日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


死がふたりを分かつまで 3

恋という狂気こそは、まさにこよなき幸いのために神々から授けられる。

――プラトン

 

 

『キミたちもやっぱりそうなったか』

川内から事情を説明されたモーリアックは、一切驚かなかった。

 

『大体の提督がそうなる。初婚艦との初夜では、想念交信をまだ使いこなせてないことが多いからね。いきなり二人分の快感を脳に叩き込まれたら、そりゃ壊れる』

おそらく通信の向こうで、モーリアックは苦笑を浮かべていることだろう。

 

「あたしは平気ですけど……?」

『条件は同じでもキミたち艦娘は同艦交信で想念交信自体に慣れてるから、適応が早いんだ。二人分の快感を楽しむことはできても、これで壊れたりはしない』

「なるほど。えっと、これどうしたらいいですか?」

正直に言って、あんな情けない日下部の姿は見たくなかった。早く元の鬼畜でドSな日下部に戻って欲しいのだが、それは叶うのだろうか?

 

『一時的な脳内快楽物質(ドーパミン)の過剰分泌だから、時間経過で直る。そんなに心配するな。まぁ要するに快楽堕ちだ。今のマコに性的な要求したら、大抵は聞いてくれるぞ?』

「言い方ぁ! ……元帥さんにこのツッコミ、ちょっと怖いんですけど」

『ははは、多少は余裕ができたようで何より』

深刻そうな川内とは対照的に、モーリアックの態度はあっけらかんとしたものだった。本当にああなる提督は多いということだろう。

だが逆に言えば、そこまで心配する必要がないということでもある。ようやく川内は胸を撫で下ろした。

 

『安心してもらったところで話を変えるが、「聖守護天使の契約」を伏せたのは偉いぞ』

「昨日帰る前に、軍事機密だって説明されましたから。確かに互いの秘密や記憶が全部見えるってなったら、ケッコンしたがらない提督も艦娘も増えそうですよね」

『そう。だから愛を育むまで伏せてるのさ。これ自体は、必要なデータの収集のために行っていることだからね』

十分に互いの愛を確信していた自分と日下部ですら、あれだけ憂鬱になって悩んだのだ。もしそのずっと前にこのことを知っていたら、ケッコン自体を躊躇していた可能性がないとは言えない。

何しろ知らなくていいことまで知ってしまうわけで、

 

「元帥さん。昨日も漠然と感じましたけど、提督の記憶を見て完全に理解しました。あたしのせいで、提督と結ばれなかったんですね……」

『正確にはキミではなくて、長谷川鎮守府の川内くんのせいだがね』

「……、」

許可なき艦娘の入れ替わりなど、立派な軍法違反だ。

それでもムネーメーの件の根拠を説明するため、いずれ日下部はモーリアックにこのことを報告するつもりでいるが、その前に陽菜と相談して足並みを揃えたいとも思っていた。

だから今、自分の一存でそこを訂正するわけにはいかない。

 

『言っておくが川内くん、謝ってはくれるなよ? キミは勝者なんだから、堂々と胸を張りたまえ』

「はい」

『よし。じゃあマコの傍についててやってくれ。あいつ、図太いようでいて繊細なところはとても繊細だから』

「……知ってます」

『そうだな。人の旦那に言うことじゃなかった、失敬。ではこの辺で、失礼するよ』

通信を終了するまで、モーリアックの声は震えても硬くなってもいなかった。

たとえそれが、表面上のことだけだとしても。

 

人間も艦娘も。どうしてただ生きて恋をして幸せになることさえ、誰かを傷付けながらではないとままならないのだろう?

神ならぬ身には、その答えはわからない。

 

――なら「地球意志()ならわかるのか」ともし問われたとしても、それすらも川内には自信がなかった。

 


 

2045年10月9日、午後8時。

 

「すまん川内、すっかり心配をかけた」

「あー、真琴さん! 良かった、理性が戻った!」

日下部の声に理知の響きが戻っていることに、川内は喜びの叫びを上げる。

 

「え、いつもあたしが壊れた時って、あんな感じになってるの……?」

「なってるなってる」

「うわぁ、ちょっと反省。いくら気持ち良くても自制って必要かも」

いつも行為が終わった後、理性が回復するまで根気よく傍にいてくれる日下部のありがたみを、改めて実感する。

 

「想念交信使いこなせるようになるまで、夜戦(意味深)は自重だな……って。え、なにこの記憶? お前、元帥とガールズトークしたのかよっ!?」

理性が回復しても、想念の流出が止まったわけではない。

自分が理性を喪失していた間に川内が経験した記憶が伝わってきて、日下部はぎくりと身体を硬直させた。

ぐぐぐ、と壊れた機械が軋むような動きで、首を川内へと向ける。

 

「しました。身体は男の人なのに、本当に心は女の人なんだね、あの人。本人には言えなかったけど、大本営の夕張がちょっと可哀想」

「そこは性的指向の問題だからなぁ」

どこかのクソレズが女性しか愛せないように、モーリアックも男性しか愛することができない。それは異常でも悪でもなく、単に「そういうもの」であるというだけだ。

酷なことを言えば、そんな相手に惚れる方が悪い。かつての自分然り、大本営の夕張然り。

 

「まぁあの人の場合、想念工学者としてのプライドの問題もあるんだが。そこがなければ、もう少し問題のハードルは低かったんだけどな」

モーリアックが想念工学による人体生成の世界的権威にまで上り詰めた理由を、日下部は思い浮かべる。

 

「ああ、そんなことができるんだ」

「……。思考が筒抜けって、結構怖いな?」

「早く使いこなせるように慣れて? 夫婦と言えど、プライベートは大事だよ?」

川内はうそぶくが、その言葉にはまったくもって異存はない。

 

「というか、他の子とシてる時の想念が伝わってきたら、さすがに艤装フル装備で乗り込んで非殺傷設定外してぶっ放すよ? だからあたしだけじゃなくて他の子とも夜戦禁止ね」

「うわ、本気だ」

ロスト・アドミラルという習性を理解した上で、これだけ本気の想念を抱ける川内が怖い。

 

「はい、分かりました……新婚早々、尻に敷かれてる」

「ベッドの上ではあたしが下になるから、普段はこれくらいでいいしょ?」

「おい、言い方ぁ!」

川内のいささか下品な冗談に、日下部はツッコミの声を上げた。

 

10月9日の夜はこんな感じで更けていった。

だからこの日が別の嫁艦候補にとって大切な日であることを思い出したのは、10月10日が明けてからのことになる。

 


 

「……ゴーヤさん、いらっしゃいますか?」

「なんでちか、その口調は」

昼下がり。恐る恐るといった感じで部屋を訪ねてきた日下部を、ゴーヤは半眼になって迎え入れる。

 

「あ、あの、お誕生日おめでとうございます」

「今日じゃないけどね」

バッサリと切り捨てた言葉には、たっぷりの冷気。

他人の感情に共感できない日下部とはいえ、今の彼女の内心は簡単に想像が付いた。

 

「昨日ですよね。会いに来られなくて、本当に申し訳ありませんでした……ッ!」

「別にいいよ。しょせんゴーヤは六番目でち」

「いや六番目って。別にそれは単にケッコンする順番であって、序列は川内以外みんな二番で……」

「誕生日に来てくれなかったくせに?」

背中からどっと冷や汗が吹き出す。

川内が一番、それは間違いない。川内と他の嫁艦候補のどちらかを選ばなければならないのなら、迷わず川内を選ぶ。

だが今回の件に関しては、純然たる自分のミスだ。昨日の夜に理性を取り戻した後に、その足でゴーヤを訪ねるべきだったのだ。

その程度の配慮ができないで、何が複数恋愛(ポリアモリー)だ。何がハーレムだ。

わなわなと震える日下部だったが、そこで不意にゴーヤは表情を緩める。

 

「まぁ、いいでちよ。潜水艦のみんなとか嫁艦候補たちが祝ってくれたから、別に寂しくはなかったでち」

「あ、それは良かった」

「だからてーとくには、誕生日プレゼントだけ貰えればいいでち」

「おう、いいぞ。何が欲しい?」

深く考えずに、気楽に尋ねたのだが、

 

「わかってるくせに。お昼からってのも、なかなか背徳感があっていいでちね」

馴れ初めを考えれば、彼女が何を欲しがるかは簡単に想像が付いたはずだ。

ゴーヤは紅潮した頬に蕩けたような表情を浮かべ、ぎゅっと日下部に身を寄せてくる。

さりげなく伸ばした小さな手が、日下部の下半身の敏感な部分を服の上から軽く擦り始めた。

 

「てーとく、一緒に……イこ?」

至近距離から発せられた甘い囁きは、とても蠱惑的だった。幾度となく身体を重ねる中で、日下部の好みを熟知した誘い方を身に着けたのだろう。

普段だったら一も二もなく、ベッドに押し倒していたのは間違いない。

だが……、

 

「あー。すまん。今ちょっと理由があって、それはできないんだ」

「なんでーっ!? 割と今、本気で恥を掻いたでち」

強引に押し退けられたゴーヤは、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「ごめん、本当ごめん。軍機に属することだから、詳細は言えないんだが」

日下部としてもバツが悪い。

何より身体はしっかりと反応している。そしてそれはゴーヤも気付いているはずだ。

 

「明後日以降なら、いいぞ」

「今シたいんでちよ。てーとくの、バカ……」

「……」

それきり気まずい沈黙が、二人の間に帳を下ろす。

この沈黙は良くないものだとわかっていても、しばらくの間どちらも言葉を発せずにいた。

――やがて、

 

「ねぇ、てーとくは、なんでゴーヤと婚約してくれたでち?」

「……え?」

「あの時は確か、『艦娘として……肉体を持って生まれてきた意味を、教えてやる』って言ったよね。それはもう十分理解できたよ。楽しいこといっぱいあるし、ゴーヤは元気に生きてるよ」

ゴーヤの桃色の瞳が、日下部を射抜く。

口元は軽く上がって微笑んでいるのに、なぜかまったく楽しそうではなくて。

 

「だから、ゴーヤの存在が、てーとくの重荷になるのなら……」

「ゴーヤ、お前っ! 本気で怒るぞ!」

最後まで言わせたら、きっと何かが終わってしまう。それは日下部にも理解できた。

だから怒声で強引に言葉を遮る。

 

「あのな。私は好きでもない子なんか、いくらあんな理由でも押し倒さないっての! 好きな子が多いのは事実だし、今回は別の好きな子にかまけてお前を疎かにしてしまったのは、本当に悪かったと思うけども。でもお前を好きという気持ちに、一切偽りは無いぞ! それだけは分かれよ!」

「てーとく。別に格好良くないし、割と最低なこと言ってるの分かってるでち?」

「分かってるよ! でも、これが私だ」

堂々と胸を張り、天地神明に己が身ひとつで対峙する。

身勝手で傲慢で我儘? それがどうした。

 

「ふん、そうでちか。……仕方ないでちね。そういう人に惚れた、ゴーヤの負けでち」

ゴーヤの笑みの質が変わる。

先程までのどこか空虚なそれから、本物の想念を伴ったものに。

 

「ちなみに、一個だけ嘘。てーとくは、いつも格好いいよ」

「ゴーヤ……!」

感極まって、日下部はゴーヤの身体を強く強く抱きしめる。性的なニュアンスの一切ない、純粋な愛情表現の発露としての抱擁。

それは日下部にしては比較的珍しいことで、……だからだろうか。

 

(ちょっと! 想念だだ漏れで、こっちにもゴーヤへの愛情が伝わってくるんですけどー!)

川内からの苦情が、想念交信で頭の中に直接飛び込んできた。

 

(あ、すまん)

(まぁ、仕方ないか。今回のことはあたしの責任もあるしね)

(死んだ魚のような目してる……)

早く想念交信を使いこなせるようにならないと、川内の自我に深刻な影響が生じそうだった。

 


 

2045年10月11日、午後9時半。

あれだけ夫婦の間で激しく流出していた想念が、嘘のようにぴたっと止まった。

 

(やっとコントロールできるようになったね)

目の前にいるのにわざわざ言葉ではなく想念交信で伝えてきたのは、能動的に使うための訓練のつもりなのだろうか。

 

(おう、おかげさまでな)

だから日下部も、川内に対して想念交信で返す。

そのまま二人は顔を見合わせて、笑い声を上げた。

 

「うん、上手くできてるじゃん」

「ありがとな。しかしコントロールできるようになると、想念交信は便利そうだな」

21世紀前半に爆発的に隆盛した携帯デバイス文化は、シンギュラリティの到来以降は大きく使用を制限されるようになった。高次AIによってたやすく回線をハッキングされてしまうからだ。

現代でも有効な通信は拠点間に引かれた有線ケーブルを使ったローテクな物や、艤装に仕込まれた戦闘モニタリング用の特殊な物、そして艦娘の同艦交信ぐらいに限られる。

そんな状況の中で、たった一人だけとはいえ提督が自由に個人単位で交信ができることは大きいだろう。

 

「なんでもは話す必要ないし、何もかも知る必要はないけどさ。もし言葉よりも正確に伝えたいことでもあったら、遠慮なく想念を飛ばしてよ」

「言葉よりも正確に伝えたいこと、か……」

ふむ、と日下部は顎に手を当てる。

そんな風に言われて真っ先に思い付く想念など、たった一つしかない。

 

(川内。愛しているぞ)

日下部は心からの想念を真っ直ぐぶつける。

 

――川内のリアクションは、とても劇的だった。




※日下部と川内のケッコン話、完結です。
まぁ途中でゴーヤの話が挟まる辺りは、とても日下部らしいのですが。

小説を書いている私が言うのもなんですが、言葉というツールは意思疎通を行う上では実に不完全な物です。誤読や聞き間違い、思い込みや論点先取など、正しく意図が伝わらないことはいくらでもあります。
もし全人類が進化して想念交信(要するにテレパシー)で意思疎通を行えるようになったら、人類同士は本当にわかりあえるのでしょうか?
ガンダムなどではお馴染みのテーマですが、想像してみるとなかなか一興ですね。

さて、次の話もそう遠からずお出しできると思いますので、お楽しみに。
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