日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
愛はもっともすばやく育つものに見える。だがもっとも育つのが遅いもの、それが愛なのだ。
それはちょうど川内が自分の初恋に決着を付けるため、日下部鎮守府を離れていた時期のこと。
艤装の改修に立ち会うために工廠を訪れていた日下部は、工廠の主である桃髪の艦娘に呼びかけた。
「なぁ明石」
「はい、なんでしょう?」
せわしなく機材の保守整備を行っていた明石は、その手を止めて日下部に顔を向ける。
改修の補佐役を務めた艦娘は、すでに通常業務に戻っている。工廠内には日下部と明石、あと妖精たちしか存在しない。
「最近さ、他人の感情を理解する訓練してんだけど。お前の好きな人、わかった気がする」
「!?」
大井に対して軽はずみな口を叩き、意にそぐわぬ形で傷付ける結果になってしまった一件は、日下部の意識に変革をもたらしていた。
生まれつき他人の感情に共感できない性質であっても、言動や視線の向きなどから本心を推し量ることは可能だ。元々強く意識すればできないわけではなかったが、普段からそういったことを気にして艦娘たちと接するようになっていた。
「お前にMM技術や想念工学のこと説明した時から、少し気にはなってたんだよね」
「そんなことありましたねぇ。あれ確か、春イベが終わってすぐの頃でしたよね」
「だな。で、その時に想念力を強引に吐き出させる方法について話したら、なんかお前の反応が妙に過剰だったから、誰か他に好きな子がいるんじゃないかとは思ったんだけどね。最近になってお前の視線の向きとか、色々観察してたら……なんかわかった」
下世話にもにやついた笑みを浮かべる日下部に対して、明石は慌てて両手を振って、
「提督、ストップ! ストップ! あ、あの、提督はあの子マークしてたりしないですよね?」
「してないしてない。安心しろ。というか、マークしてたらとっくに口説いてるよ。何しろ最初っからいた子なわけだし」
「それはそうですね」
鎮守府立ち上げの頃、川内すらいなかった時期。MM機関を1基とわずかな艦娘から始まった日のことを、日下部も明石も思い出す。ほんの8ヶ月ほど前なのに、もはや懐かしい。
「まぁなんだ、あいつには色々お世話になってるのは確かだが、そっちには介入しないから安心するといい。あっちも私にその気はなさそうだしな」
「そうなんですか?」
「ああ。お前たちが浴衣に着替えた時に、ちょっとな」
彼女がそつのない動きを見せていたことは、川内の指摘で理解できた。
「お前もあの子もこの鎮守府にとって大切な人材だし、上手く行かなくて、ぎくしゃくして仕事に支障出るのは困るから全力で応援するぞ」
「あ、ありがとうございます……」
すっかり顔を真っ赤にして黙り込む明石の顔に、思わず見惚れてしまいそうになる。
悪癖がむくむくと胸の中で首をもたげてくるが、強引に意志力でそれをねじ伏せた。
もう二度と寝取りはしないと決めているのだ……少なくとも、意図的には。
それから少しの時間が流れた。
日下部と川内のケッコン祝いを明石が間違えて渡したことから始まった、狂乱の一週間。
偶発的な事故とはいえ、明石のミスがきっかけで日下部をTSさせてしまったことに対し、日下部が用意した罰則は「川内と一緒に、演習標的艦を務めること」だった。
――のだが、
「私の兵装で敵艦を撃つ日がこようとは!」
普通の明石なら焦燥と共に吐いているであろう台詞。
だが日下部鎮守府の明石は、明らかに嬉々としてそれを口にしていた。
「喜んでる。罰則になってない……」
「でもまともな艤装は装備禁止ってのは残念かな。非殺傷設定でもいいから、砲を撃ちまくりたかったなぁ」
トリガーハッピーの明石にとって、演習とはいえ硝煙の臭いを嗅げるのは本望らしい。
明らかに罰則としては内容の選択を間違えている気がしないでもないが、あるいは日下部はそこまで計算していたのだろうか?
そんなこんなで演習標的艦の仕事をこなした後、汗を流すために明石と川内は連れ立って入渠していた。演習なので損傷はしておらず、実質的にただの入浴だ。
艦娘二人はガールズトークに華を咲かせる。
「それにしても、女子力強化ジュースの残りを提督に没収されたのは悲しいなぁ」
「あたしが使って上手く行ったら、あれ自分で飲むつもりだったんでしょ? 飲んでどうするつもりだったの?」
「……好きな子に告白する時に、使おうかなと」
明石は視線を逸らし、頬を染めながら言う。
「あの子?」
「まぁ勘の鋭い川内にはお見通しだよね」
「提督が気付くくらいだもん。というか、本人だってとっくに気付いてるんじゃない?」
「う。そ、そうかなぁ?」
川内の何気ない指摘に、思わず眉根を寄せる。
言われるまで気付かなかったが、確かにそうだ。むしろ彼女だって、川内ほどではないにしろ勘は利く方だ。
「こんな工作艦のくせにどんぱち好きな私でも、あのジュースがあれば、少しは女の子らしくなれた気がするのに。これじゃ告白する勇気が持てない……」
明石の瞳が、自嘲の色に染まる。演習の時にトリガーハッピー全開な発言をしていた姿からは、自分のことをそんな風に気にしていたなどとはとても伺い知れなかった。
川内は明石の顔を正面から見据える。好きな物を好きと言える真っ直ぐな強さ、かつて日下部の心を見事に射抜いた瞳の輝きに、思わず明石は目を逸らしそうになる。
「明石さん。そんなこと言うけどさ。そんな表情で照れてる明石さん、十分女子力高いと思うんだけど?」
「……えっ」
思ってもみなかったことを言われて、思わず明石は両手を頬に当てる。
焼けるように熱かったのは、きっと入渠施設の室温のせいだけではないだろう。
「大切なのは、他の明石と比べてどうかじゃないと思うよ。まず自分が今ここにいる自分を好きになってあげないと、好きな人にも振り向いてもらえないよ?」
川内の言葉が圧倒的な説得力と共に、静かに胸に染み込んでいく。
「川内。すごい、金剛さんみたい」
「それはさすがに褒めすぎ。あの人ほど恋愛の達人じゃないよ」
自分も日下部とのケッコンに際して、金剛には大いに助けられた。彼女が何か恋で悩む状況など、果たしてあるのだろうか?
「それに軽巡仲間として、あの子にも幸せになって欲しいんだよね。鎮守府秋祭りの提督用甚平、わざわざ用意したのを自分で渡さないであたしに渡してきたのは『提督狙いじゃありません』ってアピールだろうし、あの子も艦娘が好きな子だと思う」
「ほ、本当?」
「まぁ勘だけどね。だから頑張れ、明石さん!」
「ありがとう! よーし、女子力強化ジュースなしでも、頑張る!」
明石の瞳に、力強い意志の輝きが宿る。ちょうど目の前の川内から伝播したかのように。
そんな様子を眺めながら川内は、
(あの子も提督と同じで、ストレートな好意に弱そうだからなぁ。下手に戦略練るより、勢いで突撃した方が良い気がする)
口にこそしなかったものの、内心でそんなことを漠然と考えたのだった。
艦娘は原則として、概念核を発見した提督の鎮守府の所属となる。よほど提督の側に問題がなければ、他の鎮守府への異動が認められることはない。
そして着任段階における厳しい審査によって、「よほど問題のある」提督は志願段階で弾かれるような仕組みとなっている。
つまり艦娘の他所の鎮守府への異動というのは、そのくらい起こり得ない出来事なのだ。だからこそ、それをやってしまった二人の川内は大問題となったのだが。
とはいえ「原則として」とあるからには、いくつか例外がある。
まず正規空母「赤城」、そして駆逐艦「
前者は艦娘そのもの、後者は日本艦以外の艦娘が人類の前に出現するようになった初期における、運用体制確立のための試行錯誤の名残と言えるだろう。
そしてもうひとつの例外、それは新規に着任を認められた提督が自分の鎮守府を立ち上げる時だ。
この時新たな鎮守府には、三人の艦娘が大本営から派遣される。うちの一人は提督自身が五種類から選んだ駆逐艦、いわゆる「初期艦」だ。日下部鎮守府の場合は電がこれに当たる。
そして残る二人、明石と大淀については自身の艤装を持たない状態での着任となる。この状態の彼女たちは特別に「アイテム屋」「任務娘」という呼び名で、艤装持ちの状態とは区別される。
最初から純粋な戦力として計上できるのは、初期艦だけだ。アイテム屋や任務娘を海に出すことは固く禁止されている。
初期艦を運用して艦娘の概念核を回収し、自身の鎮守府の戦力を拡充していく中で、時折明石や大淀の概念核が新たに見付かることがある。
こうなった場合、提督はそれを大本営に引き渡すことで、最初から着任していたアイテム屋や任務娘用の艤装を作成する許可を得ることができる。
その後もアイテム屋や任務娘としての業務は引き続き継続するが、一方で必要に応じて彼女たちを出撃させることも可能となる。
一方、そうやって大本営に引き渡された明石や大淀は、また新たに立ち上げられた鎮守府にアイテム屋や任務娘として着任することとなる。
現在の艦娘運用体制は、このような仕組みになっていた。
つまり明石も大淀も、提督との付き合いは初期艦と同じぐらい長い。
それは取りも直さず、明石自身と大淀の付き合いだってその分長くなるということで……。
その日、大淀は大本営から課された任務のひとつをこなすため、艦隊の一員として出撃した。
任務そのものは見事に達成し、提督である日下部への報告を済ませた後、執務室を出たところで大淀は明石に声をかけられた。
「大淀、お疲れ様。この任務、実は水母じゃなくて私でも達成できたんだけど」
「まぁ普通に無理でしょ。明石には工作艦に徹してもらいたいかな」
大淀は思わず苦笑する。どうやら明石は相変わらずトリガーハッピーなようだ。趣味は自由と言えども、節度は守って欲しい。
――と思ったのだが、続けて明石の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「そうだよね。あーあ。なんで私、『明石』なんだろ。重巡か軽巡、せめて駆逐艦だったら、もっと出撃できたのに」
どうやら単純に、どんぱちしたくて言ったことではないらしい。
「そうすれば、好きな子を自分で守ることだって出来たのに……」
「そうかな。明石には明石にしか出来ないことで、いつも助けてもらってると思うけど。それこそ、艤装作成許可が下りる前の頃からね」
「……大淀」
自分の名前を呟いた明石を促して、大淀は二人並んで歩き始める。いつまでも執務室の前でするような会話ではないだろう。悪気のあるなしに関わらず、扉越しに日下部や川内が聞いていないとも限らないのだ。
二人はしばらく無言で廊下を歩く。
始まりのあの日から8ヶ月ほど。鎮守府の建物も、新たな艦娘の着任に合わせて少しずつ拡張を続けている。春の頃と比べると、海に出るまでの距離は確実に長くなっている。
それでも実際には、ほんの数分程度だっただろう。二人の艦娘の鼻腔に、嗅ぎ慣れた潮風の匂いが飛び込んできた。
盛秋から晩秋に向け、日増しに冷たさを増してきている潮風を浴びながら、大淀は明石の方を振り返る。
明石の萌葱色の瞳に宿る光の意味には、とっくに気付いている。
こんな日が来ることを、ずっと想像していた。
「ねぇ明石、私ずっと待ってるんだけど……」
否、期待していたのだ。
「それとも、私から言わないとダメ? どんぱち大好きなくせに工作艦だから弱い明石は、恋という戦いでも弱いままなの?」
「……! そんなことない」
「くすっ。じゃあ、今晩こそ聞かせて?」
いたずらっぽく微笑んで、大淀は明石に身を寄せる。
冷たい潮風を浴びていても、こうしていれば互いの温もりがはっきりと感じられた。
「提督や川内たちはもちろん、神通だって舞風だって、それどころかあのヘタレの加賀さんだって……勇気を出したのよ?」
「そ、そうね。うー、緊張するなぁ」
明石は、触れ合っている部分から震えが伝わるのではないかと、思わず不安に駆られる。
「明石の部屋は散らかってるだろうから、私の部屋の方がいいよね?」
「うん。じゃあ、お邪魔……するね」
だが結論から言えば、それは杞憂でしかなかった。
なぜなら一見して余裕そうに見える大淀だって、実は同じぐらい震えていたのだから。
その夜。明石にとって、女子力強化ジュースはもう必要のない物になった。
※日下部鎮守府ではあかよどを推しています。
瑞加賀(あるいは赤賀)や大北と比べると、この二人の百合は少ない気がします。本編内ではこの二人は悪友といった感じであることと、大淀が割と提督Loveな言動をすることが理由でしょうか。
冬イベ、E2まで甲クリアしまして現在E3を甲で挑戦中です。
まだ友軍の足音すら聞こえてこない時期なので焦ってはいませんが、掘りたい艦娘は多いので(特にアトランタ)、SSが一段落したらそちらを優先すると思います。
とはいえ、次から大きな話(いよいよあそこに行きます)が始まるのですが……。