百合ゲー世界に転生したらなんかちょっと思ってたのと違った件について 作:アークフィア
「あー、スカートに飛び散らなかったのは不幸中の幸いかなぁ……」
施設内の
溢した飲み物は冷たいものだったので、やけどもなく。
溢した位置も、自身からは少し離れた位置だったので、服にはほとんど振り掛かっていなかった。
……借りた靴とその下のソックスには、思いっきり掛かってしまっていたが。
店員からは、驚いた結果なので仕方ないと言われ、シューズは交換して貰えることになった。
……驚かせた側の少女は確り怒られていたが。厳重注意で済んでいるので、そこまで店員も怒っていた訳ではないかもしれない。
とはいえ、ソックスに関してはどうしようもない。
なので、連れの少年が建物の一階にあるディスカウントストアで、
「あー、ごめんねホントに。楽しんで貰うつもりが、こっちがヒートアップしちゃったというか……」
「……いえ、私もちょっと気を抜きすぎていました」
黒髪少女の謝罪に、彼女は首を横に振る。
……物を溢す、なんて。普段の自分からしてみればあり得ない失態である。
ともすれば祖父からのお叱りが飛んでくるところだっただろう。祖父の目の届く場所で失態を晒さなかった分、まだ救いがあるとも言えた。
「…………ふむ」
「……えと、何か?」
そうして悩む……というよりは分析していた彼女に、黒髪少女が一つ息を吐く。それは──何事かを気にしてのもののようで。
「……これは多分余計なお節介だから聞き流して欲しいんだけど──」
──貴女、楽しめてる?
黒髪少女が発した問いに、口を噤む少女。……何を、とは聞けなかった。
顔色を青くして黙り込む少女に、黒髪少女は何事かを言いかけて──頭を掻いてそれを引っ込める。
──気まずい沈黙を破ったのは、化粧室の扉を叩く軽いノック音だった。
「おーい、ソックス買ってきたぞ」
「はいはい、んじゃそれ貸して。同胞は外で待っててー」
「へいへい。……怖がらせんなよ」
「………」
「おいなんだその謎の沈黙は」
「はははは。……もう遅い」
「おいこら」
軽快に話す二人を見ながら、少女は密かに息を吐く。
追及は、されなかっただろう。それでも、話を逸らす事ができるのなら、その方がありがたいのも確かだった。
二人が話している隙に、少年が持ってきたビニール袋の中からソックスを引っ張り出す。……無地の、黒いソックス。
「……えと」
「ん?あ、同胞ってば黒とか何考えてんのかなぁ。……えっと、大丈夫?あんまり可愛くないけど」
「いえ、その。……これが、いいです」
「ふむ?……そっか。じゃあ、履き替えよっか」
基本的に自分が履くことの無い色のそれを見て、柄にもなく気分が高揚していることを自覚しながら、少女は包装の中からソックスを取り出す。
そのまま、するりと足に付けてみて。──なんとなく、自由になったような気分になった。
別に、服装が──それも足元の一部分が変わったところで、何かが劇的に変わるわけでもない。
それでも──
そんな彼女の様子を見て、黒髪少女は少し不思議そうな顔をして。
「……ふむ、ちょっといい?後輩ちゃん」
「はい?」
何事かに気付いて、彼女にとある提案をしたのだった。
「えとそのあのいやホントにお気遣い頂かなくても構わないと言いますか」
「若い子が遠慮しないの!お詫びなんだから、好きなの選んでね。……いやまぁ、あんまり高いのはダメだけど。申し訳ないけど単なる学生ですので私」
後輩少女を引き摺って、黒髪少女が向かったのは近くの百貨店。
その内の一画、小物売場に連れて来られた彼女は、あわあわと慌て続けていた。
「お詫び代わりにハンカチでも、なんてお前くらいしか言わなさそうだな」
「おい同胞、それ喧嘩売ってるんだな?買うぞ?言い値で買うぞ?」
「落ち着け、非売品だ」
「じゃあぶら下げんのやめーや!」
二人が言い合っているが、少女には届かない。
……いや、周囲を気にするような余裕がない。何故なら、彼女にとって、今の状況とは。
「あ、そ、その」
「ん?なに後輩ちゃん、何か心配事?」
「ホントに、
「───ん、いいよ、好きに選んでね」
本当に大丈夫なのかと何度も念をおす彼女を見て、流石に少年の方も異常を察知したが、彼が何かを言おうとするのを、黒髪少女の方が口元に人差し指を立てて制する。
……任せろ、ということなのだと理解して、少年は少女に問い掛ける事を止めた。
代わりに、黒髪少女が彼女にもう一度、『大丈夫だ』と答えを返した。
返答は、表情の変化をもって行われた。
明確に笑顔になったわけではない。
けれど、彼女の纏う空気が明らかに切り替わったのは確かだった。
まるで、初めて
黒髪少女の方は、そんな相方の様子を意図的にスルーしながら、少女がハンカチを選ぶのを笑顔で見守っている。
数分後、彼女が持ってきたのは、綺麗な緑色の布地に刺繍の入った、わりとしっかりとした作りのハンカチだった。
「ふむ、これでいいんだね?」
「あ、は、はい。それがいいです。──これが、いいんです」
「そっか。じゃ、会計行ってくるから、同胞この子よろしくー」
「あ、おいこらふざけっ、……ったく」
少女が選んできたハンカチを持って、レジの方へと歩いていく黒髪少女。
取り残された少年は小さく頭を掻いたあと、少女の方に向き直った。
とはいえ、特に話すことがあるわけでもなく。
微妙に気まずい沈黙が、二人の間を流れていく。
しばらくして、少年が「あー」とか「うー」とか唸り始め。
──少女の前髪が彼女の瞳に掛かってしまっているのを見て、自身の鞄から髪留めを取り出した。
その髪留めは、花があしらわれた可愛らしいもので。
少女が小さく緊張するのに気付かぬまま、彼は少女の前髪を邪魔にならないように髪留めで止めて。
「ん、いきなり髪触って悪かったな。でも、あんまり目に入るようなのはよくないぞ」
「あ、はい。ありがとう、ござ……い?」
「ん?どうした?」
そのまま、
見詰められている少年は、小さく困惑しながらその視線を受け止める。
……暫くして、その視線が何を意味するのかを理解して。
「変か?」
「───い、いえ!似合ってると、思います……」
逆に問い掛けて、少女は思わず似合っていると返してしまった。
……そうだ、似合っている。少なくとも、少女はそう思った。
男性なのに、可愛い髪留めをしている彼は。──輝いていると、そう思ってしまった。
「へいただいま……って、なになにどしたの?……お、同胞それこの前上げた奴じゃん、似合ってんね」
「そりゃどうも。買い物は終わったのか?」
「滞りなくー。……って後輩ちゃんも前髪上げたんだね。ふーむ」
「え、ちょっ」
戻ってきた黒髪少女が、二人の髪型の変化を目敏く見付けて、ふむと一つ頷いたのち。
自分の鞄の中から黒いシュシュを一つ取り出して、少女の背後に回った。
困惑する少女の髪を弄ることしばし。
出来に納得したのか、少女が少年の隣に戻ってくる。
「うむうむ。普通のストレートもいいけど、ポニテにすると活動的な感じでいいねー」
「そうだな。お嬢様っぽいのも良いが、こっちも悪くない」
「え、あ、うう……」
ささっと少女の髪を持ち上げてポニーテールにした黒髪少女は、その出来映えを見てうんうんと頷いている。
隣の少年も、少女の容姿を素直に褒めていた。
対し、当事者の後輩少女は絶賛困惑中である。
そもそもストレート以外の髪型をほとんどしたことがないので、自分の髪型が現在どうなっているのか正確には理解できていない。
それを褒められているものだから、困惑は強くなる一方だった。
──その上で■■■と言う気持ちも、その心のうちに浮かび上がっていることに気付いて。
「や、やっぱりこれ、受け取れません!」
「え、ちょっと!?」
己の心に去来したモノに、思わず恐怖して。
渡されたハンカチを突き返して、店の外に向けて走り出した。
黒髪少女の困惑する声が聞こえるが、少女は立ち止まらない。──止まってしまったら、とても恐ろしい事になる気がして。
「ほい、捕まえた」
「え、なんっ」
前を見ずに走っていたせいで、いつの間にか手前に回っていた少年に気付かずに、その胸に飛び込んでしまって。
でかした同胞!なんて事を言いながら近寄ってくる黒髪少女と、少年の胸の中でもがく少女。
……少年は、また頭を掻いて。
「今から凄まじく無責任な事を言うぞ。聞き流してくれていいからな」
「な、なにを……」
「自分に嘘は付くな。思ったことは、素直に口に出せ。……自分自身を雁字搦めにしてちゃ、見えるものも見えないぞ」
「…………っ」
思ったことを、思ったままに口に出す。
別に、何かを変えられると期待してのものではない。──ただ、なんとなく誰かを思い出してしまって。
少年は柄にもなく、お節介を焼いてしまったのだった。
そしてそのお節介は……目の前の彼女には、殊更に効いたようで。
「……ダメ、なんです」
「何が?」
「お祖父ちゃんを……家族を、
思わず溢れた本音。
……望まれる子でなければ、家族を引き裂いてしまうのではないか?……という、ある種の呪い。
──自縄自縛の呪い。
選択の自由というものの、ある種の負の面。
選択することばかりを尊んで、そこに付随する人の意思をある意味で蔑ろにしたもの。
──選んだモノが間違いだったなんて、言い出せなくなるような空気。
「なるほど」
少女の悩みに触れて、少年は小さく瞑目して。
──その上で、敢えて同じ事を言う。
伝えなければ、先には進めないと。
「間違ったと思うのなら。……変えられる内に言っておくべきだ。間に合わなくなってからじゃ、遅いんだしな」
「……貴方は、間に合わなかったんですか?」
不思議と、実感の籠った言葉に聞こえて。
少女は思わず彼に問い返して。……彼は、小さく苦笑いを浮かべる。
「おっと同胞!後輩ちゃんを口説いてるのかい!そうは私が卸さねーぜー!!」
「いや口説いてねーし。ほれ」
「あ、はい」
逃げないように捕まえていたのを、ぱっと解放する。
少女はもう、逃げ出すような気分でもなく。そのまま、黒髪少女からハンカチの入った紙袋を受け取り直す。
「同胞が何言ってたかは知らないけど、私から言えるのはただ一つ。──その髪型とか、すっごい似合ってるよ、ってことかな」
「……その、今日はありがとうございました」
黒髪少女の言葉に礼を返して、少女は改めて外に駆け出して行く。
今度は、二人もそれを止める事もなく。
「……で、同胞ってば何を口説いてたんだーい?」
「口説いてねーっての。……ほら、ゲーセン行くんだろ」
「おお?!背中を押すのはやめれ、こけるでしょっ!?」
少女が向かった方向とは違う方へ、二人で歩き始める。
──今はまだ、たまたま重なっただけの道。
けれど、その道は。確かに、少女の為の道しるべとなって、彼女を送り出すのだった。
「……とまぁ、これが私達の出会いだったのです!」
「へぇ……」
ある日のこと。
部室に入ると、鈴莉ちゃんが朱紅奈さんと何やら話していた。
……ふむ、これはあれじゃな?噂の鈴莉ちゃんエボリューション列伝……!!
「その後もまぁ、ちょっといろいろあったのですが。……まぁ、あの出会いが私の道を変えてくれたというのは確かなのです」
「なるほどねぇ。……私としては、キャラが違いすぎる事の方がびっくりしたけれど」
そんな朱紅奈さんの言葉に、鈴莉ちゃんはにっこり笑って。
──今の私が、一番なのです!と述べるのだった。
そんなわけで、外伝も終わりです。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。