日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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2045年の海で/秋
提督たちのザラザラした大地 1


一つひとつの悲しみには意味がある。時には思いもよらない意味が。どんな悲しみであろうと、それはこのうえなく大切なもの。太陽がいつも朝を連れて来てくれるように、それは確かなことなのですよ。

――エラ・ウィーラー・ウィルコックス

 

 

「パ、パワフルだった……」

欧州提督会主催の夏イベ慰労パーティー。

大本営が借り受けたホテルを利用した会場は、今なお提督たちの膨大な熱量に包まれている。

私はといえばどうにかそこから抜け出して、今は中庭のベンチに一人腰を下ろしていた。

 

「なんで提督ってあんな連中ばかりなんだ。いやまぁ私が言えた義理ではないんだが」

キール鎮守府のシュナイダー提督。ロンドン鎮守府のレナード提督。ローマ鎮守府のカタリーニ提督。

みんな欧州では有名な提督らしかったが、どいつもこいつも想念生産力の高い……まぁ有り体に言ってどこかネジのぶっ飛んでる人ばかりで、交流してて楽しかったけれども、とても疲れた。

そんな風にしばし一人の時間を味わっていたら、

 

「おーい、日下部。お前も来てたか。なんだ、ぐったりしてるな?」

不意にかけられたのは、聞き覚えのある声。

振り向けばそこにいたのは、むくつけき大男だった。

 

「お疲れ様です舞津さん。欧州提督のパワフルさに、少し翻弄されまして」

「ああ、そういやお前は初めてだったか。地球の裏側の連中だって、提督は提督だったろ?」

「いやもう本当に」

申請さえすれば自由に鎮守府の外に遊びに行ける艦娘と比べて、提督は原則的に自分の鎮守府に束縛されている。特に用事がなければ、他の提督にさえ自由に会うことはできないのだ。

MM技術による自給自足体制と、妖精の労働力によって、提督以外に人間を招き入れずとも鎮守府の運営は成立するようになっている。そしてロスト・アドミラルのリスクを可能な限り減らす観点から、実際にそうすることが求められていた。

この環境を「他の人間に滅多に出会えない牢獄」ではなく、「自分と艦娘だけの理想郷」と感じられるような者以外は、現在では提督になれないような仕組みになっている。

つまり簡単に言えば、「今提督をやっているなら艦娘大好きで当たり前」なのだ。そんな連中が顔を合わせれば、艦娘トークに盛大に花が咲くに決まっている。

 

などということを舞津さんと話していたら、また聞き覚えのある声がかけられた。

 

「マコトー、Bonsoir(こんばんは)!」

先日再会したばかりのママンだった。

 

「Bonsoir、ママン。主催側で料理の提供お疲れ様。さすが元プロ、とても美味しかったよ」

「ふふ、ありがと。って、あら? タケオくんも一緒だったのね。二人は知り合い?」

「ヴァランタン女史。毎度お世話になっております、今回も美味しい料理をありがとうございました。日下部は、私の被後見人の被後見人でして」

「そうそう」

私の後見人、つまり提督としての直接の世話役があのクソレズで、クソレズの後見人が舞津さんだ。

 

「あらら、下っ端の下っ端。新人提督だし仕方ないわねぇ」

「まぁね」

「しかしヴァランタン女史が、日下部の母親とはな」

しみじみと呟く舞津さんの態度には、どこか含みがありそうで、

 

「ん、うちの母は有名人なんですか?」

「まぁ、そうだな。いつも美味しい料理を提供してくれるんだが……もうひとつ理由がある」

返ってきた答えに嫌な予感がした。

 

「んふふー? 提督やってると、艦娘はともかく男とヤれる機会が滅多に無いのよねー? その貴重な機会が、このパーティなのよー」

確認するよりも早く本人が答え合わせをしてくれたが、想像以上にアレな理由だった。

とはいえ艦娘大好きな提督たちであっても、たまには違う刺激が欲しくなる気持ちは理解できなくもない。

そりゃママンはモテるんじゃないだろうか。見た目だけなら20代後半から30代で通用するだろうし。

 

「ねぇタケオくん、今回こそ私と……」

「おい、スるなとは言わないが、息子の前でお世話になってる人を口説くな! 自重しろこのどビッチ熟女経産婦!」

ちょっと理解ある態度を示したらこれだよ!

 

「申し訳ありません、胸の大きい女性はちょっt……ではなくて、私には朝潮がおりますので」

「おい、しれっと最低なこと言いかけたな、このガチペド!」

ねぇツッコミが追いつかないよ!

 

「お前に言われたくはないぞ日下部。ゴーヤに手出してる時点で、お前も俺の同類だぞ?」

「好きになった子がたまたま潜水艦だっただけです!」

「ロリコンやペドはみんなそう言うんだ。一人でもそういう子を好きになった以上、今後は普通に選択肢に入ってくるからな」

舞津さんの言葉には、何やら妙な実感が籠もっていた。

 

「あらー、残念。もう、タケオくんもクニヒコくんもガード硬いわねぇ。秘書艦に操立てるにしても、提督同士は別腹でもいいじゃない。……って、あら。そういえばクニヒコくんの姿が見えないわね?」

「ヴァランタン女史。中元寺の奴は少し前に、レ級率いる深海棲艦の大群に襲われて……」

いきなり空気が一変する。

沈痛な表情で唇を引き結ぶ舞津さんは、一瞬前までとはまるで別人のようだった。

 

「……! ごめんなさい、知らなくて」

「いえ……」

「誰です?」

二人の会話に出てきた名前が気になって、私は口を挟む。

 

「中元寺國彦。お前が着任するちょっと前に亡くなった、有名な提督だ。秘書艦の翔鶴とそりゃ仲睦まじかったんだが」

「そんな人が」

改めて実感する。どれだけ現状がゲームじみていても、我々がやっているのは戦争なのだと。

しかし、「レ級率いる深海棲艦の大群に襲われて」か。気になるな。

 

「マインドハックが得意な奴でな? 領域(セフィラ)を一つずつ辿るんじゃなくて、均衡の樹を直進できるだけの技術があった」

「おっと。それは凄い」

「自画自賛か? 元祖マインドハッカー」

「まぁ否定はしませんが、私と同等のことが出来るんなら、本当に優れた技術の持ち主だと思いますよ」

モーリアック元帥が大幅に改良したとはいえ、マインドハックはかつての私が発明した技術だ。私は毎回ダアトを経由してケテルに至っているが、おそらく普通の提督はそんなことはできないだろう。

俄然興味が湧いてきたが、その人とはもう話すことができないのだ。

私も二人の抱いている寂寞の想いを、その一端だけでも理解できた気がした。

 


 

「さて、なら本当にどうしましょうか」

「いやどうもするなよ。普通に帰って寝るか、せめて自分とこの艦娘とシろよ!」

この母親は本当にどうしたもんか。

 

などと考えていたら、みたび横合いから声がかけられた。

ただし今回は、私に声をかけたのではないだろう。何故ならその二人称は、明らかに女性に対する物だったからだ。

 

「お姉様お姉様お姉様ー! お会いしたかったですー!」

もちろん聞き覚えのある声だった。

 

「ヒナちゃん! Comment allez-vous(ごきげんいかが)?」

「はい、陽菜は元気です! お姉様もお代わりないようで!」

こいつ、こんな浮かれた声を出せたんだな。付き合ってた時ですら聞いたことないぞ。

なんかちょっと面白くないので、口を挟むことにした。

 

「長谷川、ポストヒューマン化手術は終わったのかー!」

「あら、いましたのねクソサイコ野郎。おかげさまで無事に終了しました」

私はクソレズ……長谷川の奴に目を向ける。

日本人離れした茶色の髪と紫の瞳は、一見して以前と変わっていないように見えるが、よく見ると瞳の中に独特の模様が入っている。

ちなみにさすがに軍刀を抜き放っていたりはしない。そこは単なるイメージだ。

 

【挿絵表示】

 

「うん。カブールそっくりの瞳だ。お前は元々そんな感じの色だったから、あんまり違和感は無いけどな」

「微妙に違いますわ。前は有明にそっくりな色でした。そこは少し残念ですが、クソサイコ野郎にしては良い仕事だと褒めておきましょう」

「私より元帥を褒めろよ、基本を作ったのはあの人だぞ」

こいつに素直に褒められるのがなんだか照れくさくて、そんな風にうそぶいたら、

 

「ねー。ジャンくんは本当にすごい想念工学者よねー」

何故かママンが横から口を挟んできた。

 

「ジャンくん……? 妙に気安くないか、ママン。あの人あんなだけど、一応大本営のお偉いさんだぞ?」

形式上の「もっと上」はいるが、モーリアック元帥は現行の艦娘運用体制下においては、実質的な人類統合軍のトップだ。

私はたまたま日想研時代からの付き合いであり、個人的にも色々とあったから気安く接しているが、一般の提督にとっては「雲の上の人」であるはずだ。

……などと思っていたら、

 

「ああ。だってジャンくんの童貞切ったの、私だもの」

「な、なんだと……?」

とんでもない発言が母親の口から飛び出してきて、思わず絶句してしまった。

 

「離婚してニースに帰ってきた頃かな? たまたま旅行に来てたジャンくんと知り合ってね? あまりに可愛かったから、つい、ね?」

お、おい。知りたくなかったぞ、正直それ。

 

「でもせっかく童貞切ってあげたのに、あの子『僕はやっぱり女性とスるのは無理だとわかったよ』とか言うのよ。失礼しちゃうわね」

「あ、あわわ……」

今度はクソレズが言葉に詰まる番だった。

 

「それは。うん、ママンの気持ちはよーく理解できるぞ」

まったく。親子で似たような経験をしているとか、笑えないにも程がある。

 

「ママン? さっきから気になってましたが、クソサイコ野郎、あなたまさかシルヴァお姉様の……?」

「奇遇だなクソレズ。私も気になってたんだが、なんでお前はうちの母を『お姉様』と呼ぶんだ」

「うわぁぁぁぁぁぁ! あなたがシルヴァお姉様の子供とか、嘘ですわぁぁぁぁ!」

クソレズの絶叫が響き渡る。

 

「あらマコト、こんな可愛いらしい子に向かってクソレズとか失礼よ。普段はタチっぽく振る舞ってるけど、ベッドの上では素敵なネコ……」

「おい黙れどビッチバイセクシャル熟女経産婦!」

こっちだって叫びたい。母親と穴「きょうだい」とか冗談じゃない!

 

「ねぇヒナちゃん、以前辛い目に遭ったのはわかるけど、男ともちゃんとスれば悪いモノじゃないわよ? せっかくちょうど2本あるんだし、今日こそ試してみない?」

「いえ、さすがにそれは……」

自分を数に入れるな、とガチペドが抗議していたが、別にそれはスルーでいいだろう。

 

「もう。ヒナちゃんの処女を奪ったクソ男が憎いわね。話によると経験豊富だったらしいのに、ちょっと焦らしプレイされたら童貞みたいなセックスして、ヒナちゃんに『男は無理だ』って思わせちゃって、もう……! そいつがちゃんとしてれば、ヒナちゃんもきちんとチン堕ちできてたのに!」

「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

今度こそ叫びだすのを堪えきれなかった。多分、顔は真っ赤になっているだろう。

あの日のことを第三者、それも母親の口から客観的に説明されるなど、思わず尊厳を守るために自決したくなるぞ!

 

「お、おいママン、言い方ぁ! あと長谷川。お前、人の母親になんてことを言ってくれちゃってるんだ!」

「仕方ないでしょう、あの時はお姉様とあなたが親子だなんて思わなかったんです!」

クソレズは唇を尖らせて抗議する。だがそんなこと関係なく、そもそも他人に話すな!

……などと自分の視点でしか物が見えていなかった私は、この時点でどうしようもない失策を犯していたことに気付いていなかった。

 

「ねぇマコト、なんでこの話題でそんな反応するの? ま、まさか、噂のクソ男って」

あ、やば。そうか妙なリアクションをしなければ、それが私であるとはバレなかったのか!

だが、後悔してももはや遅い。

 

「マコトー! ママンは、あなたをそんな情けない男に育てた覚えはありません!」

「あんたに性教育された覚えはねーよ!」

さっきの元帥の話でママンに同情した気持ちを返せ!

 

「しかし、チン堕ちですか……そんな自分は、想像するのは少し難しいですわね」

「性的指向は人それぞれだろうからな。高校時代にレズのチン堕ちは一人させてるけど、それは単に元々あいつにバイっ気があったんだろう。絶対に男が無理なガチレズだって、いておかしくはないさ」

そんなことを言いながら、ある事実からあえて目を逸らす。

ママンの指弾した通り、あの時の私は自分の欲望ばかりが先行していて、本当に童貞みたいな情けない情交しかできなかった。

あの時もし私にもう少し余裕があって、不慣れな身体を丁寧に開発してやれていたら。

白百合姫は……長谷川の奴は、私との行為に溺れられていたのだろうか? それとも結局のところ、性的指向の壁を超えることはできなかったのだろうか?

 

――バカバカしい。

私は首を振って、浮かび上がった考えを振り払う。

どうあれそうはならなかった。それが私とこいつの物語のすべてであり、そしてそれでいい。

だからこそ私は、艦娘に恋ができたのだから。

 

この時長谷川も何かを呟いたが、それは私には聞こえなかったし、あえて聞き質そうとも思わなかった。

 


 

さて、長谷川のことは置いておいて。

私はママンに向き直る。ぜひとも確認しておきたいことがあった。

 

「おいママン、聞くの怖かったから今まで聞かなかったが、ある意味で確信持てたから聞くぞ! ……なぁ。あんたのことだから、絶対に私の弟妹、いるだろ?」

父さんとの間に生まれたのは私だけだが、あれから21年。

再婚はしていないそうだが、結婚という形式にこだわらない男女の多いフランス人のことだから、別の男性との間に子供ぐらい作っていてもおかしくないだろう。

そんな程度の気安さで尋ねただけなのだが……。

 

瞬間、空気が凍りついた。まるで先程、中元寺提督の話が出た時のように。

ママンは唇を引き結んで、微かに肩を震わせている。

長谷川は眼光鋭くこちらを睨みつけてきた。

そして、

 

「日下部!」

舞津さんの声は本気の怒気に満ちていて、思わず身が縮こまる。

 

「舞津さん? なんで、いきなり怒鳴って……?」

「いいのよタケオくん。マコトには、知る権利があるわ。あなたの弟妹ね……、ええ。一人ずついたわ」

「いたわ? 過去形?」

「ええ、シンギュラリティの到来までは、ね」

「……あっ」

脳天を金槌で殴られたような気分だった。

 

「ママン……、Je suis désolé de te rappeler la douleur(辛いことを思い出させてごめん).」

Ca ne me dérange pas(いいのよ、気にしてないわ).今の時代、こんな悲劇は取り立てて珍しいモノではないしね」

これはママンの言う通りだ。

何しろ人類の半分が死んだのだ。子を失った親、親を失った子。どちらも掃いて捨てるほどいるだろう。

 

「気にはなってたんだ。いくら元軍属でも、ママンがフランス海軍軍人だったのは20年以上前、しかも18歳から父さんと結婚するまでのほんの2年間だ。大衆食堂(ビストロ)の女主人だった時代の方が、圧倒的に長いだろ?」

軍人には予備役という制度があり、普段は銃後の民として暮らしながら有事の際に招集される立場の者もいるが、ママンに関してはそうではなかった。再会した時には予備役ですらなく、完全なる退役軍人でしかなかった。

もちろん本当の素人を徴兵するよりは格段にマシだろうが、そもそも提督は広く門戸を開いて人材を募集している役職ではない。厳正なる審査の上、資質を見極められて初めてなれるようなものだ。

 

「ええ、そうよ。本当は人類統合軍から私に声がかかったんじゃない。私自身の意志で、元軍属ってこととジャンくんとのコネを利用して、人類統合軍に潜り込んで提督やってるの。復讐のためにね」

自分の母親であっても、幼年期のただ中に別れて別々に生きていれば、それはもう他人に等しい。

今初めて私は、この人を本当に知ることができた気がした。

 

「舞津さんは、知ってたんですね」

「ああ。というか、ヴァランタン女史の物語は、提督仲間の間では有名な話だ」

「知らぬは息子ばかりなり、ということですか……」

「知らなかったものは仕方ないだろう。今こんな時代にこんなことをやってるんだから、皆が皆、それなりの物語を抱えてるさ」

どこか含みのある物言いに、そういえば私はこの人の物語も知らないことに気が付いた。

いつか、それを知ることもあるのだろうか。

 

「ママン。明日には私は、日本に帰るけども。必ず元帥と一緒に、超人(ポストヒューマン)を最後まで開発してみせるよ」

「ええ。私も次に会う時までは、超人(ポストヒューマン)になっておく。人間を辞めるくらい、なんてことないわ。もう失って怖いモノなんて何もないしね」

「おいおい、薄情だな。息子なら、ここにまだ一人いるだろ?」

「その役目は、あなたのところの艦娘に譲るわ。特に、あの川内ちゃんにね」

これは穏やかだけど、訣別の言葉。もうママンは、私が死んでも泣いてくれない。

けれどもそれは逆に言えば、

 

「ああ、そうだな。うん。Merci beaucoup, maman(ありがとう、ママン).」

一人の自立した人間として認めてもらえるという、間違いなく喜ぶべきことでもあったのだ。




※あけましておめでとうございます。
2022年も本作「日下部鎮守府の物語」をよろしくお願いいたします。

ツイッターでやってるリアルタイムの話は無事2046年に突入しましたが、SSの時間軸はまだ夏イベが終わった直後です。
ここから色々な話を経て、晩秋の秋イベ、そして冬へと突入していきます。
ほんの少し前のことを思い出しながら、お付き合い下さい。

今話は「ザラザラした大地」、つまり日常編の提督サイドです。
日下部、陽菜、舞津、シルヴァと男女4人の提督には、それぞれ別の物語がありますが、今回はその一端について書いてみました。
ちなみにツイッター投稿時から、シルヴァの設定を一部変更しています。やはりシルヴァが美魔女であることに理由はいりませんね、うん。

2022/4/3追記
だいぶ先になりますが同様の話をやることになりそうなので、シリーズ化しタイトルに「1」を追加しました。
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