日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


11月13日 2

偉大な勝利は、完全に諦めた次の瞬間に来る。

――ナポレオン・ヒル

 

 

(提督さん、理性飛ばなかったっぽい。ちょっと残念)

日下部とのキスを交わした直後の夕立は、穏やかに微笑みながらも内心でそんなことを思っていた。

唇を触れるだけのクローズドキスは、確かに最初の一回としては妥当なのだろうけど、率直に言って少し物足りない。

先程までの言葉は別に嘘ではない。日下部を優しい提督さんだと思っていることも、頭を撫でられて気持ち良く感じたことも、全部本当のことだ。ただそれはそれとして、もっと「先」までシて欲しいと思っているだけの話だ。

 

(やっぱり提督さん、夕立のこと子供だと思ってるのかな。艦娘の見た目と中身ってあまり関係ないのに)

もちろん関係ある艦娘もいる。海防艦辺りは割と見た目通りの「お子様」だ。

夕立、というか白露型について言えば、身長は確かに低い。駆逐艦の艦娘の中では大きな方だが、陽炎型や夕雲型よりは明らかに小さい。いわんや日本人の平均身長より一回り上背のある日下部と比べると、確かに大人と子供ほど違うと言える。

だが言ってはなんだが、夜戦は得意だという自負がある。

だからこのまま押し倒されたって構わないし、正直に言ってそのつもりだった。

 

(提督さんは戦艦並に強いから、時雨みたいに暴力的に躾けられたらさすがに抵抗できないけど、純粋な夜戦なら負けないよ。夕立に夢中にさせてあげる。そしたら夕立が提督さんの一番になるっぽい?)

人間はえてして、現実の光景よりも自分の見たい物を見てしまうものだ。そしてそれは艦娘も変わらない。

日下部がこうしている夕立の内心を察せないように、夕立も日下部の過去を知らない。

夕立は第三次ソロモン海戦において単身で敵艦隊のど真ん中に飛び込み、沈没までのわずか32分間に多数の武勲を挙げた「ソロモンの悪夢」。

良く言えば恐れ知らずだが、悪く言えば無謀となる。

 

(いっそ今仕掛けちゃおっかな。素敵なパーティ始めるっぽい……?)

それが先程得た勝利を灰燼に帰すものであると気付かないまま、夕立が破滅の扉を開こうとした瞬間、

 

「クソ提督!」

全艦娘で一人しか使わない二人称と共に、破滅の扉の代わりに物質世界の日下部の部屋の扉が、勢いよく開け放たれた。

 


 

時間は少し前に遡る。

 

(来ちゃった。よりによって一人が怖くてクソ提督の部屋に来るなんて、あたしもヤキが回ったかな……)

曙は日下部の部屋の前に佇み、ドアをノックするかさんざん逡巡していた。

()()()()()()()()()()。1944年11月13日、マニラ湾で空襲を受けて撃沈。

その頃の帝国海軍は、ソロモン海戦において夜戦で大暴れしていた頃とは何もかもが違っていた。

 

自分は、どうしたいのだろう。

先日、自分にできる範囲で精一杯素直になって(デレて)みせたのに、日下部はちっとも気付いてくれなかった。少なくとも曙の目にはそう写った。

あれで伝わらないのであれば、もう本当にはっきりと告白するくらいしかない。

 

(できるのかな。こんな捻くれたあたしに)

素直な気持ちを言葉にするなんて、想像するだけで胃がねじ切れそうになる。

けれども。

 

『なら自分のことは信じなくていい。だが、私はお前という艦娘を信じている。だからその私を信じろ』

あの時言ってくれた言葉があったから、黄金の秋刀魚を見事に釣ることができた。

だから少しだけ、自信を持ってもいいのかもしれない。好きな物を好きと言うのは、本当に難しいけれど。

曙が意を決してドアをノックしようとした、まさにその時。

 

「夕立、提督さんのことが好き。これは『ぽい』じゃないよ。胸を張って言える」

そのドアの向こうから、真っ直ぐな想いのたっぷり詰まった声が聞こえてきた。

よく見るとわずかに隙間が空いている。おそらく先客を迎え入れた時、しっかりと閉め損ねたのだろう。

 

「……!? そ、そうよね。そういえば夕立も今日が戦没日だったわよね。あっちが二年早いけど」

先客がいる可能性を、そういえばちっとも考えていなかった。約束していたわけじゃないのだから、もしかしたら嫁艦候補の誰かと夜戦していてもおかしくなかっただろう。

だがあるいは……もしそうだった方が、よっぽどマシだったかもしれない。

 

「でもね、それでも提督さんのことが好きだから。……いいよ。提督さんの好きなように夕立を染めて欲しい」

あれだけ自分が必死に勇気を振り絞って、ようやく言えるかもしれないと思えた告白の言葉を、いともあっさり口にしている。

 

「ローカルルールも守るよ。おとなしく順番を守るっぽい。だから夕立を、提督さんのお嫁さん候補にして欲しい」

それもきちんと日下部の好みに合わせて、戦術的な言葉選びをする余裕まで見せて。

 

「こ、こういうのは早いもの勝ちだもんね」

声が震える。一生懸命膨らませた勇気が、急速にしぼんでいく。

黄金の秋刀魚を釣れば、きっと何かが変わると思った。

けれどもやっぱり自分はどうしようもない不幸艦のままで、そんな自分に変えられるものなんて何もなかったのだ。

 

「違う! あたし、クソ提督なんかいなくても平気!」

自分自身でさえ信じていない言い訳を連ねて、曙は日下部の部屋の前を離れる。

 

「平気なのに……なんで、涙が出てくるのよ……」

足取りはまるで、巨大な鉄塊でも引きずっているかのように重く。どこに向かっているのか、どこをどう歩いているのかすらわからない。

そしてどれぐらいの時間を歩いたのかさえわからなくなった、その時。

 

「あれ、ぼのぼの?」

かけられた声に力なく顔を上げると、そこにはよく見慣れた漣の顔。

 

「てっきりご主人様の部屋に行ったものと……って、泣いてる!? あの野郎、何しやがった?」

「あ、いや違う! 泣いてない。泣いてなんかない! あたし、夕立に先を越されて泣いたりしてなんか……ない……」

自分の言葉を重ねるたび、惨めさと敗北感が膨れ上がる。負の想念の自己生産。

そんな曙を前にして、

 

「ぼの……。そ、それは。なんというか災難でしたな」

漣の中で相反する感情が渦を巻いた。

ひとつは友人として、七駆の仲間として、曙のためを思うもの。

そしてもうひとつは……。

 

「結局あたしは、一人ぼっちなのよ! 一人だと清々……する……わ……」

涙で顔をぐしゃぐしゃにして、曙はそんなことを言う。

強がりにすらなっていない。自分さえ騙せていない。

そんな弱い、悲しい、愚かな、情けない曙を、

 

「ねぇ、曙」

「……!? 漣にちゃんと名前を呼ばれるの、すごく珍しい」

「曙はいつも意地張ってるけど。あのご主人様には、それじゃ通用しないよ。せっかくデレられたんだから、もう一歩踏み込みなよ」

漣は、力の限り突き放した。

お前の来る方向はこちらではない。苦しくても、もう一度戦えと。

 

「好きなんでしょ? ご主人様のこと」

「……」

「恋愛は先手有利ではあるけど、早いものが絶対に勝つわけじゃないよ。そもそも早いもの勝ちなら、川内さんの一人勝ちだよ」

自分は今どんな顔をしているだろう。

きちんと笑えているだろうか。それとも、曙に負けず劣らず酷い顔をしているだろうか。

どちらだって良い。曙に、もう一度火を灯すことができるなら。

 

「漣、……あんた」

「漣のことはいいから! だから、曙。頑張れ」

言葉が、届く。

曙は顔を上げた。その瞳には、もう涙は残っていない。

改めて現在地を確認する。幸いにして、ここから日下部の部屋まではそんなに遠くない。

まだ11月13日の夜は終わっていない。ならばまだ戦える。初撃を外したとしても、次発装填装置を備えているのが日本の水雷戦隊なのだから。

 

「漣、ありがとう!」

短く礼の言葉を残して、曙は踵を返す。

その背中を見送って、曙の姿が完全に視界から消えるのを確認してから、

 

「恋愛が早いもの勝ちだったらさ」

漣はぽつりと呟く。

 

「今頃ぼのぼのは、漣と付き合ってますよーだ。バーカ……」

いつもふざけていると思われがちだが、肝心な時にはちっともふざけられなかった。

それでもいい。言葉は確かに届いたのだから。

 


 

「クソ提督!」

勢いのままに扉を蹴り開ける。

鍵が掛かっていないことは、先刻確認済だ。

 

「うおっ!?」

「曙っぽい!?」

至近距離で密着していた日下部と夕立が、驚いたように目を向けてくる。

このまま浮気夜戦に突入するつもりだったのだろうか。それとも案外、それ以上のことはしないつもりだったのだろうか?

どちらでもいい。それは日下部と夕立の物語であって、自分の物語とは別のものだ。

 

「いきなりドア開けて飛び込んでくるな!」

日下部がもっともすぎるツッコミを入れてくるが、無視する。恨むなら鍵を掛け忘れた自分を恨んで欲しい。曙はそのまま突き進むと、強引に二人の間に割り込もうとする。

夕立は一瞬むっとした表情を見せたものの、気迫に押されたのか、最終的におとなしくその場を明け渡した。

そうして曙は、日下部と正面から対峙する。

至近肉薄、それは水雷戦隊の本分たる距離。

 

「いい、()()? 一度しか言わないから、耳かっぽじってよーく聞きなさいよ?」

もう誰にも、何も変えられない不幸艦なんて言わせない。

――自分自身にさえも。

 


 

「夜戦演習終わって様子を見に来たら、嫁艦候補が二人も増えてるってどういうこと……?」

かくーんと顎を外したかのように口を開けて、川内は日下部に胡乱な視線を向ける。

 

「どうもこうも。そういうことだよ」

日下部は一切悪びれずに言う。

 

「ちゃんとルール守って列の後ろに並ぶから、文句を言われる筋合いはないっぽい」

「仕方ないから、あたしの前に並んでる全員とケッコンするまで待ってやるわよ」

駆逐艦二人もそれに便乗して口々に言った。

跳ねっ返りの夕立に、どうしようもない意地っ張りの曙。まさかこの二人が日下部とおとなしく結ばれることになるとは完全に予想外だった。

……いや、本当に「おとなしく」結ばれたのか?

 

「よし落ち着こう。確認するけど、浮気はしてないね? 最初の六人以外に手を出したら浮気だからね」

「当たり前だろう、約束は守るよ。こないだの翔鶴の件だって誤解だったろ?」

日下部は落ち着き払って言うのだが、

 

「本当それズルいけど、仕方ないっぽい。今日のところはキスだけで我慢するっぽい」

「あ、あたしはあれがファーストキスだったけど……意外と気持ち良いものなのね……」

駆逐艦二人が援護射撃のつもりで言った言葉で、ぴきっと空気が硬直した。

 

「ふーん。キスはしたんだ?」

「せ、川内さん? キスくらいでは浮気にはならないと小官は思うのですが」

「確かに? 赤城さんとの約束では、どこからが浮気になるかは正確に決めてなかったけど? 普通の感覚で言えば……キスは浮気に決まってんでしょ!」

「バカな! キスどころか『尻でスる』までは浮気にならないんじゃないのか!?」

「そんなのはエロ漫画だけだーっ!」

しかもそれは大概「通用しない言い訳」ではないだろうか。

 

「駆逐の子相手に本気で怒るのはさすがに大人げないけど、黙って見過ごすのも嫁艦としての沽券に関わるし……」

さすがに今は艤装は装備していない。執務室ならともかく、ここは日下部の私室だ。艤装を装備したまま来るような場所ではない。

だから代わりに川内は、固く拳を握り込む。

 

「あ、曙。これちょっと自分の部屋戻った方がいいっぽい! ブーゲンビルの悪夢見られるっぽい」

「クソ提督、また明日ね!」

「えっ、これ私一人だけボコられる流れ……?」

駆逐艦二人はあっさりと日下部を見捨てて、足早に去っていく。

まぁあっちはいい。この光景を見せ付ければ、当分はおとなしくしていることだろう。

だが日下部は……無罪放免というわけにはいくまい。

 

「今のあたしは、大和型にだって負けないっ!」

「ねぇこんなところで吐く台詞ですかそれーッ!」

抗議の声を上げる日下部に、軽巡とは思えない威力の拳が真っ直ぐ突き刺さった。




※「艦娘たちのザラザラした大地 -白露型4番艦と綾波型8番艦の場合-」の後書きで書いた夕立と曙の共通点は、本話に書いた通り「戦没日が同じ」です。

というわけで嫁艦候補がもう一人増えました。
本作を始めた頃には、曙が日下部とくっつくのは絶対に無理だと思ってたんですが、「大井との一件による日下部の反省」「長谷川の未練を体験したこと」「ガチF作業modeによる黄金の秋刀魚の漁獲(およびそこに至る中元寺ファイルによる助言)」「漣の献身」と色んな要素が噛み合ったおかげで、奇跡的に結ばれました。
正直に言って二度はないです(なので霞や満潮は……)。

漣について。
一般的には七駆内で曙とセットにするなら潮が主流かと思うのですが(実艦時代もそんな感じでしたし)、本作では漣が曙Love勢です。
特に調教せずとも提督を「ご主人様」と呼んでくれる子ですが(もっとも「SMプレイ上の」ではなく「メイドの」ご主人様だと思いますが)、台詞の端々からSっ気が滲み出てますね。本人の言う通り、日下部と恋愛したら主導権の握り合いですぐに疲れてしまう(よって長続きしない)タイプかと思います。
ちなみに曙が改二になれず黄金の秋刀魚を釣れなかったルートの場合、落ち込んでいる曙に対してついに気持ちを抑えられずに手を出してしまう予定でした。この場合は曙と漣自身は救われますが、物語の主軸からはフェードアウトしてたと思います。

さて次話は、秋刀魚祭りの締めくくりの話になります(秋イベという単位ではまだまだ続きますが)。
艦これ本編では春イベの足音も聞こえ始めましたが、それまでになるべく多く話数を更新しておきたいところです。
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