日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


カノジョのハツコイ 3

最も永く続く愛とは、決して報われぬ愛のこと。

――サマセット・モーム

 

 

「じゃあ川内。お前は私が死んだら、どうする?」

あの地中海でのメランコリックな会話には、こんな続きがあった。

実際にどうなるかといえば、ロスト・アドミラルによって自己解体してしまうのだろうが、それはそれとして日下部は川内自身の意志を確認しておきたかった。

川内はからりとした笑顔を浮かべ、何を今更そんなことを聞くのだと言わんばかりに、

 

「そんなの決まってるじゃん。まず、仇はきっちり討つよ。それから……一日だって耐えられないし、あたしもすぐに後を追うよ」

「川内!」

日下部は思わず着座していた椅子から腰を浮かせる。

 

「だから後を追わせたくなかったら、絶対に死なないで」

「自分のこと見捨てて生き残る人の方が好きとか言っておいて、お前は後を追うんだな」

「ほらあたしって意外と女子力高いし?」

かつて好きになった人より先に死んでしまった川内にとって、それはある種の悲願ではあったのだが……きっと日下部には理解できないだろうし、理解してもらえない方が良いと思っている。

 

「そんな女子力はいらん、バカ……」

ある意味で、大和撫子らしい情念の深さではあるのかもしれない。

けれど。そんなことを言わせるために、日下部は川内と恋愛をしているわけではない。

 

「あーあ。重荷が、一個増えたな」

絞り出すように、日下部は呟いた。

 


 

そんな会話をした夏の終わりから、まだ半月も経っていないことに今更気付く。

 

「白露姉さんと五月雨も連れて来られると良かったんだけどね。うちじゃ二人とも育ってないから」

時雨の言葉は、あの海戦で共に第一警戒隊を構成した顔ぶれを念頭に置いたものだろう。

 

「いらないよ。あたしと、看取ったあんたがいれば十分」

「了解だよ……っと。ほら、見えてきた」

艦娘の長距離移動能力は、空間転移に近い領域に達している。深海棲艦との戦闘さえ注意深く避ければ、潜水艦が一週間ほどもあれば日本とドイツを往復できるくらいなのだ。

さすがに戦闘に入ると速度は落ちるとはいえ、こればかりは前世の実艦の時代には逆立ちしても真似のできないことだろう。

だから三浦半島沖のショートランド人工島を出発して、遥か南太平洋の海域まで数日もかからずに到達できるのは、特に不思議なことではなかった。

 

ブーゲンビル島。

パプアニューギニア、ブーゲンビル自治州所属の島。

軽巡・川内の終わりは1943年11月2日の午前5時30分、この島の沖合にて行われた「ブーゲンビル島沖海戦」による物だった。

 

「……。わかってたけど、やっぱりきつい」

100年以上前に自身が沈んだ海面を見ながら、いつになく厳しい表情で川内は呟く。

 

「あの時の川内、水雷戦隊旗艦として見事だったと思うよ。それこそ、コロンバンガラの神通にも負けてなかったんじゃない?」

前年に行われたルンガ沖夜戦やクラ湾夜戦、コロンバンガラ島沖海戦といった戦いでは、日本水雷戦隊の夜襲が猛威を振るった。この時期に沈んだり大損傷を受けたアメリカ艦の艦娘には、水雷戦隊に苦手意識を持つ者が少なくない。

だがその状況も、たった一年ほどで一変することとなる。

 

「夜戦で負けておいて神通と一緒とか、とても言えないって」

「それは、別に川内のせいじゃないだろ。アメリカの電探(レーダー)技術の発達がすごかっただけじゃないか」

「ベラ湾で一人生き残ったあんたはわかってるはずだよ。それだけが原因じゃないって」

アメリカ海軍の駆逐艦乗り、アーレイ・バーク大佐。31ノット・バークの異名を誇った彼が考案した、複数の駆逐群が波状攻撃を行う新戦術は、日本水雷戦隊の神話を粉々に打ち砕いた。

 

「結局、地力負けってことだよ。情けなかったよね。そういやリトル・ビーバーズの艦娘もいないんだよね。チャールズ・オースバーンとか、一度じっくり話してみたい」

ブーゲンビル島沖海戦でアーレイ・バーク大佐が率いた第23駆逐隊第45駆逐群、通称リトル・ビーバーズの旗艦の名前を挙げて、川内は言った。

もっとも川内の物語(ナラティブ)においては自分を沈めた因縁深い相手であっても、あちらにしてみれば単なる「戦果1」でしかない。だから仮に彼女が艦娘になったとしても、こちらを覚えているとは思わない方がいいだろう。

 

「そういえばあの時、時雨に司令官移乗の命令が出てたのに黙殺したよね。あれで司令死んでたら、許さないところだったよ!」

「仕方ないだろ、戦闘中だったし。そもそもその判断をしたのは僕じゃないよ」

「言ってることは正しいんだけど、あんたの場合笑いながら見捨てたイメージが……」

「風評被害だなぁ。まぁいいや。結果的に生き残ったんだし、いいじゃないか」

「そうだね。……ねぇ司令、あたしを見捨てて脱出してくれて、本当にありがとう。司令のそういうところ、本当に大好きだった」

川内は目を閉じて、初恋の人を胸に思い浮かべる。あの時は言葉にしたくともできなかった、その想いをようやく口にして。

そして自分の死にまつわる男はもう一人、

 

「艦長、一緒に死んでくれてありがとう。本当は艦長にも生きて欲しかったけど」

当時の海軍士官にとって、自艦が沈む時に運命を共にするのは当然とされていたことは理解している。

だがそれでも、そんな風に願ってしまうこと自体は止められなかった。

 

川内は瞳を閉じて、無言で海面に佇む。

胸の奥に浮かぶのは司令と艦長だけではなく、在りし日の自身に乗っていた無数の男たち。

一人一人に自我があり、想念があり、そして大切な思い出がある。

 

どれだけの時間、そうしていただろうか。

 

「うん……よし」

やがて開いた川内の瞳に、先程までよりは幾分か光が戻ってきたことに時雨は気付く。

 

「決心ついた。時雨、日本に帰る前にもう一箇所寄るよ。艦娘でもちょっと遠いけど付き合って」

「どこだい?」

時雨の質問に、淀むことなく川内はひとつの座標を告げる。

それは日本海軍に所属していた、一隻の海防艦の沈没地点。

 

「そっか。わざわざ花束を用意したりしてナルシストだなぁとか思ってたんだけど、自分に捧げるわけじゃなかったんだね」

「あんたは……」

川内は呆れたように溜息をひとつ吐き出した。

 


 

南太平洋はとても広大だ。ブーゲンビル島沖の川内沈没地点から、直線で軽く5000kmに達する距離を移動して、川内と時雨はボルネオ島サラワク州沖、北緯1度17分・東経107度53分へと到達していた。

艦娘でもなければこの距離の移動には、とてつもない時間がかかったことだろう。よほどの大型船でなければ、途中で補給も必要だったはずだ。

本当は海防艦・壱岐の沈んだ未明に来られれば良かったのかもしれないが、到着したタイミングは赤道付近の暴力的な太陽が猛威を振るう時間帯だった。

 

「壱岐ってさ、確か艦娘にはなってなかったよね?」

「うん。正直良かった、さすがに海防艦の子に対して嫉妬したくない」

時雨の質問に対し、特に胸の内の本音を隠すことなく川内は答える。

 

「乙女だねぇ。一緒に死んでくれる男より自分を見捨ててさっさと逃げてくれる男の方がいいって、ブーゲンビル島沖では言ってなかったっけ?」

「そうだね。でもあたし自身は叶うなら、一緒に死にたかった」

矛盾しているかもしれないが、それが偽らざる本音だった。

 

「乙女だねぇ。身体はとっくに乙女じゃないのに」

「ちょっと! 今その言い方はやめて」

ぎろっと時雨を睨みつけてから、南洋の蒼海に目を向ける。

 

「ごめんね司令。来るまで101年もかかっちゃった。でも、本当はそもそも来られないはずだったから、来ただけ許してよ」

赤道にほど近いこの地では、10月であっても気温は30度を超える。

四季のはっきりした日本とは何もかも違うこの地において、あの人はどんな気持ちで最期を迎えたのだろう。

先にブーゲンビル島沖海戦で沈んだ自分には、想像するしかできない。

 

「男爵家出身のくせに豪快で、生涯通じてすごくモテてたらしいよね。うん、わかるよ」

部下が目を付けた女性に勝手に惚れられるようなことも、一度や二度ではなかったらしい。

ああそうか。これもチャールズ・オースバーンと同じ。自分にとっては大切な初恋の人であっても、向こうにとっては単なる「戦果1」でしかないのだ。

どころか、向こうは戦果とすら思っていなかっただろう。何しろ当時の自分は、本当にただの艦だったのだから。

 

「ただの艦のくせに、勝手に好きになったりしてごめんね。でもね、あたし女の子になってもう一回生まれたよ。そしてこんなあたしを、好きって言ってくれる人がいるんだ」

仮に同じぐらいの色男なのだとしても。たくさんの恋の中の「戦果1」なのだとしても。

日下部は、自分を一番だと言ってくれる。

きっとそこが、あの人と日下部の最大の違いなのだ。

 

「だからあたし、幸せに、なるよ。いいよね、司令?」

これはただの一人芝居。

何も語らない死者の気持ちを勝手に代弁して、都合よく解釈しているだけの行為。

 

「いいって、言ったことにするよ?」

そんなことは、百も承知だ。

 

「101年も経ってて、今更なんだけどさ」

川内はそっと、花束を海面へと投げ入れる。

海面に浮いてこないように、きちんと重りは括り付けてある。

静かに水中に沈んでゆく花束を見送りながら、

 

「司令。本当にありがとうございました」

軍人としての功労、戦友としての思い出、恋をした相手への慕情。

すべてをひっくるめて海へ返す。

 

今、ようやく。

決して報われることがなかったからこそ、永く永く続いた彼女の初恋が……終わりを告げた。

 


 

終わった恋の余韻を噛みしめながら佇んでいると、無言でその様子を眺めていた時雨が不意に口を開く。

 

「その乙女顔、提督が見たらどう思うかなぁ」

そこには揶揄の響きが確実に混じっていたが、

 

「あの人、びっくりするぐらい独占欲ないからなぁ」

さらっとそう返されてしまっては、さすがの時雨も苦笑せざるを得なかった。

 

「まぁでも、むっとくらいはしてくれたら嬉しいかな」

「前言撤回。乙女かと思ったら、意外と魔性の女だった」

「うるさいなー! そう言うあんただって、提督のこと好きでしょ? でなきゃあの夏の地中海で、そもそも誘惑しないもんね。あれ、あたしから提督の一番の座を奪おうとしてたんでしょ!」

「なんだ、バレてたのか。やっぱり川内の勘は怖いなぁ」

「勝手にカブール盾に使ったお仕置きで調教されてたけど、実は願ったり叶ったりなんじゃない!?」

「あは。最初は痛かったし屈辱だったけど、もう御主人様なしじゃ生きられないや、僕。ああ、思い出しただけでイきそうだよ」

どこか狂気を孕んだ恍惚と共に、時雨はそんなことを言う。

昔の日下部はこんな風に隷属させた女性を、たくさん侍らしていたらしい。

だが過去の所業を恥じている現在にあっては、あくまで性癖を満たすためのプレイとしてならともかく、自分のように誰かを本気で隷属させるつもりは基本的にないはずだ。

 

「嫁艦候補は六人もいるけど、犬は僕一人だからね。オンリーワンだよ、羨ましいかい?」

つまり、自分は日下部の特別な存在になれたのだ。

最初に求めていた形とは違うが、これはこれで悪くはない。

 

「あたしだって、もうすぐケッコンするし。候補の付かない嫁艦はあたし一人だし! 金剛さんの番が来るまでは、オンリーワンだし!」

川内は、その言葉に真正面から立ち向かう。

 

「うん。それが言えるんなら、ブーゲンビル沖とここに来た意味があったんじゃないかな」

時雨の言葉は一瞬前とは打って変わって、理知の響きに満ちていた。

 

「……、ありがとう、時雨」

「どういたしまして。一応、同じ人を好きになった仲だからね。僕は愛し方を多分間違えたけど、川内はちゃんと提督の一番として幸せになってよ」

どこまでが本音で、どこまでが今の言葉を引き出させるための演技だったのか。

勘に自信のある川内でもさすがにわからなかったし、きっとそこをはっきりさせる必要もないのだろう。

すうっと南洋の空気を胸に吸い込んで、

 

「よし、日本に帰る! 帰って夜戦するよー! 早くーやーせーんー!」

川内は久方ぶりに……本当に久方ぶりに、心から夜戦を渇望する叫び声を上げた。

 

「それは、どっちの?」

「正直、どっちでもいい! ここんところ塞ぎ込んでた分、思いっきり身体動かしたい!」

迷いの吹っ切れたその表情は、あの運命の夜に日下部の心を奪った笑みにも負けぬ輝きに満ちている。

 

「そっか。また、騒がしくなるね」

微笑を浮かべて時雨は呟く。

空を見上げればぎらぎらした太陽が、海面に佇む二人を見下ろしている。

――きっと、あの頃から変わらぬように。




※川内マリッジブルー編、完結です。
次話はいよいよケッコン本番になります。

艦娘の長距離移動能力について。
遠征の「潜水艦派遣作戦」がリアル48時間で日独往復……をそのまま拾おうかと思いましたが、さすがに思い留まって一週間にしました。
とはいえこの作品世界の艦娘は、イベントで艦娘運用母艦を出す時以外は生身で鎮守府を出撃して、カスダガマ(マダガスカル)だのサブ島(サボ島)だのへひょっこり行って戻ってきているという設定ですので、とんでもない長距離移動能力を持っているのは確実です。

ブーゲンビル島沖海戦について。
川内と、そして初風の沈んだ海戦です。
とはいえ実のところ「日本もアメリカも双方ミスをした結果、地力で勝るアメリカが順当に勝利した」という戦いです。
本文中に書いた「日本水雷戦隊の伝説の終焉」としてはベラ湾夜戦(江風、萩風、嵐が沈んだ戦い)の方がよっぽど妥当ですし、アーレイ・バーク大佐という個人にスポットを当てるなら、セント・ジョージ岬沖海戦の方が重要かと思います(この時にバーク大佐は「31ノット・バーク」の異名を得ています)。
とはいえ本作は川内がメインヒロインなので、諸要素を曖昧にしてこんな扱いをしてみました。
ちなみに過去イベを調べた感じ、2019年の冬イベがちょうどこの辺をモチーフにしていたようで。当時から着任していなかったのは残念ですね。
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