日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
愛されたいという要求は、自惚れの最たるものである。
ずっと自分はレズだと思ってた。
一番上の姉は自分が一番になりたがる
だから姉の部屋に呼ばれた時に、無理やり攻守逆転して最後までシてみたら、二度とお呼びがかからなくなってしまった。
仕方がないのですぐ下の妹を自分の部屋に呼び出してシてみたら、どハマリされて妹まで姉の呼び出しを無視するようになった。
そんなわけで姉妹の中で自分たちは浮いてしまっていたけども、それはそれで夜の生活には十分満足していた。
――はずだった。
「提督……。僕は、どうしたらいいのかな?」
ぴちゃぴちゃという粘り気のある水音が、室内に響く。
時雨は自室にて、必死に自分自身を慰めていた。
「ああいう風に物語を始めたこと自体が、間違いだったのかな? 川内に聞いたら『そうだ』って言いそうだよね。でも、あの時の僕には、本当にそれしか思い付かなかったんだ」
淫靡な臭いを濃密に立ち込めさせながら、指をかき回し続ける。
言葉の合間合間に喘ぎ声を混じらせながらも、なかなか時雨は達せずにいた。
こんなものではない、もっと身も心も貫くような強烈な快楽を知ってしまっているから、だろうか。
「提督、すごく……切ないよ」
閉じた目蓋の裏に浮かぶに姿に向かって、そんな風に呼びかけた瞬間、
「時雨? お取り込み中ごめんね」
ガチャッという音と共に部屋のドアが開け放たれる。どうやら鍵を掛け忘れていたらしい。
そのまま、二つ下の妹が室内へと入ってきた。
「わっ、夕立! 入ってくるならノックしてよ!」
「何度もしたっぽい。時雨が一人遊びに夢中になりすぎっぽい」
血のように赤い瞳をすぼめながら、白露型4番艦はあっけらかんと言い放った。
そのまま畳敷きの床に上がりこむと、遠慮なく腰を下ろす。先端だけが濃桃に染まった亜麻色の長い髪が、動きに合わせて微かに揺れた。
「何の用だい?」
半裸に乱れていた服をそそくさと着直しながら、時雨は唇を尖らせる。
身体はまだ中途半端に昂ぶったままで、それがなんとももどかしい。
「時雨が一人遊びしてたのは、ある意味ちょうど良かったっぽい。ねぇ時雨、提督さんとの夜戦って……そんなに気持ちいい?」
一瞬、揶揄されているのかと思ったが、夕立は至って真剣に尋ねているようだった。
「白露お姉ちゃんとか山城さんとシてた頃って、そこまで夜戦に夢中になってなかったよね。スることはシてたけど、時雨ってどこか冷めてた。けど地中海で提督さんと夜戦してからは、提督さんのことばっかり考えてるよね」
「単純に気持ちいいとか、そういう話じゃないよ。僕は提督の所有物になったんだ。奉仕しろと言われればどこでもするし、股を開けと言われればいつでも応じる。提督に壊される前の自分なんか、もう思い出せないよ」
自分で放った隷属の言葉に興奮して、少しずつ落ち着き始めていた下半身がまた湿り出す。
「でも。地中海から戻ってきてしばらくは、みんなに内緒で僕を使ってくれてたけど。川内とケッコンした辺りから、さっぱり呼んでくれなくなっちゃった。これだけめちゃくちゃにされたのに、飽きて捨てられちゃったのかな、僕……?」
いち艦娘である時雨は、提督と初婚艦の間に結ばれた想念交信などという物の存在を知らない。だから時雨の
そんな姉の言葉に、夕立は少しだけ苛立ちを感じる。
「捨てたわけじゃなくて、自分で決めたルールを大事にしてるだけだと思う。そもそもあの提督さん、好きでもない相手に誘惑されたりなんかしないっぽい。だって少なくとも夕立は、ちっとも相手になんかされなかった」
赤い瞳に宿る狂気にも似た光は、普段と違ってとても弱々しい物だった。
そういえば改二になる前の夕立の瞳は、赤ではなくお嬢様めいた翠色だったなと、時雨は何故だかそんなことを思い出す。
「夕立。いつの間に?」
「秋刀魚祭りの始まる前。ハロウィン用の制服を見せに行った時」
この時期の夕立の制服は、狼の着ぐるみを模したものになっている。両腕を上げて襲いかかるようなポーズが実に似合うのだが……そうすると必然的に、普段の格好よりも胸が強調されることとなる。
白露型の駆逐艦は上背の高さの割に、胸が豊かな者が多い。
食い入るように日下部に見詰められて抱いたのは、決して嫌悪感などではなかった。
「触ってもいいよって言ったのに。『白露型にセクハラなんかしないよ』って。別に夕立、好きで身長低いわけじゃないのに。同じ白露型の時雨には、あれだけ夜戦してたのに……ずるいよ提督さん」
「驚いたな。僕はずっと、夕立はレズだと思ってた」
「自分でもそう思ってた。でも気付いたら提督さんのこと好きになってた。夕立、レズじゃなくて
「……春雨はどうするのさ」
時雨は呆れたような声で、すっかり夕立に夜戦を仕込まれて懐いている妹の名を挙げる。
「春雨のことも好き。だから、恋人二人……?」
「まぁ、それでも別に提督は気にしないだろうけど」
自分が何人も同時に愛しているのだからと、相手に対しても独占欲を発揮しないというのが日下部という男だった。
そんなある種の平等精神を発揮した上で、なお相手を繋ぎ止めておけるという自信があるのだろう。
「でも迂闊なことしたら時雨の二の舞になっちゃう。戦訓は活かさないと。だから夕立、自分の恋のやり方は捨てて提督さんのやり方に合わせるっぽい」
「強いなぁ夕立。その火力を惜しげもなく捨てるかぁ」
「恋の戦いは、攻撃だけじゃダメっぽい。……でしょ?」
いたずらっぽく笑うと、夕立はおもむろに立ち上がった。
帰るのかと思いきや、時雨の方へとゆっくり歩み寄ってくる。
「夕立?」
「邪魔しちゃったお詫び。時雨のこと、ちゃんと夕立がイかせてあげる」
密着するほどの距離に座り直すと、強引に抱き寄せて唇を近付けてきた。
「まぁ……自分でスるよりはいいか」
どうせ日下部にシてもらえないのなら、自分でスるも夕立にシてもらうも意味に大きな差はないだろう。
時雨は素直に目を閉じて、身を委ねることにした。
ずっと自分は、恋に興味なんてないと思ってた。
提督に熱を上げたり、艦娘同士で絡んだり。
誰かがそういうことをするのを否定するつもりはなかったけども、自分には関係ないと思っていた。
だって誰かを好きになったところで、どうせ最後は独りなのだ。その時に辛い想いをするくらいなら、恋なんて最初からしない方がいい。
恋なんてしなくても、仲間がいて季節ごとの行事があって、戦いの日々の中にささやかな楽しみもあって、そういう物さえあれば生きるのには十分だと思っていた。
――はずだった。
11/7の昼下がり。大湊港の一角に停泊中の「いが」の廊下で、その艦娘はばったり出会った日下部に声をかけられていた。
「今日、お前の進水日なんだって?」
「そうよ。悪い?」
「いや悪くはないけどさぁ。うーん、どうしてそうツンケンするのかなぁ」
日下部は思わず苦笑する。
和やかに話を振ったつもりが挑戦的な物言いで返されれば、そんな反応にもなるだろう。
「時々じっとこっち見てて、そういう時は可愛いのに。なぁ、曙」
「余計なお世話よクソ提督!」
紫色の髪を振り乱して、綾波型8番艦は自らの提督に抗議する。
よく見るとその頬は微かに紅潮しているのだが……日下部がそんなところに気付けるはずもない。
「じっと見てるとか、ついに妄想と現実の区別が付かなくなったわけ?」
「ひどーい」
微かに眉を引きつらせる日下部の姿に、曙は少し言い過ぎたかと内心で戦々恐々とするが、仕方ないのだ。提督に対して素直になれないようにできているのが、曙という艦娘なのだから。
幸いにしてこの程度では、日下部は対話を切り上げるつもりにならなかったようで、
「まぁそれはそれとして。曙、誕生日プレゼント何かいるか?」
「自分で考えて渡す喜びに目覚めたんじゃなかったの?」
「それはさすがに好きな子限定というか」
あっけらかんと言われて、思わず頭に血が上る。
好きな子が相手なら自分で考えてプレゼントを渡すのに、何が欲しいか聞かれた。つまりそれは、別に好きじゃないということで……、
「あんた、本物のクソ提督ね!」
「うわ、ひどい。一応気を遣ったのにこのディスられよう」
「気の遣い方が半端なのよ、バカ! ……もういい、何もいらない」
本当はわかってる。日下部に好かれるような言動なんてひとつもしていないのだから、これで怒る自分が理不尽であることくらい。
けれどもそれで
「そう言うなって。せっかくあげる気になったんだからさ」
「うるさいわね、じゃあ保留にしときなさい!」
「誕生日プレゼントを保留って、斬新だなぁ」
「黙れ。……バカ」
何一つ本心を言葉にできないまま、曙は足早にその場から走り去る。
「あ、行っちゃった。うーん。他人の心って難しいなぁ」
曙の背中を見送った日下部の言葉が、虚しく辺りに響き渡った。
「ぼのぼのー、見てましたぞー」
廊下を走る曙の背に、軽薄な調子の声が投げかけられる。
曙が足を止めて振り返ると、セーラー服の真ん中から大胆に覗く臍が視界に飛び込んできた。
「……漣」
それは同じ第七駆逐隊の仲間の一人だった。
「やー、ぼのが根っからひねてるわけじゃないことは知ってたけど、よりにもよってご主人様に行きましたか」
いつもおどけた調子で喋る漣だが、実は彼女が誰よりも周囲をよく見ていることを曙は知っている。だから自分の本心が見透かされていたとしても、今更驚くようなことではなかった。
「でもあのご主人様相手にツンデレは逆効果というか、効果量マイナスに振り切ってることは理解してますな?」
「うっさいわね、誰がツンデレよ。……わかってるわよ」
「まぁそう言われたからって直せるようなら、人間も艦娘も恋に苦労なんかしないんだけどね」
そう呟いた漣の瞳が、普段の彼女に似つかわしくない陰りを帯びていた気がして、曙は思わずまじまじと顔を覗き込む。
「何よ、知った風なこと言っちゃって」
違う、本当は心配していることを伝えたいのに!
どうして自分は、こんな反発するような言い方しかできないのだろう。慌てて曙は言葉を続ける。
「もしかして、漣も誰か好きな子いるの? まさかクソ提督?」
その言葉を聞いた漣は、思わずぽかんと口を空けて硬直する。
まったく予想もしていなかった、といった感じの反応だった。
「漣……?」
「ぼの、それはナイナイ。漣があのご主人様に惚れたら主導権の握り合いで、まともな恋愛にならないし。前にちょっとからかったことはあるけど、あっちもその気はゼロだったみたいですぞ」
「ふーん……」
曙の声音には、隠しきれない喜色と安堵の色が滲んでいた。
「やー、ぼのは相変わらず可愛いですなー。思わず抱きしめたくなる」
たくなる、どころではなく本当にむぎゅっと抱きついて来られた。
「まぁ、漣の恋は今はどうでも良いですぞ。漣はぼののこと応援してるから、頑張るにゃ☆」
「……ありがと」
少しだけ憮然とした表情で。
けれどもようやく素直な感情を言葉に変えて、曙は礼を述べる。
「お、ちゃんと言えましたな。偉い偉い。その調子で、ご主人様にもきちんと
「うっさい! 余計なお世話よ! 何よ、人が本気で心配したのに!」
強引に漣の腕を振りほどくと、曙はふん! と小さく鼻を鳴らして去っていった。
その背中を見送りながら、
(ご主人様、ぼのを泣かせたら……ぶっ飛ばすぞマジで)
漣はそんなことを思う。
曙が上手く日下部に本心を伝えられないように、自分だって曙に本心を隠している。攻撃的な態度を取るか、ふざけた態度を取るかの違いでしかない。
本当の本当に曙に言いたいことは、もっと違う内容だ。
けれども漣は、それを決して伝えないことを自分の意志で決めていた。
※夕立と曙の話です。
と言ってもこの二人が会話するのではなく、それぞれ別々に物語が始まりました。
実はこの二人、「駆逐艦である」以外にひとつ共通点がありますが、お分かりでしょうか(ツイッターでリアルタイムで見て下さった方はご存知かと思いますが)。
夕立について。
素の夜戦火力で駆逐艦最強を誇る自称「ソロモンの悪夢」ですが、戦闘時はともかく普段の彼女は提督に懐いている感じで、時雨以上に犬っぽいですね。
まぁとはいえ百合で描く場合は、不動のタチだと思っています。
ハロウィン衣装の狼の着ぐるみは大変可愛かったのですが、あそこで胸の大きさにまじまじと見入ってしまったのは、実は作者のガチな経験だったりします。
曙について。
ご存知「艦これ三大ツンデレ」の一翼です。言動がストレートにきっついのと、他の二人(満潮・霞)と比べて改二が来る(=デレる)のが遅かったこともあって、本当に好き嫌いが分かれる艦娘だと思います。
日下部は設定上ツンデレとの相性は最悪に近いので、いくら作者が好きでもこの子との恋愛は成立しないと思っていましたが……いやはや。
詳細はこの先の展開のネタバレになるので書けませんが、諸要素の噛み合いっぷりが正直奇跡だったと思います。