日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


艦娘たちのザラザラした大地 -ヴァランタン鎮守府の爪痕-

愛とは感性に属する事柄であって、意欲に属する事柄ではない。だから、欲したからといって愛せるわけではないし、ましてや愛さねばと思ったから愛せるわけでもない。

――イマニュエル・カント

 

 

「あなたが能代ね。よろしくね!」

「今日着任したザラさんですね。よろしくお願いします」

始まりはあの地中海。MA3作戦攻略中のそんな挨拶からだった。

片方は地元イタリアの艦娘だが、もう片方は日本の艦娘で、こんな場所に現れたのがなんとも不思議な印象を受ける。

 

「着任の時に、提督から『日本で言うと能代みたいな立場なのか』とか言われたんだけど。あなたも身内に苦労してるの?」

「ええ、まぁ。ということは、ザラさんも?」

「うん、妹のポーラ。この艦隊にはまだ着任してないらしいけど、今から気が重い……」

ずーん、と音がするかのような重苦しい表情。

 

「あらら。でも未着任なんだったら、今の内に羽を伸ばしたらいいじゃないですか」

Grazie(ありがとう)、能代。そうする!」

「でもそれは苦労でも、私とは方向性が真逆ですね。阿賀野姉ぇ、以前は結構しっかりしてたそうなんですが、私が着任したらすっかり『だらし姉ぇ』になってしまいまして」

「あらら……」

遠い目をした能代に、今度はザラが苦笑を浮かべる番だった。

 

「せめて食事くらいは自分で用意して欲しいんですけど。能代、カレーしか作れませんので」

「そうなの? ザラ、実はcucina(料理)には結構自信あるんだけど、教えよっか?」

「良いのですか? 今の内に羽を伸ばさなくて」

「うーん、ただそれだけってのも少し寂しくて」

「あ。何かわかります」

結局のところ、お互いに根っからの世話好きということなのだろう。

ただ黙ってゆっくりできないのは難儀な話だが、「そういうもの」なのだから仕方ない。

 

「ならお願いします。その代わり妹さんが着任したら、私もそちらのお世話、手伝いますから」

「言ったわね? 他のザラにポーラのこと聞いたけど、結構すごいみたいだからね?」

「ええ、『何事も粘り強く』頑張りますよ」

「ふふっ。じゃあよろしくね!」

二人は顔を見合わせて、笑い声を上げる。

――この新たな物語は、このようにして幕を上げたのだった。

 


 

「熊野、ち、ちょっといいかな」

「あら鈴谷、ど、どうしましたか?」

シルヴァの母が「いが」を訪問した翌日。自室から廊下に出た直後、熊野は鈴谷に呼び止められた。

鈴谷の声はどことなく上擦っていたが、きっと自分の声もそうなっている。

 

「ヴァランタン鎮守府の鈴谷と交信したら、その。熊野と……」

「あ、あら。同じこと考えたのですね」

近場で新しい艦娘の存在を感じたら、とりあえず同艦交信をして他愛ないお喋りに興じるのは、艦娘の習性のようなものだ。だからそれ自体は特に何か問題のある行動ではない。

問題があるとしたら、その交信相手の艦娘たちの素行の方だろう。

 

昨日、ヴァランタン鎮守府の鈴谷と熊野から伝わってきた想念は、それまでの二人の価値観を一変させるに十分な内容だった。

今はあの二人がしていたのと同じことを、目の前の相手に刻み付けたくてたまらない。

 

「熊野も興味あるよね、ナニする?」

「よ、よろしくてよ」

熊野は鈴谷と共に、たった今出てきたばかりの自分の部屋へと舞い戻る。

鍵をかける動作すらもどかしい。

カチャリという音が響くと同時に、唇に鈴谷の舌が強引にねじ込まれ……。

後はもう頭が真っ白になるまで、無我夢中で互いに互いを貪る獣と化した。

 

鎮守府と比べて「いが」の居住区画の壁はとても薄いことなど、完全に頭から抜け落ちていた。

 


 

「提督ー、うちの鎮守府の風紀が大変なことになってる! いや元々乱れてたけど、ここまでじゃなかった!」

悲鳴と共に執務室に飛び込んできた川内の言葉に、日下部は頭を抱えそうになった。

 

「どれ、ちょっと様子を見て回るぞ」

日下部は片付けていた書類仕事を一時中断し、川内を伴って艦内を歩き始める。

 

異変にはすぐに気付いた。

川内の言う通り、元々の日下部鎮守府の風紀は決して良くはなかったのだが(何しろ提督からして複数恋愛(ポリアモリー)を公言して何人もの艦娘をはべらしているくらいである)、それでもここまで白昼堂々と艦内に嬌声が響き渡るほどではなかったはずなのだ。

明らかに、ヴァランタン鎮守府の艦娘たちとの接触の影響だろう。

 

「ママンのところの艦娘は本当にヤバいな。誰かと交流すれば相互に影響するのなんて当然だと思うけど、それにしたってこれはなぁ」

恋愛するなとは言わないし、したら心だけでなく身体でも繋がりたくなるのは自然なことだが、日常生活に支障が出るレベルで恋愛のことしか考えられなくなるのはさすがに困る。

しばらくしたら落ち着くとは思うのだが、長引くようなら意識的に綱紀粛正が必要かもしれない。

そんなことを考えながら廊下を歩いていると、前方で二人の艦娘が話している光景が目に飛び込んでくる。

 

「あ、阿賀野姉ぇ」

「言いたいことはわかるよ、能代」

それは阿賀野型姉妹の二人だった。

阿賀野型には他に矢矧や酒匂という艦娘もいるというが、残念ながら日下部鎮守府にはまだ着任していない。

 

「阿賀野は能代のこと嫌いじゃないし、一番が提督さんでいいなら、二番目が能代でも別に構わないんだけど……」

妹たちがあれこれ阿賀野の世話を焼くのは、どこの鎮守府でもお馴染みの光景だ。そしてそれが恋愛感情に変わるケースも、決して少なくない。

ヴァランタン鎮守府の阿賀野と能代も、そんな感じだったのだろう。

――だが。

 

「能代には、気になり始めた人がいるでしょ?」

「……はい」

諭すような阿賀野の言葉に、能代は神妙な顔で頷く。

 

一般的な感覚では、およそ接点のない相手だ。

まず国籍が違う。

前世の実艦時代に遡っても、生没年が微妙に重なっていない。

そして、艦娘として人類の前に出現した時期も違う。

 

だからこれは、日下部鎮守府でしか生まれ得ない物語。

それでも今ここにいる彼女たちの間には、間違いなく何かが始まろうとしているのだ。

 

「阿賀野を好きなあっちの能代と、あなたは別の能代。それは忘れちゃダメ」

「阿賀野姉ぇ……」

その言葉に感極まったように、能代は姉を見上げる。

だらしない生活態度で日々を過ごしている姉に、こんな頼もしい一面があったことを、能代は自我を得てから初めて知った。

 

「ほんと、うちの阿賀野ってしっかりしてるよな。そういうところは大好きだよ」

少しだけ嬉しそうに日下部は呟く。

 

「何かを好きという感情は尊いものだが、感情に呑まれて自己を律せないのは、あまり良いことではない。私だって時雨に誘惑されかけた時のアレは、大いに反省したしな。だからもしポーラがうちに着任したら、ママンの秘書艦みたいなビッチでなくとも十分困りものなんで、今から胃が痛い」

砲撃戦の最中にまで痛み止めと称してワインを飲もうとする艦娘など、いくら「自分の好きな物を好きと言える」性格であっても、日下部にとっては恋愛対象外だ。

まぁそれでも、いち艦娘としては着任して欲しいとは思っているけれども。

一方で阿賀野と能代は、

 

「というわけで能代、今日のお昼ごはんを……」

「料理は出来るんだから、それくらいは自分でやって下さい阿賀野姉ぇ!」

チャーハンなどの簡単な物に限定されるとはいえ、阿賀野はカレーしか作れない能代よりはずっと料理が上手い。

だから他はまだしも、食事の面倒まで見る必要は本来ないはずなのだ。

 

「えー。イタリアン作れるようになったんじゃないのー?」

「まだ勉強中です!」

「じゃあザラさんからもっと教えてもらって、阿賀野に美味しいイタリアン食べさせてよ」

阿賀野はそう言いながら、日下部に視線を向けて片眼を閉じてみせる。どうやらこちらに気付いていたらしい。思わず舌を巻く。

どこまでが天然で、どこからが計算なのかさっぱりわからないが。

ひとつだけ言えることがあるとすれば、日下部鎮守府の阿賀野は結構しっかりしているようだ。

 


 

「ところでザラさんは、ヴァランタン鎮守府のザラさんとは話さなかったんですか?」

その日の夜。定期的に行われるようになったイタリア料理勉強会の席上で、能代はザラに尋ねた。

 

「だってあのポーラと好き合ってるザラでしょ? それは私じゃない……」

昨日訪ねてきたヴァランタン鎮守府で秘書艦をやっているポーラは、それはもう一般的なポーラに輪をかけて強烈な艦娘だった。

 

「ああ、納得しました」

あれと恋愛している艦娘と、目の前のどこかあどけない顔立ちをした彼女を同じ存在だと考えるのは、確かに難しいかもしれない。

 

そこで能代は、ザラの言葉にほっとしている自分に気付く。

最初は少し気になっている程度だったけれども。この気持ちをなんと呼ぶかは、とっくに自覚している。後はいつ、どんな風に伝えるかの問題なのだろう。

けれども、

 

「じゃあ、今日の分の練習しましょ。今日はカルボナーラを作ります」

「はい!」

「カルボナーラって、簡単なようでいて結構難しいのよ」

いたずらっぽそうに笑うザラの笑顔が、とても心地よくて。

だから、もう少しだけ。下手に想いを伝えてこの関係が壊れてしまうよりも、このままでいたい、なんてことを考えてしまう。

それは他愛もない、乙女心とも呼べる可愛らしい感情。

 

――だが、能代はこの時気付くべきだった。

恋も戦いなのだから……怯懦は、決して良い結果を招かないということに。

 


 

「ザラ級重巡の三番艦~、ポーラです~。何にでも挑戦したいお年頃。頑張ります~」

ヴィクトリアス救出成功後、イベントの余韻とも言える時期。

地中海から現れた艦娘を見て、日下部は思わず目を白黒させた。

 

「あれ~提督。初対面なのに、なんですか~その顔?」

「い、いや、お前は何も悪くないんだが。飲むな脱ぐなと言っても聞かんだろうから、それは止めんが……う、うん。本気でどうしよう」

いきなりこんなことを言われても、ポーラにはまったく意味はわからない。

仕方ない、とりあえず細かいことは忘れて呑みますかとワインの瓶を手に取ろうとした時、

 

「あれ~近くにいる艦隊のポーラから同艦交信が届いてます~。ヴァランタン鎮守府ってところで、秘書艦やってるポーラみたいですね~。えっ、そんな。わぁ~大胆です~」

「……やべ!」

今度こそ日下部は目を剥く。

交信内容まではわからないが、おそらくどう転んでもロクな物ではないだろう。ヴァランタン鎮守府のポーラに影響を受けたこのポーラが、あんな感じに染まっていくのは遅かれ早かれとしか思えない。

同艦交信は艦娘の権利なのでするなとは言えない上に、そもそもこっそり交信できるから、止めたって無意味だ。

 

「川内! 急いでザラと能代に警告を!」

せめて先日のポーラの直接の被害者と言える二人には知らせておくべきだろう。

 

「大丈夫! 概念核がポーラのって判明した時点で伝えてある!」

「よし、仕事が早い! 愛してる!」

「知ってる!」

流れるような会話の連携が心地よい。

ひとまず対処療法は図ったものの、

 

「あの二人、これから大丈夫かな……?」

「なるようにしかならないと思うけどね」

不安そうに呟く日下部と対象的に、提督が対象ではない問題なので、川内は実に気楽そうだった。

 


 

「……ザラさん?」

能代の呼びかけに、ザラははっとなって顔を上げる。

 

ポーラ着任から数日後。時空震と共に、地中海におけるイベントは幕を閉じた。

欧州提督会主催の夏イベ慰労パーティの翌日、日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」は1ヶ月以上に渡って滞在した地中海に別れを告げ、一路日本へ向かっての航行を続けていた。

往路には10日ほどかかったから、復路にも同じぐらいかかると思って良いだろう。

 

海の上でも、二人のイタリア料理勉強会は変わらず行われる約束になっていた。

そしてまさしく今日がその時だったのだが、

 

「あ、ご、ごめん能代。ちょっとぼーっとしちゃって」

「ザラさん、体調はちゃんと大丈夫ですか? もしどこか具合が悪いようなら、今日は中止でも……」

数日前から、ザラはこんな感じになることがあった。

能代としては、どことなく顔が赤いのが気になっていた。季節の変わり目のこの時期は、人間だって体調を崩しやすい。艦娘だって生物である以上、風邪を引くことはあるのだ。

 

「大丈夫、大丈夫だから。ね? ほら、今日の分を始めましょう。今日はアランチーニを作ります。日本だとお米が主食みたいだけど、イタリアでも結構お米は食べるのよ?」

「へぇ、そうなんですね! 楽しみです。よろしくお願いします!」

すぐにいつものザラに戻ったから、能代は先程の態度についてそれ以上深く聞くことはなかった。

 

もしもう少し注意深ければ、能代はきっとこんなことに気付けたことだろう。

――ザラの様子がおかしくなったのは、ポーラが日下部鎮守府に着任した翌日からである、と。




※リアルタイムで展開しているツイッター投稿で少し大きな動きがありましたが、一段落したのでSSを進めていきます。
2月に冬イベ開催の告知が運営から出ましたので、1月中にできるところまでまとめていきたいですね。

能代とザラについて。
能代の実装が2013/11/1。ザラの実装が2016/2/10。2年半近い開きがあります。
なので結構珍しい組み合わせではないでしょうか?
神ホノの時にも書きましたが、私は「艦これ9年目に着任した自分だからこそ書ける物語を書こう」と思っています。
たまたま日下部鎮守府に同時期に着任したというだけの組み合わせではありますが、本編中に挙げたような接点がありますので、個人的にはとてもしっくり来ています。
ちなみにこの話、結構長く引っ張ることになりそうです。
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