日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
わたし、おりこうな女になんてなりたくないわ。だって、恋に落ちたんですもの。
提督の執務室を出た後。
私は港へ続く道を、あてもなく歩いていた。
すごく、心がぐちゃぐちゃしている。
こんな時こそ何も考えず夜戦でもしたいのに。
陽はまだ高くて、思わず叫びだしそうになる。
――そんな時、不意に頭に思考が流れ込んできた。
『日下部鎮守府の川内、でいい?』
同じ名前を持つ艦娘は、同じ存在を核として成立するがゆえに、互いの想念を感じ取る能力がある。
――私もそういうことが出来るのは知ってたけど、実際に他の「川内」と交信するのは、これが初めてだった。
「ん……別の川内? 初めまして、かな?」
『初めまして。あたしは、長谷川提督の鎮守府にいる川内だよ』
「あたし」……?
同じ川内なのに、なんか変な感じ。私は「私」だけどなぁ。
まぁ、個性ってやつ?
「それで?」
『えっと……ごめん、そっちの提督とのやり取り、感じちゃった』
「んー……」
ちょっと恥ずかしい。
神通とか那珂に見られるよりも、別の「自分」に見られるのは、ある意味もっと。
「それで? よくも嫌な物見せたなー、って苦情?」
『突っかかんないでよー。これでも、責任感じてるんだからさ』
「責任……?」
嫌な予感。まさか。
『記憶、送るね……』
――交信している川内の、過去の出撃の記憶。
鎮守府海域がまだそう呼ばれる前、日下部提督が提督になる前の、私の知らない提督の姿。
ああ、……全部理解できた。
「そっか。私は提督にとって、……あなたの身代わりだったんだね」
『……! そんな言い方、酷くない!?』
「酷くない! どれだけ好意を向けられてても、その対象が自分じゃないって感じるたび、辛かったんだから……このくらい、私には言う権利あると思う!」
『うん、それは同情するけど。でも、それを実際に与えられたあなたには、そんなこと言って欲しくない!』
勘が鋭くて、意地っ張りで、ちゃんと周りの状況を計算した上で、それでも自分の感情を優先する。
そんな「川内」同士の喧嘩って、すごく不毛だと思った。
「私とあなたが、逆だったら良かったんだけどなぁ。私、提督とどう接したらいいか、もうわからないや……」
『川内……』
少しの間、重い沈黙。
けれども、それを突き破って伝わってきたのは――強い覚悟?
「ちょっと川内、何を考えて……」
『ごめん川内、一度交信切るね!』
あの川内、何を考えてるんだろう。
すごく嫌な予感がする。
――だって、私も川内だから。
「川内さん、どこ行くつもりだよ?」
「あちゃー、有明かー。見逃してくれない?」
長谷川鎮守府から日下部鎮守府まで、艦娘の脚力なら走って3時間。
誰にも気付かれない内に、終わらせたかったんだけど。
「冗談。川内さんも知ってるよな? 『艦娘は、発見した提督の鎮守府預かりとなり、原則として所属変更は認められない』って軍規」
「もちろん、知ってる」
「提督の実力以外の要因で艦娘の戦力に偏りが出来るのを防ぐ措置でもあり、同時に艦娘を使って、大本営に抗命する提督が出ないようにするための措置でもある」
……って、前に長谷川提督に聞いたことがある。
「だから、こっそり行こうと思ったんだけど」
「その結果、提督に迷惑がかかるって言ってんだよ。それはいくら川内さんでも、秘書艦として見過ごせねぇよ」
じりじり、と有明が距離を詰めてくる。
あたしは軽巡、あっちは駆逐艦。
けどあっちは提督とケッコンしてて練度も最高、一方あたしは改二にこそなってるけど、別にこの鎮守府ではそんなに育っている方じゃない。
「どうしても、わかってくれねぇかな。川内さん、夜戦バカだけど本物のバカじゃねぇだろ」
「それがさぁ、有明」
脚に力を込めて、地を蹴る。
さすがに出撃中じゃないから、艤装なんか装備してないけど。
それでも、負けられない状況ってある!
「あたしさ、自分で思ってたよりバカだったみたいなんだよね!」
拳を振り上げる。
有明が、防御のために身体に力を込めて、
――微かに硬直したその脇を、あたしは一直線にすり抜けて走る!
「くそっ……!」
「ごめんね有明、……ッ!」
あと少しで振り切れる、と思った瞬間。
横薙ぎに走った銀閃が、側頭部に深くめり込んで、身体が地面に叩きつけられた。
「ふぅ。正面から対峙している状況ならともかく、あれだけ有明に気を取られていたら、こんなものですわ」
軍刀を手にした長谷川提督が、動けないでいるあたしに近付いてくる。
こめかみに裂傷が走ってる。すごく痛い。
あたし、艦娘で良かった。人間なら絶対に死んでる。
「……提督、相変わらず人間辞めてるね」
「御冗談を。陽菜は長谷川家の軍人では、最弱でしたもの」
しれっと放たれた言葉に、どんな理不尽な一家だ、と一瞬思った。
「――それで? 言い訳によっては、脱走未遂によりこの場で解体処分にするのを、少しだけ待って差し上げても良くてよ?」
提督の目は、とても冷ややかで。
「ああ、最初に言っておきますが、ノロケは結構ですよ。あなたが、あのクソサイコ野郎にちょっと褒められたらコロッと行った、チョロインもチョロインなのは重々承知ですわ。もしそれだけが理由なのであれば、ゲームオーバーですわね」
えげつない、やっぱりこの人。
でも、……確かに理由の大半はそれなんだけど、他にも無いわけじゃない。
「――川内が、可哀想だと思ったから」
「続けて?」
「あの川内を羨ましいと思ったことは否定しないけど、同時に、あの川内が本当に辛い思いをしたのも理解できた。そういう想念が伝わってきた」
提督は、黙ってあたしの言葉を聞いている。
「だから、あたしとあの川内が入れ替わるのが、一番だと思った」
「……いいでしょう。色ボケで突発的に行動したわけじゃなくて、ちゃんと考えてのことなのは理解しました。けれどもそれは、陽菜にとって大きなリスクなのは理解してますわよね」
「……」
「あなたがいかに恩知らずのバ艦娘であっても、今はまだこの長谷川鎮守府の預かりです。艦娘として、提督に不利益を与える……陽菜に、それを黙って見逃すメリットは何かありますか?」
凍るような視線。
実のところ、言うべきことはある。
でもこれを言ったら、激高した提督に、今度こそ即座に解体されるかもしれない。
一瞬だけ息を呑む。
……ああごめん提督。あたしはやっぱりバ艦娘みたい。
でもさ、それでいいよ。
「提督さ、日下部さんにいつも『申し訳ない』って思ってるよね。その理由まではわからないけど。それを、……見逃す理由にしてくれない?」
ぎりっ、と奥歯が鳴る音が聞こえた気がした。
思わず有明が、提督を気遣うように見やる。
提督の撫で肩が、わなわなと震えて……。
「……あなたのような勘のいい艦娘は嫌いですよ」
それ、昔の漫画に出てきたキャラの台詞だよね!
「わかりました、陽菜の負けで結構です。立ちなさい」
軍刀を下ろして、提督が言う。
「ただし、条件を3つ出します」
「条件?」
「1つめ。あなたには、改二になった今の身体を捨ててもらいます。何しろあちらの川内は、まだ改二どころか改にすらなっていないですから」
「……あっ!」
そこまでは気が回ってなかった!
「明石に言って、あちらの川内と同程度の練度に調整した新しい肉体を作らせます。育ちなおしになりますが、まぁあれとキャッキャウフフしながら気長にまた改二を目指しなさいな」
「言い方ぁ!」
「2つめ。あちらの川内も、この話に同意することが条件です。あなたが一方的に強要することは認めません」
「あ、うん。それは異存ないよ」
まぁ、でもあっちの川内もきっと同意してくれると思う。
「3つめ。これが一番重要です。あなたたちが入れ替わったことは、日下部には当面の間、秘密するように」
「えっ、なんで?」
「あなたには悪いですけど、本来であればあれはあちらの川内と、真っ当な関係を築くべきだったのです。それが出来なかったということは、提督の資質を問われておかしくない問題です。今回はたまたまこんなチートな解決策を取れましたが、他の子に対してはそうは行きません」
そう言って、提督は真面目な顔になる。
「艦娘との関係を築くのは、提督として重要な責務ですわ。だから、『色々あったけど上手く行った』ことにさせておきたいのですよ。何しろあれ、傲岸不遜なようでいて、自虐し始めると止まらない阿呆ですから」
――提督、日下部さんのこと理解しすぎてない?
何があったんだろう、この二人の間に。
ちょっと興味が湧いたけど、聞いても教えてくれないだろうと思ったし、なんとなく聞きたくない気も少しだけした。
「そうですね、ケッコンカッコカリまで辿り着いたら教えてもいいですよ。どうせいずれするでしょうし」
「うん、そっか。ちょっと今から楽しみ」
「……ちっ」
今、本気で舌打ちしたよね!
「以上です。守れますか?」
「守るよ。川内の名にかけて」
「よろしい。では川内、……今までお疲れ様。幸せになりなさいな」
「ありがとう提督、……ううん」
今日からあたしの提督は、目の前のこの女の人じゃない。あの眼鏡をかけた、どことなく陰のある、けどあたしを心から褒めてくれたあの人になるんだから。
「……陽菜さん!」
あたしが新しい名前で呼びかけると、彼女の顔に柔らかな笑みが浮かんだ。
「提督、昨日はごめんね。やっぱり命令には従うべきだよね。秘書艦の件、考え直したよ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
まぁ、そういうリアクションになるよねぇ。
「電に説得されてね。提督がここまであたしに注いだ好意を無にするなって」
「そ、そうなのか……」
一瞬だけ提督が、妙な表情をする。
あれ、あたし何かおかしなこと言った!?
「そ、そうなのです。あ、あの……お節介でしたか?」
ありがとう電! ナイスフォロー!
昨日のうちにちゃんと事情を話しておいて良かった!
「いやいやいや。とんでもない! ありがとうな電!」
「それにね。今は提督があたしを見てないんなら、もっと頑張って、あたし自身を見てもらえるようにすればいいかなって思った。だから……秘書艦、やらせてもらうね」
今はあたしと入れ替わりで、長谷川鎮守府にいる川内のことを思いながら。
「ああ、引き受けてくれてありがとう、川内。これから、……よろしくな」
「うん、よろしくね提督」
あの子にもこの想念が伝わればいいな、と思った。
※というわけで、ようやくメインヒロインをまともに書けました。
作者の中での川内はこんなイメージです。
あとこの「あたし」個体限定の話ですが、尻がでかいです(重要)
ところでシリーズ開始前は日下部がメアリー・スーだと叩かれるかと思ってたんですが(今でも正直心配ですけど)、書き進めていたら長谷川の方がよほどメアリー・スーと化している件。
い、いやさすがにもう出番は落ち着くはず。しばらくは。多分。