日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


最新鋭軽巡の夜戦での活躍 1

愛には三種類ある。美しい愛、献身的な愛、活動的な愛。

――レフ・トルストイ

 

 

それは曙が改二になるための練度上げをしていた時期のこと。

演習には当然ながら曙以外の艦娘も参加している。その内の一人が本日の演習にて、大規模改装可能な練度に到達した。

 

「提督、ポーラご機嫌で~す。ついでにお酒の瓶、もう少しだけ積みません?」

「積むか!」

改装の報告に執務室を訪れたイタリアの重巡・ポーラの妄言に対し、日下部は容赦のないツッコミを入れる。

 

「しかしお前はこれで大規模改装は打ち止めか」

「そこは仕方ないですね~。やってられないので飲みます~。提督も一緒にどうですか~? 身体熱くなりますよ~」

「飲むなたぁ言わんが、節度を持てっての」

この艦娘は、隙あらば理由を付けて酒を呑もうとする。そして身体が熱くなったと言って服を脱ごうとする。

日下部鎮守府のポーラは、ヴァランタン鎮守府の秘書艦のように見境なく発情しているわけではない。そこは少しだけマシなのだろうが、飲兵衛で脱衣魔というだけで十分以上に厄介だった。

 

「夜はいくら娼婦でもいいから、昼の間は淑女であって下さい本当」

「それはお嫁さんの理想じゃないですか~? ポーラ、提督さんは良い指揮官だと思いますけど、ケッコンするのはちょっとですね~」

「あれ、告白する気ゼロだったのになぜか振られた。まぁいいけど」

日下部はモテない艦娘に対してはまったくモテない。おそらく提督Loveになるのは艦娘の本能なのだが、曲がりなりにも知的存在である艦娘が、常に本能に忠実とは限らないのだ。

 

「なんだなんだ、誰か好きな子いんの?」

「えへへ~、ポーラはザラ姉様に首ったけです~」

「……ほう」

挙げられた名前は、正直それほど驚くようなものではなかった。艦娘同士で恋愛する個体の場合、同型艦の姉妹や同じ部隊の艦娘といった近い存在に惹かれることが多い。

ただし。日下部は、あることに気付く。

 

(あれ、うちのザラって確か能代といい感じだったはず? まぁ仲が良いからって、恋に発展するとは限らないが……)

日下部鎮守府のザラと能代は共に夏イベで着任し、「身内の世話に苦労している繋がり」で仲良くなった。

カレーしか作れないという能代に対し、料理が得意なザラがイタリア料理を教えるようになっていたはずだが、最近どうなっているかまでは把握していない。

中元寺ファイルを確認しに行ったり、曙のケアをしたりと、率直に言って忙しいというのもある。

 

「あ、この時間ならザラ姉さまはキッチンですね~。提督~、ポーラ失礼しますね~」

にこやかな笑みを浮かべて執務室を辞していくポーラの背中を、日下部は少しだけ不安な思いで見送った。

 


 

ほぼ全武装を艦娘に委ねるかわりに、居住性に特化した人類統合軍の艦娘運用母艦は、食堂(ダイニング)の設備も豪華客船顔負けの絢爛さを誇っている。

MM機関による自給自足体制と合わせて、理論上は半永久的に洋上活動が可能な「移動鎮守府」である艦娘運用母艦ではあるが、長期間の航海を精神的に支えるに当たって日々の食事はきわめて重要だ。

食事当番は交代で艦娘自身が務めているので、出てくる食事まで毎回豪華客船並とはいかないが、幸いにして料理が得意な艦娘は多い。

その中でも特に料理上手で知られる一人が、重巡・ザラだろう。

 

「今日のメニューはいつものパスタに加えて、サンマーのカルパッチョです!」

夕食時の混雑が一段落した後のキッチン。

料理当番としての業務が終わった後に、ザラは能代に対して個人的な料理指導を行っていた。

 

「すごい。秋刀魚がしっかりとイタリア料理になってます」

「ほら、感心してないで。能代も作り方覚えるんでしょ? やってみて」

「はいっ。テキパキと片付けちゃいましょう!」

夏の地中海から三ヶ月。この料理指導はすっかり日常の一部になっていた。

元々生真面目な性格もあって、能代は砂が水を吸うようにイタリアンの技法を吸収している。

だがそれ以上に能代にとっては、穏やかで心安らぐ大切な時間だった。

 

「能代ー、早くー。阿賀野お腹空いちゃった」

「阿賀野姉ぇ……当たり前のようにいて、当たり前のように食べる準備だけしてるのやめませんか」

少し離れた場所で二人の様子を見ながら声をかけてくる姉の姿に、能代は思わず呆れたような声を上げる。

日下部鎮守府の古株曰く、阿賀野は能代の着任前は結構しっかりしていたというのだが、自分の物語(ナラティブ)においてはただの「だらし姉ぇ」でしかない。

ついつい甘やかして世話を焼いてしまう自分にも、その責任の一端はあると思うのだが……。

 

「というか毎回言ってますけど、阿賀野姉ぇ料理はできるじゃないですか。一緒に作り方覚えましょうよ」

「そんなわけにはいかないのです」

解せぬ。

一回きっちり問いたださないとダメか……と、そんなことを考えたその時、

 

「ザラ姉さま~、ちょっといいですか~?」

キッチンと食事スペースを隔てる扉の向こうから、どこか間延びしたような声が聞こえてきた。

瞬間、二人のやり取りを微笑ましそうに眺めていたザラの表情が、ぴきりと固まる。

 

「あ、ポーラ。ごめんね能代、阿賀野。ちょっとだけ席外すね」

困ったような表情は、手のかかる妹に対する姉としての物。

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はい」

能代は自分の感情を無理やり胃の奥に呑み込み、平静を装ってザラの言葉に応える。

 

「いってらっしゃ~い」

それに続く阿賀野の声は、普段と何も変わらないように聞こえた。

 


 

「もう、ポーラ。この時間はここには来ないでって……」

キッチンの外、食事スペース側に出たザラは、ポーラに対して困ったような口調で言う。

 

「んふふ~、いてもたってもいられなくて」

だがポーラはまったく悪びれる様子はなかった。

元々垂れ目で柔和な顔立ちをしているポーラは、阿賀野以上にだらしない印象を与える。

印象だけでなく実際にだらしない一面があるのは事実だが、それは言い方を変えれば……「自分の好きな物を好きと言うことにためらいがない」ということになるだろう。

だからポーラは、続きの言葉を口にするに当たっても一切ためらうことなく、

 

「今晩あっちの鎮守府のポーラとザラ、夜戦するそうですよ~。こっちもシましょ~♪」

「……えっ」

「さすがに地球の裏側のヴァランタン鎮守府までは同艦交信届きませんけど、近場でザラ姉さまと愛し合ってるポーラが見付かって本当に良かったです~」

うっとりしたポーラの口調に、ザラの胸が早鐘を打ち始める。

人間だったら「心臓の鼓動が増した」と表現すべき状況だろう。

 

「……」

「あれあれ~? 想像してねっちょりしちゃいました~? ポーラ、ザラ姉様のそういうところ大好きですよ~」

こんな蠱惑的なことを言いながら、ポーラの表情も口調もいつもと変わらない。

きっと蕩けているのは、自分の方だ。

 

「ポーラ。ザラは……」

それでもなんとか拒絶の言葉を口にしようとした唇を、ポーラの唇が強引に塞ぐ。

 

「……!?」

何が起きたか理解するよりも早く、舌先が口腔内に強引に侵入してくる。じゅるじゅると下品な音を立てて、ワインの味がする唾液が流し込まれた。

ポーラの唾液がワインの味なら、自分の唾液は秋刀魚の味がしているだろうか。柔らかな舌の感触に抗うことができず、ザラはいつの間にか自分から舌を絡めるのに夢中になっていた。

やがてぷはっという息を吐いたのは、どちらだったろう。

離れていく唇と唇の間に微かに唾液の糸が引かれているのを、名残惜しそうに見詰めてしまう。

 

「んふふ~。拒もうとしてもねっとりキスしたら途端に素直になるザラ姉様は、本当に素敵です~。姉様、ポーラお部屋で呑みながら待ってますからね?」

ポーラの笑みは、自分が逆らえないことを完全に理解している物だと思った。

 

「……うん」

そしてザラは、事実逆らうことなくその言葉に頷くのだった。

 


 

「……」

キッチンと食事スペースの間の扉は、決して分厚い物ではない。

特に聞き耳を立てるつもりはなかったが、残念ながらキッチン内にはザラとポーラのやり取りはすべて丸聞こえだった。

押し黙る能代に対し、

 

「ねぇ能代。あれ、あのままやられっぱなしでいいの?」

呆れたように阿賀野は声をかける。

 

「だって。仕方ないじゃないですか。同艦交信を利用して、二人分の夜戦の快感を同時に味わうとか」

能代は虚ろな瞳で、乾き切った表情を浮かべる。

周囲の艦娘から情報を収集したところ、元々はヴァランタン鎮守府の秘書艦ポーラが教えた技術らしい。

奇しくも日下部と川内がケッコン初夜に陥ったのと似たような状態だが、想念交信を制御しきれずに偶発的になってしまったあちらと違って、同艦交信をきちんと制御した上で自発的に通常の二倍の快感を味わうのだ。

ポーラは着任した日の夜、一度だけとザラを強引に口説き落としてこの夜戦を行ったという。

そしてザラは……その快感に抗えなかった。一度だけのはずが二度、三度と回数を重ねるようになり、その度ごとにポーラの爪痕が肉体に刻まれていった。

 

「ザラさんと愛し合ってる能代なんて、まず他にいないですし……悔しいけど、勝てないです」

そもそも前世における国籍も、艦娘になった時期も違う。たまたま日下部鎮守府において、近い時期に着任したというだけの……そして言ってしまえば牽強付会でしかない、些細な共通点から始まっただけの関係。

だから能代は、同じ快感をザラに提供することはできない。

 

「ご、ごめんね能代! 肝心なところで中断しちゃって」

その時、ザラがそんな言葉と共にキッチン内へと戻ってきた。

何事もなかったかのように取り繕って、顔だけは先程までの微笑を取り戻している。

ポーラの唇と舌で発情させられた際の濃厚な臭いまでは、どうしたって隠せていないのに。

 

「いえ……」

能代もまた、何も気付いていないフリをする。ザラが何も言わないのだからと。

心を削りながら続ける悲しき三文芝居。

――それは阿賀野にとって、とても正視に耐える光景ではなかった。

 

「能代、ザラさん。阿賀野はやることができました。ご相伴に預かるのはまた今度ね」

笑みを浮かべて言い放つと、返答を待つことなくキッチンから歩み去っていく。

 

「あ、あんな阿賀野、初めて見た。轟沈させられるかと思った……こっち重巡なのに」

「私も初めて見たかも。阿賀野姉ぇ、あんな表情できるんだ……」

ザラと能代は、困惑したように顔を見合わせる。

口元だけは笑っていたのに、目は何一つ笑っていなかった。深海棲艦を相手にする時でさえ、あそこまでの迫力はなかったのではないだろうか。

 


 

「事情はわかったでち。で、なんで阿賀野はここに来たでち?」

キッチンを出た阿賀野が訪れたのは、ゴーヤの部屋だった。

二人は畳敷きの部屋で座卓を囲み、向かい合って座りながら話している。

 

「だって提督さん忙しそうじゃない。大本営に頻繁に行ったり、曙の面倒見たり」

「てーとくに相談しない理由はわかったでち。でも、なんでゴーヤなの?」

軽巡と潜水艦。艦種の違いは無論のこと、前世でも現在でも特に接点らしき物はない。

たったひとつだけそれがあるとすれば……同じ男に惚れているくらいだろうか。

 

「嫁艦候補の中では川内ちゃんの次に夜戦が好きそうだから、かな。川内ちゃんの夜戦好きはあれはもう本能だけど、ゴーヤちゃんの場合は提督さんに無知シチュで夜戦仕込まれた挙げ句に、快楽堕ちして嫁艦候補になったのよね?」

「言い方ぁ! ……はともかく、大体合ってるでち」

阿賀野の言い方は下世話だが、大筋として間違っているわけではない。

 

「ねぇ。恋の戦いって、夜戦での気持ち良さがすべてなのかな?」

その質問は予想しなかったもので、ゴーヤは思わず目を瞬かせる。

阿賀野の表情は真剣そのものだった。ならばとこちらも真剣に考えた上で答える。

 

「せっかく肉の身体で生まれてきたんだから、気持ち良くしてくれる人を好きになるのはそんなに不自然とは思わないでち」

あの時日下部に夜戦の快感を教えてもらったから、艦娘として生まれたことを肯定的に受け止められるようになった。

そのことは感謝しても感謝しきれないと思っている。

 

「でも断じてそれだけじゃないよ。ゴーヤはてーとくさえ傍にいてくれたら、すごく胸がぽかぽかするでち」

「あはは、提督さん大好きねぇ」

「当たり前だよ。これでも正式な嫁艦候補の一人でち。でもそう言う阿賀野だって、提督のこと好きでしょ?」

「もちろん」

阿賀野は堂々と胸を張って答えた。

 

「でもそれでも阿賀野は、能代のお姉ちゃんだから」

微かに目を閉じる。

自分自身の大切な何かと、訣別するための覚悟を決める。

 

「うん、決めた。たまにはお姉ちゃんらしいことするね。ゴーヤちゃん、手伝って?」

「やれやれ。同じ人を好きになったよしみでち。いいでちよ」

接点は同じ男に惚れているくらい。

だがそれは自分たちにとっては、十分すぎる理由だ。

 

「と言いたいところだけど。阿賀野はゴーヤに何をさせるつもりでち?」

「阿賀野と夜戦して」

「えっ……?」

ゴーヤは聞き間違えたかと思って困惑の表情を浮かべるが、対する阿賀野の表情はいたって真剣なままだった。

 

「能代に色々教えるにしても、まず阿賀野自身が夜戦がどれだけ気持ち良いのか知らないもの。ゴーヤちゃんが提督さんだけじゃなくて、イクちゃんとかイムヤちゃんともシてるのは知ってるよ。だから阿賀野にも教えて?」

日下部はあまり独占欲がなく、かつ悪平等とも言える主義の持ち主であるため、嫁艦候補が他の誰かと夜戦をすることを一切止めたりしない。

ゴーヤとしてはありがたい限りで、潜水艦仲間の中でも特に興味津々だった二人とスるようになっていた。

 

「ゴーヤは別にいいよ、今までシたことない相手とスるのも楽しそうだし。でも阿賀野は、てーとくに初めてをあげたくないの?」

「……あげたいよ。でもいいの。提督さん、別に処女好きってわけじゃないみたいだしね」

「まぁ処女厨だったらそもそも川内は選ばないよね」

日下部はそこを気にするタイプではない。だからこれは、純然たる阿賀野の側の問題。

そして阿賀野は一度しかない「初めて」を、能代のために捨てる覚悟をもう決めていた。

 

「わかったでち」

ゴーヤはそれ以上余計なことは言わず、代わりにおもむろに立ち上がる。そのまま椅子に腰掛けたままの阿賀野へと近付いていく。

何をされるのか理解した阿賀野は、そっと目を閉じた。

 

「阿賀野、夜戦は楽しくスるものでちよ。肩の力を抜くでち。初めてだと難しいかもしれないけど、ゴーヤもなるべく阿賀野が楽しめるように頑張るから、ね?」

そんな言葉に続けて、ゴーヤの舌が唇を割って口腔内に侵入してきた。

阿賀野はおぼつかないながらも、自分からも舌を絡めていく。

先程のザラとポーラもこんな感じだったのだろうか?

 

――そして、最新鋭軽巡である阿賀野の夜戦での活躍が始まった。




※前話で秋刀魚祭りが終わりましたが、今話はそれより少し過去の話です。
時間軸的には「歴史の分水嶺を超えて」の1と2の間になります。
「11月13日 1」でのゴーヤの反応の理由も判明したかと思います。

「艦娘たちのザラザラした大地 -ヴァランタン鎮守府の爪痕-」の続きに当たる話です。
あの時ラストがNTRっぽいなぁと思われた方、大正解です。ただしあの時点で能代とザラの恋愛は何も始まっていませんでしたので、より正確にはBSSということになります。
NTRは倫理的に問題のある行為ですが、BSSはそうではないですね。舞風が以前加賀に言った通り、さっさと行動できなかった方が悪いというだけの話です。
本シリーズはここから続き、結末はさらに季節を超えて(作中時間での)冬になる予定です。
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