日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


カノジョのハツコイ 1

人が心から恋をするのはただ一度だけである。それが初恋だ。それから後の数々の恋は、初恋ほど無意識なものでない。

――ジャン・ド・ラ・ブリュイエール

 

 

「いい機会だから一度聞きたかった。提督はもしあたしが轟沈しちゃったら、どうする?」

夏イベが終わる直前、晩夏が秋へと切り替わる時期に、日下部は川内にそんなことを聞かれたことがある。

 

「なんだその質問。ずいぶんメランコリックだな?」

「いいでしょ。多少はあたしだって物思いにふけるよ。ねぇ、答えて?」

「そうだな。まず、仇はきっちり取ってやる。それから、お前のために一日だけ泣いてやる。その後は死んだ奴のことなんか忘れて、金剛を第一夫人にするか、別の川内を育てることにする。だから忘れられたくなかったら、絶対に死ぬな」

「提督らしいね。うん、もちろん死にたくはないけど……もしそうなったとしたら、一緒に死んでくれる人よりも、あたしのことなんかさっさと見捨てて自分の人生をちゃんと生き続けてくれる人の方が好きだな」

そんなことを呟きながら、川内の心はかつての海へと飛んでいく。

101年前の秋、今とは違う姿をしていた自分が一度「終わった」あの海へと。

そんな川内の様子を眺めていた日下部は、

 

「川内、またずいぶん乙女な表情してるぞ?」

「え、えっ!?」

「なんだ、そんなに私のことが好きか?」

少しだけからかうように問いかける。

――だが。

 

「う、うんっ! 司令のこと、好きだよっ……!」

顔を紅葉のごとく染めながら叫んだ川内の言葉は、どこか違和感のあるものだった。

 

「あれ? お前普段私のこと、『提督』って呼んでたよな? なんだ急に、比叡とか海防艦みたいな呼び方して」

「!? ちっ違う、提督。言い間違え!」

「ふむ……? まぁいいか」

人間であれば、一人称や二人称などその時々で使い分けるのが普通だ。艦娘にだってそういう場合があるのかもしれない。

そう思って日下部は、これ以上その件に触れなかった。

 

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「水着の時も思ったけど、よくもまぁこんなこの殺伐とした世界で、これだけ可愛く着飾れるもんだ」

一部の艦娘たちが色鮮やかな浴衣で着飾った光景を前にして、日下部は訝しそうな声を上げる。

夏イベから戻り、鎮守府を再び利用できる状態に回復してすぐにこんな催事を始められるのだから、艦娘たちの行動力は大したものだ。

 

「そこ突っ込んでも仕方ないよ。それとも、戦闘のことだけ考えてる艦娘の方が良かった?」

「いやぁ全然。むしろ褒めてるんだよ。戦争が常態化したりしたら、その方がよっぽどまずいからな」

日下部は川内の頭を撫でながら言った。

撫でられた川内は、嬉しそうに目を細める。

自らの秘書艦の反応に気分を良くした日下部は、艦娘たちの浴衣姿を見て回り、声をかけていく。

 

大人の色香を漂わせる神通と、陽気な感じでたこ焼きを頬張るホノルル。

縁日の紐くじのごとく、ゴテゴテとした人形やぬいぐるみが大量に結ばれた紐を艤装に吊るしたノーザンプトンと、いつの間にか気安くつるむようになっていた長波。

初期艦の電と、その姉である雷。

鎮守府立ち上げの時から「アイテム屋」と「任務娘」として、裏方仕事で艦隊運営を支えてくれた明石と大淀。

初めて日本に来たはずなのに、すっかり浴衣姿が板についているカブールとヴィクトリアス。

読書好きという意外な一面を見せた朧。

 

一通りを見て回ったところで、不意に川内が、

 

「はい提督、甚平。着替えるといいよ」

いつの間にか男性用の和装を手にしていた川内が、それを差し出してくる。

 

「おや。用意がいいな?」

「あー、大淀が用意してくれた。今更だけどあの気配りはすごいよね。ちょっとでも提督に気があったら自分で渡すんだろうけど、わざわざあたし経由で渡して周囲に『提督Love勢ではありません』アピールとか、そつがないったらありゃしない」

さすが川内、大淀の行動の裏の意味まできっちり読み取ったらしい。

 

「ありがとな川内。んじゃ着替えて。よし、じゃあ今日も楽しんで行くか!」

どうせやるなら、楽しまなければ損じゃないか。

殺伐とした世界に芽生えた、どこか奇妙な日常の光景。

 

「うん、そうだね」

それを愛おしく思う気持ちは、川内だって同じなのだけども。

 

どこか胸に刺さった棘が抜けないのは、メランコリックな秋の空気のせいなのだろうか。

 


 

それから程なくして、川内の練度は通常で到達できる上限に達した。

かつて長谷川鎮守府にいた時の肉体と同等の領域。ここよりさらに強くなるためには、特殊な手続きが必要になる。

すなわち「ケッコンカッコカリ」。艦娘と強い絆を結ぶことで、より強く想念力を引き出すことを可能とする特殊な改装である。

艦娘には通常の戸籍は存在しないため、法律上の「結婚」ではないのだが、明らかにそれを模した制度であるためこのような名前を付けられている。

そしてそのような物である以上、そこに単なる特殊改装以上の意味を見出す提督は多い。

日下部も、その一人だった。

 

「私は、ケッコンカッコガチしかする気はないよ。好きな子以外には指輪は贈らないつもりだ。その代わり好きな子には全員贈るけどな」

「相変わらず筋が通っているんだかいないんだか」

川内は呆れたように言う。日下部の複数恋愛(ポリアモリー)という主義そのものにはもう慣れたが、だったら指輪は追加艤装だと割り切って、恋愛感情抜きに有用な艦娘全員に贈ればいいのに。

実際のところ、そうしている提督の方が多数派だ。例えば入れ替わる前に所属していた長谷川鎮守府でも、提督である陽菜との関係とは別に、指輪をもらっている艦娘は少なくなかった。自分がもらっていなかったのは……まぁ、大体理由はわかる。

 

「いいんだよ。ところで今更だけど、プロポーズするための指輪を拝領するための任務に、その相手自身を行かせるの、恥ずかしくないか?」

「あ、本当だ。どうなんだろこの制度」

日下部にそう言われて意識すると、確かに気恥ずかしくなる。

 

「なんかモーリアック元帥によると、『初婚用の指輪は特殊な機能を持った追加艤装なので、こういう形式にしてる』んだってさ。2個目以降にはその特殊な機能はないらしいんだけどね」

「え、そうなんだ……?」

「で、ケッコンする時は元帥もしくは後見人に立ち会ってもらうようにって。でないと『戻ってこられないかもしれないからね?』とか脅されたんだけど、どういう意味なんだろ」

モーリアックはとんでもない話を突然持ち出してこちらを驚かせることがあるが、嘘は言わない人だ。

だから彼がこう言ったのであれば、初婚には本当にそれだけの危険性があるのだろう。

 

「陽菜さんの立ち会いは、ちょっと嫌だなぁ」

川内は最近会っていない、自分の元「提督」の顔を思い出しながら呟く。

恩も義理もある相手ではあるが、彼女が過去の日下部を傷付けたことについてはやはりわだかまりがある。

 

「実は私もだ。だから元帥に時間を作っていただいて、立ち会いをお願いするつもりだ」

日下部は日下部で、やはりかつて本気で愛した白百合姫に見守られてのケッコンには、気恥ずかしい物があるようだ。

 

「じゃあ提督。指輪を獲得するための任務、行ってくるね」

「おう、頼んだ。気を付けて行ってこいよ!」

日下部の言葉を背中に受けながら、川内は出撃のために歩き出す。

 

本当は、秋になる前にプロポーズして欲しかった。

――などという勝手な言い分は、黙って胸の内に呑み込んで。

 


 

「やぁマコ、おめでとう!」

任務達成の報告のために松代大本営を訪れた日下部を、モーリアックは快く出迎えた。

 

「ありがとうございます、元帥」

「しかし着任から7ヶ月以上もかかるとはね。あれだけ川内くんにぞっこんのキミのことだから、もっと早くケッコンするかと思ったんだが」

「……ちくちく刺してきますね」

「このくらいは言わせてくれよ、キミには振られた身なんだから」

確かにそんなこともあった。これもまだ1年経っていないはずなのに、もう遠い昔のように感じられる。

 

もしシンギュラリティが起きなかったら、もし艦娘に助けられなかったら、自分はこの人とどうなっていたことだろう?

そんなのはわかりきっている。悩むまでもなくあの告白を受け入れて、モーリアックに女性の身体を用意してやり、そして迷うことなく結ばれていた。

そんな「もしも」が鮮明に想像できる程度には、日下部にもモーリアックへの気持ちはあったし、だからこそあの時のことは今でも小さいながら傷として残っているのだ。

 

「ごめん、マコ。本気で困らせるつもりじゃなかった。冗談だよ」

日下部の表情を見たモーリアックは、慌てて謝罪してきた。

そんな風に気を遣わせてしまうような表情をしていたのか。空気を変えるべく、日下部は先程の質問に今更回答する。

 

「川内には何度か、『艦隊全体のことを考えろ』とどやされましたからね。川内だけ育てるわけにはいきませんでしたし、強さ的には川内って特に飛び抜けた艦娘じゃないですから、どうしても後回しになった部分はあります」

「そういうキミの尻を叩ける部分とか、あと対人関係の勘が鋭い部分とか、色んな意味でキミにお似合いの相手なんだろうね」

この人にそんな風に言ってもらえると、川内と幸せになることを許された気分になって、本当に救われる。

 

「うん。それでこそ……キミにとってのHGAに相応しい相手だと言えるんじゃないかな?」

それまでの会話の流れの延長として、ごくごく自然な感じで、モーリアックは普段聞き慣れない単語を口にした。

 

「HGA?」

「おや、セレマ神秘主義について詳しいはずだろうキミ。HGAの意味がわからない?」

「いや、わかりますけども。え、そのHGAでいいんですか?」

日下部の知っているそれは、もっと長い名詞の略称だ。

だがケッコンの話をしていたはずなのに、なぜ唐突にアレイスター・クロウリーが作った神秘主義に関係する言葉が出てくるのだろう。

混乱する日下部に対しモーリアックは、

 

「そうだよ。この初婚用の指輪はHGA……つまりHoly Guardian Angel(聖守護天使)との契約を行うための物だ」

それはセレマ神秘主義において、「個々人にとって特別な唯一無二の、個人を導く高位の霊的守護者」と定義される存在。

聖守護天使は自己の分身でありながら、独立した自我を持った存在だ。高位存在である聖守護天使を見出し霊的に繋がることで、人は自らの「真の意志」を知ることができる。これこそが、セレマ神秘主義の究極の目的とされていた。

 

「まぁ、いつものことだが本物のオカルトではない。MM技術という科学で、その概念を模したものだ」

「少し安心しました。こんなちっぽけな指輪でひとつのセレマの究極の目的を叶えてしまえたら、アレイスター・クロウリーが20世紀から化けて出てきておかしくないですからね」

「そう、そのアレイスター・クロウリーだが。彼は儀式によって自らの妻に、自身の聖守護天使エイワスを降臨させたという。だがキミたち提督がケッコンする艦娘は、元々地球意志……神から遣わされ、自身を付喪神や守護神(ダイモーン)といった霊的な存在と自認している。つまり逆説的に艦娘とケッコンすることで、キミたちは聖守護天使との繋がりを得ることになる。これは、そのためのツールなんだよ」

「それはまた、本物のセレマイトが聞いたら激怒しそうな理屈ですね」

日下部は呆れたように言うが、想念工学という科学の一分野においては、これで十分に筋が通っている。

想念工学で重要になるのは細部まで理屈をきっちり組み上げることよりも、「大まかな概念とイメージをわかりやすく他者と共有すること」だ。もちろんその上で、想念力の消費を抑えるための工夫は必要とはなってくるが。

 

「それで、具体的には何が出来るんです?」

「それも聖守護天使という概念通り。つまり……」

モーリアックの説明を聞いた日下部は、思わず眉根を寄せる。

超人(ポストヒューマン)と違って、これは試作品ではない。つまり、

 

「え、ってことは長谷川も舞津さんもママンも、自分の秘書艦とそれ出来たってことですか?」

「そうだよ。舞津くんのアレ、実は単なる独り言ではなく、朝潮くんに対するセクハラらしい」

「うわ、最悪だなあのガチペド」

なんであんな悪癖があるのかという謎は解けたが、その答えは想像よりずっとぶっ飛んだもので、さすがの日下部も顔をしかめるしかなかった。

 


 

「おーい、川内」

「おかえり。指輪もらってきた……?」

「ん、あまり嬉しそうじゃないな?」

さすがの日下部であっても、ここまで露骨に川内が浮かない顔を浮かべていれば違和感を覚える。

 

「そんなことない、けど」

「そうか? とりあえず『想念工学者なんだからデザインは自分で決めろ』と言われて、想念力合計800万イデア分の使用許可と、概念パッケージを受け取ってきたから、いつでもMM機関で物質化できる。正規空母の肉体3人分の想念力とか阿呆かと思わなくもないけど、機能を考えたら妥当としか言いようが無いんだよなぁ」

「え、どういうこと?」

「実はな、初婚用の指輪って……」

日下部はモーリアックに説明された内容を、そのまま川内に伝える。

 

「え、本当!?」

「本当。そんなことができるらしい」

「あの時都合よく陽菜さんが現れたのって、そんな理由だったのかぁ……」

自分が長谷川鎮守府を脱走しようとした時、有明に気付かれたのは偶然だろうが、その有明を振り切った直後に陽菜が現れたのはあまりにタイミングが良すぎた。

だが初婚用の指輪に日下部が言ったような機能があるのだとすれば、納得できる話だ。

 

「そんなわけだから、しばらくはお互いに隠し事は難しくなると思う。慣れればコントロール出来るようになるらしいけど。個人的には、いくら夫婦でもプライベートな部分はあっていいと思うから、あんまり好ましい話じゃないんだけどな」

「そっか、そういうことになるのか……」

ぎゅむっ、と胸の奥が締め付けられるような感じがした。

あの気持ちをよりにもよって、日下部に知られてしまうことになる。

 

「なぁ川内。ちょっとの間だけ、待ってもらえないか? お前に、というか艦娘に隠してることがあるんだが、それがお前に伝わった時にどうなるか予想が付かないんで心の準備がしたい」

三重命令(トライオーダー)にロスト・アドミラル。艦娘の負の側面と言って良い習性。一般の提督には伏せられているその事実を、日下部は知っている。

 

「いいよ。あたしも、心の準備をしたいことが出来たから」

「ああ、レ級の件か」

「それもあるけど、そっちはそんなでもない。というか『ケッコンしたら話していい』って、陽菜さん絶対分かってて意地悪したよね」

ケッコンしたら話すまでもなく全部伝わることを、陽菜は知っていたはずだ。

 

「もうちょっと別のことで、心の準備に時間が欲しいな」

「そっか。わかった。でも、今月中にはケッコンしような?」

今は10月。日下部の誕生日が月初にあり、そして川内の前世に当たる実艦の進水日が月末にある月。

艦娘にとって進水日は、誕生日として扱われることが多い。

 

「……うん」

川内は日下部の言葉に頷く。

決して気持ちが冷めたわけではない。むしろあの夜の真実をようやく告げられると思うと、胸が高鳴ってくるような感じさえする。

だが、

 

(ねぇ、あたしっておかしいかな? 今のあたしは艦娘で、目の前のこの人が大好きなのに。それはそれとして、あの気持ちをまだ忘れられないなんて)

それはまさしく、彼女の初恋。

 

(こんなの、誰に相談したらいいの? 長波? 飛龍さん?)

日下部には、日下部にだけは言えない想いを抱えて、川内は切ない胸の痛みに押し潰されそうになる。

 

(ねぇ、()()。あたし、幸せになっていいの……?)

 

――それに答えられる者は、もう世界のどこにもいない。




※嫁艦候補マリッジブルーシリーズ、川内編です。
ちなみに基本的にみんな、ケッコン前にマリッジブルーには陥ります。そこは創作上の都合とご理解下さい。

ケッコンカッコカリについて。
ゲームのキャラクターと(カッコカリとはいえ)明確に「結婚」できるゲームを、個人的には初めて見ました。よく好きなキャラクターを指して「俺の嫁」などと呼んだりすることがありますが、名実ともに「俺の嫁」が作れるのはなかなかすごいと思います。
(作者はあまり多くのソシャゲを知らないので、もし艦これより前に他にあれば申し訳ありません)
本文中に書いた通りLv上限突破用の追加艤装として割り切った方が、提督として強くなれるとは思うのですが、せっかくこんなシステムなのですからやはり特別な意味を持たせたいとは思っています。
もっとも作者&日下部のことですから、「好きな子」は川内だけでなくどんどん増えていくわけですが……(2022年1月現在、15人ほどいます)。

聖守護天使について。
日本語の感覚で字面を見ると大変に厨二臭いのですが、セレマ神秘主義においては究極の目標と言える存在です。
本文中にも書きましたが、モーリアックの言ってることはセレマ神秘主義の教義を真剣に学んでいる人にとっては、噴飯物だとは思います。これはあくまで本物のオカルトではなく、その概念を使った(疑似科学ならぬ)疑似オカルトですので、そこはご了承いただければ幸いです。
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