「ふぁ~あ……」
俺は欠伸を噛み締めながら1度大きく伸びをした。
11時を過ぎた頃のカフェテラスにて、俺は手帳片手にサンドイッチを頬張っていた。それと眠気覚ましのコーヒーは既に3杯目に突入している。
「まったくお前ってやつは、いっつも食事中に不景気そうな顔をしているよな。飯時くらい職務のことは忘れた方が後々楽だぞ」
「あ……園部トレーナー」
やれやれといった感じで俺の対面の席につく園部トレーナー。俺は先輩の手前失礼のないよう手帳を閉じて向き直る。
園部トレーナーは小食気味の俺とは違い、がっつり定食の載ったトレイをテーブルに置き、「いただきます」と手を合わせてから口を開く。
「それで? いったい何に悩んでいるんだ? といってもこの時期にトレーナーが悩むことと言えば、担当ウマ娘と上手くいっていないか、あるいはメイクデビュー戦をどうするかって相場で決まっているんだが」
「……後者の方ですよ。予想以上に仕上がりがいいので、ちょっと早いですがデビューさせようと思いまして」
「エイシンフラッシュは確かクラシック3冠路線に進むんだよな? だったら素直に芝2000メートルか、スタミナに若干不安があるのならマイル戦に出すのがセオリーだな。一夜漬けするようなものでもないと思うが」
「いや、デビュー戦はどれでいくかだいたい決まっているんですけど、皐月賞から逆算してのスケジューリングや調整方法なんかを詰めていると、思った以上に時間がかかりましてね……。こういうとき要領悪いなってつくづく思いますよ」
そう話すと園部トレーナーは少し驚いた顔をした。
「皐月賞から逆算……。今のうちからそこまで考える必要はないんじゃないか? レースの勝敗如何によってその都度修正しなくちゃならんし、調整もその時々で臨機応変にってのが基本だろう」
「はい。だから予定通りには進まない可能性が高いと思います。ですけどエイシンフラッシュはこう……綿密な計画を立てたがるタイプでして。例えるなら遠足に行くときは何時何分のバスに乗って、何時何分に目的地到着。その5分後に玄関に集合して……みたいな、準備万端にすることで自信を保つんです。そこまでやることで彼女の自信が少しでも補強できるんであれば、たとえこの予定表が全部無駄になったって構いませんよ」
俺はまだまだ未熟なトレーナーだ。レース面もトレーニング面でも劣っている。「新人だから仕方ない」と言われようと、担当ウマ娘にとっては関係ない話である。こんな俺をあえて選んでくれたエイシンフラッシュのためにもやれることは全てやっておきたいのだ。
呆れた風に首を振る園部トレーナー。
「まあそれも若い奴の特権てな。外野がとやかく言うことでもないか」
「あ、そうだ。メイクデビューに備えて併せやりたいんですけど、園部トレーナーも協力してくれません? ツテがなくて困ってたんですよ」
「しゃーねえなぁ。何人か声かけといてやるよ。……それともう1つ、先達としての助言をしてやろう」
急に背筋を伸ばして、若干圧の籠った声音で園部トレーナーは言った。
「メイクデビュー戦は実力バが勝つとは限らない。どれだけ抜きん出た強さを持っていようとも呑まれる可能性がある。あのヴィクトリーピザでさえ、初戦となれば負ける可能性があると思っている。初戦ってのはそれだけ緊張するものなんだ」
「……、」
「レースは心技体が問われる。そのうちの心が最も揺さぶられるのがメイクデビューだ。そんななか、俺たちトレーナーにできることと言えば――――」
「――ウマ娘の前では気丈に振る舞うこと、ですよね?」
OJT時代散々言い聞かされてきたことだった。トレーナーの緊張はウマ娘にも伝播する。たとえ喉から心臓が飛び出そうなほど緊張していてもそれを表に出すな。
分かってるみたいだな、と満足げに頷く園部トレーナー。俺はぬるくなったコーヒーを一気に飲み干して席を立つ。
「アドバイスありがとうございました。併せの件、よろしくお願いしますね」
「おう。お互い頑張ろうや」
一礼して俺はトレーナー室へと向かっていった。
デビュー戦も史実に沿って描写したいのですが、
当時のレースを探しても載っていないため、道中のことは想像で書いていきます。
基本的にアニメキャラは出てこない予定です。(スピカやリギルトレーナーなど)
たづなさんくらいなら今後の展開次第で出てくるかもしれませんが。