日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
無分別なところがない恋人なんて、まったく恋人などではない。
本土近郊の作戦の良いところは、出撃の合間合間に自分の鎮守府に戻るのが容易いところだ。
大湊警備府の港にも規模的な制限があるため、日下部鎮守府の艦娘運用母艦「いが」は現在、横須賀沖のショートランド人工島に帰港している。
「ただいまー」
11月13日の昼。数日間の不在期間を経て、日下部鎮守府にその主が帰還していた。
「お、大淀だ。おーい」
鎮守府の敷地に入って最初に見かけたのは、奇しくも夏に初めて
「おかえりなさい提督。あら? 眼鏡をまた掛け……って、モノクルでしかもフレームレスですか。ちっ」
「ねぇ何その舌打ち! 仮にも提督に対する態度じゃないよね!」
「フレームレスなんて邪道です邪道。眼鏡はやはりしっかりとしたフレームでないと」
「眼鏡好きってみんなそう言うよね! でも私、そういう属性ないし!」
そういえば大淀は夏の時も、日下部が眼鏡を掛けなくなったことを残念がっていた。しかしこれは率直に言って、眼鏡フェチの症状が悪化していないだろうか。
というかもしかして、プライベートでは明石に掛けさせたりしているのだろうか?
「おーい提督。おかえりー」
続けてその場にやって来たのは川内だった。
これも夏の時と同じなのだが、何かこの順番で会わないいけない法則でもあるのだろうか。
「あ、聞いてた通りまた眼鏡かけてるね」
「おう。まぁ片方だけだけどな」
近付いてきた黒髪をくしゃくしゃと撫でながら言う。
「川内、頼んでおいた通り嫁艦候補集めてある?」
「あるよー。あるけど、約一名が……」
「ん?」
川内にしては珍しく歯切れの悪い言葉に、日下部は首を傾げる。
「うーん、これ実際に見てもらった方がいいかなぁ」
「ふむ? じゃあ行こうか。大淀は後でな」
「はい! 不在中の報告もありますから、なるべく早く執務室に顔を出して下さい。できれば夜戦とか始める前に」
「わかってる、休暇でもないのに昼間からシないよ。それに夜は用事があるしな」
日下部はひらひらと手を振った。
隣で聞いていた川内は、無言で眉根を寄せる。日下部が今晩用事があるというのは初耳だった。
「揃ってるな。お前たち、ただいま」
自室に戻ると、そこには川内以外の嫁艦候補五人が勢揃いしていた。
「いが」艦内の部屋はともかく、地上の鎮守府にあるこの部屋は率直に言って広い。自分も含めて七つの椅子を展開しても、空間にはまだ余裕があった。
「おかえりー提督! やったー眼鏡復活!」
真っ先に日下部の容姿の変化に反応したのは、秋雲だった。
「お前も眼鏡好きだったな、そういや。でもモノクルのフレームレスだけどいいの?」
「秋雲さん、別に眼鏡フェチじゃないんだよ。眼鏡を掛けてる提督の顔が好みなんだよ♪」
堂々としたノロケに、日下部も周囲の嫁艦候補たちも思わず苦笑する。
「というわけでまた提督をモデルにした同人を……」
「描いてもいいが、洗脳とかNTRモノの竿役にするのは止めろ。過去にリアルでやったから、フィクションとして楽しめない」
「はいはいわかってるよ。前にさんざん話したもんね。あれ、じゃあTSメス堕ちはいいの?」
「むっ……。まぁそれもリアルでやりかけたけど、そっちは私は被害者だからな。読みたいとはあんま思わないが、描かれるだけなら許せる」
「お、そっか」
お墨付きを得てしまった。まぁ実際に描くかどうかは、気分次第といったところだが。
「ところで提督。そのモノクルは外せないというのは本当なのですか?」
横から声をかけてきたのは赤城だった。
「本当だ。これはモノクルに見えるが、実際は機械的に増やしたもうひとつの水晶体と言った方が正しい」
水晶体とは眼球の中に存在し、入ってくる光を調整して視覚を機能させている器官だ。
「今の私の左目には、想念の流れを肉眼で追える機能がある。ただ常時それだと脳への負荷がやばいんで、これで調整してるんだ」
「はー、いよいよもってSFじみてきましたねぇ」
「お。青葉にそう言われると、なかなか実感があるな」
青葉は前世の実艦の頃、SF作家の海野十三を自身に乗せたことがある。
「てーとく、今回変わったのは主に頭方面だけでちか?」
そんな質問をしてきたのはゴーヤだった。
「そうだな。首から下は特に変化ないかな。お、なんだ? 下半身の心配か?」
「はぁ……やっぱりてーとくにも、そういう目で見られてるでちね。いや確かに大好きでちけど」
「……?」
ゴーヤが川内に負けず劣らず夜戦(意味深)好きなのは周知の事実なはずだが、どうにも含みのある言い方だった。
日下部は首を傾げるのだが、
「なんでもないでち。そっちは心配してないでちよ。もしそうなってたら、真っ先に川内が泣いてるでしょ?」
「どういう意味、ゴーヤ!? ……ごめん、正しいかも」
「おーい、即堕ちすな」
嫁艦のある意味でのブレなさに、思わず呆れたように言う。
と、そこで日下部はあることに気付く。普段はかしましい声が、そういえば今日はちっとも聞こえて来ない。
「おい金剛、今日はずいぶん静かだな?」
「……」
金剛は視線を床に落とし、心ここにあらずといった感じで唇を引き結んでいた。
日下部は思わず心配になって、再度呼びかける。
「金剛?」
「……!? 提督、何か言ったデース?」
やっと名前を呼ばれていることに気付いたようで、慌てて顔を上げた。
「あらら、重症だ。私の不在中に練度が上限に達したんだって? おめでとう」
「ありがとうございマース」
練度上限に達したからには、できることがある。
日下部は椅子から立ち上がり、机に歩み寄って引き出しから小さな箱を取り出した。
それはケッコンカッコカリを行うための指輪。初婚用の物と違って「聖守護天使の契約」の機能はないが、少なくとも艦娘の練度の上限突破を行うことはできる。
「私とケッコンしてくれるか、金剛?」
日下部は指輪を差し出しながら尋ねた。
すでにケッコンしている川内は少しだけ複雑そうに、そしてこれから指輪をもらう予定の秋雲以下の嫁艦候補たちは、羨ましそうにその光景を見ている。
「嬉しいデース。ありがとうございマース。けれど、ちょっとだけ待って欲しいデース」
「……!?」
金剛が発したにしては意外すぎる言葉に、日下部は目を剥く。
周囲の嫁艦候補たちも、思わず顔を見合わせた。
「すまん、正直『今更プロポーズもないデース!』くらい言われるかと思ってたから、びっくりした。えーと、ケッコンオコトワリではないんだよな?」
「もちろんデース! 私、生まれた瞬間から提督に恋していた、それは今でも変わらないデース。けれど、その……ケッコンするなら、ケジメを付けないといけない関係がありましテー……」
実に歯切れの悪い言葉だった。
そして残念ながら、日下部にはその内容に心当たりがないこともない。
「えーと、金剛さん? あなたが
「ひ、比叡以外とはちゃんと決着付けてマース!」
「ってことは比叡とは決着してないってことじゃないか! おーい、何やってんの」
別に日下部としては、自分と比叡の二股をかけてくれても一向に構わないのだが、金剛自身や比叡がそれで納得できるかと言われたらしないだろう。それが一般的な感覚であるのは理解できる。
だがそのせいでケッコンに支障が出るのは、さすがに困るというものだ。
「必ず、近い内に決着付けマース! ただ今日は、比叡にとって一年で一番悲しい日ですのデ……できるだけ傍にいてあげたいデース」
11月13日。
そういえば1942年のこの日は、前世で実艦の戦艦・比叡が沈没した日だった。
金剛の言葉で、日下部はそれを思い出した。そして同時に、なぜあの艦娘が今晩の約束を求めてきたかも理解する。
「提督、行っていいデスカー?」
「お前がそうしたいなら、行くなとは言わないよ」
「Sorry……では、失礼しマース……」
申し訳なさそうな表情で、金剛はおずおずと立ち上がる。
名残惜しそうに二度、三度と振り返り、結局日下部が止めようとしないのを確認すると、今にも泣き出しそうな顔で部屋を出ていった。
「川内の時もそうだったが、なんでこうするっとケッコンできないんだろうな」
日下部は大きな溜息を吐き出しながら言う。
「いやまぁ追加艤装と割り切ってケッコンするならともかく、全員ケッコンカッコガチのつもりなんでしょ? だったら人生の一大転機だし、するっとケッコンできる方がおかしくない?」
「おっと、一本取られた」
川内のどこか突き放したような言葉に、日下部は苦笑するしかなかった。
金剛が退室した後、必要最低限の説明を終えた日下部は嫁艦候補たちを解散させた。その後は執務室に出向いて大淀から必要な引き継ぎを行う。
そうこうする内に、あっという間に11月13日の夜は更けていった。
「提督さん、こんばんは」
そろそろ来るかなと思ったタイミングで、その艦娘は日下部の部屋のドアをノックした。
「いらっしゃい。待ってたぞ、夕立」
日下部は鍵を開けて、白露型4番艦を迎え入れる。
数日前。難易度の高い任務において旗艦を務め、見事にこれを達成した「ご褒美」として、今晩の約束を求められたのだ。
昼間に使った椅子は、二個を除いて片付けてある。その片方を夕立に勧めながら、自分はその向かい側に腰を下ろす。
「さて夕立、どうしてわざわざ今日を予約したんだ? って、まぁなんとなく予想は付いてるけどな」
「え、本当に?」
「ああ。103年前のこの時期、第三次ソロモン海戦だったんだよな」
ガダルカナル島を巡る攻防戦の中で、幾度か行われたソロモン海戦。その三回目に当たるこの海戦は、1942年の11月12日から15日にかけて行われた。
この戦いで沈んだ艦は、日米問わず多い。比叡もその一隻だし、そして今目の前にいる夕立も……。
「うん。今日、夕立が前世で沈んだ日っぽい。本当は『前の深夜』なんだけど、一応ぎりぎり11月13日ってことで」
「すまんな、昨日の深夜は松代大本営にいた。やっぱりソロモンの悪夢でも、怖いか?」
「沈んだのは、そんなに怖くはないっぽい。戦いってそういうものでしょ。でもあれだけの戦いをして、それが結局、戦果の面ではあまり意味のないことだったっていうのが……怖いっぽい」
赤い瞳を悲しげに伏せる夕立の姿に、日下部は思わずかけるべき言葉を見失う。
「提督さん、今の戦いは無駄じゃないよね? 夕立、頑張ってるよね? もっと褒めて欲しい。いっぱいいっぱい、頭撫でて欲しい」
夕立の血のように赤い瞳に宿る光は、まるで改までの翠色に戻ったかのように弱々しい物で。
日下部は椅子から立ち上がる。そのまま夕立の傍まで歩み寄ると、求められるままに手を伸ばして亜麻色の髪を撫でた。
「……よしよし」
「えへへ。ありがと。提督さんに頭撫でられるの、気持ちいいっぽい」
「そうか。なら遺伝だな。私の父さんは仕事が忙しい人で、なかなか家に帰ってこられなかったんだけど、たまに帰ってきた時はいつも頭を撫でてくれたんだ。それがすごく気持ち良かったのを覚えてる」
「ならきっと、提督さんと同じくらい優しい人だったっぽい?」
上目遣いに覗き込んでくる夕立の瞳に、日下部は言葉を失う。
優しい人。28年の人生の中で、言われたことはほとんどない。その逆なら何度も言われたものだが。
「優しくなんかないよ。むしろあの手の温かさを忘れてしまったから、私はクズになったんだろうな」
「昔の提督さんのことなんか知らないよ。今の提督さんは、すごく優しい人っぽい」
夕立は自分も椅子から立ち上がった。身長差をものともせず、日下部に向かい合う。
「提督さん。夕立、提督さんのことが好き。これは『ぽい』じゃないよ。胸を張って言える」
突然飛び出してきた言葉に驚いて、日下部は思わず目を見張る。
「お前、私みたいなタイプは苦手かと思ってた。その、お前も明らかにSじゃん?」
「あはは、そこは否定できないっぽい。でもね、それでも提督さんのことが好きだから。……いいよ。提督さんの好きなように夕立を染めて欲しい」
それは日下部の好みを熟知して、完璧にそこを突く言動。
恋という戦いは、攻撃だけではダメ。日下部は知る由もないが、しばらく前に夕立が時雨に対して語った通りの立ち回りだった。
「ローカルルールも守るよ。おとなしく順番を守るっぽい。だから夕立を、提督さんのお嫁さん候補にして欲しい」
「本気、なんだな?」
「もちろん、本気だよ」
もし外殻水晶体の機能をカットすれば、戦闘中にも劣らぬ量の想念力が生産されているのが見えたことだろう。
日下部は少しだけ息を呑む。真剣な想いには、真剣に相対しないと。
「そうか……なら。私もお前のことを好きになれると思う。思った以上に胸、でかかったしな」
「あはは。スケベっぽい」
「そうだよ、私はスケベなんだよ」
「そういうところも、嫌いじゃないっぽい。って、あっ」
不意に日下部は、夕立の身体を抱き寄せた。頬に両手を当てて、強引に上向かせる。
何をされるかを理解した夕立も、そっと目を閉じる。爪先立ちになって、少しでも身長差を埋める。
外殻水晶体をどうにか避けて、二人の唇はゆっくりと近付いていき、そして……優しく交わった。
一度目のキスは、甘く穏やかに。
「今はここまでな」
二度目の焼けるような熱いキスをしてしまったら、そこで止まる自信はない。
きっと最後までシてしまうし、そうしたらローカルルール上では浮気になってしまう。せっかくそれを守ると言ってくれた夕立の気遣いを、無にすることになる。
「ちょっと残念っぽい」
寂しそうな表情で微笑む夕立の本音は、日下部には窺い知れぬものだった。
※艦娘の進水日=誕生日をネタにした二次創作は多いですが、それと比べると戦没日をネタにした物は少ない気がします。やはりどうしても悲しみの記憶に触れることになるので、ネタとして人を選ぶからでしょうね。
嫁艦候補が一人増えました。
が、タイトルに「1」と付いてあるようにこの話はまだ終わりません。続きがあります。順調なら明日投稿できると思います。
夕立と日下部の身長差について。
軽く調べたところ艦娘の身長に公式設定はなさそうだったので、勝手に夕立(というか白露型全般)は150cm強くらい、日下部は175cmくらいを想定しています。
現時点でいる嫁艦候補は全員、日下部より身長は低い想定です(日向が170cmくらい、金剛がそれより一回り小さい想定。他はそれ以下です)。
ゴーヤは今回の夕立以上に、キスする時に苦労してそうですね。