メイクデビュー戦の後、俺とエイシンフラッシュは新幹線に乗って地元まで戻ってきていた。駅からトレセン学園内にある寮まで彼女を車で送り届けている最中である。
「…………」
エイシンフラッシュは助手席で窓の外に広がる景色をずっと眺めている。新幹線のときも同様だった。会話らしい会話はほとんどないまま今に至っている。こういうときフォロー下手な自分を憎らしく思ったことはない。
――メイクデビュー戦。結果は6着だった。2人で試行錯誤を続けて調整し、やれるだけのことはやったと思っていたから、この結果は正直キツいものがある。現実は非情である、というが叶えられるのであればもう少しだけ彼女に良い夢を見させてあげたかった。
赤信号になる。ブレーキを踏む。左折のウインカーがチカチカと規則的なリズムを刻んでいる。
「――すみませんでした」
ぽつり、と雨のような小声を漏らしたエイシンフラッシュは、俯いて自身の指先を見つめていた。
声に釣られてつい彼女に目を向けたくなるが、直後に青信号に変わったため視線を前方へと固定する。
「……いったい何に謝っているんだ?」
「メイクデビューに向けた特訓と研究を無駄にしたこと、情けない姿を見せてしまったこと。――貴方の期待に応えられなかったこと、です」
意外だった。彼女が俺からの評価を気にしているなんて。
そもそもどんな結果であれ俺が彼女に失望するなんてあり得ないし、負けた責はトレーナーにこそ負わされるべきだ。とはいえそんなことを述べたところで、エイシンフラッシュは「自分のせいだ」と言い張るに違いない。彼女は強い芯を持っているからな。
なので俺は別の切り口から考えを話すことにした。
「確かにレースには勝ちたかったよ。そんなのはキミとしても当たり前だと思う。だけど俺は前に言ったはずだ、『負けるかもしれないと思ってる』って。これは言わばヴィクトリーピザへの勝ちの途中。クラシック3冠で差し切れば問題ないさ」
「けれど今日のレースでは掲示板すら外しました。こんな無様を晒して、本当に世代最強のヴィクトリーさんに勝てると思いますか?」
「思うよ。キミは勝つ。キミは今日、確かに一歩を踏み出したんだ。歩みというには拙かったかもしれないけど……、間違いなくヴィクトリーピザとの距離を縮めた」
それは単なる慰めではなく本心の言葉だった。エイシンフラッシュなら今日の悔しい敗戦をきっと糧に変えてくれる。それが勝利への道筋を象ってくれると信じている。
目をこちらに向けてくれなかった彼女は、やっとと言うべきかこちらに焦点を合わせてくれる。
「今日のレースの敗戦、キミはどう分析する?」
「……最大の原因は『視野の狭さ』ですね。いつの間にか四方を囲まれつつあることに気付かず、いざ抜け出そうというときに周囲を見回した。本当はそれよりも前の段階で掴んでおかないといけない状況でした」
「そうだな。そのせいでキミは自ら抜け出せずに進路が開くのを待つしかなかった。生殺与奪を握られているようなものだ。その間に先頭集団と距離が開いていったわけだからね」
差しは王道の戦法だが、弱点の1つに周りを囲まれてしまうリスクがある。逆に言えばそこさえ回避できれば、最大の武器である末脚を存分に発揮することができ、充分に競争相手と勝負できる状態になるはずである。
しかしエイシンフラッシュは既に自身の敗因をしっかりと整理できている。現実から目を背けないのも立派な強さだ。
「キミの最大の武器は上がり3ハロンーー突き詰めればラスト400メートルにある。だけどレースが終盤になればなるほど疲労で頭の回転は鈍り、ベストな判断を下すことが難しくなる。すぐには解消できない部分だけど、次からの練習ではそこのリカバリーを重点的にやっていこう」
「はい。次こそは勝利を見せてあげます」
「その意気だ。これからも2人で頑張っていこう」
信号が青になってアクセルを踏む。エイシンフラッシュはもう、俯いてはいなかった。
短いですがここまで。
次回は未勝利戦へと移ります。テンポを上げていきます。