日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


2045年の海で/晩秋
4000年と2045年 2


思考はそのままではいわば不透明でぼやけている。哲学はそれを明晰にし限界をはっきりさせねばならない。

――ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン

 

 

秋風に冷たい物が混ざり始めたこの時期、昼下がりから湯船に身を浸すのは十分な贅沢と言えるだろう。

そんな栄誉に浴することを許された艦娘が二人。

 

Guten Tag(こんにちは).日向さん、また会いましたね」

「こんにちは、はち。そうだな、久しぶりだ」

潜水艦・伊8と航空戦艦・日向は挨拶を交わす。

二人がこうして入居施設で顔を合わせるのは初めてではない。春イベよりも前、この鎮守府が立ち上がって間もない頃にもこうして一緒に湯に浸かったことがある。

二人はしばし無言で手足を伸ばし、肉体に蓄積した疲労の回復に努めていたが、

 

「ねぇ日向さん、夏イベの辺りで、提督と何かありましたか?」

不意に伊8が日向にそんな言葉を投げかける。

ずっと気になっていたが聞くに聞けないことを、良い機会だからと尋ねた……そんな感じだった。

 

「む、わかるのか。まぁおかげさまでそう悪くないことになった」

日向は思わず舌を巻く。普段から難しいことばかり考えていて、浮ついた話は苦手な自分と同じタイプかと思っていたら、なかなかどうして目ざといことだ。

 

「ああ、やっぱり恋だったんですね」

「そうだな。認めるのも向き合うのも大変だったが、君も含めて色んな人に背中を押されて、ようやくなるようになったよ」

「ひとまずは、おめでとうございます?」

「まぁ、そうなるな。ありがとう。だが私の順番が来るまでは、少し長そうだ」

最初の嫁艦候補六人の中でも、まだ川内としかケッコンは成立していない。金剛については間もなく始まる秋イベの途中でケッコンに至れそうではあるが、だとしてもその後にさらに四人。その上、さらに阿賀野が控えている。

おそらくこの2045年中に、自分が日下部とケッコンまで行くことは難しいだろう。

 

「『女にとって恋愛は生涯の歴史である。男にとっては単なる挿話にすぎない』ってところですか」

日向の語る日下部の恋愛事情を耳にした伊8は、そんな言葉を口にする。

 

「それはまた、苦笑したくなるような名言だな」

「でもこれ言った人、川内さんにも負けないくらいに行動力があって無茶する人なんで、日向さんは真似しない方がいいとは思います」

「おや、そうか? 普段は提督を困らせたくないだけで、私もやる時はやるつもりでいるが」

あの夏の終わり、日下部に愛された夜のことを思い出すと今でも胸が高鳴る。日下部の嫁艦候補たちのルール上は浮気に当たってしまうので、あまり大々的に吹聴するわけにはいかないのだが。

少しだけ蕩けたような表情を浮かべた日向の顔を、伊8は訝しげに見詰めながら、

 

「そんなに行動力があるのなら、どうしてあんなに提督さんへの気持ちを認めるのを渋ってたんですか?」

もっともと言えばもっともなことを言った。

 

「それは……」

「そうですね。はっちゃん、ツルツルした氷の上から、ザラザラした大地に戻ることにします。歩くためには摩擦が必要ですから。日向さん、提督の研究にどういう風に関わっているんですか?」

伊8の赤縁眼鏡の奥で、その翠の瞳が一瞬光ったような気がした。

 

「提督が夏イベの時にいきなり超人(ポストヒューマン)になりましたけど、モデルにした艦娘が伊勢型って……要するに、日向さんが関わってますよね。でないと、いきなりお二人が近付いた理由がわかりません。まぁ一般の艦娘には話せない情報ってのもあるみたいなので、そういうものなら諦めますけど」

先程のわずかな話から筋道立てて論理を導き、伊8は日向の茶色の瞳を真っ直ぐ見据える。

 

「これは、驚いたな」

素直な感想が、口から飛び出した。

伊8の聡明ぶりに……そして、

 

「なにがですか?」

「提督の発言に、だ」

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「提督からは『はっちゃんはいずれお前に対して、今私たちがやってることに関して聞いてくるだろう。そうしたら包み隠さずすべて話してやれ』と、言われている」

「……!」

「あの提督は、自分の意志で何かを願う者が好きなんだよ。人間でも、艦娘でもな」

驚きに目を見開く伊8の顔に、日向は若干いたずらっぽい笑顔を浮かべて、

 

「さて、はち。かつて私が提督に問われたことを君に問おう。君には二つの選択肢がある。一つは今の会話をすべて忘れて日常に戻ること。そしてもう一つは、このまま扉の先に進むこと」

「もちろん聞きます。その覚悟ならさっき済ませました」

ここまで来て引き下がるわけがない。

そもそも未知が怖いなら、普段から本の虫をやったりなどしないのだ。

 

「これは失礼。ならば伝えよう。私たちがやっていることは、一言で言えば『神々の指紋の逆行工学(リバースエンジニアリング)』だ」

「神々の指紋……?」

20世紀末、イギリスの作家が著した超古代文明に関する本の名前が出てきたことに、伊8は訝しんだ声を上げる。確かあの本は、どちらかと言えばトンデモ本の類だと評価されていたはずなのだが。

 

「ああすまない、提督の表現をそのまま使ってしまった。我々のやっていることはその本とは直接関係ない。少なくとも、『超古代文明の研究』ではない」

「あ、良かった」

あからさまな安堵の様子を見せる伊8に対し、日向は少しだけ不敵な笑みを浮かべて、

 

「だが。超古代文明でなくとも『神々の指紋』は存在する。世界各地の神話や伝説といったオカルト、それ自体が地球意志という神が残した指紋だ。我々はそれを研究し、MM技術という科学で再生産する」

「地球意志が、神、ですか……?」

「私も受け入れるのに、結構時間がかかったんだがな。だが、ここを否定すると絶対に理解はできない。だからひとまず受け止めてくれ」

そして日向は、ひとつの言い回し(フレーズ)を紡ぐ。

 

「――ようこそ、形而上学の完全勝利した時代へ」

それはかつて、日下部がウォースパイトとガングートに対して向けた言葉。

伊8はそれを無言で受け止める。わずかな時間を咀嚼に費やし、そして理解して嚥下した。

その上で真っ先に返した言葉は、

 

「提督ならドヤ顔で言いそうですけど、日向さんはものすごく恥ずかしそうですね?」

「実際恥ずかしい。伊勢の奴には絶対見せたくないな、この姿。提督の自我の強さには舌を巻くばかりだ。……そういうところも、悪くないが」

「ごちそうさまです」

赤縁眼鏡の奥の瞳を呆れたようにジト目にすぼめながら、伊8は乾いた笑顔を浮かべた。

 


 

「日向さんと提督のやってることは大体理解できました。『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』ということですね」

日向から一通りの説明を受けた伊8は、執務室の日下部の下を訪ねていた。

自分が事情を聞いたことを告げた後、それに対する感想としてそんな言葉を引用してみせる。

 

「お。そこでクラークの第三法則がさらっと出てくるのは、なかなかに頼もしいな。お前、哲学メインじゃなかったの?」

日下部は伊8が口にしたとあるSF作家の名言に、思わず顔を綻ばせる。趣味の話が弾む相手というのは、なかなかに貴重だ。

 

「このくらいは有名ですから。それにあの人、半分哲学に踏み込んだ作品を書いてるじゃないですか」

「『幼年期の終わり』な。あれはクラークの作品の中でも好き嫌いが分かれる方だが」

「確かに日本人には受け入れがたい結末ですよねぇ。西洋の伝統的な価値観に寄った作品だとは思います」

日下部は膝を打つ。完全にその点は同意だ。グノーシスや新プラトン主義といった極端な教派でなくとも、西欧思想の中心に長らく在り続けたキリスト教そのものが、現世に対して否定的な教義をしていることは否めない。

 

「ところで地球意志が『神』というのは一応理解しました。けど、世界各地のオカルトが『神々の指紋』というのは、どういうことですか?」

「オカルトは神が実在することを前提に構築されている。そして地球意志という神が実在する以上、オカルトは全てではないにしろ真実を語っていることになる」

現代においては、唯物論こそが誤りだ。

精神、魂、観念(イデア)本質(ウーシア)形質(ヒュレー)可能態(デュナミス)高次の自己(ハイアーセルフ)……オカルトの種類によって呼び方こそ違えど、これら形而上(物質ではないもの)の概念は、間違いなく存在するのだ。

 

「しかしオカルトの方法論では、それが真実であると証明できなかった。地球意志の実在証明はMM技術や修正ガイア理論といった科学の発達、何よりお前たち艦娘が人類の前に登場するのを待つ必要があった。では、なぜそんな『前提が誤っているのに、結論だけ正しい』概念を、人類は古代から唱えることができたのか?」

世界各地に残る神話や伝説などのオカルトは、民族ごとに後から個別に付け加えられた要素を剥ぎ取っていくと、概ね二種類の形態に収束するという。

俗に「世界共通神話」と呼ばれる考え方だが、なぜ遠く離れた別々の民族に、似たような神話が伝わっているのか。

 

「もちろんさまざまな仮説があるが、私と元帥の至った結論は『地球意志が人類に対し、それらのオカルトを伝えた』というものだ」

「それは……」

「ん、さすがに信じられないか?」

「そうですね。正直なところ、一応は科学者である提督からそんな言葉が飛び出してきたことに、はっちゃんは驚いています」

不興を買うことも恐れず、伊8は率直な意見を述べた。

日下部はそんな態度に怒るでも不満を抱くでもなく、逆に満足そうに頷く。

 

「忌憚のない意見をぶつけてくれるのはありがたいな。なら私も答えよう」

そうしてにやりとした笑みを浮かべると、

 

「なぁはっちゃん。目の前の状況を、過去の誰かの言葉が的確に表していると感じたことはないか?」

「……!?」

「あるはずだよな。()()()()()()()()()()

SF作家アーサー・C・クラークの言葉を引用してみせたのは、他ならぬ伊8だ。

それだけではない。日下部は預かり知らぬことだが、伊8は日向との会話において、フランスの女流作家アンヌ・ルイーズ・ジェルメーヌ・ド・スタールの言葉を引用している。

 

「いわゆる『天啓』というやつだ。もちろん歴史に残るような名言ばかりではない。虫の知らせとか予感とか、人間が思うよりずっと頻繁にこの天啓は起きている。多くの状況下において我々が気付いていないだけで、4000年と2045年の人類史には真実の叡智が濃縮して詰まっているんだよ」

人類の誕生そのものはもっと古い。艦娘と異なり、人類は大いなる知性による創造(インテリジェント・デザイン)ではなく自然選択による進化によって、今のカタチを獲得した。だがその人類が文字によって自らの歴史を記録し始めたのが、(諸説はあるが)紀元前4000年頃とされている。

艦娘は地球意志が直接創造した種族であるため、地球意志との明確なリンクを持つ。

だが、人間とて地球意志の被造物だ。艦娘ほど直接的に地球意志と繋がってはいないが、完全に繋がりが断たれたわけではないのだ。

 

「……」

伊8は日下部の言葉を、値踏みするような表情で聞いていた。

 

「提督は、はっちゃんに何をお望みですか。ウォースパイトさんやガングートさんのように、神話や伝説に詳しいわけではありませんよ?」

「哲学とは曖昧な形而上の概念にカタチを与え、理解できるようにするための学問だ。想念を実際に物質化できる現代においては、その工学的デザインに大いに役立つだろう。私だってそれなりに詳しいつもりだが、考える頭はいくつあったって困らないさ」

「『船頭多くして船山に登る』ってことになりませんか?」

「船頭は私だよ。そこは譲らん。ただお前には、船頭に助言を与える存在……水先案内人を務めてもらいたいんだ」

「ああ、なるほど」

伊8は膝を打つ。なるほど、それなら先程批判的なことを言った自分に対し、嬉しそうな様子を見せた意味も理解できる。

 

「そういうことなら、喜んで引き受けます。それに単純に、ニーチェやヴィトゲンシュタインのお話ができるのは嬉しいですしね」

「おお、ありがとう。いいな、存分に話そうじゃないか」

そこまで言ったところで、伊8はふと気付く。

この提督は、「自分の好きな物を好きと言える女の子」が好きだったはずだ。あまり夢中になって哲学の話をしてしまうと、もしかしてあの大変面倒臭そうなハーレムに巻き込まれてしまうのでは……?

提督のことはそんなに嫌いではないが、そんな事態になったら読書をする時間が減ってしまうではないか。

 

「やっぱり、程々にしておきますね」

「そ、そうか?」

若干残念そうな日下部の様子に少し罪悪感が湧くが、仕方ない。

恋も戦いである以上、戦闘があまり好きではない自分が前に出るべきではないだろうから。




※今話は「4000年と2045年」シリーズの第2話ですが、実質的に「艦娘たちのザラザラした大地 -日向と伊8の場合-」の続きとも言えます。
この作品で各話冒頭に名言を引用している理由をようやく書けました。別になんとなく引用してたわけではないんですよ。
なおはっちゃんの引用した名言ですが、日向に言ったものは「続・適材適所は難しい 表」の冒頭で、日下部に言ったもの(クラークの第三法則)は「2045年 2」の冒頭で使っています。

伊8について。
艦これ本編だと「本の虫」という設定だけで、どんな本を読んでいるかは不明ですが、本作においては哲学系の本を好んでいるという設定です(「艦娘たちのザラザラした大地 -日向と伊8の場合-」でも書きましたが)。
素で哲学気質の日向と話が合うのは自然ですね。そしてそれ以上に、日下部と話が合います。
ちなみに「本好きで博識」以外にも日下部との共通点はあるのですが、その辺はクリスマスの時期まで作中時間が進んだら書く予定です。

次話からは秋刀魚祭りが始まります(ようやく)。リアルタイムとの乖離が激しいですが、少しずつ書き進めていきたいと思います。
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