日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
一方はこれで十分だと考えるが、もう一方はまだ足りないかもしれないと考える。そうしたいわば紙一枚の差が、大きな成果の違いを生む。
「翔鶴、お疲れ様」
「いえ、このくらいはお安い御用です」
その日、工廠系の任務を達成して報告に訪れた翔鶴にねぎらいの言葉をかけながら、
(そういや、中元寺提督の秘書艦兼初婚艦も翔鶴だったらしいな)
ふと日下部は、夏イベの終わりの時に舞津から聞いた話を脳裏に思い浮かべた。
先日モーリアックから中元寺鎮守府の再捜索の話をされた身としては、やはりどうしてもそこが気になってしまう。
もちろん目の前の翔鶴は中元寺鎮守府の翔鶴とは関係ないだろう。同じ艦の概念から創造され、同じ名前と容姿を持つ艦娘など、いくらでも存在する。
(翔鶴と言えば、夏イベの時にカターニアで瑞鶴が……)
それは着任して初めて瑞鶴の部屋に泊まりにきた翔鶴が、寝言でうなされながら「提督……」と呟いていたという内容だった。
たまたま一緒にその話を聞いていた赤城にも言ったのだが、日下部としては本当に心当たりはない。
一方的に好かれているだけならわからないが、それならそれで川内辺りがもう少し何か言ってきているような気がするのだ。
「どうされました、提督? 急に私の顔を見て黙り込んでしまわれて」
不意に翔鶴が、怪訝そうな声音を上げた。確かにいきなり目の前で考え事に没頭されては、そんなリアクションを取りたくもなるだろう。
「ああ、綺麗な銀髪だなって。私の髪色にも似てるし、思わず見惚れてしまったよ」
咄嗟にしては上手いごまかし方だろうと、内心で自画自賛する。ちなみに口説いているつもりは一切ない。
「あら、ありがとうございます」
穏やかな微笑を浮かべて、翔鶴は礼を述べた。だがその頬は特に紅潮したりはしていない。つまり脈なしということだろう。
と、判断したのだが。その直後、
「この髪の色を、褒めていただけるのは、……嬉しい、ですね……」
言葉の後半に
「翔鶴!? お、おい。いきなり泣き出して、どうした」
「い、いえ。申し訳ありません、秋なのでメランコリックな気分になって、情緒が不安定になっているようです」
「……そうか」
どう考えてもごまかしの言葉だったが、こちらも先ほどの不自然な沈黙をごまかした手前、あまり深く突っ込むのはためらわれた。
「あ、あの。失礼してもよろしいでしょうか?」
「ああ、お疲れ様」
その言葉に、翔鶴は軽く一礼して去っていく。
(翔鶴、あれ絶対に何か秘密があるな)
可愛らしい秘密なら良いとは思う。
だがそんな風に考えた日下部自身、まったくその可能性を信じる気になれなかった。
「これに乗ってると、今年の初めに欧州から日本に帰還した時のこと思い出すな」
人類統合軍の海軍兵士が操艦する高速フリゲートに揺られながら、日下部は呟いた。
甲板上を流れる空気は、だいぶ冷たくなっている。横須賀沖に存在するショートランド人工島と比べると、ここはすでに「北の海」と呼んでよい場所だ。モーリアックから下された正式な辞令を受けて、日下部と川内は一路、
艦上には他に、長谷川鎮守府から提督である長谷川陽菜と秘書艦の有明が。舞津鎮守府から提督である舞津武雄と秘書艦の朝潮の姿があった。
「あたしと出会った運命の夜だね!」
「そんなものなかったと思って、色々踏ん切り付けるの大変だったけどな」
「ごめんって!」
「まぁ、便宜を図って差し上げた結果がコレなわけですが」
夫婦の会話に横から割って入ったのは、長谷川だった。
「その点は感謝してるよ、本当」
「しかし、男に戻ってしまいましたのね。はぁ……」
「なんだよ。文句あるのか」
「いいえ? でも可愛かったのは事実ですからね、惜しいなと」
「お前、あんなことしといて……」
押し倒された時のことを思い出して、思わず溜息と共に呟いたのだが、
「ぴぇん。有明ー、怖いクソサイコ野郎がいじめますわ」
「おう、大丈夫だぜ陽菜。あたしがついてる」
わざと大袈裟なことを言って抱きついてきた長谷川を、有明は優しく抱き寄せる。
「おお、すっかりイチャついちゃってまぁ」
「あっちの川内に聞いたところ、正式に有明を嫁艦だって宣言したんだってさ。提督Love勢の間で血の雨が降ったらしい」
苦笑と共に川内がそんなこと言えば、
「最初から
その言葉を引き継いだのは、長谷川の後見人である舞津だった。
「艦娘は人間にとって異様なほどに都合よくできている生物だが、それにしたって限度というものはある。そこは反省すべき点だぞ、長谷川」
「はい、申し訳ありません舞津様。その節はご迷惑をおかけしました」
後見人に諭されては、さすがのクソレズも素直に反省するしかない。
「そういえば舞津さんも
日下部が声をかけると、明紫色の瞳がそちらを向く。
元々日本人離れした紫の瞳の長谷川と違い、以前の舞津は黒い瞳をしていた。だからその違いはすぐにわかった。
「俺もこれで立派な人外の仲間入りだな」
「人間ですよ、我々は。身体が何であろうとも」
舞津が人外なら、自分だってそうなってしまう。日下部としてはそこを認めるわけにはいかなかったのだが、
「一晩に78発も射精できる存在が人間なわけがあるか」
「ぶはっ! な、なんですかその数! 私の1.5倍じゃないですか!」
肉体に関しては人間と言えないのは確かだ。まぁこれだって一応は肉体に属するものだろう。
「あ、あの、武雄さん。あまりそういう話をされますと……」
「ん、朝潮? なんだ、シたくなるか。俺はいつだってシたくてたまらないぞ」
「おいゴルァ、そこもそこで大概に自重!」
普段から想念交信でセクハラをしまくっていて、時々誤ってそれを独り言として漏らすというのは間違いなく悪癖だろうが、別に堂々と言えば良いというものでもないだろう。
「仕方ない。では真面目に任務の話をするか」
舞津は気を取り直して表情を引き締めると、今後の段取りについて話し始める。
まず指揮権に関しては、舞津→長谷川→日下部の優先順位と定められた。提督特有の後見人制度的にも、軍隊として一般的な先任優先の原則に照らし合わせても妥当と言えるだろう。
また地味に重要なところとして、
「艦娘は個人名抜きの『提督』や『司令官』呼びは禁止だ。誰のことかとっさにわからない可能性があるからな。名字や名前で呼べ」
今までは半分プライベートな空気だったので自然と名前呼びになっていたのだが、引き締まった空気の中でもそれをするには、あらかじめ意識しておく必要があるだろう。
脳が言葉を認識して思考に変換し、それを理解して行動に移すまでの時間はおよそ0.2秒だという。日常生活では一瞬としか言いようがない時間だが、戦場においてはその一瞬で文字通り生死が分かれるケースが実際に存在するのだ。
「……で、だ。
ひときわ表情を硬くして、舞津は日下部に向き直る。
「はい。モーリアック元帥から情報共有許可は得ています。資料をどうぞ。あ、当然ですがこの六人以外には秘匿ですよ」
「……」
「……」
有明と朝潮は、受け取った資料に目を通した途端に無言で眉根を寄せる。
「ん。信じない、か?」
以前の実験結果によれば、艦娘に口頭や文書などの「言葉」でこの情報を伝えても一切信じないということだった。
だから今回もそのケースに該当するかと思ったのだが、
「いや。この資料だけだったら、確かに信じられなかったかもしれないが」
「武雄さんの想念越しに伝えられたら、理解できました。でも、そんな……」
「あたしも最初は信じられなかったけど、でもあたしたちがこういうものだっていうんなら、もう受け入れるしかないかなって」
川内は日下部とのケッコンの際、この情報を知って大いに取り乱したものだが、あれから時間が経って割り切ることができたらしい。そしてその態度が良い方向に作用したのか、有明も朝潮もこの場で特に取り乱すことはなかった。
一方で人間とて、この情報に思うところがないわけではない。
「参りましたわね。陽菜は『銃後の民のために死ぬのが立派な軍人』と教えられてきたのに、これでは死ねないではないですか」
「別に無駄死にするのが立派な軍人ではないぞ、長谷川。命の使い所を間違えるなという話だ。まぁ、いささか使い所が難しくなったのは確かだがな」
シンギュラリティ到来以前から軍事に携わってきた生粋の軍人である二人は、必要であれば文字通り命を張る覚悟を持っている。だがその覚悟に水を差されたような気分だった。
「それよりも、この
「そっちは正直、私も初めて知った時は反吐が出そうになりました」
舞津の言葉に、吐き捨てるように日下部が返す。
「普通はどのみち三回も命令したら、よほど内容がおかしいか信頼されていないのでもない限り艦娘は従ってくれるでしょうから、我々が悪用しようとさえしなければ問題はないのでしょうが」
「そうでもないですわよ。口説いていたら、三回くらいは同じアプローチをするのでは? おかしいなと思うことは何度かありました。それまで恥ずかしがってた艦娘が、急に態度を変えて夜戦に応じてくれることが何度かありまして」
「……。知らなかった物は仕方ないだろう」
かつてマインドハックで強引に女性をモノにした経験を持つ日下部が、それを糾弾できるはずもない。ましてや意図的に相手の意志を踏みにじった自分と違って、長谷川は本当に知らなかったのだから。
日下部も長谷川もそれ以上一言も発することなく、辺りを重苦しい沈黙が覆う。
胃の腑から込み上げる嫌な感情が積もり積もって、思わず押し潰されそうになるが、
「っと、そろそろ
その空気を切り裂いて発せられた舞津の言葉に、二人は揃って顔を上げる。
霞がかった秋の大気の先で、自然豊かな島の姿が少しずつその威容を増しつつあった。
かつての大戦において、この土地には日本軍の根拠地のひとつが存在した。陸軍によって築かれた北千島臨時要塞は島の地下を掘り進めて作られた物で、海軍の北東方面艦隊と共に北から攻めてくるであろうアメリカへの防備を担った。
大戦末期、実際にこの土地を占領したのはアメリカではなく、当時のソ連だった。このため戦後も長くその帰属を巡って、政治的に微妙な位置に存在し続けることとなる。
そんな
「ここまではびっくりするぐらい、何もありませんでしたね」
中元寺鎮守府の跡地とされる場所を前にしながら、日下部は呟く。
「当前だ。泊地内のいち鎮守府が壊滅させられたとはいえ、ここは基本的には人類の領域だ。周囲は他の鎮守府の艦娘が哨戒してる。もし深海棲艦の大量発生が起きたら、速やかに援軍が来る手筈だ」
「それは心強い」
モーリアックに戦力不足を抗議した身としては、いささか拍子抜けする想いだった。もちろん何もない方が良いには決まっているのだが。
「さて、見渡す限り一面の更地で、何か残っているようには見えないんだが……」
日下部はぐるりと周囲を見渡す。
地形そのものは山がちであるが、その一角が切り取ったように綺麗な更地になっている。わざわざ人が地形に手を入れたことは確実だが、少なくとも見た限りでは何かがあるようには思えなかった。
「何もなければ、『何もなし』という報告をする権利が手に入るさ」
「もういっそ、その報告で良くないですか?」
「お前と長谷川の罰則だろう、これ。本来無関係の俺がやると言ってるんだから、腹を括れ」
任務遂行意欲の欠片もない日下部だったが、さすがに舞津にそう言われてしまってはそれ以上何も言うことはできない。
六人は事前に得ていた知識に従って、中元寺鎮守府の「入口」から島の地下へと歩を進める。
「地表が更地なのに、地下に洞窟があってそこが鎮守府の本営になってるとはなぁ」
「100年前の大戦でもこんな感じだったらしいよ。あたしは知識しかないけど、こっち方面では阿武隈の一水戦とか、多摩とか木曾とかが戦ってた」
「第五艦隊、だったっけ。キスカ島撤退作戦とか伝説だよな」
自分たちの大先輩について川内と言葉を交わしながら進むと、やがて開けた場所へと出る。
なるほど確かにここは、艦娘運用部隊の鎮守府だ。よく見慣れた構造物の連なりが、かつてここで多数の艦娘が生活していたことを示していた。
「設備は結構残ってるな。さすがにMM機関と艦娘の概念核は回収されているが」
「まぁいずれ他の提督がここに自分の鎮守府を構えるかもしれんからな。即戦力として使える物以外は残しておくだろうさ」
「なるほど。人工島と違って、天然地形は土地開発だけで一苦労でしょうしね」
舞津の言葉は日下部としても納得できる物だった。
「とはいえ、何か特別に価値がある物が残っているわけでも……」
洞窟の奥行きはかなり広く、かつて存在した中元寺鎮守府の規模を物語っていたが、逆に言うとそれだけだ。
艦娘たちの個室として使われていたであろう部屋はいくつもあり、中には私物らしき物が残されていることもあったが、どれもMM機関で出せるような簡素な物でしかない。この辺り、泊地としては比較的僻地に位置していることも関係しているだろう。
「これ、もう『何もなし』で良くないですか?」
軽く三時間以上は探索を続けたところで、日下部がそんなことを言った。
とはいえ今回はふざけたことを言っているつもりはない。そもそも壊滅直後に、大本営の調査の手が一度は入っているのだ。何かあればその時見付かっているだろう。
さすがにその言葉にも一理ある、と舞津が思った瞬間。
「待て。今何か聞こえた」
「ええ、陽菜も聞こえました」
「……あっち!」
長谷川と川内が口々に告げる。複数人に聞こえているならば、聞き間違いということもないだろう。
どうやら調査報告は、「何もなし」とするわけにはいかないようだった。
※中元寺鎮守府編、始まりました。全4回の予定です。
普段の戦いでは艦娘が活躍しますが、たまには提督たちメインの活躍もどうぞお楽しみ下さい。
艦これ冬イベ、終了日程出ました。
当方は前段を全甲でクリアし、現在E4を乙で攻略中です。
E5は友軍頼みで甲に挑むつもりですが、期日が迫っていることもあって無理そうなら素直に難易度を落とす予定です。最悪他の艦娘は諦めても、アトランタ掘りはしたいですしね。
一方で続き物ですから中元寺鎮守府編の続きも早めに書きたいところなので、なんとか上手く時間をやりくりしていきたいですね。