百合ゲー世界に転生したらなんかちょっと思ってたのと違った件について 作:アークフィア
春は遠く、願いを忘れ人は笑う
……どうして。なんで。
疑問か、はたまた悲嘆か。……もしくは、そのどちらもか。
それを溢したのはいつだったか。
自分がそれを思ったのはいつで、それを願い、求めたのはいつだったか。
どちらも等価で、どちらも必要で、どちらも
だから、ずっと燻っている。胸の奥で、残り続けている。
なんでもないように、どうでもいいように、ずっと。
ああ───
だから、早く。
それだけが、それこそが、
「……むぅ」
──なんというか、イヤなものを見たような気がする。
飛び起きたりしたわけではないものの、寝汗やら何やらで最悪の気分を味わいながら、ベッドの上から半身を起こす。
それを改めて突き付けられたような心持ちに、思わず深くため息を吐いて。ベッドから降り、窓の近くまで歩み寄った。
からからと音を立てながら開いた窓の縁に腰を掛け、真っ暗な空を眺める。
……月の光が柔らかく夜の帳を照らしている。
真夜中の空気は凛として、ほう、と吐き出す息が白く染まる。
このまま、夜の闇に落ちてしまえたら。
……なんてことを思っていたのは、いつのことだったか。
……いかんな、一人だとどうにも考えが片寄って仕方ない。
小さくため息を吐いて、窓の縁から部屋の中へと戻る。
──後ろ髪を引かれたような気がしたけど、振り向くことだけはしなかった。
「へい、おはよー晃。いやー、今日も朝からさっむいねぇ」
「おう、おはよう。……なんつーか、あっという間に冬って感じだな」
「そうだねぇ。もう十一月だし、そろそろこたつとかが恋しくなってくる感じだね。……部室に置けたりしないかな?」
「いや、流石にこたつは無理だろ、場所がねーよ……。素直にストーブにしとけって」
「いーや、確か倉庫のほうに畳が何枚かあったはずだから、それを使えば部室の一画に、こたつゾーンを作ることは十分に可能なはず……!」
「なんなんだよ、そのこたつへの熱いこだわりは……」
学校への道すがら、隣を歩く晃と他愛ない会話を重ねる。
慌ただしかった文化祭の日から、すでに一ヶ月とちょっと。
秋の過ごしやすい空気はとうに過ぎ去って、街中はすでにクリスマス気分へと染まりつつあった。
……ちょっと前はハロウィンで大騒ぎしてたくせに、その次の日にはもうクリスマスに向けての準備が始まるとか、なんというか本当に節操のない国だな日本……。
「文化祭からハロウィン・クリスマス・正月・バレンタイン……ってな感じで、年末から年始にかけてはとにかく忙しいもんな」
「師匠が走り回るから師走って言うけど、正直弟子も普通に走り回る忙しさだよね、実際は」
「ああ、
「あっきーがまた死にかける、ってのだけは分かる」
「それは確かに。……また勉強会でもするか?」
「そうだねぇ、あっきーに泣きつかれるのは、最早確定事項みたいなもんだしなー」
年始を迎える前に、学生である私達には期末試験が待っている。……それを思えば、師走というのは誰しもが忙しく走り回るものなのでは?なんて感想が思い浮かんできて、ちょっと苦笑してしまう。
そうして他愛のない話をしていたら、うっすらと吹いてくる寒い空気。
……身震いを感じて、マフラーを巻き直して耳を隠す。
私は耳が冷たいのが一番イヤなんだけど、そのために耳当てをするのは更にイヤ、と言うワガママ持ちである。
手袋は二重だし、ストッキングが校則でオッケーだから遠慮なく防寒用のやつ履いてるし……って感じで、寒さ対策を怠っているわけでは、決してないのだけど。
耳当てについては昔から──それこそ前世の時から使いたくない、という徹底ぶりである。なんなのだろうね、この謎のこだわり。
まぁ、とにかくそんな感じなので。
おっきなマフラーで耳元まで覆い隠すのが、冬場の私のいつものスタイルだったりする。
……口元まで一緒に隠すから、吐いた息が持つ熱で内部も暖かくなる……というのは、わりといい感じなんじゃないかなって毎回思ってたり。
「……あ、そだ」
「なんだいきなり……ん?」
そんな中、ふと思い付いて右手の手袋を脱ぎ、晃に向けて差し出す。
それを見た彼は、初めはその意味がわからない、といった感じに首を捻っていたが。
しばらくしてこちらの意図を理解したのか、小さく頷いて私の手に自分の手を重ねてくれた。
……ん、そうそう。寒いんだから手を繋ぐくらい普通普通、ってね。
「……っ、」
「どうした?」
「……いんや?なんでもないなんでもない」
そうして繋いだ手を、気持ち強く握り直して、学校への道を急ぐ。
……抱いたモノは、表に出す必要性はない。
そのまま沈めて、忘れて、なかったことにしてしまえばいい。
「……おい、桐依」
「んー?どしたの晃?」
「……いや、なんでもない」
晃が訝しげにこちらを見てくるが、私がにっこりと笑顔を返すと、彼はなんでもないと言い残して視線を前に向けた。
……ん、それでいい。
それでいいんだよ、
──そのあとは、特に会話をすることもなく、普通に学校にたどり着いたのだった。
「──桐依。貴方、堀ノ内君と何かあったの?」
「また不躾というか、どことなくふわっとしてるというか……そういう質問だね、朱紅奈さん」
「茶化さないでちょうだい」
休憩時間中に、購買で買ってきたゴーヤオレをちゅうちゅう吸っていたら、朱紅奈さんから突然詰め寄られた。
不機嫌そうな彼女からは、晃となにかあったのか、という質問が飛んできたんだけど。……別になにもなかったよ、としか私には答えられない。
実際、登校中に会話が弾まなかったなー、ってくらいのことしか起きたことはなかったわけだし。
そう伝えると、彼女はこちらを不審げに見詰め、一つ息を吐いた。
「……いえ、何かあったのは貴方のほうね?」
「ありゃ、鋭いね朱紅奈さん。──まぁ、ちょっと夢見が悪かったから、変な対応してたかも知れないね」
「……夢見?」
「そ、変な悪夢に魘されてた、みたいなやつ。──そうは言っても所詮は悪夢だから、別に何がどうってわけでもないんだけどさ」
やけにしつこく聞いてくるので、素直に悪夢を見たことを答える。
まぁ、悪夢と言っても大したものじゃないんで、そんなに気にして貰うような必要もないんだけど。
……みたいなことを伝えるも、彼女はなんとも微妙な色を、その綺麗な相貌に浮かべていたのだった。
……むぅ、これは信用されてないってやつだな?
「内容は?悪夢の」
「んー、起きた時にすっごい不快だったから、多分悪夢だーって思っただけで、正直詳しい内容とかは覚えてないんだよねー」
「………本当に、大したことないのね?」
「いや、私そんなに無理してるように見えるの私?」
「……いえ、私の勘違いだったかもしれないわね」
「ええ……?今度は素直に引きすぎじゃない?どしたの朱紅奈さん?熱でもある?」
なので、ちゃんと詳細を話してみたのだけれど、今度はなんとも不完全燃焼感の溢れる結果になってしまった。
……彼女、口では納得したみたいに言ってるけど、表情から本当は納得してないのが丸わかりである。
うーむ、ホントになんでもないんだけどなー。
──うん、なんでもないんだ。
「
「……貴方」
おっと、なんか変なことでも口走っちゃったかな?
目の前の彼女がこちらを見る目が、猜疑心溢れるものに変わっている。……
「うん、
「……もしかして……いえ、でも」
「いいから。気にしなくていいから。いつも通りでお願い」
「……ノーコメントよ」
「うーん強情。ホントに気にしなくていいのに」
こちらの言葉に、彼女は肯定も否定も示さない。……別に、
余計な苦労を背負い込むのは、損する原因でしかないぞー?
……なんてちょっと茶化してみても、彼女の堅い表情は変わることなく。
結局、休み時間の終わりを告げる鐘の音が響くまで、彼女はその場から動くことはなかったのだった。
「先輩の様子がおかしい?」
「そ。……うまく言えないけれど、
珍しく桐依の居ない部室の中で、刻遠野と栗花落が話をしていた。……内容は、体調不良で先に家に帰った、我が部の部長である桐依について。
……ずれている、という刻遠野の感覚は正しい。
実際、俺も久しぶりに
「むむむ?懐かしいとは、どういうことなのですか?」
「刻遠野のほうは、覚えがあるんだろ?」
「……ということは、やっぱりそうなのね」
「ええー、お二人だけで納得するのは無しですよー!?」
一人だけ話に付いていけてない栗花落が騒いでいるのを、はいはいと宥めながら適当に相手していると、突然部室の扉が大きな音を立てて開かれ、俄に騒然とした部室の中に委員長が入って来た。
凄まじい剣幕を浮かべた彼女は、そのまま俺の前につかつかと歩いてきて、こちらを睨むように声を吐き出してくる。
「あれは、どういうことですの?」
「……桐依のことを言ってる、ってことでいいんだよな?」
「それ以外に何があると言うのですか!!あれでは、あれではまるで……!!」
「
「刻遠野さん……?……いえ、貴方もあの時期の彼女と面識があると仰っていましたわね……」
……なんとも、重苦しい空気になってしまった。
三人ともが、何を話せばいいのかわからずに押し黙る。
話してどうにかなるものなのか、という思いが、口を開くことを躊躇わせる。
「だーかーらー!勝手に納得するなっ、ですよー!」
──だから。
何も知らない栗花落の言葉に、俺達は辛うじて再起動を果たすことができたのだった。
「……そうね。私達だけで納得していても、なんにもならない、か」
「気持ちが急きすぎていましたわね。……ありがとう栗花落さん。目の覚めるような一喝でした」
「え?は、はい?い、いや、なんのことやら全くなのですがー!?」
「まぁ、知らない人間だからこそ見えるものもあるだろう、ってだけの話だよ」
困惑する栗花落の頭を、三人で順繰りに撫でる。
……なんなのですかー?!とさらに困惑する彼女の様子に、思わず笑みがこぼれた。
皆が落ち着いた中、語るのは
──もう出会うことはないと思っていた、死にたがりの