日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


歴史の分水嶺を超えて 2

孤独な木は、仮に育つとすれば丈夫に育つ。

――ウィンストン・チャーチル

 

 

その日、工廠ではある艦娘の大規模改装が行われていた。

 

「曙、改二おめでとう」

日下部は一定の練度に到達して、新しく肉体を作り直した曙に賞賛の声をかける。

 

「な、なによ。あんまりジロジロ見ないでよクソ提督」

「おいおい、自意識過剰だなぁ。これ、前も言ったけど誕生日プレゼントだし」

残念ながら日下部は、「クソ提督」という言い方の微妙な変化を察せるような生物ではない。だからこの言葉も苦笑混じりだった。

 

F作業(フィッシング)装備もずいぶん本格的になったな。改までは図鑑片手に、おぼつかない感じだったのに」

黒のキャップにサングラス、藍色のライフジャケット。

釣り竿も、サビキと呼ばれる仕掛け針が付いた物にグレードアップしている。

その本格ぶりは大本営も認めるところで、この制服には「ガチF作業mode」という正式名称が付けられていた。

 

「正直、秋刀魚の一本釣りとか非効率だと思ってたんだが……」

「効率? 効率が何よ!」

「ああ、認めるよ。今のお前なら、絶対に黄金の秋刀魚だって釣れる」

日下部は真っ直ぐに曙を見据え、一切のてらいなく言い放った。

その瞳に宿る光の真剣さに、喰ってかかった曙の方が気圧されそうになる。

 

「想念の無限性は、現代においては科学的に証明されているんだ。後は、ここまで育った自分を信じろ」

「あ、あたしは……」

それでも前世のさまざまな失敗や辛かったことの記憶が、曙の自我の奥底にしこりのようになってこびりついている。

本当は誰よりも、自分が自分を信じるべきなのに。

 

「まだ難しいか?」

日下部は、そんな曙の苦悩を笑わなかった。

 

「なら自分のことは信じなくていい。だが、私はお前という艦娘を信じている。だからその私を信じろ」

それは先日、恐怖を覚えた後の胸に染み込んだ笑顔。

白人の血混じりで顔立ちが整っているのは事実だ。だが、そういう造形上の美しさだけではない。

この人は艦娘のことが大好きで、そしてその気持ちを誰かに伝えることに一切の躊躇がない。だからこんなに眩しく笑えるのだ。

 

「クソ提督のくせに、生意気! でもいいわ。やってやるわよ!」

この人に愛される艦娘という種族であることに、今初めて誇りを覚える。

同時に、こうも思う。本当は「ただの艦娘」ではなく、もっと特別な存在になりたいと。

だが、思っただけで素直になる(デレる)ことができるなら苦労はしない。変わるには何かきっかけが必要だ。あの黄金の秋刀魚が何であるか、本当のところはわからないけど。あれを釣れたら、きっと何かが始まる。

特に何の根拠もないけれど、曙はそんな予感を抱いていた。

 


 

数日後。執務室にて帰投した艦娘たちの報告を受けていた日下部は、曙の言葉に驚いて思わず聞き返す。

 

「ほ、本当か!?」

「何度も同じこと言わせないで。あたしに十分感謝しなさい、このクソ提督!」

漁業保護のための敵艦掃討後、漁場を民間漁船に譲る前のわずかな艦娘たちの漁の時間。

曙は見事に、黄金の秋刀魚の一本釣りに成功したというのだ。

 

「生かしたまま大本営に連れてかないとダメなんでしょ? 秋刀魚を生かしたままとか絶対無理だと思ってたけど、一向に弱る気配がないのよね」

通常の秋刀魚は生きたまま捕獲することがきわめて困難だ。鱗が剥がれやすく、またとても神経質であるため、普通は水揚げした段階ですでに衰弱して死んでいる。

だがこの黄金の秋刀魚はクーラーボックスに入れて「いが」に持ち帰るまでの間、一切弱る気配を見せなかった。

 

「よし、後で甲板に生け簀を作ろう。氷もMM機関で大量に出さないとな」

MM技術と妖精の労働力があれば、即席で艦の構造を作り変えるくらいは簡単なものだ。ブラウニーやドワーフ、ドモヴォーイといった家事・工作系の妖精は、こういう時のために存在している。

 

「あのさ、提督。あたしに、何か言うことがあるんじゃない?」

今後に対する思考に没頭し始めた日下部に向かって、曙は少しだけ拗ねた表情を浮かべる。

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「そうだ、お前にまだお礼を言ってなかった! ありがとうな、曙!」

日下部はむぎゅっと曙の身体を抱き寄せる。

まさか一気にそこまでされるとは思ってなかった曙は、思わず目を白黒させる。

 

「こ、こら! 離しなさい! 川内に怒られても知らないわよ」

腕に込められた力は、見た目から想像するよりも強かった。至近距離で嗅ぐ匂いに、心臓がどきどきと早鐘を打ち始める。

 

「いいんだよ。これは提督としての親愛の情だから」

「……そう。なら、仕方ないわね」

親愛の情なら仕方ない。やましい気持ちではなく、頑張った艦娘へのねぎらいなのだから。

そう自分自身に言い訳をして、曙はそっと目を閉じた。

 


 

「正直、本気で惚れそうでした。まさかツンデレが実在するだなんて」

黄金の秋刀魚に対する必要な措置を終えた後、日下部は大本営のモーリアックに通信で報告を行っていた。

 

『惚れちゃっても良かったんじゃないか? というかそれ、曙くんも絶対その気だったよな?』

「でしょうね。それ以上何もせずに離れたら、逆に物凄い勢いで睨まれましたから」

『なんだその童貞の失敗談みたいな顛末は』

モーリアックには呆れたように言われるが、別に曙の気持ちに気付かなかったわけではない。

 

「ちゃんと列の後ろに並んでくれるなら問題ないんですが。長く気持ちをこじらせた女って、恋が成就した直後はえてして冷静になれないものですよ。こっちとしては特別扱いを求められると、さすがに振るしかないですからねぇ」

『お、おう。ハーレム運営してるモテ男は、言うことが違うねぇ』

「過去の経験談ですよ」

学生時代、違法薬物まで使って既成事実を強引に作り、自分の一番になろうとした後輩女性がいたことを思い出す。

彼女の姉は(身体はともかく)性格はきわめて清楚だったのだが、姉妹でこうも違うのかと驚いたものだ。

 

『あんまりその話は聞きたくないなぁ』

「私も深堀りしたくないですし、話題を変えましょう」

吉岡姉妹のことは日下部にとって、村竹美奈子ほどではないもののあまり思い出したい記憶ではない。

 

「黄金の秋刀魚はまったく弱る気配がありませんね。体色だけでなく、明らかに普通ではないようですが」

『ああ、通常の秋刀魚と比べて生命力は桁外れだ。常温でも問題ないとは思うが、一応水温維持は続けてくれ。明日には特殊輸送機の手配が完了するから、松代までキミ自ら持ってきてくれたまえ』

「結局、この『黄金の秋刀魚』って何なんです?」

日下部はいよいよ、核心となる質問をぶつける。

果たして、

 

『マコならもう予想は付いてるだろう? 「フィンタン」だよ』

「やっぱりか!」

モーリアックから返ってきたのは、完全に日下部の予想のど真ん中となる固有名詞だった。

フィンタンとは、ケルト神話の物語群(サイクル)の一つに登場する特別な()である。当然ながら実在するようなものではない。

それが2045年に現れたのは、まず間違いなくモーリアックの仕業だろう。だが、何故よりにもよって鮭が秋刀魚になっているのか。

 

『最初は地球意志の作り上げた自然進化というシステムに、想念工学で介入できないかという実験だった。こうして実際に成果を上げた以上は完全な失敗ではないだろうが、これだけの時間をかけてたったの一匹となると、率直に言って「工学」としては成功とは言い難い』

「相変わらずコスト管理の意識がありませんね。まぁ壮大な実験だったことは理解しましたが……フィンタンが鮭じゃなくて秋刀魚って! 謝れ! アイルランド人に謝れ、全力で!」

『まぁそう言うな。きちんと理由はあるのさ』

モーリアックにはまったく悪びれる様子はなかった。

 

『知ってるかもしれないが、秋刀魚はDHAがとても豊富なんだ。そして、ここは日本だからね。日本人はなぜか、DHAの学習機能向上作用を実際より高く評価している。それこそオカルトに近いレベルでね。つまり日本において、「食べたら頭が良くなる魚」により相応しいのは、鮭より秋刀魚なんだ』

「これはまた、力業な理屈ですねぇ」

日下部は苦笑する。だがこんな理屈でも成立してしまう……そして条件さえ整えればいくらでも再生産できてしまうのが、自分たちの扱っている想念工学だ。

 

『そしてこのフィンタンの漁獲成功によって、アイギスの盾の最終要素である「管制」に必要なパーツが揃った。この辺り、中元寺くんの成したことが大きなヒントになった』

「……!」

通信越しに聞こえてきたモーリアックの言葉に、思わず目を見開く。

よもやこの話がそう繋がるのか。

 

『もちろんこの実験を始めた当初には、アイギスの盾の絵図を描いていたわけではない。アイギスの方がこのフィンタンを流用した後付けだ』

そもそも上手く秋刀魚をフィンタンに進化させられているか、させられているとしてそれが漁獲できるかは未知数だったのだから、この方式が「本命」というわけではない。

だが諸条件が揃った以上、使わない手はないだろう。

 

『まずはこの方式でアイギスを完成させて、実証データを取得する。他の方式についてはそのデータをフィードバックした上で開発していく』

「……了解しました」

『では「通信」「秘匿」「管制」の三要素、すべて施術可能なように用意しておく」

「ついにアイギスの盾が、人類の手に戻ってきますね」

『しかもアイギスの盾を搭載した「個人」だ。いよいよ脳に手を入れることになる。一応はなるべく本来の自我に影響が出ないようにはするつもりだが、それでもまったくのゼロとは言えないだろう』

肉体を戦艦の艦娘並に強化しただけで、肉体破壊に対する忌避感が著しく薄れたのだ。

ましてや脳は器質(カラダ)の一部とはいえ、形而上の自我(タマシイ)に直接繋がっている。

 

『あらゆる意味で、キミをもはや人間とみなすことはできなくなる。少なくとも、旧来の定義ではね。怖いかい? マコ』

「怖くないと言えば嘘になります。けれども覚悟はとっくに決めてます」

日下部の声は、まるで波一つない水面のように凪いでいる。

 

「たとえ私の全ての構成物が生得ではなくなっても、私は私であり、人間です。他ならぬ私自身がそれを認めているのだから、それ以外の誰かの承認はいらない」

そこまでを力強く断言してから、ふと日下部は目を瞑る。

今のは勇み足だった。少しだけ訂正の必要がある。

 

「いや、前言撤回。私自身と、私の艦娘たちが認めてくれたなら、後はもう他者の承認は不要です」

『マコ。キミの強靭なる意志に、心から敬意を評する』

日下部の想念工学の技術は稀有だ。それこそ自称する通りの世界二位であってもおかしくない。

だがそれ以上に稀有なのは、未来へ進むためならそれまでの在り方を変えることに一切のためらいのない、この態度の方なのではないか……モーリアックは、ふとそんなことを考えた。

 


 

翌日。日下部の姿は、松代大本営にあった。

秋刀魚一匹を運ぶのに本当に特殊な輸送機を手配したのはなかなか豪快なことだが、この黄金の秋刀魚の貴重さを考えればむしろ納得できる範疇だろう。

冗談のようにしか見えない光景だが、冗談抜きに人類の未来が懸かっているのだ。

 

「元帥によれば、準備にはしばらく時間がかかるということだったが……」

その間に中元寺ファイルの中身を読んでおいてくれ、とモーリアックには指示されている。

一人では他にやることもないので、日下部は旧式コンピューターを立ち上げて文書ファイルを開いた。

 

『曙の問題は無事解決しただろうか。であれば、我々は分水嶺を超えたこととなる。ここから先の歴史は、当方の知識からどんどん相違してくるだろう。よって本書の記述と実際の歴史の齟齬は、適宜自身で埋められたし』

 

逆に言えば、日下部が何もしなかった場合の歴史の「先」を、中元寺は知っていたということだろうか?

だがその割には、

 

『秋イベントの後段作戦では、前段と異なりマインドハックを使う機会が出てくるだろう』

 

「……? 前段でも、神鷹の救出を行ったが?」

先程の記述と現実には早速矛盾が生じていて、日下部は頭を悩ませる。

仮にこの文書の内容が正しいとするならば、曙の問題が解決したことにより歴史の流れが変わったことになる。だがそれならば、それより「前」に起きた神鷹の救出の段階ですでに違っているのはなんとも要領を得ない。

まさか曙のこと以外にも、歴史の流れを変えた要因が何かあるのだろうか?

 

『夏イベントと同じく、ムネーメーはその直後に「戦争」を仕掛けてくるだろう。アイギスの盾の初陣はその時となるはずだ。その戦いそのものは日下部の勝利となるはずだが、そこでアイギスの盾の運用に関して大きな問題が浮上する。その問題について認識したならば、次章を読まれたし』

 

「まるで預言書だな。ヨハネの黙示録かっての」

内容を素直に信じて良いのかという点も含めて、本当に預言書のようだと思う。

 

「判断は保留だ。結論を急ぐのは科学の子の態度じゃない」

本当にムネーメーは「戦争」を仕掛けてくるのか。

本当にアイギスの盾に問題など生じるのか。

それらを確かめるまで、中元寺ファイルの真偽についての態度を決定する必要はない。日下部はファイルを閉じる。

ちょうどそのタイミングで、

 

「マコ、準備ができたぞ。作業には火を使うから、中庭まで移動してくれたまえ」

呼びにきたモーリアックは、見慣れない格好をしていた。

普段好んで着ている愛らしいタンクトップの上から、足元まで伸びる落葉色のローブをまとっている。さらにご丁寧なことに、ねじくれた木の杖をついていた。

古代ケルトの文化において、そのような格好をしている者のことを祭司(ドルイド)と呼ぶ。

そしてフィンタンの出てくる伝説には、主要な登場人物の一人としてとある祭司(ドルイド)が登場するのだ。

 

「元帥、その格好。まさか……」

「おっとマコ、皆まで言わせるなよ。どうせやるならこういうのは楽しまないと損だぜ」

にやりとした笑みを浮かべて言うモーリアックに、日下部は思わず頭を抱える。

どうやらこの後、親指に火傷を負う羽目になりそうだった。




※曙は改二自体が作者の着任後(2021/3/1)に実装されたのですが、秋刀魚祭りにおいて「ガチF作業mode」なる物が実装されたのは、話を作る上で非常に面白いポイントとなりました。
「帰ってきた鎮守府秋刀魚祭り -生きてる魚を見たことありますか?-」の後書きでも書きましたが、秋刀魚祭りの開始時には日下部鎮守府の曙はまだ改でしたので、「秋刀魚祭りの期間中に曙を改二にできるか?」によって物語は分岐する予定でした。
実際は見事に間に合ったため、「黄金の秋刀魚が手に入る」ルートになりました。

フィンタンについては、この次の話のキーになるのでここでは控えます。
ケルト神話のとある英雄(ちなみにFate Grand Orderにも登場しています)に詳しい方なら、すでにご存知かとは思いますが。
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