日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


艦娘たちのザラザラした大地 -Lady Luck and Victory-

ぼんやりしている心にこそ恋の魔力が忍び込む。

――ウィリアム・シェイクスピア

 

 

Nice to meet you(はじめまして)! Lucky Jervis(ラッキー・ジャーヴィス)って呼んでね!」

その艦娘の着任はポーラと同時期。あの地中海でのイベントの余韻の頃だった。

いかにも水兵然とした、本来の用途としてのセーラー服。黒いスカーフを首に巻き、頭には服とお揃いのセーラーハット。

右手で艤装の砲塔を持っており、左手は後頭部に回して大きく腋を見せるポーズを取っている。

飛び出した声は、どことなく金剛に似ている感じがした。

 

だがこんな可愛らしい顔立ちをしていながら、ジャーヴィスという艦の戦歴は凄まじい。

何しろあの大戦において幾つもの大きな戦いに参加したにも関わらず、乗員にただ一人すら死者を出さなかったのだ。

姉妹艦のJanus(ジェーナス)が沈んだシングル作戦においても、艦首切断の大損傷を負いながら奇跡的にジンクスを守り通したという幸運っぷりである。

「ラッキー・ジャーヴィス」の二つ名を得たのも、自然な成り行きだろう。

 

「これからよろしくな。どれ、お近づきの印に何か飲むか?」

日下部は執務室の窓脇に設置された冷蔵庫を示しながら言う。

最近設備を拡張したおかげで、そこはちょっとしたバーのような感じになっていた。

 

「いいの~? Lucky! じゃあビールが飲みたいかな~」

「お、さすが英国っ子。水代わりにビール飲むんだな」

「そもそも艦娘に年齢制限とかナンセンスよー!」

日下部は苦笑しながらその言葉に頷く。それもそうだ。見た目や性格に関係なくどの艦娘も実年齢では1年経っていないわけだし、逆に前世から数えるなら余裕で100歳を超えている。

 

「ふむ、つまり子供扱いはしなくていいということだな?」

「What?」

「いやなに。その挑発的に見せ付けてくる腋の匂いを。嗅がせろ」

提督の口から飛び出したのは、予想の斜め上どころか異次元方向にぶっ飛んだ内容だった。

 

「あの、目が本気……」

「本気だとも。ここまで艦娘の腋の匂いを嗅ぎたくなったのは、川内改二の腋を見た時以来だ」

「格好付けて言っても、ただの変態発言よー! Help me!」

さすがに初対面で受け入れられる要求ではない。いくら艦娘であっても、だ。

思わず悲鳴を上げた瞬間、それまで呆れ顔を浮かべながらも黙ってやり取りを聞いていた秘書艦が、勢いよく立ち上がった。

ご丁寧に腕には艤装を付けており、そしてそれを迷うことなく提督に向けている。

 

「提督、艦娘へのセクハラは程々にしましょうね定期! あと『腋の匂い嗅ぎたい』は、あたし言われた覚えがない!」

よく見てみるとその秘書艦は、よりにもよってさっき引き合いに出された川内ではないか。

 

「あっ、あれ思っただけで言ってなかったか! じゃあ嗅がせ……」

「この流れじゃさすがに嫌だー!」

川内はためらうことなくその引き金を引き、15.2cm連装砲の発射音が3回立て続けに室内に響き渡った。

 

「ごふっ。超人(ポストヒューマン)化して肉体的に強靭になった分、手数で補いやがって」

常人なら非殺傷設定であっても明らかに威力過剰(オーバーキル)な火力だが、この提督は息も絶え絶えになりながらも意識を保っていた。どうやら普通の身体ではないらしい。

 

「スキンシップが過激なのね、お二人。そういうの嫌いじゃないわ」

日下部と川内のやり取りに、ジャーヴィスは思わずそんな風に呟いた。

仮にも提督に対して麾下の艦娘が遠慮なく砲をぶっ放せるのは、両者の仲がよほど悪いかよほど良いかのどちらかだろう。

そしてこの二人が後者であるのは、先天性の共感性欠如(サイコパス)でもなければすぐにわかることだ。

先程はとんでもない艦隊に来てしまったと、一瞬後悔をしかけたけども。案外ここでの生活は、思いの外楽しい物になるかもしれない。

ふと提督の言葉が気になって、腋の匂いを確かめようとしたけれども、自分自身ではよくわからなかった。

 


 

イベント終了から10日ほどの時間をかけて、日下部鎮守府の艦隊はショートランド人工島にある自分たちの鎮守府へと帰ってきた。

1ヶ月以上に渡って無人だった建物には、うっすらと埃が積もっている。最初にやるべきことは妖精と艦娘の総力を挙げて、その住処に再び火を吹き込むことだった。

そしてそれが終われば、ようやく。鎮守府に秋がやって来た。

 

「あー、楽しかった。日本も悪くないわね」

自室のベッドに横になりながら、ヴィクトリアスは昼間の喧騒を思い出していた。

浴衣に着替えた艦娘たちと、提督を交てのやり取り。騒がしくもにぎやかな、新しい日常。

最初は慣れられるかどうか不安だったが、こうしていると存外に……悪くはない。

 

そんなことを考えていると、不意に扉がノックされた。

 

「はい?」

「ヴィッキー、まだ起きてるかしら?」

「Old Lady? どうしたの?」

訪ねてきたのはイギリスの誇る戦艦、ウォースパイトだった。

しかも両脇にジャーヴィスとジェーナス、J級駆逐艦の二人を従えている。

まるでこれから艦隊行動にでも出るかのような陣容だが、当然皆の着ている服は出撃用の制服ではなく、そしてどこか浮足立っているかのように見えた。

もっと言えばJ級の二人は、頬を上気させているような……?

 

「ねぇヴィッキー? あなた、祖国を離れて寂しくはない?」

ウォースパイトはそんな風に言いながら、こちらを値踏みするように言葉を紡いでくる。

 

「まったく寂しくないと言ったら嘘になるけど。日本も悪くないと、ちょうど今思っていたところ。提督も艦娘たちも悪い人ではないしね」

「そうね。あのAdmiral、本質は善悪で言ったら悪寄りだとは思うけど、少なくとも今現在は悪い人ではないと思うわ。ふぅん、ヴィッキーはやっぱりAdmiralのことが好き?」

「心から感謝はしているし、尊敬もしている。だから提督の力になりたいとは思ってるわ。けれどきっとこの気持ちは、恋ではないわね」

「あら、深海堕ちから救出されたとしても、全員が全員Admiralに恋するってものでもないのね。なら遠慮はいらないわね」

ウォースパイトは真っ直ぐにヴィクトリアスの瞳を覗き込む。

まるで女王のような威厳をまとった彼女に見詰められると、思わず心がざわざわとする。

 

「ヴィッキー。私たち、これから三人で夜戦をするわ。あなたも参加しない?」

そしてウォースパイトは、まるでそうするのが当然であるかのように。

流れるような所作で、ヴィクトリアスの唇を……奪った。

 

「……!」

「あなたがAdmiralを好きというのなら、無理にとは言わなかったけど。そうじゃないなら別に構わないわよね?」

耳元で囁かれる声は、茶菓のクロテッドクリームよりもなお甘く。思わず蕩けてしまいそうな、そんな蠱惑的な響きに満ちていた。

そのまま崩れ落ちて、身も心もこの女王のような艦娘に委ねてしまえば、きっとそれはとてつもない快楽なのだろう。

――けれども。

 

「レディ、ごめんなさい。私、提督じゃないけど好きな相手がいるの」

笑い出しそうになる膝を無理やり奮い立たせ、しっかりと大地を踏みしめる。

まなじりに意志を込め、ウォースパイトの碧い瞳を睨み返す。

 

「あら、そうなの? あなたが着任してからこんな短期間に、一体誰を?」

「それは……」

ヴィクトリアスは、ひとつの代名詞を告げる。

好きな相手がいると聞いても驚かなかったウォースパイトが、その名前に対してははっきりと目を見開いた。

 

「ヴィッキー。それはあまりに報われないのではなくて?」

「そうかもね。けど、私の意志が続く限りは貫き通したい。あの時提督は、『汝の意志するところを為せ』と言ってくれたのだから」

「まったく、Admiralもあなたも。あんな狂人の遺した言葉を真に受けて」

オカルトの知識を持つウォースパイトは、当然ながら魔術師アレイスター・クロウリーのことを知っている。自分たちの提督が彼の言葉を半分だけ切り取り、金科玉条のように掲げていることも。

 

「わかったわ。私は私にかしずかない子に興味はないの。ごめんなさいヴィッキー、ファーストキスをいただいちゃって」

「いいわ。減るものではないし」

素直に退いてくれたことに感謝して、ヴィクトリアスは手の平をひらひらと振る。

実のところ、もっと強引に迫られてたら落ちていたと思う。自分が押しに弱いことは今初めて知ったが、その相手が物分かりの良いウォースパイトで良かった。

 

「さ、もう一人にして欲しい」

「……ええ」

扉を閉めて、ウォースパイトたちは部屋を去っていく。

想像すらできぬ長期戦になるであろう自分の恋の前途を思って、ヴィクトリアスは思わず深い深い溜息をついた。

 


 

(ヴィッキー、格好良かったわ)

ウォースパイトとの貪るような激しい夜戦を終えた後。

普段なら満足感と共に眠りについている頃合いだが、ジャーヴィスはどうしても先程のヴィクトリアスの態度が脳裏に残っていた。

ウォースパイトのキスは本当に甘やかで、自分もジェーナスもすっかり落とされてしまった。

だがヴィクトリアスはそれに負けずに、いつ叶うとも知れない自分の恋を貫くときっぱり宣言したのだ。

 

(レディはあたしの腋の匂いなんか絶対に嗅ごうとしないよね)

着任した時の提督と秘書艦とのやり取りを思い出す。あの物言いは控えめに言っても変態的だったが、どうしても受け入れられないほどのものではない。

 

(あたしは、レディに恋してたわけじゃなかったのかも)

彼女との関係は決して嫌な物ではなかったし、無理やりされたなんて口が裂けても言うつもりはないけれども。

自分の胸の中でどんどん膨らんでくる顔を思い浮かべて、ジャーヴィスはそっと新しい二人称を口にする。

 

Darling(ダーリン)……」

呟き声は夜の静寂に溶けて、すぐに消え去っていった。

 

「……」

そのすぐ隣でベッドに身を横たえていた女王が、それを耳にしていたなどと気付くこともなく。

 


 

「ジャーヴィス、おめでとう!」

あれから少しの時間が流れて、ジャーヴィスは大規模改装を迎えていた。

艦娘にとって練度を上げて育ててもらえることは大きな喜びだし、その節目となる大規模改装となれば、それはもう特別なことを始めるきっかけに相応しい。

 

「Thank you! これからも頑張るわ! ダーリンのためにね!」

爽やかに告げた瞬間、それまで満面の笑みを浮かべていた日下部が盛大に吹き出した。

 

「ダ、ダーリン!?」

ちょっとうろたえすぎだろう、とジャーヴィスは内心で憮然とする。

あれだけモテてるんだから、艦娘に告白されるのなんて初めてではないだろうに。

 

「ダーリンってばあたしの腋の匂いを嗅ぎたいとか、変態なこと言ってたよね?」

「う、うん」

「ちゃんとここまで育ててくれたダーリンなら、いいよ。少し恥ずかしいけど。……どうぞ」

川内が演習標的艦の仕事で出払っていたのは、さすがのラッキー・ジャーヴィスの強運か。

制服からずぼっと大きく腕を出し、生の腋を無防備にも晒してみせる。

日下部はしばらく混乱していたが、やがて自分の発言に責任を取るつもりになったのか、おずおずと鼻先を腋に近付けてきた。

 

「んっ、ジャーヴィスの匂い。すごく、興奮する」

「ダーリン、あたしも……」

鼻息が腋に直にかかれば、さすがに少しむず痒い感じがしたが、それよりもそんな変態的なことをされているという事実にくらくらする。

いっそこのまま押し倒されて、そのまま夜戦に突入したって構わない。

 

だが。忘れてはならないことがひとつあった。

今は真っ昼間で、ここは執務室なのだ。

 

「司令官~。ちょーっと今後の取材活動についてご相談が」

「あっ」

「あっ」

日下部とジャーヴィスは執務室に入ってきた青葉に向かって、揃って間抜けな声を上げる。

 

「あっ、青葉っ、見ちゃいましたっ……ダメーっ! 離れて!」

普段はとらえどころのない態度を崩さない青葉だが、この時ばかりは顔を真っ赤にして拳を振り上げ、二人の間に割って入る。

さすがの剣幕に慌ててジャーヴィスは飛び退き、そそくさと生腕を服の中に戻す。

 

「司令官のバカ、浮気者! 川内ともうすぐケッコンだっていうのに、何してるんですか!?」

「い、いや、腋の匂いを嗅いでただけで、別にそれ以上のことは」

「そんな言い訳、通ると思ってますか! さっきの司令官、完全に青葉とか他の嫁艦候補を襲う寸前の目してました! 確か前に言ったらしいですよね、『感情に呑まれて自己を律せないのは、あまり良いことではない』って! 時雨の時の反省はどこに行きましたか!」

「……うぐ」

しゅんとうなだれた日下部の姿に、ジャーヴィスはなんとなく面白くない物を感じて、

 

「ねぇ。それはっきり言ってずるくない? 後から来た子は、ダーリンを好きになっちゃいけないってこと!?」

「いけないってことはないよ。けど、ケッコン待ちの列の後ろに並んでってこと! 阿賀野だって日向さんだって、ちゃんと守ってるよ!」

「そんなの、先にいた子が勝手に決めたルールじゃない!」

駆逐艦の身でありながら、重巡である青葉に対して一歩も退かずに言い返す。

 

「司令官、はっきりして下さい! このルール、続けるんですか、それともなしにするんですか!?」

そのやり取りを聞いていた日下部は、ふと阿賀野に告白された時のことを思い出していた。

 

『川内たちが決めたルールは知ってるよ。今、正式に婚約してる子以外に手を出したら、浮気扱いになっちゃうんだよね。先にいた子たちが勝手に決めて、ちょっとずるいよね』

今にして思えば、いかに彼女の物分かりが良かったかわかる。

後から着任した子の立場を思えば、むしろジャーヴィスのような反応が当然だろう。

 

「ジャーヴィス。腋の匂いを嗅がせろとか言って悪かった。まさか本当に嗅がせてくれるとは思わなかったんだ。その上で、私のことを好きになってくれてありがとう。お前のことは、嫌いじゃない。多分好きになれる」

「I’m so happy! 本当?」 

「本当だとも」

日下部の反応が予想外だったのか、青葉の表情がわかりやすく引きつっていく。

だが、結論を急がないで欲しい。

 

「けど、列の後ろには並んで欲しい。お前の着任前に決まったルールで、理不尽に感じるのは分かるんだが、あの約束を守るって決めたのは他ならぬ私の意志なんだ。時々流されそうになるダメな男だけど」

「ダーリン。いいわ、ダーリンがそう望むのなら従ってあげる」

「ありがとう」

まったくもって理不尽な話ではあるが、それでもその程度を待てないなんて、ヴィクトリアスの覚悟と比べたら申し訳なさすぎるだろう。

 

「それから青葉。ジャーヴィスに興奮して襲いそうになったのは確かだ。認める。そこは、本当にごめん」

「わかりました。他の子には黙っててあげます。その代わり今後の相談をしたいので、このまま青葉の部屋まで来て下さい」

「ああ、わかった」

埋め合わせに夜戦でもおねだりされるのかもしれないが、ここは素直に聞いてやるべきだろう。

そもそもこちらだって、ジャーヴィスの腋で下半身が興奮したままなのだ。

 

「そういうことなんで、ジャーヴィスはまたな」

「うん、ダーリン! ダーリンと夜戦できる日、楽しみにしてるね!」

「わっ、わわわストレートな!」

まったくてらいのないジャーヴィスの物言いに、聞いていた青葉の方が思わず顔を赤くするのだった。

 


 

「レディ、ごめんね。あたしダーリンのこと好きだって気付いちゃったから、もうレディとは終わりにしたい」

夜戦のために自室へと呼び出したジャーヴィスからは、そんな言葉が飛び出した。

 

「ええ、わかったわ。少し前から、きっとそうなるんじゃないかと思っていた」

その別離の宣告を受け止めて、ウォースパイトはなお気高く微笑む。

 

「そっちはそっちで大変そうね。ジャーヴィス、あなたに幸運があることを祈ってるわ」

「Thank you! ラッキー・ジャーヴィスは、恋でも負けないわ」

小さな身体に不敵な笑顔を浮かべて、ジャーヴィスは威風堂々と去っていく。

その姿が見えなくなってから、

 

「本当は祖国を離れて寂しいのは、私なのかしらね」

ウォースパイトは深い溜息と共に、自嘲気味に言葉を吐き出した。

同国出身の艦娘にばかり目が行くのは、実はそういうことなのかもしれない。

 

「レディ……」

不意に声をかけられて顔を上げる。

そこにいたのは、ジャーヴィスの妹。ジェーナスだった。

 

「私は、レディのことが好きよ。恋は数じゃないのよ。それともレディは、私だけが恋人じゃ……嫌?」

「ジェーナス……!」

ウォースパイトはその身体を強く抱き寄せる。

戦艦の腕力で遠慮なく抱き締められて、それでもなおジェーナスは気持ち良さそうに目を細める。

 

蜜のように甘く濃厚なキス。

オールド・レディの熱い恋は、どうやらまだまだ終わりそうになかった。




※新春任務のラスト1個をクリアするために中部海域に挑戦していたため、また結構間が空いてしまいました。
幸いにして6-5まで攻略完了、新春任務も完遂できました。
間もなく節分任務が来るようですが、新春任務よりはさくさく終わると信じて、しばらくは創作優先で進めたいと思います。

今回はイギリス艦たちの恋模様です。
日下部鎮守府には夏イベでこの4人しかイギリス艦が着任しませんでした。ネルソンとアークロイヤルはとても欲しいのですが……(アークは大型艦建造でも引けますが)。
ちなみにヴィクトリアスの好きな相手については、別の話でもうちょっと掘り下げることになるかと思います。
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