日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


死がふたりを分かつまで 2

自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ。

――岡本太郎

 

 

『川内くんは落ち着いたかな?』

まだ形而上の世界にいる夫婦に、モーリアックが引き続き声をかける。

 

「はい、取り乱して申し訳ありませんでした」

柄にもなく川内は、しゅんとした態度を見せた。

 

『なに、その反応自体が我々にとっては貴重なデータだよ。さて、次はマコ。川内くんを通じて、とてつもなく大きな想念を感じるだろう?』

その言葉に、日下部は意識と感覚を研ぎ澄ます。

すぐ傍に感じるのは、よく知っている川内の想念。だがそこから確かに、ロープのように細く長く伸びた繋がりを感じる。

それを辿っていけば……ああ、確かに。人間や艦娘とはその存在規模からしてまったく違う、文字通り桁外れの想念の塊。

 

「これは?」

『それこそが地球意志。あるいは人類と艦娘の創造主。あるいは修正ガイア理論に基づく地球そのものの自我。あるいは神、だ』

地球意志、と想念工学者は気軽に口にする。だが実際に目に見えるものではない以上、こうしてその存在を感じ取れる機会は滅多にない。

普段から存在を感じ取る能力を持った艦娘も、言葉という不正確なツールでは的確に人間に伝えることはできない。

 

『地球意志のことを、我々はよくわかっていない。だから提督にはこの貴重な機会に、少しでも多くの叡智を持ち帰ってもらうことにしている。触れてみたまえ』

「はい」

『言っておくが一瞬だけだぞ? 人間の小さな自我など、簡単に焼き尽くされておかしくない』

「それはぞっとしませんね」

うそぶきながら、日下部は腕を伸ばす。

この空間においては、物理的な肉体の制約など存在しない。伸びると思えば腕はどこまででも伸びるし、触れられると思えばいともあっさり触れることができる。

 

――瞬間、バジッという放電にも似た音が響き渡った。

 

「うおおおっ! こ、これは……頭が痛い……ッ!!」

モーリアックの忠告を無視したわけではない。触れたのは本当に一瞬だった。

その一瞬だけで、凄まじい量の想念が日下部の自我へと流し込まれたのだ。

 

「提督っ!」

『いかん! 川内くん、マコの自我を掴んで強引に引き剥がせ!』

「はいっ!」

川内は必死に日下部の身体に取り付き、全力で自分の方へとたぐり寄せる。

地球意志は特に日下部との接触に固執するつもりはないようで、あっさりとその身は戻ってきた。

 

「はぁ、はぁ……すまん川内、助かった」

「大丈夫?」

「なんとか」

まだ余韻で頭痛が残っているが、少し休めば大丈夫だろう。

日下部の息が整うのを待ってから、モーリアックは尋ねる。

 

『マコ、キミには何が見えた?』

「おぼろげですが……悪魔のような姿をした少女。これは深海棲艦なんでしょうかね?」

だが少なくとも、既存の資料では見たことのない個体だ。深海棲艦はその大半が角を持ち悪魔じみた姿をしているものだが、先程見えたものはその中でも特に、人間の想像する悪魔そのものの姿をしていた。

だが恐ろしい姿に相反するように、何か深い愛情と義務感のような物を抱いていることも感じ取れた。

 

『他には何か見えたか?』

「あとは……川内?」

日下部の返答に、モーリアックは深い深い溜息を吐き出す。

 

『こらマコ。それは地球意志じゃなくて、咄嗟に思い浮かべたキミ自身の想念なんじゃないか? せっかくの貴重な機会だったのに、ノロケてるんじゃない』

「……すみません」

『まぁいい。漠然としすぎててあまり具体的な情報が得られないのは、他の提督も同じだ。神の意思は常に難解な物なのさ』

むしろ先程の悪魔じみた深海棲艦のイメージを得られただけでも上出来だ。そこまではっきりとした物を見られない提督の方がよほど多い。

さすがに自分の嫁艦を思い浮かべたのは、日下部が初めてではあるが。

 

『お疲れ様。キミたちの肉体を覚醒させて、物質世界に呼び戻すぞ』

「お願いします。さぁ一緒に戻るぞ、川内」

「うん」

夫婦は互いに手を取り、その想念を寄せ合う。

すぐに意識は暗転し、どこか下の方へ吸い込まれていくような感覚に包み込まれた。

 


 

物質世界に存在する自身の肉体に戻って瞳を開くと、真っ先に目に飛び込んできたのは川内の顔だった。

形而上の世界にずいぶん長くいたように感じられたが、実際にはさほどの時間は経っていないようだ。体感的なものもあるだろうが、もしかしたら本当に時間の流れそのものが違うのかもしれない。

 

「おかえりマコ、川内くん。気分はいかがかな?」

モーリアックの言葉で、はっきりと意識が覚醒する。

最初に感じたのは、

 

「想念の流出しあいが止まらない……頭が痛いです」

「あたしも……」

さすがに地球意志に触れた時のような激しいものではないが、鈍い痛みが長く続くような感じがして、夫婦は揃って顔をしかめる。

 

「しばらくすれば制御できるようになる。頑張って早く慣れたまえ。とりあえず少し休憩するといい、別室の用意がある」

用意がいいのはやはり、先達の提督たちも同じような状態になったからだろうか。

 

「あー。釘を刺すが、夜戦はするなよ?」

「さすがにそういう気分じゃありません……」

モーリアックの軽口を適当に受け流す。

さすがの川内も、この状況で夜戦夜戦と騒ぐ元気はなさそうだった。

 

よろよろとした足取りで、夫婦は用意された別室へと移動する。そこは医療用のベッドが横に並んだ部屋で、一も二もなく二人は身を横たえた。

しばらくの間安静にしていると鈍痛にも慣れてきて、多少は思考を回したり会話をする余裕も出てきた。

 

「川内。起きてるか?」

「うん、起きてる。どうしたの?」

「お前、あの夜に私が一目惚れした川内だったんだな」

川内から流出した記憶を見て、日下部にとって最も衝撃的だったのはそのことだった。

もしもっと状態に余裕があれば、おそらく詰め寄っていることだろう。

 

「バレちゃったね」

「はぁ……。私がどんな気持ちであの春イベの時、長谷川鎮守府の川内を振ったと思ってるんだ?」

彼女こそが、本来自分の鎮守府に着任した川内だった。

提督としての筋を言えば、本来は彼女こそを大切にすべきだった。否、今この瞬間までは実際にそうできていると思いこんでいた。

すべての事実を俯瞰してみれば、とんでもない独り相撲を取っていたことになる。

 

「ごめん。でも、陽菜さんの言葉も間違ってないと思ったから」

「そうだな。あいつにも知らない間にでっかい借りを作っちゃったなぁ。作りっぱなしだ」

川内の入れ替わりを見逃す際に、自分に対する気遣いの言葉を発していた記憶も見えた。

 

「ケッコンしたら本当のこと話していいとか条件出しといて、こうやって伝わるの黙ってた辺り、微妙に素直に感謝できないんだけどね、あの人……」

とはいえ川内の言葉も頷けるもので、日下部は思わず苦笑する。

 

「ん、この記憶は。お前と長谷川鎮守府の川内が、横浜に行った時の……?」

春イベと夏イベの間。ちょうど日下部が阿賀野に告白されたあの日、ふたりの川内が横浜のフレンチレストランで交わした会話。

 

「うわ。恥ずかしいこと言うな。『運命の人』か」

「言ったのはあっちの川内だけどね。でも、そうでしょ?」

頬を赤くしながら、川内は視線を絡めてくる。

隣のベッドまで1.5メートル。手は届かないが、想念は十分に届く。

 

「ああ、そうだな。はは、その赤くなった顔も可愛いなぁ」

「もう、提督ってば」

「――真琴」

日下部は不意に、自身の下の名前を発する。

 

「え?」

一瞬意図がわからず、川内は間の抜けた声を返したが、

 

「夫婦なんだから、二人きりの時はお前も名前で呼んでくれ」

「うん。真琴……真琴さん」

「川内」

「真琴さん」

その名前を口にするたびに、温かい想念が込み上げてくる。

日下部も恋した女性に情熱的に名前を呼ばれるのは初めての経験ではないが、川内にそう呼ばれる新鮮さがどこか心地よくて、夫婦は飽きもせず何度も名前を呼びあった。

しばらくはそれを何度か繰り返していたのだが、

 

「あ、ダメだ。頭痛がいい加減きつい。少し寝る」

「うん、そうだね。あたしもそうする」

「一眠りして起きたら、私たちの鎮守府に帰るぞ。そしたら……」

言葉より先に思考が伝わってきて、川内は思わず苦笑しそうになる。この人は本当に好きものだ。

でもそれを言うなら、自分だって負けていない。だから先回りして言葉を紡ぐ。

 

「真琴さん。今夜は一緒に夜戦……しよっ!」

「おう、する、ぞ……」

その呟きを最後に、日下部の意識は暗転する。

 

「寝ちゃった。可愛い寝顔。あたしもさすがに少し……寝る……」

川内も倦怠感に身を任せて、意識を手放した。

 


 

2045年10月9日、午前9時。

執務室に火を灯したのは、この日ばかりは日下部でも川内でもなかった。

 

「提督と秘書艦が揃って休暇って、この鎮守府始まって以来じゃないかしら。まぁさすがに今日ばかりは仕方ないけど」

「明け方までしっぽりしてて、今頃寝てるのかなー。それとも起きてまた始めてたりして。にひっ!」

提督代行、大淀。秘書艦代行、明石。

共に任務娘とアイテム屋として、艤装作成許可が下りる前からこの鎮守府の運営に携わってきた二人だが、立ち上げの瞬間でさえ日下部と電がそこにいた。だから仕事において丸一日二人きりになるのは、本当に稀有なことだったりする。

――のだが、

 

「……大淀っ!」

業務開始から1時間ほど経った頃。

明日まで聞こえてくるはずのない声が、執務室に響き渡る。

 

「川内っ!? どうしたの、今日は休暇でしょ?」

「緊急事態! 同艦交信で大本営の大淀経由で、モーリアック元帥に至急連絡を取って!」

切迫した川内に、大淀は思わず息を呑む。川内の要望は別に横紙破りではない。どの任務娘にも、それを行う権限は与えられている。

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「一体何が……」

「詳しくは軍機に触れるから言えないけど、提督が大変なのっ!」

軍機に触れる。提督が大変。

この二つの言葉を出されてしまっては、少なくともその要望を一存で却下することはできなくなった。

 

「発・日下部鎮守府所属、任務娘。宛・大本営所属、任務娘総長。同艦交信願います……え? そろそろ来る頃だと思った!?」

交信している大淀自身は無論、傍でやり取りを聞いていた川内も、その言葉に驚いて目を見開く。

 

「あっちの大淀はなんて?」

「元帥の都合は確保してあるから、1時間後に通信回線で連絡して来なさいって。なんか物凄く手慣れた感じだった」

大淀は大本営の大淀から伝えられた、通信のチャンネル数をメモした紙を渡してくる。

何が起きてるかまったく理解できていない様子だったが、それについては実のところ川内も大して変わりはしなかった。




※日下部と川内のケッコン話の続き。
文字数の関係で、次話まで続きます。

作者は結婚したことがありませんが、配偶者に過去のどんな記憶や体験でも話せるというのは、正直あまり一般的な感性ではないように思います。というか、過去の恋愛遍歴なんて知らない方がいいですよね。
大切なのは、「今」その人が誰を愛しているかだと思います。

2/22から冬イベが始まるようです。
SS時間軸では秋イベどころか秋刀魚祭りすらまだ始まっていないのですが、なんとかそれまでに少しでも多く更新していきたいところです。
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