百合ゲー世界に転生したらなんかちょっと思ってたのと違った件について 作:アークフィア
百合ゲー世界の主人公はだいぶお花畑な件について
「……なんださっきの私は……っ」
保健室で目を覚ました私は、思わず頭を抱えていた。
……後先考えず全部ぶっちゃけたから、発言滅茶苦茶だわなんか変なこと言ってた気がするわで、今さらながら死にたくなってくる。
……いやなんだよあのムーブ、バカかよバカだったわ。
「あぁぁあぁぁもぉぉおぉぉぉ……」
布団の中でじたばたじたばた。
語彙力は死んだ、羞恥心も死んだ。……死んでねーの私だけじゃねーか。
死にたい……。死ぬほど恥ずい……。
「なんだよもぉー、名前呼びあって赤面するとか少女漫画かよぉー……」
布団を被って丸まって、ぐちぐち愚痴をぶちぶちり。
前世ではあんまり好き嫌いせずにいろいろ読んでた人なので、さっきのやりとりが少女漫画めいた、だいぶこっ恥ずかしいものだというのも理解できて。……余計に顔が真っ赤になる。
っていうかなんだこいつ、さっきからずっと顔真っ赤じゃねぇか、りんごかよ。私はバカ野郎、んごー。
「……うー」
外見に中身が引っ張られてる、ということなのか。
……あれ科学的にはそうはならんやろ、って言われてた気もするんだけどどうだったか。
いやそもそも今まで女の子らしく生きてきたんだから、引っ張られるもなにもないんじゃ?
……あーもー頭が全うに働いてない。
油断すると顔がにやける。ヤバイ。幸せ気分がヤバイ。
キモい、私たぶん今すっごいキモい。
「……にへへ……♪」
……はっ!?あかんあかん!このままだとバカになる!!
ああでも多幸感で脳内麻薬がどぱどぱどーぱみんしてる……!!!
「おーい、起きたかー?」
「ふぎゃあぁぁぁぁあっ!!!!?」
「うおっ!?」
そうしてベッドの上で悶えていたら、突然カーテンを開いて幼馴染みが現れたものだからさぁ大変。
──いやね、ほぼ逝きかけたよね。
心臓バクバク言わせながら、保健室の壁まで後ずさってさ。
涙目になって思わず逃げ道探してさ。
……位置的にどう考えても途中で幼馴染みに捕まるから、逃げらんねぇってなってさらに涙目になってさ。
いやもうどうしようもないから笑うしかないよねあっはっはっはっ!(ヤケクソスマイル)
「は、はひゃ、ひゃひゃっ」
「……落ち着け、別になんもしないから」
「そもそも私もいるわよ」
「ててててて転校生ちゃん!ありがたや、ほんとありがたや!」
「……ふーん」
「ってあれ?」
救いの女神あらわる!
よかった!こんな閉鎖環境で二人きりとかマジ死ぬかと思った!
そう思って転校生ちゃんに声を掛けたのだけれど。
……んんん?何故にそんなご機嫌斜めなのです?
めっちゃそっぽ向かれたんですけど。……バッジ足りてない?
そんな私のほうにチラリと流し目をよこしつつ、彼女は『私、不機嫌です』オーラを迸らせるのです。
「ええ、恋人同士。そこが重要なのはわかるわ、わかるけど。……私の名前、呼んでくれないのね?」
「……あ」
彼女の言葉に、間抜けな返事をする私。
せやった。もう転校生ちゃんとか呼ぶのは、私の癖以外の理由ないんだった。……そりゃ拗ねるわ、確かに。
いやでも、んー……。
首を捻りながら、彼女に問い掛ける。
「そのー……
「なにを遠慮してるのかは知らないけれど。……呼ばなかったら酷いわよ」
「あああごめん、ごめんってば!……えっと、
「ふーん……?」
「えええええ」
仕方なく名字を呼んでみたのだけれど、彼女はまた知らん顔。えええ、ダメなの?上の名前じゃダメなの?
……えー、でもさぁ……?
「中身おっさんが、女の子の名前呼ぶのってなんかよくないっていうか……」
「言い訳でしょう、それ。……いいから、呼んで」
「……あー、うん」
中身いい歳のおじさんが美少女の名前呼ぶのって、なんか犯罪臭しない?って思ってたんだけど、当の彼女は不機嫌顔。
……言い訳じゃん、って言われると確かにってなるし、けれども、うーん……。
……しゃーない、あとでイヤだとか言われても知らないぞ私。
そんな思いを抱きつつ、意を決して私は彼女の名前を口にする。
「じゃあ……
「……はい、なにかしら桐依?」
私が呼び掛けると、彼女は仏頂面をサクッと崩していつもの笑みに戻り、そのままこちらの名前を呼んできた。……普通に名前を呼びあっただけなのに、なんか恥ずかしいな?
っていうかそっちは呼び捨てなんだね、私も呼び捨てのほうがいいんだろうか?……まぁ、そのあたりは追々考えていこうかな。
そんなわけで、彼女は転校生ちゃん改め『刻遠野・А・朱紅奈』。ロシア系のハーフな転校生である。
すべな、というのは実際は当て字に近く、ロシア語で「光」を意味する
なので、彼女の名前を向こう風にいうと『スヴェーナ・アレクセーヴナ・トキトーヤ』みたいな感じになる。
……ロシア系なのに何故かアメリカのほうのハイスクールに通ってたとか、そのせいでロシア語はからっきしだとか、色々変なところもあるのだけれど。
そのあたりは原作でも詳しく語られたことがないので、よくわかりません。
……こっちの朱紅奈さんもそのへんはあんまり言いたくなさそうな感じだったから、たぶん聞くことはないんじゃないかなー。
「……名前を呼んだら落ち着いたから、特になんにもないね」
「ぷっ、なにそれ」
名前を呼んだのでなにかあるのか?という問いを朱紅奈さんから貰ったけど、正直呼んだだけなので特になにかがあるわけでもない。……さっきまでバクバク言ってた心臓が平常時に戻り、幼馴染みの顔も普通に見ていられるようになったので、全く意味がないわけでもないんだけど。
……うん。見に来てくれてありがと、くらいは言っておこうかな?なんて思っていたら。
「ずーるーいーでーすー!」
「ふぁぎゃあっ!!?」
「あら」
口を開こうとした途端、保健室に雪崩込んでくる部活仲間達。
その筆頭の後輩ちゃんがこっちに突っ込んできたので、思わずビビってしまう。
「追々って言ってたじゃないですか刻遠野さん!!ずるいずるいずるいです東山先輩私も名前で名前で呼んで下さい!!」
「わわわわ落ち着いてお願いだから落ち着いて頭を前後に揺らさないで酔うからやーめーてー!!」
「うわぁ」
「うわぁじゃなくてとーめーてー!!!」
そんな感じで、幼馴染みと朱紅奈さんが止めるまで振り回されてた私なのであった。
「……で、満足した?
「満・足・です!」
「そっかー」
結局みんなの名前を呼ぶことを強要された私。
……なんだろね、この改めましてのはじめましてみたいなアレ。……長くなりそうだしサクッと紹介しよう、うん。
犬系後輩の
中二系後輩の
生徒会長の
そして、先生である
とりあえずこの場で紹介する必要があるのはこの四人、だろうか。
「……精神面は、もう大丈夫なのですか?」
「ああはい、おかげさまで。……えっと、ごめんね西内さん。なんだか今まで色々と心配というか面倒というかを掛けちゃったみたいで……」
こちらを慮る声音で話し掛けてきた生徒会長さん……改め西内さんに、こちらも謝罪を重ね頭を下げる。
そうして視線を戻したら、彼女は複雑そうな表情をこちらに向けてきていた。……え、私なにかやっちゃった?
「……まぁ、完全に他人行儀な『生徒会長』呼びに比べれば、ですわね。……ですが、いつか必ず。貴方の友として、恥じぬ女になって見せますわよ……!」
「……え、ええ?」
み、名字で呼んだせいでなんか変な使命感に目覚めてる……?
イヤでもこれ、たぶん今からちゃんと下の名前呼んでもダメなやつだね?ダメなやつでしょこれ。彼女は話を聞かないんだ。……とりあえず放置でいいかな?
「いいんじゃないか。時間が解決することもあるだろうし」
「だよねー。同胞もそう思うよ……あの、なぜこちらを睨んでおられるのでしょうか?」
そうして若干呆れていると、幼馴染みがこちらに近付いてきていた。
なので(極力いつも通り)話し掛けたのだけれど。
……その、最後まで言う前に滅茶苦茶睨まれたんですがそれは。え、なにかした!?なにかしたの私?!
「なぁ、桐依。さっき俺は言ったよな、名前で呼べって」
「へっ!?え、いや、まさかの常に!?常になのあれ!?」
まさかの常時名前呼び要求だった!?
いや、だってその、別に普通にしてる時は今まで通りでも……!!
なんて私の内心を読んだのか、こちらを睨んだまま近付いてくる幼馴染み。
……は、はわわわっ!!
に、逃げ……あダメだよく考えたらさっきから移動してないから背中が壁だこれ!?向こうが正面から来てるから逃げ道がねぇ!?
「……呼ぶよな?」
「ひいぃっ!!!?か、かかか勘弁してください!!死ぬからっ!!恥ずかしさで私死ぬからっ!!ちょちょちょ他の人も!見てないで!!助けて!」
「いいですよーもっといちゃいちゃオーラを高めるのですよー」
「ちょっとぉっ!!?」
ダメだこいつら完全に観戦する気だ!他人事だからって気楽すぎるぞぐぬぬ……っ!!
「……話してるのは俺なんだが?」
「ふぎゃあぁぁぁぁあっ!!!!?ちちちち近付くのやめてっ!!耳元で囁くのやめてっ!!!?あああ晃、くん?!すとっぷ!!すとっぷぷりーずっ!!!」
「くん、はいらないな」
「あぁぁあぁぁもぉぉおぉぉぉっ!!!!!」
だ・か・ら!!
なんで!!この幼馴染みは!!いきなり少女漫画の相手役みたいなことになってるの!!!?
私が悪いっ?!!絶対違うよ!!弄んでるんだよこの人達っ!!!!
あああでもこれなにかしら結論出さないと終わんないやつ!!名前呼んだのに終わんなかったもん私悪くないよ!!!でも終わんないと私もオーバーヒートして死ぬやつ!!!
流石にこんな意味のわからん死にかたはイヤだ!!!イヤだけどどうすりゃいいんだ!!?考えろ、考えろっ!!
(────いや無理だってばぁっ!!?)
ずっと見られてるの!!至近距離で!!ずっと!!めっちゃ綺麗な顔の!!幼馴染みが!!私を!!視界に!!ずっと!!!逸らさないのっ!!!
うううう、うううううーっ!!!!
マジでなんも思いつかない!!ああもう、自棄だ自棄だ破れかぶれじゃあっ!!!
「せ、」
「せ?」
「せめて、二人きりのときとかで、お願いしますぅ……」
言いきって、思わず脳が冷えた。
……いや、今私なんて言った?
混乱の余りなんか凄いこと言わなかったか?!
いや、みんな見てるところで名前を、くんも付けずに呼ぶとか無理だってのも確かなんだけど。
……今、二人きりなら、とか、言った、な?私、大分アレなことを、言った、な?
顔から血の気が引いた私を見て、幼馴染みは
「……じゃあそれで」
「あぁぁあぁぁなしなしなしなしやっばりなしぃっ!!!」
必死に懇願するけれど、同胞は「もう了承したので。言い出したのそっちだし」と取りつく島もない。
……いや言ったけど!言ったけどさ!言葉の綾!言葉の綾なんだってばぁ!!!
「……桐依、貴女ちょっとバカになってない?」
「うぁあぁぁぁあそうだよバカだよぉぉおおぉぉ……」
こちらの言葉に聞く耳もたずに、そのまま保健室から出ていった幼馴染みに届かぬ手を伸ばす私と、なんとも言いがたい声音の嘆息を漏らす朱紅奈さん。
──なんなんだろうこれ、みたいな空気を孕んだまま、その日は解散になったのだった。
─……帰ったら不貞寝しよう……。