日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

86 / 232
※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


帰ってきた鎮守府秋刀魚祭り -生きてる魚を見たことありますか?-

作家は、羊の肉がどんな味であるかを書くために一頭の羊全部を食べる必要はない。カツレツ一枚を食べれば十分だろう。しかし、それだけはやってみなくてはならない。

――サマセット・モーム

 

 

「マジか。本当に秋刀魚漁が始まった」

10月29日。日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」の司令室。

モニター内には釣り竿や投網、クーラーボックスを持った艦娘の姿が映し出されている。

おまけに後方には、数隻の民間漁船が待機している。艦娘が海域の安全を確保したら、進出して漁を行う手筈となっている。人類そのものの規模が縮小しているとはいえ、現代の水準としてはかなり本格的な漁業支援と言えた。

 

「なんでこんなことをする必要があるんだ……? わざわざ漁しなくとも、秋刀魚の魚肉をMM機関で出せば良くない? 生物は出せないけど、生物の肉は食糧だから出せるし」

「割とドン引く発言なんだけど。これが現代っ子かー」

隣でその発言を聞いていた川内が、呆れたように言った。

 

「うっ。大正の女がマジ引きしてる」

「生命の価値を見つめ直す良い機会だよ?」

ジト目にすぼめられた瞳を向けられても、本当にピンと来ないのだから仕方ない。

 

「20世紀後半以降は『飽食の時代』って呼ばれてたらしいけど、こちとらそれ以上に物質的に満たされた『停滞の時代』出身だぞ」

2025年に起動した高次AIロゴスがMM技術をもたらしたことにより、世界の資源問題は永遠に解決した。

新冷戦末期にいくつもあった第三次世界大戦の危機を、MM技術の普及による世界各国の国力平準化が回避させた。

それどころか従来の市場経済システムですら、一度は機能停止した。初期のMM技術は特に使用に制限を設けられていなかったため、全人類が物質的恩恵に好きなだけ預かることができたのだ。もちろん品物と交換するための共通価値としての貨幣は残ったが、従来のような大規模経済は成立しなくなった。

マインドハッカー事件を契機としてロゴスが世界の実権を握った際、MM技術の使用に制限を設け、代替として基本所得保証(ベーシックインカム)を前提とした市場経済システムを復活させたのだが、それはわずか五年前の話でしかない。

つまり2018年生まれの日下部のような世代にとっては、

 

「小学生になる頃には、欲しい物はなんであれMM機関で出せたんだ。だから今でも、モノ消費って概念がまるでピンと来ない」

「だからいつもプレゼントする時、何が欲しいか直接本人に聞いてるんだ」

「そうそう」

相手が何を欲しいか考えて、気持ちを込めてプレゼントする……そんな感覚を比較的当たり前に持つ川内にとって、日下部の態度は歯がゆく感じられるものだったのだが、そもそもここまで育った文化が違うのであれば仕方ないだろう。

とはいえ、

 

「まぁでも、また時代は変わったわけじゃん? 想念力も軍需優先で民需に回す分は制限されてるわけだし、天然の食糧を漁でまかなえるならその方がいいでしょ」

などと意見を述べたところ、日下部に驚愕の表情を浮かべられた。

 

「うちの嫁がめっちゃ知的になってる件」

「むきー! 今まで何だと思ってたの? 夜戦バカだけど本物のバカじゃないよ」

「いや、バカとは思ってなかったけど、意外ではあったんでな。うん、すまん。お前の言う通りだ」

実際に大本営もそう判断したから、この漁業支援に力を入れているのだろう。娯楽の少ない現代において、擬似的な催事に仕立てているという理由もあるだろうが。

 

「秋刀魚漁支援、頑張ろうな」

「よし、その意気! ところで大本営、というかモーリアック元帥から伝達来てるけど」

「お、なんだ?」

「『全身が金色の秋刀魚が獲れたら、必ず提督自身で生きたまま大本営に運搬するように』だってさ。これ秋刀魚祭りのたびに毎回必ず伝達出るんだけど、獲れたこと一回もないんだよね。結局何なんだろう」

川内は首を傾げる。だが日下部は対照的に、

 

「金色の、秋刀魚ぁ? うわぁ。これってますますあれだよなぁ。どうせ元帥が作ったんだろうけど、ちょっとアイルランド人に謝る準備しといた方がいいんじゃないか……?」

「アイルランド……?」

あの長谷川鎮守府での一件の最後にも、日下部はそんな話をしていた。

地球の裏側にある島国と、この秋刀魚漁に一体どんな関係があるというのだろうか。

 


 

「お、日付変わったな」

深夜、日下部の部屋。

夫婦の営みを一戦終えてのんびりしていた日下部は、時計の針が零時を回っていることに気付く。

 

「川内~」

「なに? もう一戦?」

ベッドの上、ぴとっとくっつくようにして営みの余韻に浸っていた川内は、名前を呼ばれて日下部の顔を覗き込む。

もう一戦……は心惹かれる提案ではあったが、日下部が声をかけたのはそれが理由ではない。

 

「お誕生日、おめでとー!」

言いながらむぎゅっと抱き寄せる。

そう、日付変わって本日は10月30日。川内の進水日、つまり誕生日だ。

 

「覚えててくれたの!?」

「当たり前じゃん?」

「だ、だって、誕生日プレゼント何欲しいか聞かれてないよ? 昼間もその話したけど、他の子には何が欲しいか必ず聞くのに」

あの時、催促する気持ちがなかったとは言わない。

そして夜戦のために部屋に呼ばれた瞬間も、実のところ期待してはいた。

だが結局何が欲しいか尋ねられることなく夜戦に突入し、半ば諦めてはいたのだ。

 

「プレゼントはモノ消費だけど、サプライズでプレゼントすることはコト消費じゃん?」

いたずらっぽい笑顔で日下部は言うと、身を起こしてベッドから下りる。

机に歩み寄ると引き出しを開き、白い包装紙に包まれた小さな四角い箱を取り出した。

 

「お前に喜んで欲しくて、さ。何がいいか一生懸命考えて、金剛にも相談して選んだんだぞ。はい、どうぞ」

「あ、開けていい?」

「もちろん」

日下部の許可を得た川内は、包装紙を丁寧に剥がしていく。相変わらずガサツそうでいて、こういうところはそつなく女子力が高い。

やがて中から現れた装飾品を見て、

 

「わぁ、綺麗な星型の髪留め……!」

「月型だと睦月型と被りそうだったんでな。普段の忍者装束っぽい格好にはあまり似合わなそうだが、私服には似合うんじゃないかと」

「ありがとう……! 大事にするね!」

感極まって、目元にうっすら嬉し涙がにじんでいた。

一度はもらえないものと諦めかけていたこともあって、より一層嬉しさが胸から溢れてくる。

 

「おう! 喜んでもらえたなら良かった。自分で何をあげるか考えて贈り物するのって本当に難しいけど、案外悪くない感覚だな」

慣れないのは確かだが、この表情を見られたならば頭を捻った甲斐はあったというものだろう。

これなら次も、同じようにしてもいいかもしれない。

――ちなみに「次」とは来年の川内の誕生日はもちろん、他の嫁艦候補たちの誕生日のことも含んでいるが、さすがにそれを口に出して言わない程度の分別はあった。

 


 

夜が明けて、10/30の北海道沖。

幌筵(パラムシル)島周辺ほどではないにしろ、ここまで来れば周囲の風は十分すぎるほど冷たい。

 

「Burning Looove!」

そんな北の海で咆哮と共に放たれた金剛の砲撃が、敵艦隊の旗艦を吹き飛ばした。

 

『お、ナイススナイプ! もう一回出撃かと思ってたが、よくやった金剛!』

通信機越しに聞こえてくる日下部の声も、喜色に満ちたものだった。

僚艦がまだ2隻海上に残存しており、旗艦を庇うような艦隊運動を取っているにも関わらず、その合間を縫うようにして敵旗艦に直撃させたのは見事と言う他ない。

旗艦を失った深海棲艦たちは、散り散りになってどこかへと消えていく。

やがて十分に安全を確保できたと判断したところで、

 

「よーし艦隊、秋刀魚漁始めるデース!」

金剛の号令と共に艦娘たちは陣形を崩し、思い思いの位置で釣り竿や網を展開し始めた。

率直に言って、あまり手慣れているとは言い難い。何しろ熟練の艦隊と違って、今回初めて秋刀魚漁を経験する艦娘ばかりだ。Верный(ヴェールヌイ)や曙などは格好だけは様になっていたが、技術の方はまだまだ発展途上といったところだろう。

とはいえこの秋刀魚漁はしばらく続く。何度も出撃を繰り返していれば、じきに慣れてくるはずだ。

 

「Hey提督、新鮮な秋刀魚が獲れマシター! 持って帰るから食べて下サーイ!」

艦娘たちは、不慣れながらも幾ばくかの漁獲を上げることに成功した。

 

『お、ありがとう。期待しているぞ』

日下部の声が通信機から流れた直後。

金剛の視界の片隅に、海面下で輝く黄金色の光が飛び込んできた気がした。

 

「北上! そこデース!」

慌てて最も近い艦娘に声をかける。

そのことに気付いたわけでもないのだろうが、光は急速に動きを速めて艦娘たちの前から遠ざかろうとしていた。

 

「そっち行ったよ木曾っち!」

「おっと、すばしっこいな!」

艦娘たちは右往左往するが、通常の秋刀魚ですら四苦八苦しているような技量では、到底その動きを捉えるには至らない。

やがてその輝きは完全に水面下に没し、見失ってしまう。

 

「あーん、逃げられた……」

夕張が残念そうな声を上げた。

 

『まさかの、金色の秋刀魚か?』

「多分そうデース……実在するデスネー」

金剛の言葉に、日下部は思わず眉根を寄せる。率直に言ってここまでは半信半疑だったが、実在するとは本当に驚きだ。

とはいえそれが存在することと、実際に捕獲できることは別の話だ。現段階では、そこまで執着するほどの理由もない。

 

『うーん。またチャンスはあるだろ。とりあえず艦隊、散開して民間漁船の護衛任務に移行せよ。漁船にはこちらから通信を入れる』

「了解! 全艦、散開するデース!」

金剛の号令一下、艦娘たちは漁場を民間漁船に譲り、広い範囲へと散らばって周囲の警戒へと移行する。

海産資源は日下部鎮守府だけでなく、広く人類全体の物だ。そして艦娘たちの前世の時代から、漁業支援は立派な海軍の仕事のひとつだったのだ。

 


 

「川内川内、この秋刀魚生きてるよ!」

「当たり前でしょ?」

「当たり前じゃないんだよ、私たちの世代にとっては! あー。なんか感動する……」

自室のキッチンのまな板の上。ぴくぴくとした動きを見せる秋刀魚を前に、日下部は興奮に満ちた声を上げる。

艦娘たちが自分で釣った分、そして民間漁船の漁獲高から割り当てられた一定量の魚は、秋刀魚であれそれ以外の魚であれ、艦隊に食糧として納入されていた。

この秋刀魚祭りの期間中は、天然物の魚を口にする機会も増えることだろう。

 

「いいけど、これから殺して食べるんだよ?」

「……うっ」

川内の指摘に、思わず日下部は硬直する。

言われてみるとその通りだ。別に抵抗感があるわけではないが、なんだか冷水を浴びせられたような気分になったのは確かだ。

 

「なんで28歳のケッコン相手に食育してんの、あたし」

呆れたように呟く川内だったが、こればかりは仕方ないだろう。

魚を漁で捕獲する以外に魚肉の入手手段がなかった時代でさえ、「飽食の時代」には生きた魚を見たことのない者がたくさんいた。さらに時代が下って「停滞の時代」に至ると、そもそも生きた魚という概念そのものを意識せずとも人は生きられるようになった。

魚と魚肉をイメージ上でダイレクトに繋げられない世代というのも、確かに存在するのだ。

 

「とりあえず川内、捌き方知ってる? これをどうすれば、あの切り身になるか皆目見当が付かないんだけど」

「はいはい。きちんと三枚に下ろせるように教えてあげるよ」

川内の得意料理であるいわし団子は骨ごと食べるために叩き潰して作るわけだが、別に他の料理が作れないわけでもない。

それに日下部だって料理はできるのだから、ちょっと教えてやればコツはすぐ飲み込めるはずだ。

 


 

日下部が初めて魚を三枚に下ろしてから数日後。

昼下がり、執務室で書類仕事を片付けていた日下部は、ふとその手を止めて傍らで秘書艦業務に励む川内に目を向ける。

 

「誕生日の三日後が戦没日って、川内も難儀な経歴してるよなぁ」

そんな言葉が、思わず口を突いて出た。

川内も書類を整理していた手を止め、日下部を見つめ直した。

 

「そうなんだよね。だからこの季節は、どうしても複雑な気持ちになるかな」

軽巡・川内の進水日、1923年10月30日。

軽巡・川内の戦没日、1943年11月2日。

彼女が秋にメランコリックになるのには、きっとこの記憶が根底にあるのだろう。

 

「心の傷ってどうしても残るもんだけど、うまく折り合いを付けてて生きていくしかないよな」

「長谷川鎮守府時代はそれを紛らわすために、夜戦(意味深)に没頭してたんだけどね」

「それ今回も一緒ですよね!? 普段に輪をかけてえらい乱れてましたよね!?」

「てへっ☆ おかげで、ちっとも辛くなかったよ」

川内はからっとした笑顔を浮かべる。

 

「まぁ、塞ぎ込むよりはずっといいわな。お前にはいつも笑っていて欲しいよ」

まったく、昨晩の痴態を思うと別人としか思えない。そういうところも魅力ではあるのだが。

 

「ところで、夜戦って誰とよ? 長谷川とはシてなかったはずだよな?」

「駆逐艦の子には結構モテたから、その時々で違ったなぁ」

「おう。うちじゃ考えられんな」

「ここじゃさっさと提督とくっついちゃったからね。正直あの頃ほどはモテてない。ハーレム状態になってるところに無理やり突っ込んでくるのって、それこそ比叡さんくらい根性ないと無理じゃない?」

「比叡はまぁ、躊躇なく恋のライバルって言うからなぁ」

日下部は思わず苦笑する。

 

「しっかし本当に独占欲ないんだねぇ。普通、昔の恋愛遍歴とか聞きたくないもんじゃない?」

「すまんなそういう性癖で。私は何かを好きな子が好きなんで、それが『私以外の誰か』でも別に構わないよ。勝手に恋するし、勝手にアプローチかけるから。でもなんかいつも気付くと元の恋人じゃなくて、私とくっついてるんだよなぁ」

「うわっ、タチ悪っ! え、マインドハックで無理やり寝取ったんじゃなくて?」

「そういうのは、最初の三人でやめました」

残念ながらマインドハックは、エロ漫画によくある催眠アプリほど便利な代物ではない。

行使するには距離的な制約があるし、同時に一人ずつにしか行使できない。だから対象と周囲の認識に辻褄を合わせるのには、結構な苦労をする必要があった。

そういった点を面倒に思ったこと、それに何より、

 

「そんなもんなくても、酒飲んで愚痴聞いて雰囲気作って押し倒せば素で寝取れるしな。みんな最初は口だけ抵抗するんだけど、すぐに喜んでくれるようになるんだよなぁ」

「本当にタチ悪いね!」

「こっちは別に元の恋人との二股でも一向に構わないんだがな。私だって好きな子全員と付き合うし。でも世の中、同時に一人しか好きになれない子が多くてな」

「それが普通だと思う……」

「まぁ、そうなんだろうな。だからそういうことがわかってきてからは、寝取り自体を自重することにしてる。誰か他に好きな子がいるとわかってる相手には、アプローチをしないように心がけてる」

大井の件は、本当に事故だ。少なくとも日下部の物語(ナラティブ)においては。

そしてジャーヴィスが嫁艦候補に加わったことで、悲しみに瞳を曇らせた女王の姿を日下部は知らない。知っていたら、決して懐に入れようとはしなかったはずだ。

 

「だから中元寺鎮守府の大淀の時も……?」

川内は反射的にその言葉を口にしていた。

確かにその前提に立てば。近い過去、日下部が決してあの艦娘に自身の想いをぶつけなかった理由も理解できる。

 

「ご、ごめん! なんでもない!」

だが、そうだとしても。わざわざそれを口にする必要はなかったはずだ。

慌てて謝罪する嫁艦に、日下部は茫洋とした笑みを返す。

 

「……ああ」

自分の選択が正解であるかどうかなど、神ならぬ身に判断できるはずもない。

引き結んだ唇の中に、先日食べた秋刀魚の塩焼きのワタの苦味が蘇ってきたかのようで、日下部は思わず顔をしかめた。




※秋刀魚漁始まりました。秋イベとしての表記で言うとE1-1です。
とはいえ半分ほどは、川内の誕生日&戦没日の話になっています。ちょうどタイミングが重なっていましたので。
ちなみに本文中で曙について触れていますが、この時点での日下部鎮守府の曙は「改」です。改の時は格好こそ割としっかりとしてますが、まだまだ本を片手に釣っているような状態でした。この点、重要なのでご記憶下さい。

食育について。
さすがに「魚は生きている時から切り身の状態で、それがふよふよと泳いでいる」と思いこんでいる子供たち、というのは過去の笑い話になったと思いますが、一時期本当にそういう時代がありました。
その辺りから食育の重要性が叫ばれるようになって、状況は改善したと信じています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。