日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~   作:天空のトロイカ

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※この話は日下部の一人称視点ではありません。
ご注意下さい。


索敵も砲撃も雷撃も

当時の戦況を仄聞するに無用心の限り、人を見たら泥棒と思へと同じく、夜間に於いて物を見たら敵と思へと考へなく、一、二番艦集中攻撃を蒙るに至れるもの、殆ど衣笠一艦の戦闘と云ふべし。

――宇垣纏

 

 

「あのさ。もしかして金剛さんと上手く行った?」

時空震空けの翌日。昼過ぎになってからようやく執務室に顔を出したと思ったら、普通に書類にペンを走らせ始めた日下部の姿に、朝から秘書艦業務をこなしていた川内は疑問の声をぶつけた。

 

「お、おう!? その通りだが、すごいな。よく気付いたな?」

「提督と金剛さんが揃って午前休取ったからね。最近の様子だと『単にしっぽりやってる』って考えにくいし、なら上手く行ったんだろうなーと」

唯一の日下部の「嫁艦」でなくなったことに若干思うところがないわけではないが、それよりはここ最近の金剛を見るに堪えないと思っていたこともあって、喜びの方が大きい。

なんだかんだ、恋愛においては世話になりっぱなしの恩人だと思っている。

 

「新婚だからって金剛さんばかりかまってないで、あたしも他のみんなもちゃんと愛してよね?」

「もちろん。嫁が何人増えようと、お前が一番なのは変わらないよ」

「……ありがと」

日下部の言葉に愛しさが胸から溢れて、思わず潤んだ瞳を向けてしまう。ちょうど日下部もこちらを見ていて、夫婦の視線は正面から絡み合った。

今置かれている状況の何もかもを忘れて、そのまま唇を交わしたい衝動に駆られるが、

 

「ごほん。司令官、川内。今更お二人のキスシーンなんてスクープにもならないんですけど、もしかして青葉は引き立て役に呼び出されたんですか?」

ジト目で横合いからかけられた言葉に、夫婦は慌てて我に返って目を逸らす。

 

「それとも昼間から3Pですか? 青葉、さすがにそれは恥ずかしいんですけど……」

「違う違う。すまん、お前を呼び出したのは出撃の話だよ」

日下部は苦笑しながら弁明する。

世の中には執務室で昼間からおっ始めるような提督もいるというが、日下部は違う。好色で精力絶倫なのは間違いないが、それ以上に公私の別は付ける主義だ。

 

「まず限定海域はしばらく保留だ。うちはまだまだ弱小提督だからな、先行勢が情報を持ち帰るのを待つさ」

時空震の終わりと共にイベント限定の海域が出現したことが確認されており、それに対して大本営からは秋イベントの後段作戦が正式に発令されている。

だが日下部は、まったく自艦隊の戦力を過信していなかった。

 

「代わりに通常海域を攻略する。あそこ何ヶ月も前に攻略失敗してから、ずっと放置だしな」

日下部鎮守府には夏イベの直前頃に挑んで攻略に失敗し、そのまま手つかずのままの海域が存在する。

大本営は出現する深海棲艦の強弱傾向から、通常海域の攻略順序を厳密に規定している。その海域を攻略しないことには、日下部鎮守府にはその先の海域に出撃する許可が下りない。

日下部の言葉に、青葉は雷に打たれたようにびくっと身を震わせた。

 

「あそこ、ですか」

「ああ。……サブ島沖海域だ」

日下部は大本営の分類で言うところの「南方第三海域」の名称を挙げる。

 

(ちょっと。青葉さんにとってあそこって……!)

川内は想念交信を使って抗議の声を上げるが、

 

(史実特効なんてものが存在する以上、艦娘のトラウマに毎回配慮してやれるとは限らないからな。乗り越えられる機会があるなら乗り越えておくにこしたことはないんだ)

返ってきた返答に、自分の夫がこういう人であることを久しぶりに思い出す。

 

「なぁ青葉。色々あって何ヶ月もお預けになってしまったが、今度こそ暁の水平線に勝利を刻んでこい」

「司令官……」

青葉は日下部を見上げた。

その顔に浮かんでいるのが、単なる負の想念だけではないことに川内は気付く。

 

「わかりました。旗艦・青葉、サブ島沖海域に出撃します!」

――ああ、ならば。

 

「あそこ、軽巡も必要でしょ? 艦隊で一番高練度の軽巡として、あたしも出るよ」

川内が力強く宣言すると、日下部は自分の恋人たちの意志の強さを好ましく思うように笑顔を浮かべた。

 


 

南太平洋はソロモン諸島に属する、面積31平方キロメートルの火山島、サ()島。

この小さな島付近の海域は、1942年10月11日の深夜から12日にかけて戦場となった。

日本側呼称、サボ島沖海戦。アメリカ側呼称、エスペランス岬沖海戦。ガダルカナル島を巡る戦いのひとつに位置付けられ、当時まだまだ圧倒的有利だったはずの夜戦において、日本側が初めて敗北した海戦だ。

この戦いで沈んだ重巡こそ他ならぬ青葉、……()()()()

 

「古鷹、吹雪ちゃん。青葉は必ず勝って帰るね。その時は前世で青葉がやってしまったこと……許して下さい」

青葉は艦隊旗艦として隊列の先陣を切りながら、出撃前にそう告げた時の二人の顔を思い出す。

古鷹は無言で佇んでいた。吹雪は険しい顔をしていた。

無理もないだろう。前世におけるサボ島沖海戦において、青葉は不用意な行動をしたせいでこの二人を沈めてしまったのだから。

二人はまだ練度不足で、今回の出撃には同行できない。だからその分まで自分が頑張らなくてはいけないのだ。

 

「青葉さん。トラウマがあるのは理解してるけど、前をちゃんと見て! もうここは戦場だよ!」

僚艦として青葉に後続する川内に叱咤の声をかけられ、青葉ははっと我に返る。

 

「そもそも鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)にトラウマがあるのは青葉だけじゃないデース! 自分だけが辛いと思っちゃNoよ?」

「必死にヘンダーソン飛行場砲撃して滑走路破壊したと思ったら、もう一本残ってて機能喪失してなかった上に、建機フル投入ですぐ回復された金剛さんが言うと説得力あるよね」

「ルンガ泊地に突入して砲撃成功させてるのに、上陸した陸軍兵たちが総攻撃失敗してほとんど何の意味もなかった川内に言われたくないデース!」

本当ならば思い出したくもないだろう、前世の苦い記憶。川内と金剛は必要以上にわざとそれをつつき合う。自分を少しでも慰めるためだろう、と青葉は理解する。

古鷹と吹雪だけではない。この二人の気遣いに応えるためにも、絶対に勝たなくては。

――その時。索敵のため発進させていた青葉の零式水上観測機が、水平線の向こうに鎮座する姫級の深海棲艦を発見した。

 

「敵艦発見! よく見えますねぇ……ってなんですか、あのごっつい戦艦」

白一色で構成された人型の部位は、ボリュームのあるツインテールが特徴の美少女型。

だが装備している砲塔型の艤装には禍々しい口がついており、その口腔内からは真紅の光がほとばしっている。

一目見るだけで、強者の風格を感じさせる存在だった。

 

『資料によると、南方棲戦姫という個体だそうだ』

鎮守府の司令室にて通信越しに状況を見ている日下部が、その深海棲艦の名前を告げる。

 

「敵が誰であっても、負けるわけにはいきません。司令官、交戦許可を!」

『よく言った! 艦隊、単縦陣で突撃!』

「はい! 索敵も砲撃も雷撃も、青葉にお任せ!」

絶対に勝たなくてはならないという重圧に負けないよう、青葉はわざとおどけたように声を張り上げた。

 


攻略に失敗した数ヶ月前と比べれば、艦隊の練度は相応に上がっていた。

ましてやこの場には青葉以下、川内・金剛・秋雲といった、優先的に育成されている嫁艦と嫁艦候補が四人もいる。

南方棲戦姫を撃沈するには至らないものの、艦隊はその僚艦をあっさりと蹴散らしていく。

 

「あとは南方棲戦姫だけデース!」

戦艦同士、正面から砲撃を交わしながら金剛は叫んだ。

すでに陽は傾き、水平線へと没しつつある。程なく完全に周囲は闇に閉ざされることだろう。

 

「しっかしこいつ、異様なまでに装甲が硬いネー……」 

「そうなんだよ。だから日没までは削りに徹して、夜戦で仕留めるよ!」

南方棲戦姫との交戦経験を唯一持つ川内が応えて声を張り上げたところで、金剛はふとあることに気付く。

 

「旗艦は私でも川内でもないデース……青葉はどこデース? いきなり姿が見えないデース!?」

だがそんな金剛の焦燥を他所に、

 

「ああ、なるほどさー」

「心配いらないよ金剛さん。ずっと前に同じことがあった」

川内と秋雲は顔を見合わせながら言う。

日下部鎮守府の立ち上げ間もない春の頃。青葉は北方第三海域(アルフォンシーノ)において、吹雪の大破をきっかけにトラウマが蘇り、無茶な独断専行を行ったことがあった。

 

「二人とも、何を言って……砲撃! 避けるデース!」

叫んだ瞬間に南方棲戦姫からの砲撃が両脇を囲うように着水し、盛大に水柱を巻き上げた。

まずいことに夾叉弾だ。次弾は命中しておかしくない。金剛の額から汗が吹き出す。

 

「大丈夫。あの人、決める時は決めるんだよね! 夜間触接開始……青葉さん、敵はそこだよ!」

川内の発進させた夜偵仕様の九八式水上偵察機が南方棲戦姫の頭上に到達し、照明弾を投下する。それは春の北方第三海域(アルフォンシーノ)ではまだ持ち得なかった装備。

敵も味方もあの時とは比較にならない強さの中で、

 

「ナイス川内! ワレアオバ、敵と味方を間違えたりしませんよ!」

僚艦である金剛を囮とし、敵旗艦の死角方向に回り込んでの突撃。

青葉の取った行動だけが、まるであの時の鏡写しのようだった。

 

「――敵は、まだこちらに気付いてないよ!」

重巡の夜戦火力を全力で南方棲戦姫に叩き込む。

20.3cm(3号)連装砲の砲撃が想念装甲に孔を穿ち、その一穴に向かって雷撃が真っ直ぐ吸い込まれる。

瞬間、壮烈な爆発が巻き起こり……南方棲戦姫の巨大な体躯が、ゆっくりと傾いで海面に向かって倒れていった。

 

「勝ったのはいいデスガ、事前の相談なしで戦闘中にいきなり旗艦が僚艦を囮にして単身突撃とか、色々とツッコミどころが多すぎて困りマース」

「あの時も提督にめちゃくちゃ怒られたんだよねー、あの人。それがきっかけで嫁艦候補になったのも確かなんだけどさ。今回もヤバいんじゃないかな? 通信機の向こうの提督、さっきから無言だし」

「Wow……」

金剛は帰投後に青葉を待ち受ける運命を想像して、思わず息を呑んだ。

 


 

戦闘指揮を行うための司令室には日下部によって、サボ島沖海戦の関係者たちが集められていた。

 

「司令官、勝ちました! 今度こそ、あそこで勝ちました!」

帰路の間青葉はずっと上機嫌だった。まるで出撃した時の重苦しい想念など最初からなかったかのようで、だから日下部に対して満面の笑みで報告した時も、褒められることを一切疑っていなかった。

 

「古鷹、吹雪ちゃん、ガサも! 青葉、見事に前世のトラウマを乗り越え……まし……た……」

青葉は三人の名前を挙げて呼びかけるが、そこでようやく。

日下部も含めた皆の表情が、自分の想像していたような朗らかなものではないことに気付く。

 

「あ、あれ? なんでみんな、そんな怖い顔してるんですか?」

「……はぁ。衣笠、やっちゃって」

日下部は盛大に溜息を吐き出すと、傍らにいる艦娘に声をかけた。

 

「はーい。衣笠さんにお任せ」

「え? え?」

戸惑う青葉に対して、衣笠は弾丸のように言葉を吐き出す。

 

「旗艦の立場とか連携とか! もろもろ、もっとちゃんと考えなさいって! たまたま川内が上手くやってくれたからいいようなものの! 『サブ島沖海域は青葉一隻で戦ったようなものだ』とか言われたとしたって、そんなの褒め言葉でもなんでもないからね!」

「ご、ごめん……青葉、そんなつもりじゃ。絶対に勝たないといけないと思って、だからできることは全部やろうと思って。だって、そうしないと古鷹にも吹雪ちゃんにも顔向けできないと……」

青葉は衣笠の剣幕に、思わず目を泳がせながら釈明する。

そんな青葉に対し古鷹と吹雪は、

 

「青葉、そもそもそれが思い違いよ。前世の件に思うところがないわけじゃないけど、少なくとも青葉自身を責めるようなことじゃないのはわかってる」

「青葉さん。最初から許すも何もないんです。だって私たち、別に怒ってたりしませんから」

「そんな。だって出撃前、吹雪ちゃんあんなに険しい顔してたのに」

二人の言葉に少なからず驚いて青葉は声を返す。

だが吹雪は、静かに首を横に振った。

 

「あれは驚いてたんです。青葉さんって普段はあんなに陽気なのに、本当はそんなことをずっと気にしてたんだって」

「そ、そうだったんだ。ごめん、ごめんね古鷹、吹雪ちゃん。ありがとう。ありがとう……!」

瞳から涙が溢れ出す。感極まって、そのまま古鷹と吹雪を強く抱きしめる。

そんな青葉の背中に向かって、衣笠は声をかけた。

 

「後で一緒に出撃した人たちにも謝っておきなさいよ?」

「う、うん」

「なら、よし。……おめでとう青葉。良かったね」

「ガサぁーーーー!」

そこからはもう青葉は、わんわんと人目を憚ることなく泣き始めた。

 


 

少し離れた場所で、日下部は青葉たちの様子を黙って眺めていた。

言いたいことは全部、衣笠が言ってくれた。自分から何かを付け加える必要はないだろう。

実に楽なものだと思っていたら、

 

「……ねぇ提督」

その場にいた、()()()()()()()()()()()()()()()に声をかけられた。

 

「ヘレナは、あの子たちに『おめでとう』を言いに行っていいと思う?」

エスペランス岬沖海戦のアメリカ側参加兵力、重巡2・軽巡2・駆逐艦5。

この中で唯一艦娘となっているのが、軽巡・ヘレナだ。

 

「いいに決まってるだろう」

「あら、即答?」

あまりにも日下部に逡巡の様子がなかったからだろうか、ヘレナが顔を覗き込んできた。

日下部は真剣そのものの表情で言葉を返す。

 

「我々は日本軍でもアメリカ軍でもなく、人類統合軍だよ。敵は深海棲艦……あの高次AIどもだけだ。100年も前の因縁なんか、それこそ海に投げ捨ててしまえ」

シンギュラリティ到来によってその半数以上を失ったことで、初めて人類は本当にひとつになれたのだ。

 

「後段作戦の要救助対象はScamp(スキャンプ)らしいが、うちに来たらイムヤとだってよつとだって、できるだけ仲良くやって欲しいよ。神通とホノルルみたいに恋愛的にくっつけとは言わないが、長波とノーザ程度には上手くやれるといいと思っている」

アメリカのガトー級潜水艦スキャンプが撃沈した、日本潜水艦・伊168。

そのスキャンプを撃沈した、第四号海防艦。

互いにトラウマど真ん中の艦娘同士の名前を挙げながら、それでも日下部は臆するところなく言う。

 

「……」

ヘレナはその言葉を、しばし無言で受け止める。

概念核に刻まれた記憶の中にあるのは、自身の沈んだクラ湾夜戦。涼風に谷風、二隻の駆逐艦の放った酸素魚雷が軽巡・ヘレナの最期。

――そんなわだかまりは日下部の言う通り、海に還した方が良いだろう。

 

「あなたがヘレナたちの提督で良かった。I really appreciated(本当に感謝するわ)……」

「どういたしまして。さ、行ってこい」

ヘレナの背中をそっと青葉たちの方に向かって押しながら、日下部は満足そうに微笑みを浮かべた。




※通常海域、5-3を攻略する話です。
実際にこのタイミングで初攻略しました。古鷹と吹雪(あと初雪も)が育ってたら衣笠も合わせて出撃させてたんですが、残念ながらお留守番でした。
「そういうもの 5」の中で、全然サボ島沖海戦と関係ない3-3でトラウマを炸裂させていた青葉ですから、そりゃここに来たらトラウマど真ん中です。

サボ島沖海戦について。
「そういうもの 5」を書いた頃は、大体の提督は艦これの元ネタである太平洋戦争の海戦についてはすでに知ってるのかなーと思ってましたが、案外そうとも限らないことがわかってきました(もちろん詳しい方は詳しいと思いますが)。
なので簡単に何が起きたか書きますと、

「青葉が敵味方を誤認して探照灯で『ワレアオバ』という発光信号を放つ」→「アメリカ側も敵味方が判然としない中で、ヘレナがアメリカ側提督に砲撃許可を求める」→「提督は『要請は理解した』という意味で『Roger(了解)』と言ったところ、ヘレナは許可が下りたと勘違いして勝手に砲撃を始める」→「至近距離からいきなり撃たれて青葉に座乗していた日本側提督が致命傷を負う」→「古鷹が青葉を逃がすために自分に攻撃を誘導させて撃沈される。また前衛にいた吹雪も集中攻撃を受けて撃沈」

という感じです。大体青葉とヘレナのせいです(もちろん多分に不可抗力ですが)。
余談ですが、翌日に古鷹を救助しに来た叢雲が敵機にやられるという二次被害を出していたりもします。

冒頭の名言について。
サボ島沖海戦について、連合艦隊参謀長である宇垣纏少将が自身の日誌に記した言葉です。
大混乱の中で、日本側で唯一まともに反撃を行ったのが衣笠だったりします。
「この戦いは衣笠一艦で戦ったようなものだ」とはなかなか手厳しい批判ではありますが、言ってること自体はしごく真っ当ですね。

艦これ本編、5/27(順調に投稿できていれば明日)から春イベが始まります。
冬イベの時もイベントを進めながら夏イベの話を書いてましたので、今回も大体そんな感じになると思われます。
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