日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


帰ってきた鎮守府秋刀魚祭り -恋模様は百花繚乱ですか?-

その日、ひょっとしたら運命の人と出会えるかもしれないじゃない。その運命のためにも、できるだけかわいくあるべきだわ。

――ココ・シャネル

 

 

「クソ提督。一回ぐらい、あんたも自分で釣ってみない? やってみると案外楽しいわよ」

秋刀魚祭りの終わりの足音が聞こえてきた頃。

執務室で仕事をこなす日下部に対して、曙がそんなことを言った。

 

「婚約してもクソ呼ばわりかよ、まぁいいけど。釣り、か……」

率直に言って、考えたことなど一度もなかった。魚というものはMM機関で出す「食糧」であって、生きている魚というものを意識したのはこの秋刀魚祭りに参加してからが初めてだ。

だがシンギュラリティ到来によって変わったこの地球、今後はそればかりではいけないというのは川内と話した通りだろう。

 

「よしわかった、やってみるか。って、何を用意すりゃいいんだ?」

「まず釣り竿。あとはフィッシングウェアね、北海道の海は寒いわよ。それと……」

曙は必要な物を挙げ連ねる。

この秋刀魚祭りの始まった頃、初めての秋刀魚漁に四苦八苦していた姿が懐かしい。今ではすっかりいっぱしのF作業従事者(フィッシャーマン)だった。

 

「あとは……そっか、あんた海の上歩けないんだっけ。じゃあ内火艇でも用意することね、安全はきっちりあたしたちが確保してあげるから」

「む、そうか」

内火艇、というか艦載ボートはもちろん存在するが、

 

「改めて艦娘の『海の上を歩ける』って特性は便利だなぁ。今回は無理にしても、秋イベが終わったらそういう想念兵装を研究してみるか」

「してみるか、ってそんな簡単に作れるもんなの?」

「ああ、参考にできる概念がギリシャ神話にあるからな。やはり『海の上を歩く』といったら、あの狩人だろう」

想念工学が従来の機械工学に比べて優れている点のひとつは、頭の中のイメージを製品化するまでの時間が圧倒的に短いところだろう。

機械工学であればイメージを図面化して製造機械に入力し、材料を用意してようやく組み上げに入ることができる。

だが想念工学においては、図面化も材料の用意も必要ない。頭の中のイメージが、そのまま図面であり材料なのだから。

 

「それはともかく、釣りに必要な道具は次の出撃までに準備しておくからさ。色々と教えてくれよ、我が第十一夫人候補」

「ねぇあたしが言うのもなんだけど、多すぎじゃない? 教えるのは……別にいいけどさ」

曙は視線を逸らしながら、そんなことを言う。最近ようやく、そんな彼女の態度の真意が理解できるようになってきた。

だから日下部は微かに赤く染まった曙の頬に、穏やかな笑みを浮かべるのだった。

 


 

秋刀魚祭りの最終日。

日下部鎮守府の中庭は、残っていた秋刀魚を一斉に調理してみんなで持ち寄って食べる、ちょっとしたパーティ会場になっていた。

日下部もまた、自分で釣った秋刀魚を自分で炭火焼きにして口にしてみたのだが、

 

「川内、この秋刀魚めちゃくちゃ美味くないか!?」

驚きの余り、声を辺りに響き渡らせていた。

 

「なんだろう。あのフィンタンは確かに今まで食べたことない程に美味かったんだが、この秋刀魚はまた違った美味さがある。不思議だ」

これは自分で釣ったということ以外、特別なところのないただの秋刀魚だ。なのになぜこんなに美味いのだろう。

日下部は思わず首を捻るのだが、川内は事もなげに、

 

「そんなの簡単な話じゃない?」

「……え?」

「自分で苦労して釣った魚が美味しくないわけないじゃん。MM機関でいつでも食糧を出せる現代の科学って確かに凄いし、あの大戦の時にこれがあればってのは今でも思うけどさ。こうやって苦労して糧を得るのも、たまには悪くないでしょ?」

大正生まれの女から、停滞の時代育ちの男へ贈る最後の食育。

日下部はその言葉を、脂の乗った秋刀魚の身肉と共に噛みしめる。

 

「そうだな、お前の言う通りだよ」

本当に、この秋刀魚祭りに参加して良かった。フィンタンの件はもちろんだが、それ以上に大切なことをたくさん学べた気がする。

 

「提督。あの、ビールをお持ちしました。よろしかったらいかがですか?」

その時、不意に横合いから声をかけられた。

そちらを振り向くと、そこにいたのは神鷹。ドイツの民族衣装(ディアンドル)に身を包み、両手にビールを持っている。

あと一ヶ月ほど季節が早ければ、ドイツのバイエルンで開催される世界最大規模の祭事「オクトーバーフェスト」を思わせたことだろう。

 

「お、ありがとう。いただくよ」

日下部は神鷹の手のジョッキを受け取った。片方を川内へと渡す。

 

「あの……Danke schön(ありがとうございます)……こうして給仕のようなことができると、まるで客船に戻ったみたいで嬉しいです」

「そっか。遠い異国でたった一人だったんだもんな。うん、ディアンドル似合ってる。可愛いぞ」

特に深い意味もなく、日下部は思ったままを口にする。

瞬間、ぼんっと湯でも湧いたかのように神鷹の顔が真っ赤に染まり、川内の眉根がぴきりと寄った。

 


 

「おう。神鷹の奴、真っ赤になって。変則的だが深海堕ち救出勢だから、提督に惚れておかしくないと思ってたが案の定だな」

そんなやり取りを少し離れた場所で見ていたカブールは、しみじみと呟く。

周囲にいるのはノーザンプトン、ホノルル、ヴィクトリアスの深海堕ち救出組。そしてついでに長波、北上、大井、全部で七人の結構な大所帯だった。

 

「でもさー、あの性格だと提督とは相性悪そうじゃん? あんまり上手く行く気がしないんだよねー」

「性格以前の問題の場合もありますし……」

ホノルルとノーザンプトンは、自分の経験からの意見を口々に言う。

 

「そもそもアレに惚れる方が間違いなのよ。こっちの気持ちなんか全然気付かずに、勝手に好いたり振ったり……」

それに対して、じっとりした感情を口にしたのは大井だった。

 

「夏イベの最中に振られた後の大井っち、本当に大変だったもんねー。あたしも慰めるの大変だった」

「北上さん! それ今言わなくても」

「でもさー。本当に提督のこと好きだったら、自分からもっと早く言うべきだったと思うよ? あの人はっきり言わないと伝わらないのはすぐわかるじゃん? ねーホノルルっち?」

いきなり北上の矛先が自分に向いて、思わずホノルルは飲んでいたビールにむせそうになる。

 

「うっさい! どうせあたしは戦術ミスったよ。いいんだ、あたしにはジンツウがいるからな」

「ま、それはそうだよね。あたしも大井っちに振られずに済んで、そこは良かったかな」

「き、北上さんを振るなんてあるわけないじゃないですか!」

傷付いた記憶も、こうして酒の肴にできるならもう大丈夫だろう。

 

「しかしなんだ、あの提督はどこまで嫁艦候補増やす気なんだーおい? 夕立と曙が上手くやったのは聞いてるが」

「別に何人増えても構わないけど、当人たち同士で納得して関係構築して欲しいものね。ノーザや大井みたいな例は、あまり出して欲しくない気がするわ」

長波の疑問に、ヴィクトリアスがもっともな感想を述べる。

 

「最低でもワシの席はないと困るんだが……」

「つってもまだ告白してないんだろー? お、カブールもフラグ折れ同盟側に来るかー?」

長波はからかうように言うのだが、

 

「お断りよ! 二回目の大規模改装したらちゃんと告白するわ!」

カブールは戦艦のくせに、まるで駆逐艦のような体躯をピンと反らして胸を張った。

胸部装甲だけはきちんと戦艦相応なのだが、対する長波も駆逐艦離れしたサイズのため、並ぶと艦種など無意味に感じられるような光景だった。

 

「その断られる可能性を一切考えない自信……あたしに足りなかったのはそれかー」

「ワシのモットーは、誰にも負けない! 戦う前から負けることを考えるなんて愚の骨頂だぞ」

「まったくですよ。せっかく素材はいいんですから、もっとこう自分の色気を活かしたらどうですか。そこはお姉さんのユウグモを見習っていいと思いますよ」

カブールの頼もしい言葉にノーザンプトンが同調して、思わず長波は言葉に詰まる。

だが……あの提督にもう一度恋をするかどうかはともかく、少しはそういうことを考えてもいいのかもしれない。せっかく肉の身体で女に生まれ直したのだから。

 


 

「そういえば提督Loveと言えば……ヴィクトリアス、ちょっと良いか?」

しばらく談笑を続けた後、何かを思い出したかのようにカブールの言葉が不意に矛先を変える。

 

「あら、何かしら」

「神鷹以前に、まずお前が深海堕ち救出勢だったな。単刀直入に聞くぞ? お前は提督に惚れたか?」

同じ夏イベで着任したはずなのに、今の今までその可能性に気付いていなかったのは、おそらくあまりにも普段からそんな様子が見えなかったからだろう。

 

「ああ……、なるほどね」

夏イベが終わって程ない頃に、ウォースパイトにも同じことを聞かれたことを思い出す。彼女の場合は自分を口説くための質問だったが、カブールの場合は逆に恋のライバルが増えることを警戒しているのだろう。

もちろん言うべきことは変わらない。あの時と同じ答えを返す。

 

「心から感謝はしているし、尊敬もしている。だから提督の力になりたいとは思ってるわ。けれど、きっとこの気持ちは恋ではないわね」

「ほぉー、まぁそういうこともあるか。別に『惚れてもおかしくない』だけで、『絶対に惚れる』というものではないんだな。そこは一人ひとり感じ方が違ってもおかしくはないか」

ライバルが一人減って万々歳といった態度を隠すこともなく、カブールは笑みを浮かべる。

彼女としてはそれが聞ければ十分といったところだったのだが、

 

「なぁヴィッキー、じゃあ聞くけど。提督を好きにならなかったっていうことは、誰か他に好きな艦娘でもいるのか? 神通に落とされたあたしだから気付けたと思うんだけど、ヴィッキーには『こっち側』の匂いがするんだよね」

その後を継いで質問を重ねたのは、ホノルルだった。

 

「恋かどうかはわからないけど。会ってみたい子ならいるわね。ドイツの戦艦なんだけど」

「そうか、ビスマルクか」

カブールの挙げた名前は、実にもっともだろう。現時点で艦娘になっているドイツの戦艦は、ビスマルクただ一人なのだから。

 

「いいえ、違うわ」

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「私が会ってみたいのは、その妹。『孤独の女王』と呼ばれた子よ」

周囲の全員が驚きに目を見開く中、ヴィクトリアスは堂々と言葉を続ける。

 

「前世の私が、ついに仕留めきれなかった戦艦。結局彼女を沈めたのは、艦載機ではなく重爆(ランカスター)の5t爆弾だったわけだけど。まだ艦娘にはなってないみたいなんだけど、会って話をしてみたい。どんな子かしら?」

「イギリス空母は、自分の獲物に恋をする習性でもあるの……?」

横で話を聞いていた大井が、顔をわずかに引きつらせてツッコミを入れる。

その言葉は、ヴィクトリアスよりもずっと前から艦娘となっているイギリス空母、アーク・ロイヤルを念頭に置いたものだ。

アーク・ロイヤルは、ドイツ戦艦ビスマルクの追撃戦で活躍した空母だ。その後は地中海戦線においてマルタ島への航空機補充任務に従事していたが、ビスマルク撃沈のおよそ半年後にドイツの潜水艦(Uボート)によって撃沈されている。

日下部鎮守府に艦娘としてのアーク・ロイヤルは未着任だが、同艦交信で他鎮守府の大井に聞いたところによると、少なくない数のアーク・ロイヤルがビスマルクに惚れ込んで今も追いかけ回しているらしい。

 

「知らないわ。アークはアーク、私は私よ」

「いいんじゃねーの。前世で敵対した同士で結ばれるとか、ロマンチックだろ?」

実際に神通とその言葉通りの関係になったホノルルが、あっけらかんと言う。

 

「あっちが私をどう思うかはわからないから、叶わない恋かもしれないけどね」

「なぁヴィクトリアス。もっと大きな問題があるだろう?」

カブールは真剣な表情を浮かべて、ヴィクトリアスに正面から向き直る。

 

「その恋は本当の意味ではまだ始まってすらいないだろう? いつ始められるのかすらわからないじゃないか」

「ええ、それはレディにも言われた。『それはあまりに報われないのではなくて?』ってね。でもいいの。私の意志が続く限りは、この気持ちは持ち続ける」

いつか摩耗に耐えられなくなって、消えてしまうかもしれない。

実際に艦娘になった「孤独の女王」を目にしたら、想像とのギャップに幻滅してしまうかもしれない。

けれども、実際にそうなってしまうまでは。自分は自分の恋心を大事にしたい。

 

「そうか、わかった。いつの日か会えると良いな」

カブールはそれ以上、ヴィクトリアスの決意に水を差すことはしなかった。

 

「ええ、ありがとう」

ヴィクトリアスは小さく微笑んで、その言葉を受け止める。

百花繚乱の恋模様と共に、日下部鎮守府の秋刀魚祭り最後の夜は更けていった。




※秋刀魚祭り最終話です。
「晩秋」章(≒秋イベ)全体で言うと、これでちょうど半分です(後半で文章量の関係から話数を増やさない限り)。

「孤独の女王」について。
ビスマルクの妹ということで、該当する艦は一隻だけですね。
古参提督の中には、彼女の実装を心待ちにしてる方も多いかとは思います。私も好きな艦ではありますので、早く実装して欲しいものです。
まぁ仮に実装されたとして、どんな子かわからない以上ヴィクトリアスとの恋愛が成立するかは割と謎ですが……(アーク・ロイヤルとビスマルク程度には絵になることを願います)。
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