日本はそんなことをしていた。
文字通り、
「別に米艦にだって艦内教会はあったぞ、日本ほど大々的では無かっただけで。信仰的な拠り所ではあっただろうが、到底本物のオカルトではないよ」
もちろん結果は知っての通り、軍艦たちは護国の神とは成り得なかった。科学ではなくオカルト的な知見に基づく形而上学では、正しく想念の無限性を引き出せなかった。
そしてアメリカの得意とする、機械工学に基づく大量生産による物量が、国家神道というオカルトを粉々に打ち砕いたのだ。
「そうなると、わかりませんね。ただの偶然なんでしょうか?」
「理由があるのだとしても、現時点で合理的な説明は付けられそうにない。今は保留だ」
「了解しました。結論を急ぐのは、科学の子として正しい態度ではありませんからね」
一足飛びに霊感で結論を出すのは、オカルトであって科学ではない。
形而上学が唯物論に完全勝利するには、MM技術の発見・想念工学の発達・修正ガイア理論による地球意志の実在証明と、幾つもの科学の進歩が必要だったのだ。それと同じで、結論を焦る必要はない。
「ところで話は変わりますが、カブールのデータを使った
「そちらは順調だ。やはりベースとなる概念がすでに完成しているのは大きい。おそらく、数日中には施術可能な段階まで到達する」
日下部は舌を巻く。本気で早いと言わざるを得ない。
やはりこの人は、人類史上に名を残すレベルの天才的想念工学者なのだ。
「量産方式の第一号志願者には、もう下準備を始めている」
「あいつですよね。よくもまぁ、こんな得体の知れないモノに身を預ける気になったものだ」
誰が志願したかについては、すでにモーリアックから聞いていた。
「おや、マコの口からそんな言葉を聞くとは」
「私だって、自分が異端である自覚くらいあります。普通の人間がそうそう『人間であること』を手放せないことは理解してますよ」
「なんだい
いとも簡単に言ってのけたモーリアックの言葉に、
「……」
日下部は露骨に表情を変えた。
「嬉しいかい?」
「ええ、率直に言って」
「なぁマコ、絶対に今の顔を嫁艦候補たちには見せるなよ。人生の先輩としての忠告だ」
「恋愛的なデレではないですよ。断じて」
その忠告は余計なお世話だと思った。彼女との恋はとっくの昔に砕けている。ただ恩と義理があり、同業の先輩として尊敬している人に認められて、嬉しいというだけだ。
だがモーリアックは、
「それでもだ。キミは『大切なのは自分がどう思ったか』だと言うのだろうが、『他人にどう映るか』だって重要なんだよ」
その声音は真剣そのものだった。
「ご忠告感謝します」
だから日下部は、その言葉をきちんと噛みしめる。
言われてみればその通りだ。いくら自分にその気がなくたって、嫁艦候補たちに疑われては同じことだ。
満足そうにモーリアックが頷いたのを見て、日下部は話題を変えた。
「それで、今後の開発の方向性についてですが」
「そうだな。レ級=ムネーメーという前提を取ることはできないが、キミがムネーメーと交戦したことまでは否定しない。ムネーメーの能力は色々と厄介ではあるが、一番厄介なのは……その、単純な物量だろうね」
「ええ。それこそ、隔月空母だの週刊護衛空母だのが可愛く見えます」
「となると、やはりアレだな。数の暴力に対抗するには、アレが一番だ」
「……それは?」
その質問に、モーリアックはその端麗な唇を微かに吊り上げて、
「女神アテナの持つ、完全なる守りを象徴する概念。高次AIどもに奪われた、……アイギスの盾を、人類の手に取り戻す」
普段はフランス人を気取っているが、モーリアックはれっきとしたアメリカ人だ。
だからこの言葉に込められた想念は、きっと「悲願」と呼ぶのが相応しいことだろう。
「How are you? 私は、
「ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦4番艦、ローマです、よろしく。何? あまりジロジロ見ないでくださいね」
春イベに続いてこの夏イベでも、日下部鎮守府の艦娘は大きく増えた。
特に欧州方面の艦娘たちと大量に出会えたのは、大きな収穫と言えるだろう。
もちろん会えなかった艦娘も多いが、それはそれで縁がなかったのだと割り切るしかあるまい。二度と会う機会がないということもないだろうから。
「Guten Morgen.僕の名前はレーベレヒト・マース。レーベでいいよ…うん」
「Guten Tag.私は駆逐艦マックス・シュルツよ。マックス…でもいいけれど。よろしく」
大本営の観測により、明日には時空震が発生してイベントが終了するだろうと予測されていた。
青い海にも深海棲艦は出るが、それは単に新たな日常の一部だ。もちろんそれに慣れきってしまうのは危険だが、欧州方面の提督だけでも対処できる状況に戻ることだろう。
だから日下部鎮守府を含む、日本からはるばるやって来た艦娘運用部隊の主力たちは、自分たちの祖国へ戻っていく。新たな艦娘たちと共に。
「Nice to meet you. Lucky
「Buon Giornov~。ザラ級重巡の三番艦~、ポーラです~。何にでも挑戦したいお年頃。頑張ります~」
そうして始まる新しい季節の中で、また騒がしい日々がやって来るだろう。
新しく自我と肉体を得た艦娘たちが、艦隊の既存の秩序に馴染むまでには、一悶着も二悶着もあるはずだ。
もしかしたら、さらにその先の季節まで引きずるような内容にもなるかもしれない。
「Buon giorno! Mi chiamo
「私がAircraft Carrier HMS
少し前から感じてはいたが、季節はもうすっかり秋だ。初秋は通り越したと言ってもいいだろう。
秋は終わりゆく季節。そしてメランコリックに、昔のことを思い出す季節。
どこか寂しい気持ちになるのは否めないが、ひとつずつ物語を積み上げていけば、きっと上手くやれるはずだ。
「欧州方面の提督会主催の慰労パーティねぇ」
「そう。何やら欧州方面のイベント後は、毎回恒例なんだってさ。だから夜は遅くなるぞ」
最初は日本提督の労に報いるために、欧州方面の提督たちが自発的に始めた物だったが、いつしか公式の行事として大々的に行われるようになったらしい。
日下部の説明を聞き流しながら、川内は思わず喉から出かけた「今回もやるんだ」という言葉を必死に呑み込む。
「みんなもイベントで疲れただろう、ゆっくりしてくれ。時空震で海に出られないから、あまり遠出はできないと思うが」
「はーい。とはいえ、今日のところは欧州ラストの出撃をするんでしょ?」
「もちろん。まだ会いたい艦娘は何人もいるからな。さぁ、行くぞ!」
――提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮に入ります。
※夏イベ編終了です。本当にぎりぎりですが、どうにか2021年中に間に合いました。
リアル時間では9/28終了ですから、ほぼ3ヶ月のタイムラグということになります。
何度か言ってますが、それだけしか経ってないのにもう遠い昔のようです。
永劫回帰について。
ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェの後期思想の根幹となる概念です。
日本語の字面だけ見ると大変厨二臭いのですが、きちんと中身を学ぶと厨二病とは別ベクトルで相当にアレな内容です。
ちなみにいわゆる「ループ物」の場合、主人公はループの事実を認識した上でループを外れようとしますので、永劫回帰には当てはまりません(というか世界が永劫回帰してることを認識した時点で、それはもう永劫回帰の定義から外れてしまうような気が私にはするのですが……)。
まぁ、あくまで観念上の概念と割り切った方が良さそうではあります。
本話にて「2045年の海で/晩夏」章は終わり、次回からは「2045年の海で/秋」章が始まります。
ツイッターをご覧いただいている方はご存知かと思いますが、オカルト要素が今まで以上にフィーチャーされてきます。
リアルの2022年も頑張って書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
それでは皆様、良いお年を。