日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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人より生まれ、その先へ往くモノ 7

現在というものは、過去のすべての生きた集大成である。

――トーマス・カーライル

 

 

元帥に連れられて中庭に出てみれば、七輪の用意がしてあった。

ここだけ和風なのはどうかと思わなくもないが、この辺のいい加減さは実に想念工学らしい。

 

「えーと。伝承通りにやらないといけないんですか?」

「よくわかったな。その通りだ。じゃあ、早速調理してくれたまえ」

普段の倍は尊大な口調で元帥は言う。

 

「うーわ、もうフィネガス気取りだこの人」

フィンタンの伝承に登場する祭司(ドルイド)にして詩人。この伝承の主人公である英雄を育てた師の名前を、フィネガスという。

 

「まぁ必要ならやりますけどね」

七輪なんて物を使うのはさすがに初めてだが、見様見真似でなんとか調理できるだろうか。

上部の網にフィンタンを載せ、炭に火を着ける。

すぐに身に含まれる脂肪分が溶け出し、火に炙られて煙となった。

 

「って、なんですこれ! めちゃくちゃ良い匂いじゃないですか!」

「ふふん。伝承上のフィンタンは『とても美味しかった』らしいからね」

ローブ姿の元帥がドヤ顔を決めた瞬間。バチッという大きな音と共に、フィンタンから染み出した脂が爆ぜた。

跳ねた脂は空中で明らかに不自然な軌道を描き、私の右手の親指へと吸い込まれる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あづっっ!」

我ながら不格好な声が出た。

伝承通りこうなることは知っていたし、覚悟もしていた。

誤算だったのは脂の温度。超人(ポストヒューマン)の感覚でこれだけ熱いとなると、通常の人間が浴びたら比喩抜きに親指が溶け落ちておかしくないだろう。

脂が付着した部位は赤くなって、周囲の皮膚と明確に区別できるようになっている。

 

「……どれ」

私はその部位に舌を伸ばし、脂を舐め取った。

瞬間、口内に広がるのは芳醇な香ばしさ。海そのものの旨味を濃縮したような味わい。思わず夢中になって舐めてしまいそうになる。

そんな私に対して元帥は、

 

「やぁキミ、顔つきが変わったようだが、まさかフィンタンを食べてはいないだろうね?」

「食べてませんよ。目の前で見てたでしょうが。親指に跳ねた脂を舐めただけです」

ああ茶番だ。だが伝承でのやり取りがこうなっているのだから仕方ない。

 

「ふむ。キミに日下部真琴という以外に名前は無いかね? ……って、これは無いよな」

「あるんですねぇ、それが。『エマニュエル・ヴァランタン・クサカベ』です」

「初耳だが?」

フィネガス役に没頭していた元帥が、不意に真顔になる。

 

「戸籍上の名前ではないですし、自分でも積極的に名乗るつもりはないんですが。私が6歳の時にママンが出ていくまで、家庭内での通名として『エマニュエル』って名付けてくれたんですよ」

正直に言って、この名前に良い思い出があるわけではない。

当のママンにしてからが、シンギュラリティ直前に二十数年ぶりに再会した時、そして今年の夏の地中海で提督同士として再会した時、どちらも私を「マコト」としか呼ばなかった。

だから今元帥にこんな質問をされるまで、半分忘れていたようなものだ。それでもある物はあるのだから仕方ない。

 

「いい名前じゃないか。フランス史上最年少の大統領と同じ名前なんて」

「ええ、そうなんですが」

どうにもエマニュエルって、父親の遺言に振り回されそうな名前で困る。

まぁ古いアニメの話だし、元帥にわかるはずがないので口にはしないが。

 

「まぁいいや、続けよう。そうか、ならフィンタンを食べたまえ。エマニュエルという人物が大いなる智慧を手に入れるという予言を受けている」

「嘘付けよ今知ったくせに! まぁいいや、いただきます」

箸で身をほぐして一摘み。身肉にもうっすらと金色が差している。

それをおずおずと口に含んだ瞬間、壮烈なまでの味覚が口腔から脳天まで駆け抜けた。

 

「やばい。これはやばいレベルで美味いですね!」

語彙力が深刻な低下を見せているが、仕方ないのだ。この味を表現するのに、言葉というツールはあまりにも不完全すぎる。

何のためにこれを食べているのかということすら忘れ、無我夢中で秋刀魚の身を口へと運び続ける。

頭から尾にかけて、黄金の魚肉は瞬く間に消えていく。もうすぐ食べ終わってしまうのがとても名残惜しい……などと思った瞬間、

 

「――あっ」

不意に視界がぼやけた。深海堕ちした艦娘を救出するため、物質世界を離れて形而上の世界に自我を移動させる時と似た感覚。

何か大いなる物が、自分の中へと流入してくるのがわかる。

 

智慧(フィンド)が宿ったな」

すぐ傍で聞こえているはずの元帥の声が遠い。

 

「人類統合軍技術元帥ジャン・モーリアックの名において、今ここに『人類史総動員令』を発令する! 100年前の軍艦だって過去から蘇って戦ってるんだ。古代ケルトの英雄だって、ゆっくり眠らせてなどやりはしないさ」

人類の歴史の『先』に進んだ高次AIと戦うためには、4000年と2045年に及ぶ人類史の総力を結集する必要があるだろう。

 

「中元寺くんは、自分自身の自我を元に仮想人格を生み出した。しかし『仮想』人格である以上、実在しない人物をモデルに作ることもできるはずだ。想念工学によって生み出された仮想人格、キミの自我の一部でありながら、同時に古代ケルトの英雄でもある『彼』と対話してきたまえ」

伝承において知恵の鮭(フィンタン)を食し、大いなる叡智を得た英雄。

必要であれば、その複製(レプリカ)などいくらでも作る。

違法な贋作(デッドコピー)ではなく、正当なる複製(レプリカ)だ。人類史総動員令はすでに発令されたのだから。

 

「フィン・マックール! その概念、借り受けるぞ……!」

元帥の言葉を引き継いで声を張り上げた瞬間、ついに意識は完全に物質世界を離れ、自我の奥深くへと沈み込んでいった。

 


 

ここは神鷹の救出の際に閉じ込められた時に似た、一面の闇が広がる空間。

相変わらずなぜか自分自身の身体も、目の前にいる男の顔も問題なく認識できる。

 

フィン・マックール。

フィンの物語群(フィニアンサイクル)と呼ばれる、ケルト神話におけるひとつの物語大系で主役を務める英雄だ。

フィアナ騎士団という、神族の血を引く者たちで構成された戦闘集団の主を務め、アイルランド……神話内の地名で言うなら「エリン」の地を縦横無尽に駆け抜けた。

このフィンがまだフィアナ騎士団長となる前の少年時代、知恵の鮭(フィンタン)を食して大いなる智慧を獲得するくだりは、先程私と元帥が再現してみせた通りだ。

その後のフィン・マックールは知恵の鮭(フィンタン)の脂が付着した親指を舐めることで、人智を超越したあらゆる知識を得られる能力を獲得したという。

 

「……よぉ」

その伝説上の英雄が今私の目の前に存在して、気さくに挨拶をしてくる。

だがその声は、私のよく知っているものだった。

 

【挿絵表示】

 

「えーっ。お前、中元寺じゃん! 私はフィン・マックールに会いに来たんだが」

「お前の自我の中で俺とフィン・マックールの概念が融合した結果、こうなったんだよ」

「うわぁ。なんでまた」

確かに広い意味で「想念工学で作られた仮想人格」同士ではあるのだが、なんでそんなことになっているのだ。

 

「日本だと何故かフィンの物語って、三番目の嫁が部下に寝取られて駆け落ちされた話ばっかり有名だが……」

「言い方ぁ! アイルランド人に謝れぇ!」

フィアナ騎士団所属の騎士ディルムッド・オディナが、年老いたフィンが迎えた三番目の妻グラーニアと恋仲となってしまい、駆け落ちする話。

確かに日本では、フィンの物語群(フィニアンサイクル)の中でもこのくだりだけが突出して有名なきらいはある。

 

「実際のところは、フィンって一途な英雄なんだよ」

「ああ、まぁな。三番目の妻と言っても、別に重婚してたわけじゃないからな」

最初の妻サーバは、邪悪な妖精によって攫われてしまう。フィンはその姿を求めて七年もの歳月をエリン探索に費やすが、やっと発見したサーバは鹿の姿に変えられてしまっており、結局フィンの下に戻ることはなかった。

その後迎えた新たな妻マニーサーにも先立たれてしまい、高齢になって寂しさを覚えるようになったフィンがした老いらくの恋の相手、それがグラーニアだったのだ。

 

「まぁともかくそんなわけで、お前の中の『一途な男』というイメージを通じて、俺とフィンの仮想人格同士が融合したみたいだな」

「さいですか。じゃあ交渉もへったくれもないな」

想定外にも程がある展開だ。ここは普通、力を借りるためにフィンから古代ケルト式の試練とか課せられるパターンじゃないの?

まぁ前向きに、手間が省けたと思うべきだろう。

 

「力を貸せ。わかった。うんありがとう」

「うーわ、おざなり」

呆れたように中元寺は言うが、お前の扱いなんてこんなもんで十分だ。

 


 

「……ん」

意識が物質世界に戻ってくると、最初に見えたのは天井だった。どうやら中庭からは移動させられたようだ。

おそらく大本営にいくつかある医務室のひとつだろう。

身体は清潔なベッドに横たえられていて、横向きになると元帥の笑顔が視界に飛び込んできた。

 

「起きたかマコ。これは何本に見える?」

「3本ですし、次にケッコンするのは金剛ですし、キスはしません」

「つまんない。天丼に付き合ってくれてもいいだろう」

超人(ポストヒューマン)に初めてなった時と同じやり取りをしようとしたようだが、若干まだ気分が朦朧としているので、さすがに付き合うのは面倒臭い。

 

「まぁいいや、とりあえずは記憶も人格もさして変容してないようで何より」

「あれからどのぐらい経ってます?」

「10時間ほど。本体は今休んでいて、僕はホムンクルス1号だ」

こういう時に「自分」が複数存在するのは便利だな。

 

「すべての施術が終わっているよ。鏡を見るかい?」

「……ぜひ」

元帥の言葉に、私はやや強引に上半身を起こす。まだ少し頭痛がするような感じだが、好奇心の方が勝った。

果たして、鏡に映し出された自分は……、

 

【挿絵表示】

 

「右眼は日向の物のままですが、左眼は神州丸の物になってますね。あとこの『モノクルのようなもの』……」

「うん、その外殻水晶体は文字通り顔の一部だから。外せないよ」

唇を引き結んで放たれた元帥の言葉に、ようやく自分でも実感が湧く。

ああ。本当に私はまた一歩、人間の範疇をはみ出したのだ。

 

「後頭部で脳に直結してますしね。しかし眼鏡を外してからたった2ヶ月ちょっとしか経ってないのに、なんだか違和感がありますね」

「おや。フレームレスだし重量もゼロに等しいはずなんだが?」

「嫁艦たちとキスする時、邪魔にならないかなぁ」

「知らないよそこまで!」

元帥はぷりぷりと頬を膨らませるが、こちらとしては死活問題なんですが。いずれこれ、外せるようにならないかなぁ。

 

「で、この身体の周囲に浮いている機械が」

「想念波ネットワーク接続装置。アイギスの盾のメインとなるものだ」

ぱっと見ではわからないが不可視の経路(パス)が常時展開されており、脊椎を通じて脳、そして形而上の自我まで接続している。

 

「ちなみにそっちは眼鏡と違って自由に外せる」

「それはありがたい」

さすがにこれ、嫁艦たちとの夜戦では邪魔になることこの上ないしな。

 

「制服は前と同じに見えると思うが、実際は導想念性の素材で作られた物になっている。アイギスの盾を展開する際には自動で形状が変化し、最も適した形態になる」

「予備はあります?」

「ない。が、想念レシピをマコの自我に入れておいたので、自分の鎮守府に戻ったら何着でも作ってくれたまえ」

「了解しました」

まぁ最低でも四着は欲しいところか。

 

「さて肝心の脳機能は、シンギュラリティ水準のスパコンと同等のレベルまで容量を拡張してある。携帯デバイスの進化で何十年単位で停滞してた、脳直結コンピューター(ブレイン・マシン・インターフェース)なんて技術を今更研究するのは骨だったけど、その甲斐はあったよ」

「すごい。私も完全記憶能力持ちですか?」

頭の中にスパコンが入ってるのであれば、日常生活の尺度で得るデータなど分子の動きレベルで記憶できることだろう。

と思ったのだが、私の言葉に元帥は首を横に振る。

 

「いやいや。記憶することはできても、それを適切に読み出せないなら覚えてないのと一緒だろう? 普段は結局ソフトウェアに当たる制御系がマコの脳の機能分しかないから、普通に物忘れするし勘違いもするよ」

「あらら。それは残念です」

まぁ、それはそれで人間味が残っていて良かったというところだろうか。

 

「だがアイギスの盾の起動時にはそれでは困る。その情報処理を行うために想念工学製の仮想人格が必要だった。AIを使えれば簡単だったんだが、頭の中で人類に反乱を起こされても困るからね」

「それで智慧(フィンド)を司るフィン・マックールの仮想人格が必要だったんですね」

「その通りだ。よってアイギスの盾の全機能を使うためには、フィン・マックールに起きてもらう必要がある。トリガーは……わかってるね?」

「ああ、はいはい。了解しました」

親指の火傷の跡は、今なお消えることなく変色したままでいる。

 

「ひとまずはこんなところか。現段階で何か質問は?」

元帥の言葉に、私は首を振る。

まだ質問できるほど自分の機能を理解していないし、実は先程から頭痛が徐々に強くなってきている。

 

「わかった。細かい仕様書は制服の想念レシピと同じく自我に入れておいたので、後で確認してくれ。ひとまず明日の夕方までは術後観察をさせてもらうよ」

「わかりました」

私は再びベッドに横たわる。率直に言って、もう少し眠りたい。

目を閉じると、すぐに意識が薄れ始める。

 

「フィン・マックールが自我領域に定着するまで半月ほどかかる。それまでにアイギスの出番が来ないと良いんだけどね」

意識が闇の中へと沈み込んでいく中、元帥がそんなことを言ったような気がした。




※日下部の一人称で進行する、超人(ポストヒューマン)開発記シリーズの最新話です。
ついに日下部が身体機能だけでなく、知的機能においても人間の範疇を超えました。
頭の中に入れたスパコンを制御するのに、古代ケルトの英雄を模した仮想人格を使う辺りが本作の特徴ですね。「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」のです。

フィン・マックールについて。
本文中に書いた通り、ケルト神話の「主人公」の一人です。
本来であれば「アルスターサイクル」の主人公であるクー・フーリン辺りと並べて語られるべき大英雄なのですが、日本では少なくとも一時期までは、部下のディルムッド・オディナの方がよっぽど有名でした(大体Fate/Zeroのせい)。
現在ではFate Grand Orderに本人が登場してますので、少しはマシになったでしょうか。
まぁ本作はFate系ではなく艦これの二次創作なので、知らない人の方が多いとは思います。「そんな英雄がいるんだ」程度に受け止めていただければ。

余談その1:「フィン・マックールは一途な男」というのは諸説のひとつでして、重婚してたという説もあるにはあるようです(本作では採用しませんが)。
余談その2:仮想人格のフィンが持っている二本の光剣は、父から譲り受けた魔剣「マク・ア・ルイン」ともう一振りの「隕石から作られた剣」をイメージしています。フィンの武器で一番有名なのは魔槍ビルガだと思うのですが(FGOでもランサーですし)、ツールの都合で槍を持たせられなかったためにこうなりました。
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