「なああんた、あたしのトレーナーになってくれないか?」
「…………はあ?」
素で困惑の声が漏れた。あまりに脈絡がなさ過ぎて返答に詰まってしまう。
その隙にヴィクトリーピザは肩を竦めて続ける。
「いやなぁ? 本当はリギルやスピカあたりの超一流どころのトレーナーと契約したかったんだが、両方とも定員いっぱいで募集していなくて困っていたんだ」
「……チームトレーナーが無理でも実績豊富なトレーナーは他にもいただろう」
「まあそういう人らの勧誘はメチャクチャあったよ。『自分なら貴方をG1でいくつも勝たせてあげられる』だの何だの――志が低すぎて全て断ったけどね」
トゥインクルシリーズで数あるレースの中でも一流ウマ娘しか参戦できないG1レース。1つ勝つどころか出バ表に名前が載るだけでも凄いのに、G1レースを複数勝つことができれば間違いなく世代最強ウマ娘と認められる。
それを彼女は『志が低い』と言ってのける。自信家だとは思っていたが、よもやここまでとは思ってもみなかった。
「世代最強なんて称号に興味はない。日本のG1をいくつ勝ったところで得られるのは日本一の称号であって、それ以上の実力とは認められない。……あたしがなりたいのは世界一のウマ娘なんだ!」
彼女は拳を強く握り締め、湧き出る衝動を発露するかの如く震わせていた。
日本のウマ娘が世界で勝つ。確かにそれができれば誰もが認める偉業に違いない。しかしかつてその道を志した『皇帝』シンボリルドルフも『怪鳥』エルコンドルパサーも、世界最高峰のレースでは勝利を収めることはできなかった。
歴史に名を連ねるウマ娘の中でもほんの一握りしか挑むことができないレースに、ヴィクトワールは既に目標をそこに置いているのか。
「なのにどのトレーナーも世界に挑戦すると言えば無理だと諫めてくる。誰も同じ夢を見てくれない! そんな連中と嫌々契約するくらいなら、実績のない新人トレーナー相手に我を通した方が万倍マシだと思ったのよ」
彼女みたいな実力バがどうして今までトレーナー契約を結ばずにいたのか、園部トレーナーに聞いた時から不思議に感じていたがそういう理由があったのか。
日本で栄光の道を歩ませたいと思う他のトレーナーたちの言うことも分かるし、彼女の語る世界一の夢を叶える瞬間も見てみたいとも思う。少なくとも俺には心躍る内容だった。
「……素直に凄いと思ったし応援させてもらうけど、その理屈で言えば新人トレーナーなんて他にいくらでもいるだろ? 何で俺になる?」
そう尋ねるとヴィクトリーピザはビシッと人差し指を突き付けてきて答える。
「そう、それなのよ。あんた、あたしとフラッシュが出ていた一昨日の選抜レース見ていたでしょ? ほとんどのトレーナーがあたしのスカウトに熱を上げてた中、あんただけはフラッシュに声をかけていた。それが見えて無性に腹立たしくなったのよ! あたしが勝ったんだから普通あたしに注目すべきでしょう!?」
「いや嫉妬かよ。壮大な夢を語った後の個人的な感情の告白による落差が凄いな」
「あたしは将来世界中の注目を一身に集めるウマ娘なのよ? こんな狭いトレセン内で1人でも注目を逃していいワケないじゃない!」
「なんだその謎理屈!」
俺もついおかしくなって声を上げてしまう。若干周囲の注目を集めた気がする。
ごほん、と咳払い一つ入れて気持ちをリセットする。
「さっきも言ったけど、俺はもう既にエイシンフラッシュとトレーナー契約を結んだんだ。とてもじゃないけど2人も見る余裕はないよ。悪いけど他を当たってくれ」
「ぐぬぬ……! スカウトを断ったことは数あれど断られたのは初めての経験だ……!」
「よかったな、何事も経験だ」
これで諦めてくれるだろう、と高を括る。けれどヴィクトリーピザは閃いたと言わんばかりに指を鳴らした。そして悪ガキのような不敵な表情を浮かべて言う。
「それならさ、フラッシュの担当を降りればいいじゃない。今ならまだシリーズに入る前だし、フラッシュもフラッシュで良いトレーナーと巡り合えるって」
「それは……」
「――言っておくけど、フラッシュじゃあたしには勝てない。これまでの模擬レースも選抜レースも、あたしはフラッシュより着順を下げたことはない。それはこれからも同じ。新人トレーナーであたしレベルと契約できるなんて、滅多にないことだと思うけど」
ヴィクトリーピザは確信を持ってそう告げた。
確かに先の選抜レースを見た限りでは、エイシンフラッシュとヴィクトリーピザとの実力差は明確だ。より有望な方を、となれば後者を選ぶ方が利口に違いない。
いつもは言葉に詰まる俺だが、その問いかけにはすぐに答えることができた。
「――――ごめん。俺はあの光に魅せられた。今更目をつむることなんてできないよ」
そう言って、ヴィクトリーピザに対し軽く頭を下げる。彼女は少し驚いた表情を見せたが、面白そうに口元を歪ませた。
「そう。ならこれ以上の逆スカウトは野暮ね。簡単に御することができそうと思ったけど、フラッシュ同様なかなか頑固者らしい。だとすればコンビを組むのは必然だったかー」
「悪いな。けど、キミの夢を応援しているのは本当だからな。是非とも世界一になってほしい。そして名実ともに世界一になったキミに勝てば、世界一の称号はエイシンフラッシュのものになるからな」
「ははっ! 言ってくれる。そこまで啖呵を切れる奴はトレセン内にはいなかった」
ヴィクトリーピザとの会話に夢中になっていたその時、視線が背中に突き刺さっているのをようやく肌で感じ取った。振り返れば、肩で息をしているエイシンフラッシュがジト目でこちらを見つめていた。
ヴィクトリーピザの口調が安定しない……。
基本勝ち気な感じなんだけど女の子らしさも入れてみたんですが、あまりうまくいっていない感ある。
次回はエイシンフラッシュとヴィクトリーピザの会話劇。
あっさり終わらせるつもりだったフィットネスルーム内でのイベントが思ったより長引いて驚いています。