百合ゲー世界に転生したらなんかちょっと思ってたのと違った件について 作:アークフィア
「……にしても、綺麗な海だねぇ」
「底まで見えるくらいの透明度だからな、綺麗すぎてちょっとビビる」
「あー。なんというか、海にいるのか空に浮いてるのかわかんなくなる、ってやつ?」
同胞と大きなボート型の浮き輪に乗って波に揺られながら、周囲に視線を巡らせる。
海の底まではっきりと見えてしまうほどの透明度の海は、ふと自身がどこにいるのか・まさか空に浮いているのではないか──ということを錯覚させて余りある。
……ぼーっとしてると宙に浮いてるような気分になってくるので、ちょっと怖くもあったり。
実際こうして空気を普通に吸えるからこそ、今自分がいる場所が海上だとわかるけど、もし仮に空気ボンベを背負って海中に潜ったりした場合、底が見えない場所だったら容易に上下がわからなくなって溺れてしまいそうだと思えるほどに、あまりにも透き通っている海だといえた。
……自然の美しさは恐ろしさと隣り合わせだと言うけど、ここはまさしくそういう類の海だろう。
「……そういうのって、海外の海でしか聞かない話だと思ってたんだけどなぁ」
「沖縄あたりでなら結構見付かるだろうけどな」
「先輩方!またお二人でイチャイチャですか!」
「ぎゃあっ!?」
「……いや毎回驚きすぎじゃねお前、ってあ」
「はぎゃあぁぁぁぁあっ!?」
「わわわわっ、せせせ先輩ーっ!?」
突如上がる大きな水音。
……またもや下から現れた鈴莉ちゃんに驚いてバランスを崩した私が、海に落っこちた音だ。
二人が慌てて、落ちた私のほうに寄ってくる。
「おい大丈夫か桐依……って、泳げてるじゃねぇかお前」
「……ちゃうねん、顔を海につけられないだけやねん……」
呆れ顔の同胞に視線を合わさないように横に逸らす私。
ははは、立ち泳ぎできなかったら危ないところだったぜ……。
いやまぁ、顔が水中につけられないから、長距離移動とかはできないんだけどさ。……背泳ぎでいいんならまだイケるんだけど。
「海での背泳ぎは……まぁ、自殺行為みたいなもんだわな」
「波さえ……波さえどうにかできたなら……っ」
「ああ、顔に波が掛かっちゃいますもんね……、っと、ごめんなさい先輩、驚かせ過ぎちゃいましたね」
浮き輪の上へ同胞の手を借りながら戻りつつ、申し訳無さそうな顔をしている鈴莉ちゃんの頭に手を乗せて、
「ふははははははははは」
「わきゃあぁぁぁぁあぁぁっ!?」
思いっきりわしゃわしゃと髪を掻き乱す!
……はっはっはっはっは。まったく、可愛いんだからこの子ってば。
ぐしゃぐしゃになった髪の毛を触りながらちょっと涙目な鈴莉ちゃんに、小さく笑みを返して。
「本格的に溺れてたらそりゃ問題だけど、別に鈴莉ちゃんのサプライズがイヤってわけでもないし。別にかまへんかまへん」
「……本当に、大丈夫ですか?」
「まぁ、あんまり突飛なのは止めてほしいけどね、今のくらいなら私がひっくり返るくらいで済むから大丈夫よ!」
「……やっぱりちょっとマゾっ気があるなこいつ……」
「……なにか言った同胞?」
「いやなんにも」
平穏な毎日より刺激的な日々を臨むのが私……ってわけでもないけど。
鈴莉ちゃんが楽しいなら私も楽しい、そんな風に思えるくらいには、鈴莉ちゃんが大切だというのも確かな話。
だから、そのあたりを含めて言葉を返したんだけど……。
「……わかりました!そこまで言われてなにも返さぬは栗花落家の名折れ!お礼と言ってはなんですが、先輩のカナヅチを、私が直してみせましょう!」
「あれーおかしいなー話が変な方向に行ってないこれ?」
「お前が焚き付けたようなもんなんだからちゃんと付き合ってやれよ」
……なぜか鈴莉ちゃんによる水泳特訓が開催される運びとなってしまった。……なんでさ?
「……息を止めて潜るだけなら大丈夫なんですね、先輩」
「目が開けられないのと、息継ぎできないのが全ての元凶なんだよね……」
クロールの時に息継ぎのタイミングがわからずに諦めること多数、そんな私です。
……平泳ぎはそもそも泳ぎ方がわからんという酷さである。下手するとバタフライ覚えたほうが早いんじゃないかな?
「バタフライって難しいんじゃないのか?」
「基本的に泳ぎ方って、学校卒業したら習う機会がないって話を聞いたことない?」
「……あー、ジムとかに自分から通わないと、習う機会がないのか」
同胞が頷いた通り、『泳ぎを習う機会』というのが義務教育中くらいのものである、という人の割合は多いらしい。あえて自分から習いに行かなければ、学校で覚えた泳ぎかたがその人の使える泳ぎかたの全てになるわけだ。
そして、日本では『海で溺れた時に陸まで向かうための泳ぎ』が義務教育中に教えるもの……必然的に平泳ぎと、クロールが優先されているわけだ。
……結果、バタフライに関してはそもそも
「
「
同胞の言葉に深く頷く。
日本人だけ、というわけでもないのかも知れないけど、物事を習う時は『簡単なものから、難しいものへ』という刷り込み?固定観念?みたいなのがあると思う。
そのため、自分から習う気持ちがなければ、その入口にすら立つことのできないバタフライという泳ぎかたは、不当に難しいというレッテルを貼られているのではないか、ということになるわけだ。
「……いや、でもやっぱりバタフライが簡単ってことはないんじゃないか?」
「聞いた話だと、早さを求めないバタフライなら、覚えるのも泳ぐのも楽なんだって」
「なん……だと……?」
聞いた話なのであんまり偉そうなことは言えないのだけど、と前置きをして話を続ける。
バタフライはもともと平泳ぎの派生で、20世紀前半に生まれた比較的新しい泳ぎかただ。
人間というのは、左右非対称の動きがそもそもに苦手である。
左右で別のリズムを刻もうとして、いつの間にか同じテンポになってしまった経験、一度はある人もいるだろう。それと似たようなもので、クロールや背泳ぎより平泳ぎが得意、という人は結構いるのだ。
そう考えてみると、足の動きは平泳ぎよりも単純なドルフィンキックで、腕の動きも単に水を後ろに掻き出しているだけであるバタフライという泳ぎかたは、見た目よりも遥かに簡単なものに見えてこないだろうか?
ついでにいうと、息継ぎのタイミングも明確に顔が水面に出たときにすればいいので、クロールみたいに間違って水を飲んでしまったり、平泳ぎのように息継ぎするときに沈むということもない。
速度や長時間泳ぐことを考えてしまうとちょっと問題が出てくるものの、単に泳ぎたいというだけならわりとおすすめな泳ぎかたが、本当のバタフライなのだ。……見た目もカッコいいしね。
「ほほう、そこまで熱く語るということは、先輩はバタフライを覚えたいということですね!」
「今日はもう泳ぐのは終わりでいいかな」
「おい」
いやだなぁ、バタフライの不当難度制定問題に反論する気はあるけど、私が覚えたいとは言ってないじゃないですかー。はははは。
………………。
「あ逃げた!?」
「追えーっ!全員追えーっ!!」
「ぎゃあっ、なんでみんな追っかけてくるのさ!?ノー!私が泳げなくても問題はなぁーいっ!!」
「楽しそうだから追いかけているだけよ?」
「ふざけるんじゃねぇーっ!?」
必死に逃げる私と、追いかけてくるみんな。
……その鬼ごっこは、私が疲れ果ててギブアップするまで続いたのだった。
「朝早くから泳ぎに来てたから、それでもまだまだ時間があるねぇ」
「……今が大体昼前か。確かに、まだ余裕があるな」
砂浜で砂の中に埋められた私と、その横でなんとも言えない視線を向けてくる幼馴染み。
……うん、ちょっと横になった途端に結花ちゃんと先生、悪ノリしてた柳瀬先輩に埋められてね……。
一人じゃ脱出できないので同胞に掘り起こして貰って、立ち上がって砂を払う。
遠目には、さっきの三人が砂を積み上げて城を作っている姿が見えた。……そういえば、あの三人なんであんな仲良くなってるんだろう?
「在原さんはそもそも柳瀬さんに懐いてるみたいだったから、篠浦先生のほうの理由だけが謎な感じかしらね?」
「あら朱紅奈さん、泳ぐのはもういいの?」
「鈴莉との勝負も終わったしね。いい加減、陸に上がって体を休めようかなってところよ」
「ぐぅぅぅぅっ、あそこで、あそこでイルカに気を取られなければ……!朱紅奈さん朱紅奈さん、もう一回、午後からでいいのでもう一回やりましょう!」
「午後からは忙しくなる予定でしょう?素直に休みなさいな」
「うーっ!勝ち逃げはずるいですよ!」
「……え、これどこからツッコめと?」
えっと、なんで君等いつの間にか名前で呼び合うような仲になってるん?というかここイルカもいるの?
……ホントにここ国内か?実はいつの間にか海外に来てない?……個人所有で乗り回せるクルーザーじゃ基本的に国外には行けない?……じゃあやっぱり沖縄とかのほうなのかなここ……。
「おーい、そこで辛気臭い顔をしているそこの君ー」
「誰が辛気臭い顔じゃいっ!?……って柳瀬先輩、なんなんですか一体、大きな声で」
むむむと唸っていたら、辛気臭いとか言われて思わず視線をあげると、さっきまで三人で城を作っていた筈の柳瀬先輩が、いつの間にかこちらに近付いてきていた。
……手を振ってこちらを手招きしているのだが、どうにも怪しい。近付いていいやつかな、これ?
隣の幼馴染みに視線を向けてみるが、彼は肩を竦めて首を振り。
それじゃあと思って鈴莉ちゃんと朱紅奈さんのほうに視線を振ってみるが、こっちもこっちで眉を曲げて困り顔。
……むぅ、つまり、これは、近付かないことにはわからん、と言うことじゃな?
「……はいはい、なんですか柳瀬先輩。手を振って手招きとか子供みたいですけど」
「相変わらず身も蓋もないね君。……いやまぁ、それは別にいいんだ。城を建ててる途中に、面白いものを見付けてね」
「面白いもの……?」
ニヤニヤ笑いながら告げる柳瀬さんに、思わず胡乱げな視線を投げてしまう私。……当の本人は全然気にしてなかったけど。
あとから追い付いてきた同胞達と顔を見合わせ、先導する柳瀬先輩を追うように進む。
……む、あれは?
「これみよがしに空いてる横穴。……宝とか冒険とかの匂い、しないかい?」
「……なるほど、これは確かに面白いものですね」
砂浜からぐるりと回った位置にある、大きな横穴。
奥が見えないそれと、その横でこちらを待っている結花ちゃんと先生を見て、宝が本当にあるのかも、とちょっと期待を持ち始める私達なのだった。