日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
愛は哀願して得ることも、金で買うことも、贈り物としてもらうことも、路上で拾うこともできます。けれど、奪い取ることだけはできないのです。
「改めてあの提督とケッコンおめでとう、川内!」
「ありがとう。おかげでここまで来られたよ、川内」
自分そっくりの顔した相手にお礼を言うのは、なんだかちょっと自意識過剰みたいに感じてしまう。実際は別人なんだから、ただの錯覚なんだけどね。
というわけであたしは今、食堂で長谷川鎮守府の川内と話をしている。
あっちの川内は、もうすっかりここに馴染んでいた。
真琴さんと一緒に日下部鎮守府を大きくしてきたあたしと違って、すでに大きな組織になっていたこの長谷川鎮守府に横から飛び込んで馴染むのは、きっと大変だったことだろう。
「みんなは元気? 駆逐の子たちとか」
「元気だよ。毎晩夜戦に連れ回したって、文句ひとつ言われないし!」
「お、それは良かった。まぁ練度で言ったら、
日下部鎮守府の艦娘も練度が上がってきてはいるんだけど、ケッコンで限界突破した艦娘がごろごろしてる長谷川鎮守府とは、さすがに比べるわけにはいかない。着任してない艦娘もまだまだ多いしね。
そうだ。日下部鎮守府に着任していない艦娘といえば、
「江風はどうしてる?」
「あ、やっぱり気になるんだ。あの子結構ガチな川内Love勢だもんね」
「……、」
その言葉に、なんと返して良いかわからなくなる。
駆逐の子には結構慕われてたし、(意味深)の方の夜戦をした子は一人や二人じゃないけど、江風だけは別格だ。あの子はきっと、本気であたしに恋をしていた。
あたし自身は初恋の司令にしろ真琴さんにしろ、夜戦するだけならともかく本気の恋は男の人が良かったから、断ったんだけど。
やっぱりここに残して飛び出してきて、気にならないと言えば嘘になる。
「今はね、私とそういう仲になったよ。私の方は本気なのか自分でもまだわからないし、江風は江風で私をあなたの身代わりにしてるだけなのかもしれないけど。でも少なくとも、今はそう悪い関係じゃない」
「そっか、よかった」
江風をよろしくね、という言葉が口から飛び出しそうになって、慌てて呑み込む。
あの子に相談もせずここを飛び出して、今もこうして会おうとしてないあたしが、きっと言っていい言葉じゃない。
「じゃあ、後は……」
別の子のことをあっちの川内に聞こうと思った、まさにその瞬間。
(たっ、助けて……川内っ!)
真琴さんからの、切羽詰まったような想念交信が飛び込んできた。
「どうしたの、川内?」
「ごめん川内! 急用ができた!」
「えっ?」
呆気に取られるあっちの川内を置き去りにして、あたしは食堂を飛び出す。
ここの艦娘ではなくなって結構な時間は経っているけど、幸いにして応接室までの道のりはまだ忘れていなかった。
真琴さんがTSした状態でここに来ると聞いた時から、こうなるんじゃないかっていう嫌な予感はあった。
けど陽菜さんにだって理性や分別はあるだろう、と期待していた部分もある。あたしを送り出した時の陽菜さんは、本当に真琴さんのことを考えてくれていたように感じられたから。
それがまさか、ここまで強い未練をまだ残してたなんて。勘に自信のある川内としては、一生の不覚と言うしかない。
――ああ。やっぱりあの時、殺しとけば良かった。
じくじくとした感情が湧き上がってくる。
そんなあたしの行く手を遮るように、
「悪いな、川内さん。行かせねぇよ」
有明が、悲壮な決意を込めた瞳で立ちはだかった。
「有明。あたしが入れ替わりを決意した時とは、状況が違うのはわかってるよね? 今回の理はあたしにあるはずだよ」
「分かってるよ。けど、これは本当にあの人の夢なんだ。だから、見逃してやって欲しい」
勝手な言い分だ。そんなの、あたしにも真琴さんにも関係ない。
「あんただって初婚艦なんだから、陽菜さんの想念を全部見たんでしょ。それを見た結果がこれで、本当に平気なの!?」
「平気なわけ、ないだろ……! それでも。好きな人の幸せを願うのは、そんなにいけないことか?」
「なら、尚更だよ」
有明。その決断は悲しすぎるよ。
「真琴さんを取り返しに行くだけじゃない、たった今他にも行くべき理由ができた。だから一回だけ言う。有明、そこをどいて」
肚の底に力を込めて、有明を睨みつける。
「今のあたしは、悪いけど陽菜さんどころか大和型にだって負けない」
想いが形にも力にもなるのが現代だ、と真琴さんは言っていた。
瞬間的な想念生産力次第では、艦種の差なんて簡単に引っ繰り返せる。
本当に勝てるかなんて関係ない。
「川内さん……」
有明が微かに身をたじろがせた。
あたしは大きく一歩前へ踏み出す。続けてもう一歩。
有明はあたしから視線を逸らすことはなかったけれど、目の前を完全に通過しきるまでの間、結局動くことはなかった。
「うん、ありがと。じゃああなたの分まで、陽菜さんのこと殴ってくるね」
あたしはにっこり微笑んで有明に告げる。
さすがに全殺しは勘弁してやろう。長谷川鎮守府がロスト・アドミラルを起こしても困るし。
けれども、人の旦那を寝取ろうとしたんだから……相応の覚悟はしてもらわないとね。
真琴さんの卑猥な声が、応接室の扉の外まで丸聞こえになっていた。
もう声を抑える余裕もないのだろう。
「陽菜さん……人の旦那に何してくれちゃってんの!」
あたしは応接室のドアを蹴破って、部屋の中へと飛び込む。
すっかり裸に剥かれた真琴さんに、こちらはまだ半裸といったところの陽菜さんが重なりあっていた。
「バ艦娘!?」
「バカはどっちだこのクソレズがぁぁぁぁぁ!」
驚きに目を見張る陽菜さん目掛けて、両脚で床を蹴る。我ながら見事なドロップキック。
吹っ飛んだ陽菜さんが壁に叩きつけられたところに飛び掛かって、その胸倉を捻り上げた。
「あんたとは! もっと早く! こうしとくべきだった!」
一言一言ごとに、固く握り込んだ右拳を遠慮なく叩きつける。
「なんで! あなたが今! ここに現れるんですか!」
陽菜さんはすぐに反撃してきた。
鼻っ柱に頭突きを叩き込まれて、思わず上半身がのけ反る。
「これは陽菜の夢なのに! お姫様になった王子様なんて、そんな都合のいい現実があるはずないのに! なんで王子様の寵愛を受けることができたあなたが、陽菜の夢を邪魔するんですか!」
逆に胸倉を掴まれて、拳をばしばし叩き込まれた。
――けど。
「勝手なこと言ってんな!」
何発目かの拳を、額で迎撃する。なまじ中途半端に勢いがついていた分、自分の打撃力がそのまま跳ね返ってきて、さすがの陽菜さんも悲鳴を上げて拳を抑えた。
その隙に大きく回し蹴りを叩き込んで、いったん距離を空ける。
「ここの川内やモーリアック元帥になら、それを言われても仕方ないよ! けど、あんたの場合は違うでしょ! いらない、受け入れられない、ってあの日投げ捨てたのはあんただ! だからもう、あげるもんか!」
陽菜さんはがくっと身体を震わせた。きっと何発も叩き込んだ拳よりも、この言葉はずっとずっと効いているはずだ。
あたしは大きく拳を振り上げる。もう痛いって感覚すらないくらい、こっちの拳もおかしくなってるけれど、骨が砕けたって構うもんか。
「あたしの王子様を、返せぇぇぇぇぇ!」
心の奥から湧き出す激情を乗せて、そのまま陽菜さんに叩きつける。
吹っ飛んで床に叩きつけられた陽菜さんは小さなうめき声を上げて、そのままぴたりと動きを止めた。
「長谷川に勝っちゃった……! ぐすっ。川内、怖かったよぉぉぉぉぉぉ!」
「おー、よしよし」
泣きじゃくる真琴さんの身体を優しく抱き締めて、頭を撫でてあげる。
本当は逆の立場がいいんだけど、今はしょうがないよね。
「うっ……。やって、くれましたわね」
真琴さんに服を着せてあげていたら、クソレズが肩で息をつきながら立ち上がってきた。
「何よ。まだやる?」
「いえ……。落ち着きました。申し訳ありませんでした」
床に膝をつき、綺麗な土下座をしてくる。
「謝るなら、あたしにじゃないでしょ」
あたしが突き放すと、
「王子様。いえ、日下部様。本当に、申し訳ありませんでした。自分では割り切ってたつもりなのですが、TSしたあなたを見たら、どうにも我を抑えられませんでした」
真琴さんに向き直って、申し訳なさそうにそんなことを言う。
「うん。いいよ。お前に押し倒されて、無理にされる怖さが理解できた。あの時のお前も、このくらい怖かったのかな?」
「それは……」
「焦らされまくってたとはいえ、あの時私が自分のことしか考えてなかったのは事実だし、避妊とか一切気を回す余裕も無かったから、あれでお前が妊娠したりしてたらお互いもっと不幸になってたよな。その辺はママンの言う通り、情けなかったのは確かだ」
真琴さんは優しいなぁ。でもね、きっとひとつ勘違いしてる。
陽菜さんは多分あの時、避妊のことには気付いてたよ。けど真琴さんとの子供を授かっても構わないと思ったから、黙ってされるままにしてたんだ。結果として受け入れられなかっただけで。
根拠は例によって勘だけど、この勘には自信があるよ。癪だから教えてあげないけど。
「なぁ。お互い艦娘とはいえ、配偶者の出来た身だし。今度こそ本当の本当に、あの恋は終わりにしよう」
「……わかりました」
カブールそっくりの紫色の瞳に、切ない色が浮かぶ。
「想い出をありがとう、白百合姫」
「想い出をありがとうございます、王子様」
けれども陽菜さんは、それを意志力で強引に断ち切った。
きちんとケジメを付けてくれたのなら、あたしからも言うべきことがひとつある。
「ねぇ陽菜さん。気付いてない? 白百合姫は、紅薔薇姫からのキスが欲しかったって言ってたけどさ。紅薔薇姫は、とっくに陽菜さんの隣にいるんだよ?」
「えっ?」
「バ艦娘が暴走して鎮守府を脱走しようとした時。練度の差があるとはいえ、駆逐艦の身でためらわずに軽巡の前に立ちはだかった子が、いるんだよ?」
「あっ……!」
陽菜さんが目を見開いた、ちょうどその時。
ドアが吹っ飛んだままの応接室の入口をくぐって、濃紫の瞳をした駆逐艦が姿を現した。
「提督。ごめん、あたしはあんたの夢を叶えてやれなかった」
「いいんです。いいんです、有明! ごめんなさい、今までごめんなさい……! ずっと隣にいたのに、気付かなくてごめんなさい……!」
「提督。いいぜ、その言葉だけで報われるよ」
陽菜さんと有明は、そのまま見詰めあう。
紫色の視線が絡み合って、引き寄せられるように二人は抱きしめ合った。
「有明……」
「陽菜……」
白百合姫と紅薔薇姫のキスはとても濃厚で、見ているこっちまで胸が高鳴る。
「いいなぁ」
「すまん。さすがに今のこの状況で、かつ他人様の鎮守府で、こっちもキスしようって気にはならない」
「……しゅん」
まぁ仕方ないか。日下部鎮守府に帰ったら、改めてせがんでみよう。
陽菜さんとあたしが順番に入渠して、落ち着きを取り戻した後。
「レ級の件、全面的に信じたわけではないのですが、入れ替わりを報告することは承知いたしました。何らかの処分が下されるでしょうから、そこはお互い覚悟するしかありませんね」
陽菜さんがそんなことを言った。
ちなみにあたしも有明も、真琴さんと陽菜さんの話した内容を共有している。あたしに関しては元々事情を知ってたし、だったら有明にも共有したいと陽菜さんが強く要望して、真琴さんが同意した形だ。
とは言ってもいち艦娘に何ができる話でもないから、黙って提督同士の話を聞いてるだけなんだけどね。
「まぁ、元帥に温情を願うしかないね」
「しかし、間もなく秋刀魚祭りだというのに……」
えっ、またあれやるんだ。
「なぁ、なんでこの人類半分死んだ世界で、深海棲艦と戦う戦力である艦娘を投入してまで、秋刀魚漁をやってんの……?」
ああ、そうか真琴さんは初めてか。ならそんな疑問も抱くよねぇ。
「士気の維持のために、擬似的な催事に仕立ててあるという意味合いもあるのでしょうけど。ただ噂では、秋刀魚祭りの究極の目的は、ただ一匹の特定の秋刀魚を捕ることだとか」
「特定の秋刀魚?」
「一度だけ元帥がおっしゃったところによると、『アイルランドなら鮭なんだろうが、ここは日本だからね。秋刀魚になるのが自然だろう』というお話でしたが……なんのことでしょうね?」
懐かしい。確か最初の秋刀魚祭りの時だっけか。ちなみに未だにあたしも意味がわからない。
――ところが、
「アイルランドぉ? 鮭ぇ?」
その話を聞いた途端、真琴さんの顔色が変わった。
「うわ。嫌ぁーな伝説を思い出してしまった。まさかな……?」
何か心当たりがあるらしく、考え込むような仕草をしている。
すごいなぁ、博識。この辺り、さすが自称・世界二位の想念工学者ってだけのことはある。
世界一の想念工学者の元帥さんの思考に曲がりなりにもついていけるのは、やっぱり真琴さんくらいなのかな。
自分のことではないのに、なんだか妙に誇らしい気持ちになって。
あたしは真琴さんにぴとっとくっついて、すぐ隣で胸を張った。
※久しぶりに川内の一人称視点の話です。
本作は基本的には「日下部の一人称」と「三人称」を使い分けて書いていますが、ごく一部だけこうして川内の一人称作品が混ざります。
初期は主に日下部の一人称で書いていたため、三人称の場合は前書きで断りを入れていますが、最近は登場人物が増えてきて日下部のいない場所で展開する話も多いため、比率は逆転している気がします。
有明について。
2020年7月に実装された彼女が、古参提督である長谷川の初婚艦というのは冷静に考えると割と不自然なのですが、本作では日下部着任前の艦これ8年の歴史を圧縮して扱ってますので、話の都合とご容赦下さい。
日下部鎮守府の有明はもっぱら大発積んで遠征要員やってるだけですので、主に話に登場するのは長谷川鎮守府の有明になるかと思います(この辺り朝潮についても似たような感じです)。
艦これ本編、冬イベ始まりました。のんびり進めています。
日下部鎮守府の艦隊もだいぶ強くなって、余裕らしき物も多少は生まれてきたため、そうペースを落とさずに次の話も投稿できると思います。
ちなみに「もうすぐ秋刀魚祭り」ということでお分かりかと思いますが、SS時間軸はまだ10月ですのでご注意下さい。