日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
女にとって恋愛は生涯の歴史である。男にとっては単なる挿話にすぎない。
「まずは川内とのケッコン、おめでとうございます」
長谷川鎮守府の応接室。久しぶりに訪れたこの場所で、長谷川が祝辞の言葉を発する。
夏イベ最終日、欧州提督会主催の慰労パーティーで顔を合わせて以来だが、こいつは相も変わらず元気そうだ。
TSした私を見ても、こいつはまったく笑わなかった。初見ではびくりと身体を硬直されたが、見慣れぬ姿なのだし仕方あるまい。
「あと誕生日も。月初でしたわね?」
「そうだな。お祝いいただきありがとうございます」
形式的に頭を下げる。それにしても、私の誕生日をよく覚えてたな。
そういえば提督への推薦を打診しに行った時、こいつにクソサイコ野郎と初めて罵られたのもこの応接室だった。まだ1年と経ってないはずなのに、もう8年以上も経っているような感じがして、なんとも言えない懐かしさを覚える。
「で。そこのバ艦娘に関する事情は把握できましたね?」
長谷川は私と、隣に座る川内を交互に見ながらそんなことを言った。
「ああ。私を気遣ってくれたこと、川内の願いを叶えてくれたこと、どちらにも感謝する」
あの運命の夜に私を助けてくれた川内は、長谷川鎮守府の艦娘だった。
ごく一部の例外を除き、艦娘の所属を変更することは軍法で禁じられている。にも関わらずこいつはそれを黙認したばかりか、滞りなく入れ替わりが行われるように手助けまでしてくれたのだ。その点については、どれだけ感謝してもし足りないだろう。
――と、私は思っているのだが、
「陽菜さん、『ケッコンしたら話していい』って、そもそも話すまでもなく全部伝わること知ってたでしょ! そりゃ『聖守護天使の契約』は伏せないといけなかったのは理解してるけど、だったら別の条件でも良かったじゃん。なんであんな条件出したの?」
川内としてはやはりそこが引っかかるようで、長谷川に対し語気荒く喰ってかかる。
「ああ、あなたと初婚するとは限らないと思ってましたので。というかケッコンカッコカリなんて、本来は単なる戦力強化のいち手段ですわよ」
言われた長谷川も、しれっとそんな風に言葉を返した。
「むー! その割り切り方前からそうだったけど、どうなのさ! カッコカリとはいえケッコンよ!?」
「ケッコンとはいえカッコカリですわよ」
「そんなんだから、全方位無差別に艦娘に手を出すくせに特定の嫁ができないんだよ! それどころか他所の鎮守府の艦娘まで押し倒すのは、本当どうかと思う! いい機会だから一度言いたかった!」
「余計なお世話ですわよバ艦娘。もう陽菜はあなたの提督ではありません。意見具申なら相手を間違えていますわ」
「今は真琴さんは関係ないでしょ、元ここの艦娘として言ってるんだよー!」
どうしよう。女の戦い、怖い。いや今は私も身体は女だが。
思わず言葉を見付けられずにいた私だが、不意に長谷川は表情を緩めて、
「まぁ別に陽菜は、あなた方の主義を否定するわけではありません。あくまで陽菜にとってはただの戦力強化であるというだけで、別にそこにそれ以上の意味を見出す提督がいてもいいと思ってますわよ」
どちらかというと川内にというよりは私に言っている気がしたので、私も素直に思っていることを口にする。
「まーな。私はケッコンカッコガチしかする気ないからな。その代わり、好きになった子とは全員ケッコンするが」
「その辺はあなたとあなたの艦娘の問題ですので。好きになさい」
突き放したような物言いだったが、それでもこちらを否定していないことは川内にも伝わったようだ。
押し黙る川内に代わって、私は本題を切り出す。
「ただ問題はこの入れ替わり、私もお前も何かしらの処分は免れないってことだな」
「あら、大本営には黙っていればいいだけではなくて?」
うわぁ、私みたいなことをしれっと言うようになったなぁこいつ。
「残念ながらそうできない理由があってな。少なくともモーリアック元帥へは報告せざるを得ないし、報告されたら元帥も性格上、握りつぶしはしないだろう」
あの人は絶対に不問にはしてくれない。せいぜい期待できるとして「罰則に手心を加えてくれる」までだ。
「どうしても報告しなければならない理由……?」
「ああ。緊急で何かできるわけではないが、割と重大な件になる。ただコトがコトだけに、少なくとも要艦娘秘相当の情報だと判断する」
私は長谷川の隣に座っていた、長谷川鎮守府の有明の顔をちらっと見る。
うちの川内は当然事情を知っているが、彼女にまで共有させるわけにはいかない。
「ああ、なるほど。構いませんわよ。有明、そこの川内と一緒に小一時間ほど席を外しなさいな」
「了解だ。川内さん、いいな?」
長谷川の言葉を受けて、有明は素直に席を立つ。
「川内、良かったら久しぶりに古巣を見て回ってきなさいな。うちの川内や江風が会いたがってましたわよ」
「……陽菜さん、その人はあたしの旦那だからね。忘れないでよ」
「わかってますわよ、バ艦娘」
長谷川は呆れたかのように溜息をつくと、さっさと行けと言わんばかりに手の平をひらひらとさせた。
艦娘二人が去っていくのを確認して、私は長谷川に向き直る。
「さて、では話すか。夏イベの時にな……」
「高次AI・ムネーメーがあなたの前に? そして、その正体が戦艦レ級だった……? にわかには信じたい話ではありますわね」
「まぁ、そう言うとは思った」
この反応は予想通りだったので驚きは少ない。私だって立場が逆なら信じていないかもしれない。
だから、
「正直、お前にこの件をどうしても信じてもらう必要はない。ただ元帥には信じてもらう必要があるし、信じてもらうためには、川内がレ級の正体を看破できた理由を説明する必要がある。そしてそのためには、入れ替わりの件を話す必要がある。そこを納得してもらいたい、ということだ」
こちらとしては、そこは折込済で話しているのだ。
「その割り切り方は本当に変わりませんわね。クソサイコ野郎」
「必要なら説得もするし証明の提示もするが、必要ではないところに労力を割くことは無いだろう?」
「どうして、あなたはこんなに人の心がわからないのでしょうね」
今更そんなことを言われるとは思わなくて、まじまじとその顔を見詰める。
そこに浮かんでいる表情の名前を、共感はできなくとも経験で私は知っている。「切なさ」だ。
「本心では信じたいと思いましたのに。バカ……」
「長谷川?」
その声音が普段のクソレズとはあまりに違いすぎていて、思わず私は名前を呼ぶ。
いつかどこかで聞いたような気がするのだが、あれはどこだっただろう。
「ねぇ。どうしてそれなのに、あなたはあんなにあの時、陽菜に必死に優しくしてくれたんですか……?」
ガタッ、と長谷川が腰掛けていた席から立ち上がるのと。
この声音が5年前、白百合姫だった頃の長谷川の物であることを思い出したのは、同時だった。
「お、おい。急に立ち上がるな。怖いぞ」
「ねぇ。どうしてあなたは今頃になって、そんな身体で陽菜の前に現れたんですか……?」
長谷川がこちらに近寄ってくる。
じりじり、という擬音が似合うような動きだった。
「お、おい! 近付いてくるな!」
「わかってますわ。これ、夢ですわよね。だってこんな光景、あの日から何回も夢に見ました! 何回こんな風に、お姫様になった王子様と唇を交わす光景を夢に見たと思います……?」
逃げるべきだ、と気付いた時にはもう遅かった。
二人の間のわずかな距離は、長谷川の飛びつきで一瞬にしてゼロになる。
「おい、白百合姫は、もうどこにもいないんだろう……!」
「ええ。でも、これは夢ですから」
「んっ……あっ……」
唇を唇で無理やり塞がれる。
強引にねじ込まれた舌が、私の舌に絡み合う。
「は、長谷川、だめぇっ……! 艦娘との浮気はしょせんローカルルールの問題だから、あいつらなんだかんだ許してくれたけど。お前と浮気したら、きっとあいつら、許してくれないよぉ……っ!」
5年前とは逆の立場。
けれどもあの時抵抗しなかった長谷川と違って、私は抵抗している、……つもりだ。
本当に? 本気で、必死で、抵抗しているか? 激しく揉みしだかれる乳房、指で弾かれる乳首から伝わる刺激に、腰が浮いてきていないか?
「何より今お前とシたら……、私、本当に女の子になっちゃうっ……!」
私の人生において、こんなことを言う日が来るなんて夢にも思わなかった。
「これは夢なんです。あの日から、何度も見た夢なんです。だから……」
長谷川の言葉は、必死に自分に言い聞かせているようで。
下半身に伸ばされた白い指が、ぴちゃりと水音を立てた瞬間、
「あっ、嫌……っ! ふあっ……!」
昨晩さんざん川内に教えられた、全身に電流が走るかのような強い快感。
こんなもの知りたくなかったのに、今にも大好きになってしまいそうだった。
学生時代に私が堕とした女たちも、こんな気持ちだったのだろうか?
――ほぼ唯一と言っていい堕とせなかった女に、今になって私自身が堕とされかけてるのは、皮肉にしてはあまりにできすぎだろう。
(たっ、助けて……川内っ!)
自分でも訳がわからないまま、必死に想念交信で自分の嫁艦にすがりつく。
人間だった頃の長谷川にいい勝負をされていた川内が、
※というわけで「完全にして矛盾のない回答」の答え合わせです。
今話は1・2ではなく表・裏なので、このまま裏パートへどうぞ。