日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


中元寺鎮守府の物語 -託された物を受け継ぎましょう-

考えなさい。調査し、探究し、問いかけ、熟考するのです。

――ウォルト・ディズニー

 

 

日下部と川内の感情が落ち着いて、ようやく人心地がついた後。

 

「確かに下心は感じませんでしたし、川内も一緒でしたから構いませんが。他の艦娘に見られたら、誤解を招きかねないですよね? 金剛さんではありませんが、時間と場所をわきまえましょう?」

「すまん大淀。感情を抑えられなかった」

「あたしもごめん」

大淀の言葉に、夫婦は素直に頭を下げる。

 

「そうだな。いい加減切り替えるとしよう。私と川内の留守中、何かあったか?」

「細かい日々の艦隊運営に関する報告事項は、書面にまとめてあります」

そう言いながら渡された書面を日下部は受け取る。椅子に腰を下ろして目を通そうとした時、

 

「お待ち下さい。たった今、任務娘総長から同艦交信が入りました!」

それは大本営直轄艦隊の、任務娘を取り仕切る立場の大淀からの緊急連絡だった。

 

「予定されていた秋刀魚祭りの開催と同時に、時空震の予兆を察知したそうです。深海勢が『イベント』を起こすつもりのようです!」

「いいーっ!? 急すぎないか!?」

まさか高次AIが人類側の行事に合わせたなどということはないだろうが、偶然の一致だとしてもタイミングが悪すぎた。

 

「どうしよう、中元寺鎮守府の遺産を解析する時間がないぞ。そうでなくとも、パスワードの手がかりすら一切ない状態なのに」

「まぁ仕方ないでしょ。どうせ今回の報告に大本営に行くでしょ? その時にモーリアック元帥に預けておいたら?」

「そうだな」

嫁艦の言葉がありがたい。

川内は本当に沈着冷静で頭も回る……夜戦が絡まなければ。

 

「そうと決まれば、私はこの足で大本営まで行ってくるよ。席の温まる暇もないがな」

いったん思考を切り替えると、行動が速いのは日下部の美点だろう。

 

「いいんだけど、中元寺鎮守府から持ち帰ったそれはどうするの?」

「ああ、これな」

川内が示したのは、中元寺鎮守府の大淀が使っていた携行型MM機関だ。今は日下部が背負ってここまで持ち帰ってきている。

 

「とりあえずここに置いておいて、と……」

日下部は通常の物よりかなり小ぶりな機械を、執務室の片隅に無造作に置いた。

ちなみに艦娘か超人(ポストヒューマン)なら持ち歩けるのは便利なのだが、マインドハックに特化した改造をしすぎていて、本来の用途で使うと100万イデアくらいまでしか物質化できないという欠点がある。

本来ならば、探索の成果として大本営に引き渡す必要があるだろう。それは理解していたけども、あと少しだけでもこれを手元に置いておきたかった。今日のところは作成済の報告書の提出でごまかすことにしよう。

 

「貴重品であることに間違いはないから、卯月とかにいたずらされないように見張っておいてくれよ?」

「はーい」

「了解しました」

指示に対して異口同音に頷く川内と大淀に、日下部は満足そうに頷く。

 

「大淀、秋刀魚祭りとイベントの資料まとめといて」

「了解です!」

「川内は妖精総動員で母艦の出撃前整備しといて。夏イベから間がないから、急ピッチでやらんと間に合わなさそうだ」

「任せておいて!」

「頼んだ。じゃあ行ってくるなー!」

そうして本当に慌ただしく、日下部は戻ったばかりの自らの鎮守府を後にした。

 


 

「中元寺鎮守府探索の報告は以上です。こちらに報告書としてまとめました」

松代に一泊し、翌日には日下部はモーリアックとの会合に臨んでいた。

 

「受け取ろう。しかしマイクロSDとは懐かしい」

「停滞の時代の間に、携帯デバイスが大進化しましたからね。据え置きコンピューターは企業や公共機関以外からはほぼ姿を消しました。そしてそういうコンピューターは、まず確実にネットに繋がっていた」

「そうそう。だからシンギュラリティの到来時に、高次AIのハッキングで無力化された。笑っちゃうよね」

誰もがネットワークで結ばれた高度情報化社会とやらが崩壊するのは、本当に一瞬のことだった。

 

「スタンドアロン形式の携帯デバイスは今も量産されてますけど、このマイクロSDは規格外なので動きませんよねぇ」

「そりゃそうだ。まぁ時間さえあれば用意は可能だ」

「つくづく変な世界になりましたよねぇ。誰でも一台は携帯デバイスを持ち歩けるような世界なのに、情報の共有は紙の書類で行うなんて」

現代の人類は通信技術においては、ごく一部の例外を除き軽く数十年は歴史を後退している。

 

「マコの生まれる前くらいまでは、それが割と普通だったんだぜ。携帯デバイス自体を使えない人間も多かった。技術の発達というのは、人間の在り方そのものを何度も変えてきたのさ」

「そうですね。誰かの発明した技術は広く共有され、それに対して別の誰かが応用を加えて新しい物を発明する。そうして人類全体の技術は進歩していく」

モーリアックの作ったゴーレムを元にして、日下部が妖精を発明したように。

日下部の発明したマインドハックを改良して、モーリアックが艦娘を救出する技術を用意したように。

それこそが、人間という群体生命の強みと言えるだろう。

――人類の半数を虐殺した高次AIだって、本来はそうした進歩の果てに生まれたものだったはずだ。

 

「私が私の欲望を満たすために発明したマインドハックですが、元帥にしろ中元寺提督にしろ、それを思いも寄らぬ形で応用・発展させている。一人の科学の子として目から鱗が何枚も落ちました。大本営にはマインドハックの技術体系をまとめた資料がありましたよね。閲覧して良いですか? 私が元祖マインドハッカーだからといって、後発者の発想が優れていないわけではない」

「もちろん。好きなだけ閲覧してくれたまえ」

「ありがとうございます」

中元寺提督個人に対しては色々と思うところができてしまったが、それでも彼の得た技術に対してだけは敬意を払っても構わないだろう。

日下部にとっても自身の原点を見つめ直す、ちょうど良いきっかけになりそうだ。

 

「ところでマコ、話は変わるけど。これ、きっとキミのところの川内くんは指摘してくれないだろうから、僕が言っちゃうけどさ」

「なんでしょうか?」

モーリアックの声色が変わったことに気付き、視線を向け直す。

そんな訝しむような日下部に対し、

 

「キミ。中元寺鎮守府の大淀くんに、惚れただろ?」

自我の奥深くを真っ直ぐ貫くように、モーリアックは容赦ない言葉をぶつける。

 

「……、お見通しですか」

恋をして、直後にその相手を自分で解体した。

 

「意志が強くて、自分の好きな物をはっきりと主張できる。報告を聞くだけでわかる、キミの大好きなタイプだよね。リスブランとの一件がなんとか円満に解決した直後だというのに、また新しい傷作っちゃって。僕もキミに傷を付けた一人ではあるけどさ、キミ、ちょっと傷を増やしすぎじゃないか?」

「いいんですよ。私だってきっと、色んな人を傷付けている。恋ってそういうものじゃないですか?」

「……そっか」

意図的な寝取りだけはしないつもりでいるが、自分の知らないところで誰かを傷付けてしまうことまでは避けられないだろう。

川内、金剛、秋雲、赤城、青葉、ゴーヤ。

阿賀野、時雨、日向、ジャーヴィス。それにこれからも増えていくであろう嫁艦候補たち。

彼女たちもその周囲の艦娘たちも、ここまでたくさん傷付けてきたし、これからも傷付けることになるだろう。それでも、誰かを好きになること自体はきっと止められないのだ。

 

「そういうことなら、中元寺鎮守府で見付けた携行型MM機関の提出は免除してあげるよ」

「良いのですか?」

「本来なら良くはない。ただし報告書を見たところ既存の技術を組み合わせただけで、特に斬新な技術が使われているわけではない。だから同じ物をこちらで用意するのは簡単だからね。なら『あの携行型MM機関』に特別な意味を見出している人の元に残してやったって、同じことさ」

情実と言えば情実な措置ではあったが、日下部を気遣ってのことであるくらいは理解できた。

 

「ありがとうございます」

だから先天性の共感性欠如(サイコパス)であっても、ここは素直に頭を下げておくべき場面だろう。

 


 

大本営の資料室に行けば、マインドハックの技術史に関する資料はすぐに見付かった。

発明者として自分の名前がしっかり載っていることに、日下部は思わず苦笑する。

当時、マインドハックで日下部がやったことを裁ける法は存在しなかった。つまり公的には日下部は犯罪者ではなく、ゆえに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として資料に記載されている。

 

「美奈子や浅葱、エミリーの名前が載ってないだけマシと思わないとか。彼女たちは純然たる被害者だからなぁ」

高校生の頃、マインドハックを使って不自然な形で肉体関係を持っていた、三人の女性たちの顔が脳裏に浮かぶ。

タワーマンションの隣室に住んでいた主婦、村竹美奈子。

高校時代の同級生、吉岡浅葱。

一年ほどの中期留学で日本にやってきたアメリカ人、エミリー・ローレンス。

誇張なく毎日、十代の性欲に任せて好き放題彼女たちの身体を貪っていた。

連動して下半身も反応しそうになるが、そんなことをするためにここに来たわけではない。日下部は必死に理性で欲望を抑え込み、資料をめくる手を進める。

 

「マインドハックの対抗策としてロゴスが発明した技術が、攻性想念防壁(マインドウォール)防性想念防壁(マインドバリア)だな」

技術の継承発展は、改良という形で行われるだけでない。ある技術の対策として、別の技術が発展することもある。

 

「『対象にあらかじめ特定条件下で暴走する想念の塊を仕込んでおき、マインドハッカーの自我を焼き尽くす』のが攻性想念防壁(マインドウォール)

春イベにおいて、ルンガ沖重巡棲姫にも仕込まれていたもの。

あの時に流し込まれた負の想念は、生まれつき他人の感情を理解できない日下部だから子守唄のように受け流せたが、通常の人間が何の対策もせず浴びたら自我が崩壊していておかしくなかった。

 

「『想念の流出・流入を阻害する障壁を展開する』のが防性想念防壁(マインドバリア)

艦娘の同艦交信や聖守護天使の契約における想念交信で、不要な想念を相手に渡さないように展開する想念障壁に似たもの。

マインドハックを防ぐだけでなく、攻性想念防壁(マインドウォール)から自我を守る際にも使える。

 

「あとは元帥の改良した、生命の樹(セフィロト)の概念の導入」

カバラというオカルト大系において、「神から流出した神性が人間に辿り着くまでの設計図」を示した概念が生命の樹(セフィロト)だ。それを逆に辿ることで、人間でありながら神の領域に至ることができる。

 

「艦娘という『広義の神』に干渉するためには、最適な概念だよな。この辺りはさすが元帥だ」

本来は人間を表すマルクトから神であるケテルまで、10個の領域(セフィラ)を順に辿っていくものなのだが、隠された11個目の領域(セフィラ)であるダアトを通り、中央に位置する「均衡の樹」を直進することで、ケテルに至る段階を大幅にショートカットができる。

ただしダアトは「知識」を司るセフィラなので、余人では到達できない。ここを通るには優れた知識……言い換えれば、卓越したマインドハックの腕が求められる。

日下部はマインドハックという技術そのものの発明者であり、日想研時代にオカルトの知識を学んでいるので当然それが可能だが、通常の提督ができるかと言われればまず無理だろう。

逆に言えば、これができたという中元寺提督はかなりの技術を持っているということになる。

 

「さて、資料から得られる情報はこんなところか」

日下部は満足して資料を閉じる。

たった今得た知識を整理しようと、脳内に思考を巡らせていたら、

 

「あれ……?」

不意に、脳裏に天啓とも呼べる閃きが走った。

 

攻性想念防壁(マインドウォール)は『対象にあらかじめ特定条件下で暴走する想念の塊を仕込んでおく』んだよな? 本来は負の想念を仕込んでおいて、マインドハックを仕掛けてきた者の自我をカウンターで焼き尽くすんだが、別に負の想念しか仕込めないわけじゃない……よな……?」

特定条件下とは、果たしてどんな条件を指定できるのだろう?

 

「もし、私の考えている通りの条件を指定できるのであれば。『中元寺鎮守府の翔鶴』は……あいつでいいってことになるんじゃないか!?」

それは艦娘運用体制の間隙。まさしく悪魔的と呼ぶに値する所業だった。

斬新な新技術など使わずとも、既存の技術の組み合わせで行える完全なるトリック。

 

「憶測で問い詰めても、翔鶴は絶対に認めないだろうな」

認めさせるには、何か決定的な証拠が必要だろう。

だがもう秋刀魚祭りと秋イベは間近に迫っている。

 

「仕方ない、当分は保留するしかないか」

日下部はこの件は記憶の片隅に留めて、ひとまず目の前の提督業に集中することに決めた。

 


 

ちょうどその頃。

横須賀沖のショートランド人工島に存在する日下部鎮守府の執務室を、一人の艦娘が訪れていた。

 

「五航戦・翔鶴、帰投しました」

「お帰り、翔鶴さん」

日下部は不在だが、秘書艦である川内が出撃の労をねぎらう。

提督代行を務める大淀に一通りの報告を済ませたところで、翔鶴は部屋の片隅に小さな機械が存在することに気付く。

 

「あら、それは?」

「ん? ああ、携行できるサイズに改良したMM機関だよ。なに、気になる?」

「そうね。見慣れない物だったから」

微かに微笑んで言う翔鶴の様子には、特に不自然なところはないように思える。

 

「それだけ?」

「ええ、それだけよ?」

「そうですか……」

川内は露骨に落胆した様子を見せた。

どんな反応を求められていたかは大体想像が付く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

――たとえ愛する「提督」が発明した、大切な機械であると気付いていたとしても。

 

(「提督」。託された物の大切さはわかりますが、こんなやり方じゃなくても良かったんじゃないですか?)

執務室を退室し、自室へと向かう廊下をゆっくり歩きながら、翔鶴はその概念核の中に思考を走らせる。

 

(今の提督は、決して悪い人ではありません。指揮官としてはとても信頼できる方です。それに艦娘という種族全体への愛は、もしかしたらあなたより上なのではないかしら?)

日下部鎮守府の艦娘であること、そのこと自体に不満はない。

艦娘を轟沈させるようなこともなく、指揮統率も発展途上ながら磨けば光る素養はある。

愛が多いことだけは少し閉口しないでもないが、それは裏返せば艦娘という種族を広く愛してくれているということ。

だが指揮官としての信頼と、愛はイコールではない。

 

(それでも私が愛しているのは、あなたなんです。どうしてあなたのいない世界に、私はまだ在り続けないといけないのですか?)

共に生き続けることが叶わないなら、せめて一緒に終わりたかった。

否、終われたはずだった。

 

(ねぇ、國彦さん……!)

中元寺國彦の元秘書艦である正規空母・翔鶴は、ロスト・アドミラルによる自己解体を経てなお、かつての主を記憶に残したままここにこうして存在していた。




※中元寺鎮守府編、最終話です。
予想されていたかとは思いますが、「中元寺鎮守府の翔鶴」は彼女です。なぜ記憶が残っているかはちゃんと理由を用意してあります(大本営の消し忘れ、ではありません)。

ロスト・アドミラルについて。
「艦これのゲームデータを消去した(=提督が死んだ)」後の艦娘は、物語的にどう捉えたらいいだろう、というところから決まった設定です。もちろん物語上では提督が一人いなくなっても世界そのものは続きますので、こんな扱いになりました。
そしてわざわざ設定として用意した以上は、お話に組み込まないわけにはいきません。
ちなみに艦娘は無論、一般の提督もこの習性を知りませんので、「痴情のもつれで提督が死んでロスト・アドミラル」というケースはあったりします。本作の艦娘は「異様に物分かりが良い」のが特徴ですが、限度はあったりします。某潜水母艦ですとか。

艦これ本編、冬イベお疲れ様でした。
当方は資源をほぼ使い果たしましたが、掘りでかなり満足の行く結果を上げました。
4月初頭は出撃を抑えて資源の回復に努めますので、SSに割ける時間も少し増える予定です。

本話にて「2045年の海で/秋」章が終わり、次話からは「2045年の海で/晩秋」章が始まります。
メインは秋刀魚祭りおよび秋イベ(海上護衛!本土近海航路の防衛)の話です。
リアルタイムとの時差は5ヶ月以上に広がっていますが、なんとか更新していきますのでよろしくお願いいたします。
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