日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


死がふたりを分かつまで 1

愛とは、二つの肉体に宿るひとつの魂で形作られる。

――アリストテレス

 

 

『うん、明日の予定は空けておいた』

日下部鎮守府と大本営を繋ぐ通信回線から聞こえてくるのは、モーリアックの声。

いよいよケッコン本番を明日に控えての、最後の打ち合わせだ。

 

「ありがとうございます」

『それにしても大安吉日とか、意外に古風なところを気にするもんだなマコも』

「まぁ昭和どころか大正の女とケッコンするわけですからね」

2045年10月8日、大安吉日。大正12年に進水した川内とのケッコンには、良き日取りだろう。

 

「しかし三重命令(トライオーダー)にロスト・アドミラル。艦娘の生物的欠陥とも呼べる習性が、当の艦娘に伝わるわけですが、本当に大丈夫なんでしょうか? 否定しようのない形で伝わるのは、さすがに初めてですよね?」

過去にモーリアックが行った実験においては、口頭で伝えた時は「一切信用されない」という結果だった。十分に艦娘に信頼された提督の言葉ですら信用しないのだから、これはもう「そういうもの」と受け止めるしかないだろう。

だが今回は、言葉で伝えるのとはさすがに状況が違う。

 

『すまないが、そこは多分に未知数だ。正直、実験的な試みであることは否定しない』

「そうですか。まぁせっかく川内の奴が吹っ切ってくれたみたいなんで、私も覚悟を決めますよ」

南太平洋から帰ってきた川内は、ここしばらく塞ぎ込んでいたのが嘘みたいに晴れやかになっていて、実に元気に夜戦に勤しんでいた……通常の方も(意味深)の方も。

 

『結局、何が問題だったんだい?』

「昔の恋を引きずったまま、幸せになっていいのか悩んでたそうですよ。私は気にしないのになぁ。叶えようのない恋なんか、さっさと自分で終わらせればいいと思うんですけどねぇ」

あっけらかんと言い切った日下部に対し、モーリアックは諭すような口調で、

 

『なぁマコ。人間も艦娘も、キミほど恋に対して割り切れるようには出来てないんだよ。口ではもう冷めた、忘れた、吹っ切ったなんて言いつつ、未練ってのは意外なほどに延々とくすぶり続けるもんさ』

「……、ご自分の話をされてらっしゃいますか?」

その内容を日下部はそのように受け止めたのだが、

 

『む。意識外だったがそれも完全には否定できないか。でも今僕が言いたいのは、リスブランのことだよ』

「長谷川ですかぁ? あいつには提督になることを打診しに行った時に、『百年の恋も冷めた』なんて言われてますけど」

『キミ、最近人の心を学ぼうとしてるんだろ。言葉と本心は裏腹であることもある、ってまだ学べてないのかい?』

「でも正直、私が振られた側なんで……。私が男である以上、仮にあいつが気持ちを残してくれてたとしても、結ばれるとかありえませんよ」

あの白百合姫との情事は、日下部の恋愛遍歴でも数少ない「完全敗北」だ。

 

『まぁそれはそうなんだろうが。気付いてないのかぁ』

「えっ……?」

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後から思えば。日下部はこのモーリアックの言葉に含まれた意味を、このタイミングでよく考えておくべきだった。

だが実際には、

 

「明日にはケッコンって時に長谷川のことを考えるのも違うでしょう。落ち着いたら少し考えてみますよ」

『まぁそれもそうか。とりあえず明日、川内くんと一緒に来るのを楽しみにしてるよ。「仲人」は立派な技術元帥としての仕事だし、そこに私情は挟まないから安心したまえ』

「よろしくお願いします」

『……どっちかっていうと、本心を見透かされそうで僕の方が少し怖いんだけどね』

モーリアックの声が少し低くなる。

日下部はそれを無言で聞き流したが、それは別に内心を想像できないからではなかった。

 


 

「改めて言うとなると、照れるな」

学生時代には呆れるほどに好き放題女を喰い漁った男が、まるで少年のように顔を赤くして呟く。

 

「そんなに赤くなって。今更そんな関係じゃないじゃん」

などと返す女の顔も、ほんのり赤い。

互いに痴態をさんざん見せあった仲でも、やはりこういう時の恥ずかしさは別物なのだ。

日下部はすうっと息を吸い込み、肚の底に力を込める。

瞳に力を込めて視線を向ければ、川内も真っ直ぐこちらを見詰め返す。

やや硬質な沈黙。

 

「川内。私と、ケッコンして欲しい」

「……うん」

プロポーズの言葉は気取らず率直に。そして返答の言葉も簡潔に。そこに装飾は必要ない。

ぎゅっと抱きしめあうと、互いの肉体が熱を持ってそこに在ることがわかって嬉しくなる。

再び訪れた沈黙は先程と比べると遥かに柔らかく、いつまでもこのままでいたい心地よさに満ちていた。

――だが、

 

「あー、ごほん。存分にイチャつかせてあげたいんだが、これでも僕も忙しい身でね。すまないが後で、自分の鎮守府に帰ってからやって欲しい」

そのままだと本当にいつまでも続けそうだったので、野暮を承知でモーリアックは言葉を差し挟む。

 

「はっ、申し訳ありません!」

我に返った日下部が、慌てて表情を引き締める。

一方で川内は、おずおずとした視線を向けてきて、

 

「……、元帥さん、ごめんね」

「いいんだよ。君たちが幸せなら、それで」

やはり見透かされたか、という想いを呑み込んで。

モーリアックは説明を始める。

 

「では改めて。通常の指輪は、艦娘の肉体練度の限界突破をもたらす『ただの追加艤装』だが、この初婚用の指輪に限っては、もうひとつの機能がある。『聖守護天使との契約』……平たく言えば提督とケッコン相手は、互いの想念を共有することになる」

アレイスター・クロウリーのセレマ神秘主義においては、聖守護天使は独立した自我を持つ存在であると同時に、自己の分身であるとも定義されている。

その概念を利用して想念工学的に艦娘を聖守護天使と定義することにより、提督と初婚艦は後付けながら「互いの分身」となる。

 

そして……艦娘には、地球意志に与えられたひとつの能力がある。

同じ艦の概念から生まれた同名の艦娘同士は、互いの想念同士で交信することができる。いわゆる「同艦交信」と呼ばれるものだ。

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もちろん厳密には提督と初婚艦は「同じ艦」ではないので、この場合は単に想念交信と呼ぶのが妥当だろう。

――長谷川鎮守府を脱走しようとした川内の前に都合よく陽菜が現れたのは、なんのことはない。

有明が陽菜を想念交信で呼んだというだけのことなのだ。

 

「さて、では誓いの言葉を。それが『聖守護天使の契約』を起動するトリガーになる。ちなみに提督と艦娘に貞節がどうのと言う気はないから安心しろ。この儀式において求める誓いは一つだけだ」

モーリアックは日本人にはあまり馴染みのない、しかし英語圏の結婚式においては定番の部類に入る言葉を投げかける。

 

「死がふたりを分かつまで、いかなる時も共にあることを誓うか?」

 

「誓います」

「誓います」

夫婦は一切の淀みなく、宣誓の言葉を口にする。

 

「よろしい。マインドリンク起動、エンゲージ開始!」

瞬間、ケッコン指輪から激しい光が溢れ出す。

とても目を開けてなどいられない。南太平洋の真昼の太陽ですら、ここまで暴力的ではないだろう。

 

「これでマコは、想念工学的に川内くんと『同じ存在』になった。つまりマコは、地球意志()と接続したことになる。では行ってきたまえ、『種の起源』との対話に!」

そんな声が響くと同時に、夫婦の自我は互いに混ざり合いながら、物質世界を離れて形而上へと昇っていった。

 


 

そこは何もかもが曖昧にぼやけたような場所だった。

夫婦は自分と相手の区別すらはっきりとしないまま、互いの記憶を追体験する。

 

日下部が真っ先に見た艦娘「川内」の記憶は、一面に広がる夜の海だった。

四本煙突が特徴の軽巡のシルエットに、艦娘の姿が重なって見える。その姿は半透明で、艦上には幾人もの人間の姿があったが、どうやら誰にも見えていないようだった。

 

「この頃からお前、自分を女の子だと認識してたのか?」

もちろんそれは、実際の光景ではないだろう。記憶とは主観的なものだ。後から自分にとって都合よく改変されることも多い。

本当に彼女がこの頃から自我を有していたかなんて、誰も客観的な証明はできないだろう。当の川内自身にさえ。

 

「あれは……?」

艦上の人間たちの中で、一人の人間が目に留まった。

身にまとうのは、帝国海軍の第2種軍装。真新しい肩章の階級は、少将を示している。

その顔を、日下部は資料で見たことがあった。肩書はともかく本人はあまり有名な人物ではないが、日下部にとってはある意味で大先輩に当たる人だ。

だから今までは、少なからぬ敬意と共に認識していたのだが……、

 

「うわ、見事なまでに女の顔しちゃって。あーなるほど、昔の恋ってそういう」

艦娘の姿の川内がその人へ向ける表情を見てしまっては、若干内心での接し方は変えざるを得ないだろう。

現在の彼女がきちんとその想いに決着を付けたことは知っているし、そもそも独占欲などないつもりではいたのだが、

 

「正直、これは見たくなかったな」

実際にその光景を目の当たりにして平然としていられるほど、日下部はドMでも寝取られ気質(コキュ)でもない。

 

その一方で川内の自我もまた、人間「日下部真琴」の記憶を見ていた。

都内のタワーマンション。シンギュラリティ到来時に失われた、日下部の自宅。

現在よりふた周りほど若い10代半ばの少年には、我欲丸出しの表情が浮かんでいる。

時間を実際より引き伸ばした感じの川内の記憶と比べて、日下部の記憶は流れるように進んでいく。

 

「初恋相手はお隣の奥さん? あ、ノーザに雰囲気似てるってのは本当だ」

さすがに日本人なので金髪だったりはしないのだが、眼鏡をかけていて柔和な雰囲気と、全体的な印象はよく似ていた。

仕事の忙しい夫は家を留守にしがちで、その結果子宝にも恵まれなかった。

同じような境遇の日下部とは自然と距離が縮まっていったのだが、倫理観念のしっかりした彼女はいかに寂しい想いを抱えていようとも、10歳近く年下の少年と一線を超えるようなことはなかった。

――日下部がマインドハックで、その倫理観念を綺麗さっぱり消し去ってしまうまでは。

 

「うわ、これはさすがのあたしもちょっと引くかも」

本音では彼女の方も、日下部とそうなることを望んでいた部分は否定できないのだろう。一線を超えてからは、まるで箍が外れたように腰を振りあった。

日下部は急速に男としての経験値を積み上げていき、すぐに彼女だけでは満足できなくなった。

 

「その後も……うわ、えっぐ。幼馴染とくっついた直後の同級生を寝取るとか。レズの留学生をチン堕ちさせるとか。うわぁ」

話としては聞かされていていたから驚きは少ないが、その話に一切の誇張がないことを実際の光景として目の当たりにさせられると、さすがに思うところがないでもない。

 

「でもいいよ。昔はともかく、今の提督はクズってわけじゃないし。それよりも、陽菜さんに本気で恋してた頃の顔だけは見たくなかったかな」

あれだけのことをしてきた男が殺されかけて命を救われ、まるで別人のように更生した。

その後に最初に、真剣に恋した相手こそが白百合姫……長谷川陽菜だったのだ。

 

本来であれば決して見ることのなかった、互いの過去の記憶。

ケッコンの始まりは、こんな苦味を伴うものだった。

 


 

『あー、聞こえるかな二人とも』

形而上の空間を切り裂いて、不意にモーリアックの声が響き渡る。

 

『マインドハックの応用で物質世界から干渉してるぞ。とりあえず川内くん、同艦交信の時の要領で想念防壁を展開したまえ』

「あ、そっか。こうかな?」

同艦交信において相手に伝える想念に制限をかけるために、艦娘は自身の想念を防護することができる。マインドハックに対する防護として高次AI・ロゴスの開発した防性想念防壁(マインドバリア)に似たものではあるが、艦娘は完全に生得の能力としてこれを使いこなす。

モーリアックの言葉に従って川内が想念防壁を展開すると、それまで曖昧模糊としていた艦娘の自我がくっきり輪郭を帯びた。

 

「お前は、本物の川内か……?」

『マコも、川内くんの真似をして。混ざりあった互いの自我の中で、己自身の自我のカタチを意識するんだ』

「こう、ですか?」

艦娘と違って人間は想念防壁を展開することに慣れていないが、優れた想念工学者である日下部は初見にも関わらず、なかなかどうして上手くその言葉を再現できていた。

自分のカタチを取り戻して形而上の世界で自由に動けるようになるや否や、日下部は川内の下に駆け寄る。

 

「あ、提督。本物の提督だね」

「川内ー! お前、お前……! あのメス顔は、正直見たくなかったぞー!」

「言い方ぁ!」

開口一番飛び出した言葉は、ある意味で川内の望んだ通りの内容だったのだが、それにしたってもう少し言い方があるのではないだろうか。

 

「そんなこと言うなら、こっちだってさすがに初恋から洗脳NTRは、いくらなんでもちょっと引いたよー!」

「うわ、言い方ぁ! 否定できないけど!」

エロ漫画でよくある「催眠モノ」と大差ないことを現実でやってしまったと突きつけられると、さすがの日下部でも精神にぐっさり来るものがある。

 

『こらこら。配偶者の過去の恋愛遍歴を深堀りしたって、いいことは無いぞ』

モーリアックの仲裁の言葉が、今はありがたい。

 

『それよりも、川内くん。自我の区別は付けられても、互いの想念の流出しあいは続いているね?』

「あ、はい」

艦娘の同艦交信と異なり、この想念交信は制御が効くようになるまで数日の時間がかかる。

その間は互いの想念は繋がりっぱなしだ。思考は筒抜けになるし、記憶も自由に読み取れてしまう。

もちろん読み取った側もすべてを覚えていられるものではないが、過去の何が相手に知られるかわからないのはなかなか怖いことだろう。

 

『では三重命令(トライオーダー)とロスト・アドミラル。この艦娘の習性について、忌憚のない意見を聞きたい』

「え、何これ……?」

モーリアックの言葉を引き金として、日下部から流出した記憶。

春イベ終了直後、モーリアックが大本営の夕張相手にしてみせた「実験」。そして直後に伝えられた、艦娘の存在は提督の命と直接的な意味合いで繋がっているという事実。

 

「ね、ねぇ、あたしたち艦娘って何なの。こんなの、本当に生物って言えるの……?」

「川内、気をしっかり持て! じゃあ、信じるんだな。この情報を」

「信じたくないけど、こんなの見せられたら信じざるを得ないよ……」

信じてもらうという第一関門は突破したが、ならば良しというものではないだろう。

自分たちが生物としてはあまりに異様な習性を持ったモノだと突きつけられて、さすがの川内もがたがたと身を震わせた。

信じたくないのに想念交信の伝える事実を否定しようがなくて、全身の皮膚がめくれるまで身体を掻きむしりたい衝動に駆られる。

 

「心配するな、川内! 私がなんとかする。こんな生物的欠陥、私がなんとかしてみせる!」

そんな川内の身体をぎゅっと抱きしめて、日下部は力強く宣言する。

 

「提督……あ、本気で言ってるの感じる。うん、うん。絶対だよ、約束よ?」

「もちろんだ。世界で二番目の想念工学者としての誇りに賭けて」

この人が人類の中にいてくれたのは、きっと艦娘にとって幸運なことなのだろう。

自分の良人(おっと)となったその人に心からの信頼を向けて、川内は静かにそんなことを想う。

 

『及ばずながら、世界一の想念工学者も協力するよ』

川内の前なのだから、そこは嘘でも世界一と言っておけよ……と苦笑しながらモーリアックが口を挟む。

 

「うん。提督、元帥さん。ありがとう!」

まだ自分の身体に走る嫌悪感が、完全に消えたわけではないけれども。

それでも先程までよりは幾分か落ち着いていることに、川内は気付いていた。




※というわけで、いよいよ日下部と川内がケッコンしました。
とはいえ本作のことなので、一筋縄では行きません。まだ続きます。

ちなみに2045年10月8日が大安なのは本当です(調べました)。
そしてこの話の原型をツイッターに投稿した2021年10月8日も、偶然にも大安でした(SSではカットしてますが、そのことに関するネタもありました)。
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