百合ゲー世界に転生したらなんかちょっと思ってたのと違った件について 作:アークフィア
──次の日も、生憎の雨だった。
自身の部屋の中から、窓越しに空を見上げる。
雨雲は厚く、その向こうの青空を見ることは叶わない。
「…………嫌な天気」
ぽつりとそう呟いて。
予習のために開いた教科書を閉じ、おざなりに机の上に放って傍らのベッドにダイブする。
部屋の中を見渡せば、目を引くのは可愛らしい大きなクマのぬいぐるみや、概ねピンクで統一された調度品達だろう。
……年頃の少女らしい、可愛らしさに重きを置いた部屋だと言えた。
少女は枕元に置かれたうさぎのぬいぐるみを胸元に抱き寄せ、ベッドの上で仰向きになる。
見つめる先の証明は、今は明かりが消えていて。
曇天の空から、それでも降ってくる太陽の明かりだけが、部屋の中を照らしている。
……部屋の薄暗さは、自分の心の有様と同じなのだろうか。
そんな疑問を胸に閉じ込めながら、少女は静かに目蓋を閉じるのだった。
「おじいさま、おはようございます」
「おお、おはよう。調子は戻ったかね?」
朝食の為に食堂に集まるのは、彼女の家では常識である。
長いテーブルの、上座に当たる位置に座っているのは、この家の祖父に当たる人物だ。
こちらに微笑みを向けてくる祖父に、同じ様に笑みを返しながら、彼女は自身の席に腰を下ろす。
「……昨日は目眩がしたとかで、ピアノを休んだそうじゃないか。寝てたほうが良いんじゃないの?」
その対面に座るのは、自身の兄である男。
三つ年上の彼は、彼女の対面の席に頬杖をつきながら、気怠げにこちらに視線を向けていた。
「ご心配には及びませんよお兄さま。一晩しっかりと休みましたので、体調はすっかり戻りましたから」
「……なら良いんだけどね」
彼女が微笑みながら返せば、兄は興味を失ったように視線を反らした。
……彼が彼女をどう思っているのか、直接聞いたことはないが。なんとなく、嫌われているのだろうな、と彼女は思っている。
祖父からの期待というか、愛情というか。
そういうものに、露骨な差を感じることがあるからだ。
とはいえ、それをどうすれば良いのかもわからず、彼女はただ笑みを貼り付けているのだが。
「
いつの間にか埋まっていた席に着いた者たちが、一様に食前の挨拶をしていく。
彼女もそれに倣い、食前の挨拶を済ませ、食事に手を伸ばす。
……特に、代わり映えのない朝の一時。
明日も変わることのないだろうそれを、どこか他人事のように俯瞰しながら、彼女は朝食を食べ進めるのだった。
高校入学前の最後の春休み。
推薦入試も卒なくこなし、合格通知も疾うに受け取っている彼女にとって、必然的に家に居ることを強要されるそれは、あまり嬉しいものだとは言えなかった。
かといって、時期的にはまだ内定通知を受け取っていない者も多い。……友と連れだって遊びに行く、というのも現実的ではない。
……
自身の内心を語っているようで、どうにも気分が上がりきらない。
好きなことをしているのに、そんな気分になるということ事態が、親しい人への■■■なのではないか。
そんなノイズを脳内に響かせたまま、彼女は自身の前に置かれた甘味に、虚ろな視線を向けているのだった。
「今日は、元気がないみたいだねぇ」
「……すみませんおばさま。折角遊びに来たのに、お店の雰囲気を悪くしちゃってるみたいで」
少女が申し訳無さそうにおずおずと声を上げれば、店の主人である老婆は小さく首を振って否定を返す。
「甘味っていうのは、客を幸せにするもんさ。……お嬢ちゃんが笑えていないんなら、私の腕が悪かったってだけのことさね」
「……っ、違います、これはっ、私が……」
悪いのは、私。……美味しいものを食べて、素直に笑えない自分が悪いだけなのだ。
それでも、老婆は首を振る。……
「とはいえ、これは適材適所を誤っているというだけの話でもある。……お嬢ちゃんに今必要なのは、うちの甘味じゃなかったってことさ。ほら、今日は別の気分転換を試すんだね」
「あ………はい」
ニコリと笑った老婆が、器に残ったままのあんみつを店の奥に下げていく。
その背に手を伸ばしてみるが、何を言えばいいのかわからず、彼女は小さく肯定だけを返す。
お代はいいよ、若いんだからもっと色々見て回るんだね──。
そんな言葉と共に、半ば放り出されるように店の外に出た少女。店の外では休みの日らしい人の波が、右に左に流れ続けていた。
何をすれば、良いんだろう──。
少女の行動範囲は、あまり広くない。
先の店が珍しいと言えるほどに、彼女が自発的に向かう場所というのは、家から近隣のモノに限られていた。
だから、駅一つ
──色々見て回れ、と言われたけれど。一体、何を見て回れば良いんだろう?
目の前の人波に飛び込む様な勇気はないし、かといってこのまま家に戻る、というのも選択肢には上がらない。
そうして逡巡しているところに、
「失礼、そこの貴方。さっきから辺りを見回しているけれど、何か探しものかしら?」
「……えっ?」
背後から、声を掛けられた。
振り向いた先には、こちらに視線を合わせるように腰を折る、長い黒髪が目を引く少女と。
その後ろで、先の少女をなんとも言えない微妙な表情で眺めている、一人の少年の姿があったのだった。
「あら、うちの新入生だったのね。親しみを込めて後輩ちゃん、とでも呼びましょうか」
「……いきなり馴れ馴れし過ぎだろ。……そっちも、嫌だったら言えばいいからな?」
「あ、いえ」
──初対面の男女に囲まれ、何処かへと歩いている今の状況は、一体何なのだろう?
内心を困惑でいっぱいにしながら、それでも少女は歩みを合わせている。……初対面のはずなのに、奇妙な既視感が自身の裡から抜け切らなかったからだ。
左側を歩く彼女は、少女よりも頭一つ分程度背の高い女性で、楽しげに笑みを溢すその姿からは、適度な余裕が窺える。……見ていると、自分がどうにも惨めに思えてきて、あまり好きな人だとは思えなかった。
右側の少年は、先の少女より少しだけ背が低い。……少女にも彼女にも気を配って、色々と先回りをしているのが伺えて、どうにも申し訳ない気分になる。
どちらも、普段の彼女ならば、何かと理由を付けて離れようとするタイプの人間だった。……こうして連れ立って歩いているのは、既視感の正体が何なのか、彼女が気にしているからに過ぎない。
そもそも、男女で出掛けているのなら
……わざわざ自分を間に入れる意味が分からなかったというのも、彼女が二人に付いていく理由になっている、というのは間違いではないだろう。
「さて、遊びに出たというのなら、ゲーセンは外せないわよね」
「今日の目的はそっちじゃなくて、併設されてるスポーツ施設のほうだろうに」
たまにはボウリングでもって言ったのお前だろうに、と少年が咎めるように問えば、それもそうだったわねと飄々と返す少女。
(──あれ?)
そのやり取りが、少女の既視感を刺激して。
それを思い出すよりも先に、彼女は少女に手を引かれて施設の中に歩み入る。
そのまま、あれよあれよと言う間に準備が(主に少年の主導で)進められ。
「……すみません、やり方とかわからないのですが」
「バンパー出したから、とりあえず投げれば大丈夫だよ」
数分後、適度な重さの玉を選び取る事になった彼女は、何故か一番最初にボールを投げる羽目になっていた。
表面上は無愛想にしているが、内心は困惑でいっぱいの少女である。
このボールは何なのか、靴を履き替えたということはここは土足厳禁なのか、投げろとは何に対して?
横を見れば他の客らしき人々が、ボールを滑らせるように投げ、施設の奥にある白いピンにぶつけている。
つまり、これはボールを投げてピンに当て、倒した数を競う遊び、なのだろうか?……そういったことを、困惑しながら分析していく。
「ふふふ、どうせなら競争でもする?」
「初心者相手に何考えてるんだお前」
近くに備えられたソファでは、先の二人がこちらの方に視線を向けながら、何事かを話している。
……順番待ち、なのだろうか?すなわち、自分が投げないことには進まない、と。
(ええい、成るように成れ、ですっ)
半ば祈るように、他の人の真似をして送り出された
思いの外真っすぐ進んだその玉は、吸い込まれる様にピンに向かっていき。
「おお、ストライク」
「っ、び、ビギナーズラックというやつね」
「えと、凄いんですか?」
「おう、凄い凄い」
すべてのピンが倒れたことを示す
……よくはわからないが、凄いことらしい。
正直実感が湧かないので喜び辛いのだが、他の客達もこちらを感心した様に見ていたので、少年の言葉は本当なのだろう。
まぁ、当の少年も軽々と
「ふ、流石は我が幼馴染みね。──でもダメ、全然ダメね。所詮は、私の引き立て役よ」
「引き立て役って、そもそもまだ一投目だぞ?」
少年が投げたので、次は彼女の番である。
……なんだかよくわからないが凄い自信だった。横の少年のもっともな指摘が霞むくらいに堂々としていた。
そのまま彼女はレーンの前に優雅に進み出て、皆が惚れ惚れするようなフォームで投球をして見せ。
「……バンパー、出したままのほうが良かったか?」
「……………………」
最初に少女が投げた後、引っ込めたバンパーによって隠されていた
……いっそ芸術的ですらあった、最早笑いすら上がらなかった。
そんな、気まずい沈黙の中で彼女は。
「………う」
「う?」
「うがぁぁぁぁぁあああぁっ!!」
「!!?」
先までの優雅さは何処へやら。
謎の雄叫びを上げた後、ボールが戻ってくる場所で素直に待って、出てきた自身のボールをむんずと掴み、再びレーンの前に立って。
「───チェェストォォォオォッ!!!」
気合一閃、威勢良く放たれたボールは、寸分違わずピンに向かい、その全てを打倒してみせた。
次いで、彼女の名前の横に刻まれる
戻ってきた彼女は、先までの澄まし顔を何処かにやった、勝ち気な笑みを浮かべていて。
「どうだい同胞っ!!バンパーなんざ、いらんのじゃいっ!!」
「はいはい。後輩がビビってるから程々になー」
「はい?……ほわっ!?ごごごごゴメン後輩ちゃんっ!?」
何を謝っているのだろう?そう思いながら下に視線を向ける。
そこでようやく、少女は自分が持っていた飲み物を、地面に落としてしまっていたことに気付くのだった。