百合ゲー世界に転生したらなんかちょっと思ってたのと違った件について 作:アークフィア
次の日の朝。
あれこれ悩んでたせいで微妙に寝不足なのだけれど、朝食を抜くのは個人的な主義に反するのでちゃんと起きてキッチンに向かう私。
若干の寝ぼけ眼を擦りつつ、椅子に座って皿の上のトーストを手に取る。
「……はい……バター」
「んん……ありがとうござい、ます?」
横合いからバターの入れ物が差し出されたので、受け取ってバターナイフをバターに突き刺した。……ところで、聞こえてきた声に意識が急速に覚醒する。
この、声は!
「なぁんで先生がうちにいるんですかねぇ……?!」
「もう……ちょっと寄ってみただけ……そんなに警戒しなくても……大丈夫よ……?」
「じゃあその両手を下げろい、わたしゃアンタのぬいぐるみとちゃうんやぞ、おぉん?」
「……もう……いけず……」
「姉ちゃん、朝ごはん冷めるぞー」
両手を顔のあたりまで上げて、こっちを捕まえるためにホールドスタンバイ……なんてしてる時点で、なんの説得力もないんですよ先生?
なので離れて威嚇してたら、弟からの朝ごはん冷めるよの忠告。……素直にはーいと返して、テーブルから退避していた私は席に座り直した。
……この人一応親戚だから、たまーにお母さんがうちに招き入れちゃうんだよなぁ、そのあたりどうにかならないかなぁ?
なんて百面相してたら、くすくすと従妹が笑っていた。……その姿に辟易しつつ、私はトーストを一口齧る。
「……今回の演劇祭……一般公開することになったから……宜しくね……?」
「げふっ!?」
そして思わず吹きそうになった。……本当に、この人は本当にもう……!
演劇祭は原則校内で完結するイベントである。……イベントだった。今のこの人の言葉で、前提から崩されたからねっ!(ヤケクソ)
一般公開ってことは他所から見に来る人が加算されるってことだから、余計のこと下手な演技はできなくなってしまった。
……いや、完璧美少女を自認する以上、手を抜く気は最初からなかったけど!それとこれとは!話が違うよねっていうか!
「それと……生徒会も……劇兼任だから……頑張ってね……♪」
「だと思ったよチキショー!!」
生徒会長さんはあの時、台本提供するとしか言ってなかったけど!この人に限ってそのあたりに抜かりがあるわけないって知ってたよぉっ!!(ヤケクソの二乗)
そして、昨日と同じように、言いたいことだけ言って去っていく従姉。
……いやほんと、ほんとやめて。朝っぱらから気紛れに体力全損させていくのやめて下さいまし……。
「ん、おはよう……いや待てどうしたお前!?」
「ダイジョブダイジョブ、ワタシツヨイカラダイジョーブ」
「何一つとして大丈夫じゃねぇ!?」
その後、完全に瀕死の状態で準備して玄関から出たら、待っていた幼馴染みに滅茶苦茶心配された。……その優しさが身に沁みるぜ……。
「わりと真面目に、この世からご退場願ったほうがいいんじゃないかしらあの人」
「転校生さんが、最近過激力をぎゅんぎゅんさせてる気がします!」
「
時間は経過して放課後。
部室に集ったみんなに朝起きたことを説明したところ、転校生ちゃんだけがやたらと辛辣だった。
……他の二人がそこまでヒートアップしているように見えないあたり、ちょっと不思議に思わないでもないような?
「それが善意だろうがなんだろうが、トラブルメイカーは一度痛い目を見たほうがいいのよ……!」
「なんか知らんが実感こもってるな……」
「うむ、ちょっとこの話題は封印しとこうか」
うん、帰国子女だから向こうでなにかあったんだろうね、トラブル引っ張ってくる人がいたとか?
まぁ変に神経を逆撫でする必要もないし、触れずにそっとしておこう。……そう決めた後、同胞が作ったチーズケーキに舌鼓を打つ。
それにしても……このチーズケーキはうまい。
文化祭の出店で出しても十分イケるレベルだ。プロの店で出すには何か足りない感じだけど、家で出されたら普通に子供も大人も大喜びだと思う。
……なので、こうしてチーズケーキを切り分けて食べる度に、転校生ちゃんから立ち上るオーラが強くなっている気がするのは、決して間違いなんかじゃないのでは?なんて思ってしまう。
……いや、どんだけ悔しがってるのさ?ってなるけどね、それが本当なら。
「あと二日あと二日あと二日あと二日あと二日あと二日あと二日あと二日あと二日……」
「……同胞!まじ怖いめちゃ怖い!転校生ちゃんから立ち上る負のオーラが怖い!!」
「律儀に日数を連呼してるあたり、守る気ではあるんだな」
「気にするとこそこぉっ!?」
めっさ気にしてるじゃん?!どんだけ食べたかったの転校生ちゃんっ!?
最早これキャラ崩壊なのでは?いつものできるOLムーブどこに捨ててきたの?もう捨ててきなさいとか言わないから拾ってきなさい!
それと同胞!なんか最近君天然キャラっぽくなってない?!
「うぐぐぐぐ……」
「……いや、ホントにどうしたんだ今回?お前さん、別に食いしん坊ってわけでもなかったろうに」
「冷静に考えて頂戴幼馴染みさんの手料理なんて普段は部長さんしか食べられないでしょうそれは即ちあくまでも外野ポジションに収まっている私達にとっては決して手に入れることのできない甘露でありそれを手にする機会をふいにするということは即ち私一人だけ仲間外れみたいなものであああ私はボッチじゃないのちょっと話下手なだけなのでもそんなあまりにも気安い対応なんてできないの無理だから変に個別グループにするのはやめてお願いだからああああああ」
「長い長い長い」
……なんか変なトラウマ踏んでたらしい。同胞の言葉で呪詛を吐き出す機械と化した転校生ちゃんを見て、思わずうわぁ、となる私。
そうして恐慌というか乱心というかしてる転校生ちゃんを見た同胞は「ああ、女帝……」と呟いていた。……女帝って何さ?
「……落ち着いたわ」
「すぐわかる嘘をつくんじゃないよ転校生ちゃん」
「落ち着いたのよ、落ち着いてるわ」
「凄まじいゴリ押しですね!」
しばらくすると、ピタッと呪詛を止めてスッと無表情に戻っていた。
どう見ても無理して平静を装ってるようにしか見えなかったけど、本人的には落ち着いたらしい。……うーむ強情。
まぁ、罰に関しては彼女がしっかり履行する気でいる以上、こちらからできることはないわけだし。……気にしすぎるのもアレと言えばアレ、かねぇ?
「じゃあ、転校生については一回棚上げして、今日の部活についてだが」
「
「流石の速筆、ですね!」
なので転校生ちゃんについてはとりあえず横において、話し始めるのは今日の部活の内容について。
役作りをするに当たり、キャラクター設定までしっかり練り込んでくれたらしい紡ぎ手ちゃんから、冊子として綴じられた資料を受け取る。……おお、わりとふんわりとしか作ってなかった魔王のキャラ設定が、隅々まで作成されている……。
幼馴染みのほうに視線を向ければ、同じように勇者の設定を受け取り、中身をふんふんと読みふけっていた。
「
紡ぎ手ちゃんが言うには、自分たちで演じることになったので、結構台本を書き換えている最中らしい。
大筋は変わらないだろうけど、自分たちだけでやるために、登場人物を削ったり場面を統廃合したりすることに、意外と時間が掛かっているようだった。
……言われてみると、最初は演劇部が演じるんだろうと思ってたから、端役とかもざくざく入れてた気がする。
それを部員五人の文芸部で回す、というのは無理があるので、役者の数を減らして台本もそれに合わせたものにする──軽い気持ちで紡ぎ手ちゃんに任せちゃったけど、これかなり負担がすごいな?
「あー、ごめんね紡ぎ手ちゃん。必ず埋め合わせはするからね?」
「
思わずまた謝罪を重ねてしまうが、紡ぎ手ちゃんはいつものようにはにかみを返してくる。……いや、天使でしょこれ。
「むぅ、仕方がないこととはいえ、つむちゃんがガシガシ先輩ポイントを稼いでるような気がします!」
「なんだその胡乱ポイント」
「貯めると先輩から色々してもらえるお得ポイントです!」
「ちょっと待って、商品提供者私なのに初耳なんだけど?!」
「今作りました!ただいまポイント設立記念でボーナスポイントサービス中です!」
「作るわ、身分証とかいる?」
「転校生ちゃんが復活した!?」
そうして紡ぎ手ちゃんの頭を撫でていたら、後輩ちゃんが拗ねてしまった。……と思ったら謎のポイントサービスが開始していた。
いやなんだその謎ポイント、私がなにかをするって感じの特典がくっついてくる、ってのもよくわかんないし。あとなんでそこで復活したの転校生ちゃん?
「……ポイントカードって無駄に作りたくなるところないかしら?」
「んー、所詮は学生程度の散財だと、最近のポイントカードは有効期限のせいで使い辛いから、私はあんまり作らないかなー」
「そこを真面目に返されるとは思ってなかったわ……」
最近のポイントカードって、そもそも付与率低い上に有効期限が延長なしの一年になってるものもあったりして、意外と使う機会がないんだよなぁ。……なんてことを言ったら、転校生ちゃんはなんとも言えない表情で呻いていた。
「ところでこう、役のセリフを試しに言ってみる、とかはないのかしら?」
「露骨な話題逸らしに乗ってやるよ。……つっても、貰ったのは設定集だからなぁ」
優しいね同胞。……転校生ちゃんの提案を受けて、試しに自分の手元の資料に視線を落としてみる。
……んー、仮にやるなら自己紹介文、かな?
なのでちょっと動きをつけて、魔王としての発言をしてみる。
「あー、あー、うん。──『我は魔王、世界を滅ぼすシステムなり。惑う者共よ、せめて安らかに闇の帳に沈め』」
「うわ、凄まじく厨二」
「うーるーさーいーでーすー!」
「……もしかして変に飛び火した感じかしら?」
なんで単に魔王ロールしただけで厨二扱いされなければならないんですか!……いや厨二だよこれ!
みんなからやいのやいの言われながら、今度は同胞がやれよと促す。
幼馴染みはんー、と一度唸ったのち。
「『俺は勇者!世界に光を取り戻すため、闇の軍勢と戦う者だ!』」
「うわぁ……」
「おいこらなんだその反応」
幼馴染みが勇者としての名乗りを上げたのを聞いて、私達は顔を見合わせる。
……いや、なんというか。
「全然似合わなくてビビる」
「……否定はしない」
私の言葉に視線を逸らす同胞。
……今さらなんだけど、これ結構な苦行になるのでは……?
なんとも言えない沈黙に包まれながら、私達はこれからの行末に不安を抱くのだった。