その光の名は   作:名無なな

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最近仕事が残業続きで全然書き溜めできていません……。


負けて得るもの

 

「――メイクデビュー戦の詳細が決まった」

 

 ある日のこと、練習前にトレーナー室でエイシンフラッシュと週始めのミーティングでそう告げた。

 サプライズ風に告げたのだが、彼女はやはりと言うべきか顔色一つ変えずにいる。しかし僅かに息を呑んだようにも見えた。

 

 俺は彼女の反応を窺った後、メイクデビューの出バ表を手渡した。

 

 

「場所は阪神競バ場。距離は芝1800メートルの外回りコースだ。最後の直線が473メートルもあるから、キミの強みに合ってると思う」

 

「確かにそうかもしれませんね。ゴール前200メートル地点に急坂がありますから、そこは気を付けないといけません」

 

「その通りだ。幸いこのレースに出場する顔ぶれに要注意とされるウマ娘は出ていない。もちろん油断は禁物だけどね」

 

「当然です。……私にあるのはヴィクトリーさんに負け続けてきたという実績だけ。油断できる要素など何もありません」

 

 

 正直言って今回の面々では実力だけ鑑みるとエイシンフラッシュが抜けている。自分の走りができればまず負けることはないだろう。

 しかし先日園部トレーナーが言っていた通り、メイクデビューというのは特別な緊張感が漂っている。それに呑まれれば実力が発揮できずあっさりと負けてしまう可能性もあるのだ。

 

「これがレース当日までのトレーニングメニュー。いつもの基礎作りの他に実践を意識した練習を取り入れていく」

 

「すみません、ちょっと詳しく見せてくれませんか」

 

 そう言ってエイシンフラッシュは俺の作った練習メニューを確認する。顎に指を添えて深く考え込む彼女の横顔を見つめながら、俺はある話を切り出すタイミングを密かに窺っていた。

 

 彼女に慢心はない。今の状態のままレースに臨めば好走が期待できる。余計なことを話すべきではないと思っておきながらも、隠し事が下手な俺のことだ、いつか察せられて後々拗れた方がまずいとも考えている。

 

 見つめ過ぎていたのを感知されたのか、不意にエイシンフラッシュと目が合う。咄嗟に考えていたことが口をついた。

 

「――正直言って、負けるかもしれないと思っている」

 

 言ってしまった。別に言わなくてもいいことを口走ってしまった。

 エイシンフラッシュはぽかんとした表情を浮かべている。今更取り消すことなど彼女相手に不可能だ。思ったことをそのまま言葉にするしかない。

 

 

「もちろん勝つためにトレーナーとして全力を尽くす。だけどキミには隠し事をしたくないから正直に話すけど……、どこかで負けると考えている自分がいるんだ。レースに絶対はない。最強だっていつか負ける」

 

「…………」

 

「けど信じてほしいんだ。これはヴィクトリーピザに勝つために必要なことだって。彼女とキミの一番の差は実戦経験だと思ってる。彼女は昔からレースで叩き上げてきたけど、キミはトレセン学園に入ってから実戦に触れた。それが埋めがたい差となって結果に表れている。そのためにヴィクトリーピザよりも早くデビューして、少しでもその差を埋めたい。クラシック3冠に勝つために」

 

 

 ともすれば言い訳じみたセリフを、エイシンフラッシュはただただ黙って耳を傾けていた。そして聞き終わると、その耳がペタンと力が抜けたように折れた。

 

「……そんなこと、当たり前じゃないですか」

 

 意外な言葉が彼女の口から飛び出した。落ち着いた平生の性格のわりに、彼女は負けず嫌いな一面が見て取れる。そもそもウマ娘として、誰しも最初は常勝を夢見るものとばかり考えていた。

 

 そんな驚いた表情の俺を見かねて、エイシンフラッシュは「まったく」と嘆息する。

 

「どんなことであれこの世に絶対はありません。どんな人でも1度は負けを経験するものです。大事なのはその負けをいかに次の勝利へと繋げることができるか、です」

 

「……だけど最初から負けるつもりで挑むレースに得るものなんてないよ。本気の失敗にこそ意味があるんだ」

 

「分かっています。私も負けるつもりはありませんよ。……おっと、こう言うと先ほどの発言と矛盾しているように聞こえますね」

 

「そうかな? 俺には勝ちたいって気持ちが伝わってきて良いと思うよ」

 

 

 つい嬉しくて笑ってしまう俺に対し、やはりエイシンフラッシュはツンとした表情で言った。

 

 

「そんなことよりも、この練習メニューについて3点ほど確認したいことがあります。まず併せと模擬レースの回数をもっと増やしてほしいことです。私に足りていないのは実戦経験だと先ほど言っていたじゃないですか」

 

「それは言ったが、地力を付けることの方が優先順位が高いと判断したんだ。キミの走りはまだ未完成、何本かに1本は良い走りを見せてくれるがそうじゃないとタイムが落ちる。そこを固めないと実践も中途半端な結果になってしまう」

 

「実戦で自らの力量を測ることも重要だと思いますが……いったん置いておくとして、2点目はオフの日です。少しオフが多いと思うのですが――――」

 

 

 結局この日は陽が落ちるまでミーティングが続き、メイクデビュー戦に向けての始動は明日からということでお開きとなったのであった。

 

 

 




なお1度も負けを経験したことのないウマ娘がいる模様。(マルゼンスキー)

本当は次回メイクデビュー戦に突入する予定だったのですが、
エイシンフラッシュの掘り下げが全然できていないと思ったので予定変更します。
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