日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~ 作:天空のトロイカ
ご注意下さい。
愛するということにかけては、女性こそ専門家で、男性は永遠の素人である。
「私はお姉さまのことを愛してます。けれども、司令の臭いをさせたお姉さまに抱かれるのは嫌です」
臆するところのないきっぱりとした意志表示に、金剛は圧倒される。
「ですから、このまま
妹にここまで言わせてしまうなんて、自分はなんと駄目な姉なのだろう。胃の腑から苦いものがせり上がってくるようだ。
ああ、だけど。それで突き放せるなら、きっと最初からこんな苦労はしていない。
「比叡……そんなこと、言わないで欲しいデース……」
強引に唇を塞いで、ベッドの上に押し倒す。何度このやり取りを繰り返すのか。
部屋に呼び出した時点で、こうなることはきっと比叡もわかっていたはずだ。その証拠に身に付けている下着は、こういう関係になって最初の頃に贈った扇情的な黒だったから。
これ以上正論を聞くのが怖くて、金剛は必死に比叡の弱いところを指でかき回す。
「お姉さま、いつまでもそれじゃ……何も解決しないですよ……あっ、んあああっ……!」
言葉尻に嬌声が重なって、それでもう意味のある言葉はかき消された。
「時空震の時は、一切海に出られないから暇だなぁ」
今日の分の書類仕事を終わらせしまえば、それでもうすることは何もない。執務室の天井をぼんやりと見上げながら、日下部は呟く。
今日は秋刀魚祭りが終わった翌日。少し前からこの日に時空震が起こることは観測されていたので、大本営はこれに合わせて秋刀魚祭りの期間を調整していた。
つい昨日までは漁場だった北海道沖も、今回の秋イベントの舞台に組み込まれている。だが秋刀魚祭り中に何度も戦ったこの海域には、特別な用事がなければ再出撃する必要はないだろう。
「司令。でしたら少し、お時間いただけませんか?」
不意に声をかけられて、視線を天井から正面に引き戻す。
目に飛び込んできたのは、巫女服に似た和装と袴を模したようなスカート。
金剛型共通の制服ではあるが、スカートに
「……比叡か。そろそろ来ると思ってた」
「それは恐れいります」
慇懃無礼な態度を隠そうともせず、比叡は腰に手を当ててこちらをねめつけてくる。
「すまんが今はダメだ」
日下部は
緊急事態が起こるとはあまり思えないが、艦隊の上層部が誰もいなくなるのはさすがに問題があるだろう。
「が、夜ならいいぞ」
「わかりました。それで結構です」
「どこで話す? 具体的な時間と場所はお前に任せる」
その言葉に対し、比叡は鎮守府内に存在する施設のひとつの名前を挙げる。
そこは普段はまったく使わないどころか、意識すらしない場所だった。
「お、おう。わかった」
思わずどもりながら返答する日下部は、すでに比叡のペースに呑まれつつあった。
武道場。
正規空母にとって必須技能である弓道を始め、一通りの武道で使える運動施設を鎮守府内に置くことは、艦娘運用部隊の規定により定められている。
だが、これまでに日下部がここを訪れたことはほとんどなかった。
「で、竹刀を持たされたわけだが」
「危ないから眼鏡は外した方がいいですよ」
「外せないんだって。心配せずとも、これはダイヤモンドと同じ硬度をしているから割れたりしないよ。気にするな」
「そうですか。なら遠慮なく」
ちなみに防具は用意していない。
人間であれば防具抜きで撃剣などしようものなら、冗談抜きに死んでおかしくないのだが、艦娘と
「では、一本お願いします」
「……話をするんじゃなかったのか」
日下部は呆れたように呟くが、しかし場所の選定を比叡に委ねたのは自分だ。ここに来たからには付き合うしかないだろう。
本来は審判を立てる必要があるのだろうが、今はもうすっかり陽も落ちており、この場には日下部と比叡しかいない。
だからなんとなくで剣先を抜き合わせし、なんとなく竹刀を正眼に構えて対峙する。
――後か不幸か。決着は、特に審判などいなくとも一目瞭然だった。
「面!」
スパーンという小気味良い音と共に、一瞬にして比叡の竹刀が日下部の額に叩き込まれる。
日下部は、一歩も動けなかった。
「……うわぁ、弱いですね」
「無茶言うな。提督就任前にブートキャンプでしごかれたとはいえ、基本的に私は頭脳派なの。竹刀の握り方を知ってるだけマシと思ってくれ」
日下部は思わず溜息を吐く。比叡は何がしたいのだろう。剣道という得意分野に引きずり込んで、自分の方が格上だと見せ付けたいのだろうか?
「どうした、お前にしては回りくどいぞ? 言いたいことがあるならはっきり言えよ。どうせ『金剛と別れろ』とでも言いたいんだろ? 別に私は独占する気はないから、心配する必要もないと言ってるのになぁ」
胸の内を一気にぶちまけた瞬間、比叡の表情が明らかに変わった。
だがそれは、図星を突かれて逆上するといったみっともない物ではなく、
「司令。本気で言ってるなら、さすがに私、怒りますよ?」
「えっ……?」
釣り上げられた瞳に宿っているのは、もっと純粋な「怒り」の感情。
日下部はそんな細かい機微を察せるような生き物ではないが、少なくとも比叡の態度が自分の予想と異なっていることだけは理解できた。
「司令はどうして、お姉さまを独占しないんですか?」
「いや、だって。私が何股もかけてるんだから、私が金剛を独占できる筋合いはないだろう」
「お姉さまは司令がそういう人だと知った上で、好きになったんです。だからそれは理由にならないです」
「……比叡?」
比叡の口から出てきた言葉に驚いて、日下部は目を見開く。
「お姉さまがどういう艦娘か、司令はご存知でしょう? お姉さまは司令に独占して欲しいんです、それがお姉さまの本当の願いです。けれどもお優しい方ですから、なかなか私を突き放せないんです」
金剛が提督Love勢筆頭であることはもちろん知っている。
とても優しい艦娘であることも。
そこまでは金剛一般の特徴だが、日下部鎮守府の金剛が
「私もずるずるとお姉さまに甘えてしまっています。このままではきっと二人揃ってダメになってしまいます。だから、司令が強引に抱き寄せて下さい」
「……、それは金剛が自分の意志で決めることだろう?」
比叡の言い分はまるっきり金剛の意志を無視しているように感じられて、日下部にとっては「はいそうです」と頷けるようなものではなかった。
だが。それを聞いた比叡は、ついに感情が抑えきれなくなって、
「あーもう、私も気合入れてこれ言ってるのに! だんだん腹が立ってきました! いいですか、『素直になれない』のは誰にだってあることなんです! それこそ、お姉さまにだって!」
語気荒く言葉を叩き付ける。
「ちょ、待っ……! 金剛型の腕力で、本気で竹刀を振りかぶるな!」
上腕筋の軋みが見えるようで、日下部は本気で焦燥に駆られて叫ぶ。
さすがに避けないと危険だとは思ったのだが、
「司令の、わからずやーっ!」
反応などできないような速度で竹刀が降り下ろされ、真っ直ぐ叩き込まれた。
「ぐあっ……!」
先程の面の小気味良い音と違って、物質が確実に破壊されるぐきょっという不快な音が響く。
だが幸いと言うべきか、本格的に破壊されたのは日下部の肉体ではなく、
「名刀『比叡』が、折れた……?」
中程から折れた自分の竹刀を、比叡は呆然と眺める。
竹刀が当たったのは、日下部の眼鏡だった。ダイヤモンドと同じ硬度と言うだけあって非常に頑丈で、衝撃に耐えられず竹刀の方が破壊されたようだ。
もちろん日下部の肉体もまったくの無傷とはいかないのだが、
「し、死ぬかと思ったぞ本気で」
「せいぜい
「ああ、そうだが?」
「ダイヤモンド、つまり金剛石。金剛お姉さまがついてるようなものですから、仕方ないですね」
理屈として通っているようでまったく通っていないことを言いながら、比叡は折れた竹刀を日下部に突きつけた。
「なんだよそりゃ! でも……うん。そのくらい強引でも、いいのかもなぁ」
「いいんですよ。他の子のことはともかく、お姉さまにはそうしてあげて下さい。そういうの、別に苦手じゃないでしょう?」
「まぁ、自重してるだけで。全然苦手じゃない」
他人の意志は、自分の意志と同様に尊重すべきことだ。
それを身体を張って教えてくれた恩人がいて。普段はその教えを守ろうと務めているだけで。
自分の本性はむしろ他人の意志を強引に塗りつぶすことを好んでいると、とっくに気付いている。
「じゃあ、お姉さまとお幸せに」
「うん。ありがとうな」
「お姉さまを泣かせたら、許しませんからね?」
「わかった。……お前は、ここに残るのか?」
「あーもう、今はお姉さまのことだけ考えて下さい!」
「……そっか。風邪引くなよ?」
日下部は小さく手を振って、武道場を後にした。
比叡はそのまま、そこに立ち尽くしていた。
どれだけの時間が経っただろう。日下部の背中が完全に見えなくなってから、
「……。まったく、鈍いんだか聡いんだか」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
「う、ひっく。比叡、頑張りましたから……もう泣いてもいいですよね、お姉さま……?」
こんな行動、平気でしているわけがなかった。
瞳の表面に水分が浮かび上がり、今にも流れ落ちそうに張り詰める。
――そんな比叡の背中に、
「比叡お姉さま。格好良かったですよ」
「今日は金剛お姉さまにも負けてないと思います」
不意に二つの声がかけられる。
金剛と比叡の妹。榛名と霧島だった。
「えっ、二人とも、見てた……の……? う、うわぁぁぁぁん!」
ついに堪えきれなくなって涙を溢れさせる比叡を、二人は優しく抱きとめる。
比叡には思う存分泣く権利があるだろう。
愛する姉の幸せという、彼女の願いは叶えられたのだから。
「Hey金剛! そろそろプロポーズの返事を聞かせろ。ちなみに『ハイ』か『イエス』以外の答えは認めないぞ!」
金剛の部屋を訪れた日下部は、強引に室内に乗り込むや否やそんなことを言い放った。
「て、提督!? も、もう少し待って欲しいデース……」
「ダーメ。今日聞かせろ今聞かせろすぐ聞かせろ」
「!? い、いきなり強引デース……」
唐突な態度の変化に、金剛が戸惑っているのは理解できる。
だが日下部は一切悪びれることなく、
「これが本当の私だよ。自分は好き放題何人でも恋人を作るくせに、お前には『私だけを見ろ』って言っちゃう勝手な男だ。幻滅したか?」
「ノ、No……そんなことは。でも、驚きましタ……」
「なら返事は?」
尋ねながら、金剛を強引にベッドに押し倒す。
そのまま覆いかぶさり、唇を強引に塞ぐ。
「そ、それは……」
「足りないか?」
舌先を頬に這わせ、ちろちろと先端で唇をつつく。
「んぁっ、提督ぅ……」
「お前は私のモノだ。愛してるよ、金剛」
言うが早いか吸い付くような動きで舌を口腔に突き入れ、金剛の舌と激しく絡ませる。
金剛の上衣の隙間に手を差し込み、胸を軽く揉みしだき始める。
硬くそそり立った下半身を服の上から金剛の敏感な部分に押し当て、その大きさと熱さを強く意識させる。
「Huh……提督ぅ……」
「真琴って呼んでもいいぞ。ケッコンするんだから」
「マ、マコトっ……! わっ、わかりマシター……します、ケッコンしマース……だから……」
「おう、よし」
日下部は満足げな笑みを浮かべた。
腕の中で女が従順になっていくのは、いつ感じても実に心地よい。
「じゃあプロポーズ成立記念に、このまま最後までスるぞ」
「Oh……マコト、いつになく情熱的で……なんだかくらくらしマース……」
「終わった後に、何があったか全部話すよ」
金剛も知っておくべきだろう。
自分たちの恋は、何を犠牲にして成就した物であるかということを。
本当にあと一日だけ待って欲しいと嘆願されたので、それは受け入れることにした。
あの比叡の献身を知ってまで、今更金剛が優柔不断さを見せることもないだろう。
「よぉ。終わったか?」
「Yes……本当にお待たせしマシタ」
「いいんだよ。比叡には本当に感謝した方がいいんだろうけどな」
「デスネ。私は姉としても恋人としても中途半端で、最後まで比叡を傷付けてしまいマシタ……」
目を伏せながら言う金剛に、日下部は小さく首を振る。
「恋なんてそんなものさ。恋をして結ばれる、それだけでも誰かを傷付けてしまうことなんてよくある話だ。だから『恋も戦い』なんだよ」
「マコト……」
「勝者は敗者の前では胸を張れ。いつもお前たちに言ってる以上、私がそれを違えるわけにはいかないだろう? だから、私は胸を張るぞ」
日下部は小さな箱を取り出す。
11月13日の昼。あの時渡せなかった、ケッコン指輪の入った箱を。
「これを受け取って欲しい、
平和な時代の結婚式と違い、ケッコンカッコカリには参列者もいなければ神父もいない。初婚の時と違って「立会人」すらいない。
音楽もない。舞い上がる白い羽根もない。夫婦の想念が実際に繋がることもない。
――それでもこれは間違いなく、自分たちにとって大切な愛の儀式なのだ。
「Yes……ムードもタイミングもばっちりネー……」
左手の薬指に指輪を嵌めた瞬間、感極まったのだろうか金剛の瞳から涙が溢れ出した。
そして、
「
いつもの奇妙なイントネーションではなく実に流暢な
※嫁艦候補マリッジブルーシリーズ、金剛編です。
日下部鎮守府の金剛の特徴は「途中から
けれどもやっぱり提督に一途なのが金剛らしいとは思いましたので、ケッコン前に身辺整理をしてもらうことにしました。なお
比叡について。
艦これ本編だと堂々と提督に対して恋のライバル宣言をしたり、ケッコンカッコカリを申し込んでもオコトワリしてきたり、金剛Loveという点に関しては実に気合が入った子だと思います。
二次創作の提督Loveな比叡も、それはそれで素敵ですが。
余談ですが、比叡が自分の竹刀に「比叡」と名付けていたのは別に厨二病ではなく、リアルで本当にそういう名前の竹刀が実在します(残念ながら2018年で製作終了となっているようですが)。
ダイヤモンドについて。
確かに世界一硬い天然鉱石ですが、実のところ衝撃には弱く、ハンマーなどで叩くと普通に割れます。日下部の眼鏡(モノクル)の素材は「ダイヤモンドと同じ硬度の物質」であって、ダイヤモンドそのものではないということでひとつ。