百合ゲー世界に転生したらなんかちょっと思ってたのと違った件について 作:アークフィア
一人だけ蚊帳の外だったのは、彼女の話はそもそも終わってるから、という……。
とりあえず三話程度の予定なので、良ければお付き合いくださいませ。
百合ゲー世界の後輩ポジは気難しい件について
期待に応え続ける、というのは。
とても、息苦しいものだ、なんて。
意外と、指摘されるまでわからないものだ。
男女の性差や性別による偏見・それらを起因とする各種犯罪への厳罰化や。
女性だけのものであった、子を宿し胎内で育てるという行為が、男性であっても行えるようになる、など。
様々な政策や、科学技術の発展により『ジェンダーからの脱却の時代』とも呼ばれる黄金時代を迎え。
そして、それを越えて生まれた、ジェンダーレスが当然となった時代の子供達。
性別の
……ある意味、前の世代よりも遥かに強く、『性』と言うものに縛られながら生まれてきたとも言えた。
性別が男だとしても、可愛い服を好んでも良い。
性別が女だとしても、戦隊モノやカードゲームに興じても良い。
──言葉の上では、平等だと思えるそれらは。
『選んだことへの責任』という枷を、知らぬ間に孕んだものだったのだ。
そして、とある裕福な家庭に生まれた彼女は。
女の子だから、可愛いものを。
男の子だから、カッコいいものを。
──それは差別だ、決め付けずに好きなものを選ばせればいい、なんて。
幼子に、そこまで難しいことはわからないだろう。
たまたま、その時興味があったものを選んだとして。
それを好きなものと括られるのは、些か乱暴な論調なのではないだろうか。
……そこまで考えていたかどうかまではわからないが、彼女が小さな不満を燻ぶらせていたというのは間違いなかった。
習い事の為に乗り込んだ車の後部座席で、頬杖をついて外を眺める少女。
天気は生憎の雨で、窓ガラスに当たった雨粒は、そのまま下に落ちていく。
その動きをなんとなく目で追いながら、彼女は小さく息を吐いた。
──溜め息は、
その事に安堵するべきか、はたまた落胆するべきなのかも決めきれないまま、車は道路を駆けていく。
そうして何事もなく、ピアノ教室を開いている講師の家の前に車は止まって。
「お父様。レッスンが終わったら、また連絡しますね」
「うん、いってらっしゃい」
父に向けた笑みが
少女の姿は、講師の家の中に呑み込まれていくのだった。
──選んだのは、可愛い人形だった。
一緒に置かれたものがあまり好きじゃなかったから。……それくらいの動機でしか無かったけれど。
女の子らしいものを選んだ時、
特に、おじいちゃんの喜び方は凄かった。
可愛い孫娘だ、自慢の孫娘だ、うちの息子はよくやった、なんて。
年甲斐もなく喜ぶその姿に、なんだかこっちも嬉しくなったものだ。
──次の年、同じようにクリスマスの日に送られたプレゼントの中に、カッコいいものは存在しなかった。
小学校に入学する前、ランドセルの色を選びに店に向かった時の事。
私の横で、青いランドセルを選ぶ女の子が居て。
それを見たお母さんが「青とか黒とか、選んでも良いんだからね?」と微笑んでいた。
──
お母さんは「そっか」と笑って、赤いランドセルを手に取った。
──何かの色を選ぶ時に、赤系統以外の色が選択肢に上がらなくなった。
少しずつ、少しずつ。
……多分、少し声を上げれば戻るのだろうけど。
家族の笑みを翳らせてしまうのではないか、そんな思いが頭の片隅を過ぎって。
ずっと、言い出せないままになっているのだった。
「んー、もしかして何か気になることでもあったりするのかな?」
「……どうしましたか、先生。私は至って普通ですよ」
「あー、うん。そう言われるとなんにも言い返せないんだけどね……」
冴えない容貌をした講師の男性が、頭を掻きながら困ったように笑っている。
……音楽家には、他人の演奏を聞くだけで当人の体調を察することができる人も居ると聞く。
目の前の彼がどれくらい凄いのかはわからないが。もしかしたら、と思ってしまうのも確かで。
だから少女は
「……おい……んな、……って、走んなバカ!」
「ふははは同胞ぅ!!捕まえてみるがいいふははは!」
「ねーちゃんはえー!」
「あたぼうよー!」
「……騒がしいですね」
「あー、ごめん。ちょっと待っててくれる?」
気まずい空気が流れる中、外から聞こえてくる、ドタバタと走り回る騒がしい音。
……仮にもピアノ教室がある場所で、何を騒いでいるのか?
そんな不満から思わず眉を顰める少女は、にこやかに──それでいて静かな怒気を滲ませた講師に、思わず目蓋を
「──クゥオラァッ!!!誰がガキと一緒になってはしゃげっつったぁ!!?」
「お、ちーっす先生、授業終わったん?それと子供の相手すんのに部屋の中で大人しくー、とか無理だよって私は無罪を主張しまーす」
「やかましい、説教は後でするから上に戻っとけぃ!!」
「はーい。……もう、同胞も援護とかしてくれてもいいんじゃない?」
「いや、俺は止めたし」
「……追いかける時走ってたよね?」
「知らん、知らんったら知らん」
「えー?」
「なかいいなー」
ピアノ室から顔だけ出して怒鳴った講師に、思わず小さく椅子から跳ねた少女は。
外から聞こえる声に、女性のものが含まれている事に気が付いて、こっそりと講師の肩越しに、件の人物を窺う。
生憎と、階段を登って上に消えていく後ろ姿しか見えなかったけれど。
──颯爽と、綺麗な黒髪のポニーテールを棚引かせて遠ざかっていくその姿は。
彼女の脳裏に、妙に残るものとなっていた。
「あー、ごめんねなんだか……」
「いえ。……二階で何かやっていらっしゃるんですか?」
「うちの旦那が託児所をね。……さっきの子達は、そっちの手伝い」
女の子の方は昔ピアノを習ってたんだけど、やめた後は何故か旦那の手伝いさ、と講師は笑う。
……既婚者だとは知っていたが、同性愛者だったのかこの人。
そう思ってたのが顔に出ていたのか、彼は頬を掻きながら小さく笑って。
「旦那とは言うけど女性だよ、うちのは。生憎と僕の稼ぎは多くないからね。だから彼女が旦那で、僕は家内」
旦那様、って呼んであげると喜ぶんだよね、とはにかむ講師。
……旦那という言葉が男性を指す言葉だ、と教わった彼女にとって、その話は軽いショックを引き起こすものだった。
そんな彼女の様子に気付いた講師が、恐る恐る口を開く。
「えっと、確か今だと旦那って呼び方はあんまり良くない、って教わるんだっけ?」
「……はい、男性性を強調するものなので、公共の場では相応しくないと」
学校では、そう教わる。
公共の場で使うのならば夫と妻がよく、それ以外は人によっては気分を害する可能性があるから、と。
だから、こうして普通に──旦那と家内と言う言葉を、それも男女逆で使っているというのは。
……
そう言うと講師は眉根を寄せて、小さく唸った。
「いや、あんまり他所の家の事情に首突っ込むのもどうかとは思うけど。……今どき珍しい、旧風を大事にしてる所なんだね、君のお家は」
「……と、言いますと?」
少女の疑問に、講師が答え始める。
そもそも、『旦那』という言葉は
『
……あくまでも、言葉の使われ方が変わっていく中で、俗に言う父長を示す言葉として『旦那』という言葉が用いられる様になっただけなのだ。
そもそも、今の人は逆に『旦那』や『家内』という言葉を使わなくなって久しいので、学校で教わったとしても実感が湧かず。
それぞれに男性性・女性性を見出さずに、言葉の意味だけで使うことも多くなっている、らしい。
ゆえに、この辺りの表現を使うことで気分を害するのは、ジェンダー闘争の只中にいた特定の年齢層くらいのものだ──と、彼は話を結ぶのだった。
「その年齢にあたる人が居ない場所なら割と使ってる、っていう若い人は多いよ。流石にSNSとかでは使わないけどね、そこら辺うるさい人が居るし」
実際稼ぎを得ているのは彼女で、僕は家に居ることが多いし、と講師は笑う。
男は外に出て仕事をし、女は家で家族を守る。
その
「……顔色が悪いね。今日はここまでにしておくかい?」
「…………はい、そうさせて、下さい」
少し、考える時間が欲しかった。……一日の間に、価値観を揺るがされすぎた。
『旦那』という言葉を女性に対して使う人が居ると言うことも。
後ろ姿だけでも綺麗なのだろうとわかる人が、子供達と走り回っていた事も。
彼女の常識の中では、有り得ない異物だった。……だって、それは。
「……本日は、有難うございました」
「ああ、うん。……気を付けて」
こちらを気遣う講師の言葉から逃げるように、表面だけの感謝を言い置いて、少女は家の外に歩み出る。
……空は未だ晴れず。
雨は涙のように、ざあざあと地上に降り注いでいた。
「今日は早かったね、具合でも悪かったのかい?」
「……少し、目眩がしたので。無理を言って切り上げて頂きました」
「そっか。無理はしないようにね」
バックミラー越しにこちらを窺う父の表情は、どこまでもこちらを気遣う優しげなもので。
……その顔を見ると、私は何も言えなくなってしまう。
──無理は、していないと思う。
ピアノに触るのは嫌いじゃないし、他の習い事も、別に苦にはしていない。
淑女として、相応しく。
選んだのは私で、習うのも私だ。
……だから、そこに不満は
家に帰れば、おじいちゃんに一日のお話をして。
勉強と予習を済ませて、家族で団欒を過ごして。
お風呂に入って気分をリフレッシュさせて。
あとは、ベッドの上で眠りにつくだけ。
幸せな家庭だと思う、自分は恵まれていると思う。
選んで、望んだ道を進めている。
選んだ道を、応援してくれる家族が居る。
……不満なんて、
──選べなかった、緑のランドセルを夢に見ながら。
私は幸せなのだと、